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死者と亡者に関する考察〜見える恐怖と見えない恐怖〜
ジャスティスロードは長いトンネルをゆっくりと進んで行った。目標地点はそこまで遠い場所ではないうえに予定時刻もまだ先だった為、無駄にエネルギーを消耗する事も無いだろうと思ったのだ。
移動をオートパイロットに任せ、セイルはヘルメットを外す。ヘルメットを外してしまうと外の様子は一切分からなくなってしまうが、その分思考の邪魔になる感覚情報も減ってくれる。無線機の音声のみをコクピット内のスピーカーに切り替え、シートにもたれかかった。脳裏には先程のスキウレとの会話が去来する。
「あの機体がゴーストか……」
誰にとも無く呟き、セイルは本社襲撃事件の時に遭遇した機体を思い出す。破損と腐食でボロボロのボディをセメントのような素材で無理矢理補強したスクラップのようなフロートAC。それはかつて、アヴァロン大停電の日に戦った四脚ACにも似ていた。
(あの異様なボディ以外に二機に共通しているのは、やっぱり死亡したレイヴンの機体だって事だ。四脚ACのほうは行方不明って話だったけど、フロートの方はどうなんだろう? スキウレが話してくれるのを待つしかないか……)
セイルが思考しているうちにもジャスティスロードは曲がりくねったトンネルを進み、やがて停止した。セイルがそれに気付いて思考の海から戻ってくるのと同時にレナから通信が入る。
『ジャスティスロードの目標地点到達を確認。セイル、そこで待機して』
セイルがヘルメットをかぶり直すと、目の前にはAC、MT用の小型リフトがあった。ここから直上にある施設まで侵入するのだろう。
「了解、待機する……予定時刻まで残り三分ちょいか……」
セイルは再び思考の海へと潜ってゆく。出来ればすぐにでも二人との会話を再会したいのだが、この場所ではAC同士の短距離無線は通じない。
(ゴーストの正体や目的はとりあえず置いとくとして……やっぱりあの異様なボディがひっかかるな……アメリアの話にはそんな内容は無かったし、そもそもあんな機体を実戦に投入するのも妙だ。四脚ACの装甲は明らかに脆弱だったし、フロートACは……って、スキウレは結局あの機体をどうしたんだろう)
セイルはあの日のことを思い出してみるが、スキウレがどうやって戦闘を終わらせたのかが分からない。撃破したのか、撤退させたのか、搭乗者が居るなら脱出したのか……
『まもなく予定時刻です。セイル、準備して……セイル?』
「あ……了解、このリフト使って上に行けばいいんだよな」
『……セイル、またぼ〜っとしてたんじゃ無いの? しっかりしてよ。リフトで上に行ったら。敵が体勢を整える前に保有戦力を破壊する。人員はできる限り殺さずに確保ね』
「了解……ごめん、気ぃ引き締めるわ」
セイルは通信を切るとジャスティスロードをリフト内へ進ませた。地上に出ればまた無線が使えるようになる。思考するのはそうなってからで良いだろう。やがてタイマーが定刻を告げ、セイルはリフトを起動させた。リフトは縦穴の先に見える僅かな光に向かってぐんぐん上昇していく。
『行けそうだったらブーストで上昇して。スピードが勝負のミッションだから』
「了解、残り……2kmくらいか…………よし」
暫く待った後セイルはジャスティスロードをジャンプさせ、オートバランサーを解除して機体を上に向けた。
さらにHOBを起動し、コア後部に大量のエネルギーを収束させる。同時に機体各所の装甲版が展開し、内部機構の一部が露出したかと思うと、発動したHOBがジャスティスロードを縦穴の出口へと急上昇させていた。
やがてレーダーに赤い光点がちらほらと見え始める。リフトを動かした時点で気付かれてしまっていたようだ。カメラをズームすると、出口が塞がれようとしているのが見える。
「そんな姑息な手で……」
セイルはジャスティスロードを加速させ、出口まで一気に近付くと穴を塞ごうとしていた隔壁にアストライアを撃ち込んだ。隔壁は一瞬にして突き破られ、ジャスティスロードが地上に躍り出る。
「俺とコイツを止められると思うなっ!」
オートバランサーを素早く再起動し、着地したジャスティスロードはリニアライフルを発射する。周囲のガードメカがボディに風穴を開けられて吹き飛んでいった。
『施設への侵入を確認。セイル、MTが起動しようとしているわ。動き出す前に破壊して』
「分かった」
