このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

Hollow to Horror〜日はまた沈む〜

 

 

 絶え間なく降り注ぐ弾丸の嵐を大きく動いて避け、ジャスティスロードは一定の距離を保ったままリニアライフルを撃ち込んでいった。

 敵ACは空中に飛び上がってライフル弾を躱すが、一瞬弾幕の標準をずらしてしまう。ジャスティスロードはその隙にHOBを起動して一気に距離を詰めると、敵ACのコア目掛けてアストライアを突き出した。しかし敵ACは寸前で上半身を無理矢理横にそらし、アストライアの刀身は敵ACの脇下をすり抜けてしまう。

「くっそ! 外した!」

 セイルはTOBとスタビライザーを駆使して空中で減速、反転を行うと、高分子防壁の張られたアリーナの壁を蹴って慣性を殺し、再び敵ACへと突っ込んでいく。一瞬視界に入った電光掲示板のメーターは、両機のAPがほぼ等しい値である事を示している。

『必殺の突進を躱され、ジャスティスロードは……壁を蹴って再度突進! しかしフォッグホーンも再び弾幕を展開するぅ。ジャスティスロードの純白の装甲が、鉛の雨に……』

 耳障りな実況の声に顔をしかめつつ、セイルはコントロールスティックを四方に激しく振って敵AC、フォッグホーンの展開する弾幕を躱していく。

 しかし躱すと言っても直撃を避けるだけで、二丁のマシンガンが繰り出す攻撃はジャスティスロードの薄い装甲を確実に削っていった。かまわずセイルは三たびフォッグホーンに接近すると、今度は左腕部のマシンガン目掛けてアストライアを射出する。

 セイルの得意とする銃口つぶしマズルブレイク、しかしそれは相手レイヴンであるアイロニーも理解していた事だったのか、即座に左腕を大きく上げてアストライアを回避した。

 しかし次の瞬間、フォッグホーンはジャスティスロードの左肩部から伸びた二本のBISによってコアを大きく切り裂かれていた。BISのブレードはフォッグホーンの薄い装甲を一瞬で最深部まで融解させ、内部機構を破壊する。同時に試合終了のブザーが鳴り響き、セイルはジャスティスロードを着地させた。

 同時に機体各部の装甲板を展開して急速排熱を行う。周囲に陽炎が立ちこめ、機体温度が一気に下降した。

「ふぅ……何とか勝ったか……」

 

アリーナ戦を終えたセイルは、汗だくになった頭をタオルで拭きながらレイヴン控え室に入って行く。部屋の中にはケイローンとスキウレ、それに他数人のレイヴンに混じってレナが待っていた。セイルの姿を認めたレナが立ち上がって話しかけて来る。

「あ、セイル……レイヴン、ランクアップおめでとうございます。今後もグローバルコーテックスのレイヴンとして、更なる活躍を期待します………………なんてね」

 レナは真っ直ぐにセイルと向き合うと、仕事口調でレイヴンランクアップの報告を行った。が、すぐに破顔するといつもの口調に戻って言う。

「Bランクおめでと。IDカードの更新するから渡して……あ、あとガレージに特賞のパーツ入ってるから確認しといてね。じゃ」

 セイルからカードを受け取ったレナは、ウインクを返しながら部屋から出て行った。セイルはその様子を見て小さく溜息をつくと、並んで座っているケイローンとスキウレの隣に腰を下ろす。

「どうやら機嫌直ったみてぇだな」

「ああ、なんとか。これでやっといつも通りだよ……」

 セイルはソファの背もたれに頭を置き、天井を見上げながら再び溜息をついた。先日の出撃以来、自分の指示を無視した上にミッションを失敗させたセイルに対してレナはずっとおかんむりだったのである。しかしケイローンやスキウレによる説得とセイルのレイヴンランクアップにより、なんとか機嫌を直すことに成功したのだ。

「にしても現金な奴だな。ランクアップくらいで……」

「レナっちも大変なのよ。コーテックスの状況は依然良くないんだから」

 ケイローン越しにスキウレが声をかける。実際、多くのレイヴンを失ったコーテックスは体制の立て直しに必死なようで、アリーナの試合や依頼の斡旋も散発的になってきている。今日のようにランクアップに関わる試合が出来たのは稀有な事だった。

「問題のテロリスト連中の捜査も行き詰ってるみてぇだしな。もう暫くはこのままだろうさ…………おぅ、じゃあな」

 ケイローンはスキウレの話を補足しつつ、部屋を出て行く二人のレイヴンに挨拶する。やがて二人の足音が遠ざかっていくと、セイルは最後に残ったレイヴンに声をかけた。

「……何か話があったんじゃないのか?」

 控え室の隅にあるソファには、長い白髪の女性レイヴン、アメリアが座っていた。足と腕を組み、顔を伏せて目を閉じているため、一見眠っているようにも見える。

「もう少し待って。あの二人、廊下で立ち止まってる。もう一人誰か……」

 彼女はそのままの姿勢でセイルに返事をした。PLUSの持つ驚異的な感覚器官を利用して廊下の様子を探っているのだろう。精神を集中して微動だにせずに居る。

「別れた……もう一人がこっちに…………ん、行った」

 足音が間近まで近付き、やがて遠ざかっていく。周囲から完全に人の気配が消えたのを確認し、アメリアは目を開けた。ソファから立ち上がると、セイルの隣まで移動してくる。

「この前言ってた『ゴースト』の事について、わたしなりに調べてみたわ。正確な目撃数を集計してみたけど、やっぱりここ最近の数値は異常なほど高い」

 セイルはアメリアの話に耳を傾けつつ、彼女が差し出した資料に目を通した。確かに本社襲撃以降、かなりの数のゴーストが目撃されている。セイルは見終わった資料をケイローンに渡しながら質問した。

「これだけ多いんなら、幽霊や見間違いじゃ済まないよな……行動は?」

「主にミッション中のレイヴンを襲撃する事。不意に現れては攻撃を仕掛け、レイヴンが死亡するか撤退するまで戦闘を継続する」

「目的は特定のミッションの妨害か、またはレイヴン本人って所か?」

 見終わった資料を灰皿の上で焼却しつつ、ケイローンが口を挟んできた。スキウレは話に参加するつもりが無いのか、離れた所でじっとしている。

「俺もお前に聞かれてからいろいろ調べてみたんだが、似たようなもんだな。閉じた町の情報屋連中もさっぱりらしい。多分情報操作だろう。前にも似たような事があった」

 セイルは、かつて自分がその情報屋に行ったときの事を思い出してみた。自分がナハティガルを追い始めて間もない頃。確かその店の女主人は、明らかな情報操作が行われていると言っていた。

「だとしたら……やっぱりナハティガル?」

「でしょうね。この前わたしが言った、コーテックス本社襲撃の目的がレイヴンの絶対数を減らす事だって言う仮説も辻褄が合う。奴らはまだレイヴンの数を減らしたいようだ」

「これ以上かよ……今の時点で、休業中の奴を除いてレイヴン数は事件前の半分に落ち込んでるってのに……」

 控え室を重苦しい空気が包み込む。あまりにも大きな敵組織とその目的、はたしてレイヴン個人の力で対抗できる物なのだろうか。

「ねぇ……ちょっといいかしら?」

 その時、不意にスキウレが声をかけて来た。まるでさっきまでのアメリアのように黙りこくっていた彼女だったが、何か思うところでもあるのか、立ち上がってこちらに歩いてくる。

「その『ゴースト』の事だけど、ちょっと聞きたい事が……」

「待って、誰か来るわ」

 アメリアの声にスキウレは話を止め、近場のソファに腰を下ろした。アメリアは廊下のほうに意識を向け、またも気配を探り始める。

「まっすぐこの部屋に……走って……っ……妙に足音が重い。武装してる?」

 控え室に緊張が走る。まさか話を聞かれていたのだろうか。やがてアメリア以外のメンバーにも足音が聞こえ始め、各々が自分の武器に手を伸ばした時、控え室の扉が開いた。

「お〜い、誰か……あ、丁度良かった。セイルに爺さん……って、お前も居んのかよスキウレ……」

「〜〜」

「…………」

 控え室に入って来たのはハヤテだった。重いパイロットスーツを着たままここまで走ってきたらしく、少し息が上がっている。控え室にいたメンバーは一気に緊張の糸が解け、溜息をつきながら戦闘態勢を解いた。

「んで? どうかしたのかよ」

「あ、そうそう。ちょっとミッション手伝ってくんね? ちょい人手が足りなくてよ」

「人手が足りないって……その辺の傭兵に援護頼まなかったのか?」

「いやそれがよ、コーテックスの方から複数のレイヴンが参加するって聞いてたんだけどよ、当日になってみたらオレ以外一人もいねぇでやんの。結構でかいヤマみてぇだからさ。今からでも間に合うから依頼受けてくんねえかな」