セイルは周囲のガードメカを掃討しつつ、首を動かしてカメラをパンさせる。壁際のハンガーにかけられているカイノスに敵兵が乗り込んでいくのが見えた。
「……よし」
セイルはBISのブレードを展開すると、ジャスティスロードの両足を揃えてくるりと一回転させた。周囲のガードメカが一瞬にして融解し。さらに壁際に居た筈のカイノスまでもが機体を爆散させる。
「もう一発っ!」
回転に合わせて捻った体を、ジャスティスロードは逆方向に向けて開放する。腕の振りに合わせて動いたBISから青白い光が放たれ、離れたところに居たランスポーターの脚部を両断した。
「OK! 流石エディだな。感覚通りだ」
脚部を接地して回転を止め、ジャスティスロードはBISに視線を向ける。ブレード発振機のある根元から中心までの部分が拡張され、先端部分にも数本の溝が走っていた。他にもTOBのノズルや各所の装甲にも改良が加えられている。セイルの要望に合わせて、整備士のエディ・ルークラフトが大幅なカスタマイズを施してくれたのだ。
BISの内装レーザーブレードはジャスティスロードの射撃攻撃力の低さを補う為にブレード光波を射出可能な物に変更され、さらに翼断面の形状変更によって空力による姿勢制御能力も向上している。
機体各所にはHOB使用時に発生する膨大な熱量を制御する為の簡易空冷式ラジエーターが内装され、必要に応じて展開されるようになった。
そして、これらによる機動力と防御力の低下を補う為に防護スクリーンと近接防御火器の強化、及び各ブースターの性能限定解除を行い、戦闘補助用のCPUも最新式の物に換装されている。これにより、ジャスティスロードはより汎用性の高い機体へと進化していた。
「ジャスティスロード Ver.E……結局アリーナじゃハンパにしかテストできなかったし、帰ったらエディに報告しなおさないとな……」
さらに立ちはだかるガードメカを蹴散らし、ジャスティスロードはガレージ最奥部のACハンガーへとたどり着いた。そしてそこを見下ろす位置にあるコントロールルームを確認すると、正面の窓へリニアライフルを突きつける。
「グローバルコーテックスだ。武装を解除して投降しろ。抵抗する場合は射殺する」
セイルは外部スピーカーを起動すると、自分なりにドスの聞いた声で投降を指示した。窓の向こうに見える敵兵たちは慌てて逃げ出そうとするが、セイルはジャスティスロードの迎撃機銃でルームの窓を攻撃し、さらに出入り口の扉をリニアライフルで破壊する。
ルームの窓は耐衝撃処理がされていたせいでヒビが入った程度だったが、出入り口は完全に塞がってしまっていた。さらにリニアライフルの銃口を窓にぶつけてガラスを叩き割り、脅しをかける。
「最後通告だ。武装を解除して投降しろ」
窓の向こうで蹲っていた敵兵たちはのろのろと起き上がり、降伏の姿勢をとった。さらにそのうちの一人が無線で何事か叫ぶと周囲のMTから敵兵が降機し、ガードメカも停止する。セイルはそれらを適当に行動不能にすると、レナに通信を入れた。
「こちらジャスティスロード、施設の制圧に成功した。敵兵を十名ほど確保」
『了解。コーテックスの部隊が到着するまでそこを保持してください…………お疲れ様セイル。もうしばらく待機ね』
レナが労いの言葉と共に通信を切る。ちなみに一つ余っていた施設についてだが、担当の施設を手早く制圧したハヤテが既に向かっているらしい。暫くすると、同じく制圧を完了したらしいアメリアから通信が入った。
『こちらグラッジ……セイル、そっちは?』
「とっくに。スキウレは?」
『まだ来ていない。室内戦だし、フロートにはちょっと……』
『あら、私を見くびらないで欲しいわね。今終わったわよ』
言っている内にスキウレが参加してきた。セイルは確保した敵兵の動きを監視しつつ、会話に耳を傾ける。
『案外早かったわ。ACが居るかとも思ったけど』
「ああ、後はコーテックスの部隊に引き継いで終了か……それにしてもハヤテの奴、タイムアタックでもしてるつもりなのか?」
『本当、何をあんなに慌ててるのかしら。早すぎる男は嫌われるわよ』
『それで、話の続きだけど……』
スキウレの下ネタをサラリと流し、アメリアは会話の再開を要求する。スキウレは一瞬息を詰まらせたが、すぐに本題に入った。
『それじゃ、まず私から質問するわ……ゴーストとして現れたACは、その全てにおいてパイロットの死亡が確認されているのかしら?』