 ハヤテは微妙に腰を低くしながら控え室にいたメンバーに頼み込んだ。どうやら相当焦っているらしく。額に汗が浮かんでいる。

「まったく……しょうがないから俺が行くよ。ケイローンは?」

「悪ぃ、今ID持ってねぇから出らんねぇわ」

「持ってないって……一体どうやってこのブロックまで来たんだよ。関係者以外立ち入り禁止だろ?」

「俺くらいまでなると顔パスなんだよ」

 ケイローンがひらひらと手を振って答える。セイルは意外といい加減なコーテックスの警備体制にあきれ果てて肩を落とした。こんな予断を許さない状況だというのに、コーテックスの運営は何を考えているのか。

「じゃあ、わたしが行くよ……レイヴン、そのミッションの最高参加人数は」

「五、六人っつってたけど……アンタも来んのか? まあいいけどよ」

 ハヤテはまだアメリア———彼女と親しくない彼にとっては復讐鬼カラードネイル———への不信感が抜けないのか、気の無さそうな返事をする。すると、その表情に目ざとく気付いたスキウレが声をかけて来た。

「へぇ……じゃあ私も行こうかしら。丁度暇してたし……」

「てめぇは来んな」

「ちょっと、酷いんじゃないのぉ? 私は一人のレイヴンとして依頼を受けようとしてるだけよ」

「うるせぇ。テメェなんかにオレの背中任せられっか」

「まあまあ。最高五、六人なら四人は居た方が良いって」

 セイルはハヤテの肩に手を置きながらそう言う。さっきのスキウレの言動からするに、ただハヤテをからかっているのではなく急にそのミッションに参加する理由が出来た事がわかったのだ。

「ったく……んじゃ一時間後だからな。ぜってー来いよ」

 そう言ってハヤテは部屋を出て行った。再び足音が遠ざかっていくのを確認し、スキウレは口を開く。

「丁度良いわ、この部屋もいつまで安全か分からないし。ミッション中に話しましょ。周波数……このくらいで。じゃあねん」

 最後に笑顔を見せた後、スキウレもまた部屋を出て行った。

今の笑顔もあからさまな作り笑いだったと思いながら、セイルはスキウレから受け取った周波数の書かれたメモをアメリアに渡し、ソファに腰を下ろす。

(スキウレ……そうまでして一体何の話がしたいんだ?)

 

………………一時間後、ACガレージ、エレベーターホール

 ガレージに集まった四人は各々ACに乗り込み、レイヤードへと続くエレベーター施設に来ていた。ここも本社襲撃の際に僅かながら被害を受けていたが、既に五機あるエレベーターのうち四機までは稼動している。

 

<ミッション:違法潜伏者排除>

 reward:25000C  missioncordBreak Shot  criant:グローバルコーテックス

 

 [わが社の保有するガレージ施設に潜伏している集団の排除を依頼します。この施設は元々、一部のVIPやコーテックス専属レイヴンのための賃貸ガレージとして使用されていた物ですが、先日の本社襲撃の際に緊急の補給基地として使用され、敵の襲撃を受けて一部が陥落、占拠されました。その後、占拠された施設は事態の収束と共に破棄されたのですが、未だに敵が潜伏していると思われる施設がいくつか残っています。施設を襲撃し、敵部隊を武装解除してください]

 

『それでは、作戦内容を説明します。各機、準備はよろしいですか?』

 すっかり仕事口調になったレナが四人に通信を入れる。オペレーターもレイヴンと同数参加しているらしく、レナの背後からは別の声が何人分か聞こえた。

『フェアリーテール、準備完了』

『こちらグラッジ、問題ない』

「ジャスティスロード、OKだ」

『……アメノカザナギ、了解』

 セイルを含む四人もそれぞれ応答し、レナが作戦説明を開始する。どうやらエレベーターを使って一旦レイヤードに降りた後、戦力を分散させて目標施設の真下にあるリフトに移動。定刻と共に地下から奇襲をかける作戦らしい。施設は合計五つ。一機一施設+αと言ったところだろう。

『この作戦は敵部隊の拿捕が目的となります。できる限り敵を撤退させず、確保を優先してください。では、説明を終了します。後は各オペレーターの指示に従ってください……以上、セイルも分かった?』

「OK、出来るだけ生け捕りにしろって事だな」

『そう言う事。襲撃かけて来た組織の捜査も全然進展してないから、上層部は少しでも情報を欲しがってるのよね……セイルも、個人的に色々調べてるでしょ? 何か知ってることがあったら教えて。じゃ』

 そう言ってレナが通信を切る。セイルは情報の漏洩を恐れてレナにはナハティガルの事を話していない。隠し事をするのはあまり良い気分ではなかったが、奴らが予想以上に大規模な組織である以上、細心の注意を払う必要があった。セイルは気を取り直し、スキウレに教えられた周波数に通信を入れる。

「……こちらセイル。スキウレ? 聞こえてるか?」

『あ、来た来た……OKよセイル。アメリさんは?』

「何だよアメリさんて……アメリア? 聞こえてる?」

『いザザッ……こちらグラッジ。感度良好……レイヴン、その呼び方はやめて欲しいのだけど?』

 アメリアはスキウレの呼び方に不満を持ったようだが、スキウレは構わずに話を始めた。

『それじゃ、早速だけど……あなた達が最近よく話してる『ゴースト』の事について、二、三聞きたい事があるの』

 四機はそれぞれエレベーターに乗り込むと、地下へと降下していった。レイヤードまで約3km、少々長い暇が出来る。

『あなた達の言う『ゴースト』っていうのは、死亡した筈のレイヴンの機体が戦闘に乱入してくるっていう噂話の事を言うのよね?』

「そうだ。俺も、以前戦った敵の中にゴーストが居たって。ケイローンが言ってた。生憎知ってるレイヴンじゃなかったからいまいち実感がわかないけど……アメリアは?」

『わたしは直接見たことは無い。けど、情報の流布具合を見る限り、ただの噂じゃすまなくなってきてる。それと不思議な事に……』

「待って!…………何だよハヤテ」

 セイルはアメリアの言葉を遮ると、別の周波数で話しかけて来たハヤテに返事をした。スキウレとアメリアは一瞬にして押し黙り、無線からはハヤテの声だけが聞こえてくる。

『何だよとは何だよ。オレ達親友だろ?』

「誰が親友だ誰が……それで? どうかしたのか?」

『いやな、今仲間内で、マズルブレイカーと復讐鬼が個人的な交友を持ってるなんて話が出ててよ、くっ付くかくっ付かないかで相場が張られてんだけど……実際のトコどうなん?』

「っ!…………お前、それインサイダー取引って言うんだぞ?」

『……それ、何か違わねぇか?』

「うるさい黙れ」

『え? あちょ待……』

「…………終わった。続けてくれアメリア」

 強引に通信を切り、セイルはアメリアに再開の合図を出す。セイルは今更ながら、一旦二人との通信を切っておくべきだったと思った。暫くの間はこのネタでスキウレに弄られるだろう。

『…………不思議な事に、『知っている』『見たことがある』という類の情報はとにかく多いのに、それ以上の情報が驚くほど少ない。わたしが現状で知っているのは、生前のレイヴンと全く同じ戦法で、全く同じ機体を使っているということだけよ』

 アメリアは特に気にしている様子も無く、淡々と説明を終える。スキウレは暫くの間沈黙していたが、やがてエレベーターがレイヤードのある地下空間に入ったところで話を再開した。

『……私、ゴーストを見たことがあるの』

「っ!

『……』

 セイルは思わず体をビクリと反応させていた。思いがけないゴーストの目撃情報。セイルは左手でヘルメットを頭に押し付け、耳腔内のイヤホンを深く押し込ませながら聞いた。

「それ、いつだ? 戦ったのか?」

『……本社襲撃の日……工業地帯で……セイルも見たでしょう?』

「っ!?……まさか、あのドロドロした機体か? あれが……」

セイルは本社襲撃の日のことを思い出す。ジャスティスロードを受け取るために移動していた二人が遭遇した機体……ケイローンが言ったゴーストと酷似した、あの奇妙な機体を。

「あれがゴースト……間違いないのか?」

『間違いないわ……知りあいの機体だった。アセンブルもエンブレムも……戦法も全く同じ……』

 あのゴーストは、スキウレと同じくオービットを主体とした戦闘スタイルだった。確かに、そう簡単に真似出来る物では無いだろう。一人を除いて。

「その知り合いって……っ……」

 同時にコクピットが振動し、エレベーターの扉が開く。レイヤードの最上階層に到着したのだ。同時に戦術画面に移動順路が表示され、四機のACはそれぞれの目標地点へ向けて散開していく。

『時間切れのようね……ごめんなさい。地上うえに上がってからまた……』

 スキウレのフェアリーテールは、まるで逃げるかのように通路を進み、曲がり角の向こうへと消えて行った。ハヤテのアメノカザナギも手を上げて合図したあと、トンネルの奥へと進んでいく。後にはジャスティスロードとグラッジだけが残された。

「セイル、彼女……」

「ああ……意図的に時間切れになりそうなタイミングで話してたな。そんなに言い辛い事なのか…………まぁ、とりあえず行こう。また後で」

「……そうね」

 残された二機も、各々の順路へと進んでいく。先の見えない通路は、まるで自分自身の行く末を示しているようだった。

 

 

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