『おそらくそうね。最近目撃されているゴーストの多くは、本社襲撃事件の戦闘で死亡が確認されたレイヴンだったわ』
あまり情報を得ていないセイルの代わりにアメリアが返答する。セイルは適当にジャスティスロードのリニアライフルを動かして敵兵を威嚇しつつ、聞きに徹していた。
『それは確実に死亡しているの? 今の技術なら、脳さえ生きていればPLUSとして再生できる筈だけど?』
『その可能性は高くないわ。ゴーストの行動と元搭乗者の履歴を調べてみたけど、明らかにその人物の行動理念から外れた働きをしている者がいるの……これを見て』
アメリアからメールが送られてくる。それは一人のレイヴンのデータだった。レイヴンネームと機体構成。戦闘パターンなどが記されている。
『このレイヴンは元、親ミラージュ派のレイヴンだったの。本社襲撃事件の折に撃破が確認されているわ。そして……』
続いてもう一つのデータが開かれる。そこにはデータにあった機体がミラージュの部隊を急襲している画像があった。
『その機体が、先日ゴーストとしてミラージュの輸送部隊を襲撃しているの。生前の彼からは考えられないわ』
アメリアの出した結論に、一瞬全員が押し黙る。しかしすぐにスキウレが反論した。
『それなら、どうやって以前と全く同じ戦法で機体を動かしているの? レイヴンの動きを完全にトレースするなんて、例えサイレントラインのAIでも不可能だわ』
『そうね……でも、仮にもレイヴンだった人物が自分の信念を曲げる様な行動をするとは考えにくいわ。ところで……』
アメリアは一旦言葉を切ると、スキウレの腹を探るようにして言った。
『貴女はどうして、そこまでゴーストのパイロットが気になるの?』
『っ……』
どうやら核心を突かれたらしく、スキウレが息を飲む音が聞こえる。セイルはそこで初めて声をかけた。
「スキウレ……別れる時にも言おうとしたんだけど、俺達が見たゴースト……知り合いだって言ってたよな。そのレイヴンは? 死んだのか?」
『…………ええ、死んだわ。少なくとも、自由に動ける状況じゃない筈よ』
「それで……そのレイヴンがお前を攻撃してくる可能性は?」
『…………私の自惚れでなければ、ほぼゼロよ。彼が……あの人が私を攻撃してくるなんて……そもそも生きている筈が……』
「……スキウレ、コーテックスの部隊が来たみたいだ。一旦通信を切るぞ」
セイルは通信を切ると、別の周波数でアメリアに通信をかけた。アメリアもセイルの行動を読んで周波数を弄っていたのか、すぐに通信が繋がる。
「スキウレの言ってるレイヴンについて、どう思う?」
『深い仲だったようね。恋人か、肉親か……多分その人が生きていると思いたいのね……』
「……実際の所、ゴーストの搭乗者が元のレイヴンと同じだっていう可能性は無いのか?」
『現状での断定は難しいけれど、さっきも言った通り可能性は低いと思う。ところでセイル、コーテックスの部隊は?』
「あれはデマカセだよ。分かってたんじゃないのか?」
『いや、そうじゃなくて……随分遅くない?』
「……そう言えば…………レナ、コーテックスの部……」
『アメノカザナギより全機! 緊急連絡だ!』
その時、不意にハヤテが全周波無線で通信を入れてきた。同時にガレージ全体に警報が鳴り響いたかと思うと、レーダーに一つの光点が灯る。
「ハヤテか? どうした?」
『全員すぐにそこから離れろ! コーテックスの部隊は来ない! 代わりにとんでもない奴が……っ!』
ハヤテの通信から爆音が聞こえる。さらに悪態をつくハヤテの声に混じってレナの声が聞こえてきた。セイルは周波数を調整し、通信を受ける。
「レナ? 一体何が……」
『セイル、ミッションは失敗したわ。すぐに撤退して!』
「落ち着け、何があったんだ?」
『そっちに向かっていた制圧部隊が離反レイヴンの襲撃を受けて全滅したの。敵ACはそのままあなた達の居る所に向かっているわ』
セイルはレーダーに目を移す。先程の光点は、現れてからずっと動いていない。停止しているのかとも思ったが、よく見るとZ軸座標のみが変化している。どうやらセイルたちが使ったリフトの縦穴を上昇しているようだ。
「リフトは俺達が使ったままでまだ地上にある……全長3kmの縦穴をブースターだけで登って来てるってのか?」
『相手はただの離反レイヴンじゃないの。他の人にも連絡は行ってると思うけど……』
瞬間、縦穴を塞いでいたリフトが吹き飛び、一体のACが現れた。
「なっ!」
セイルは一瞬言葉を失っていた。無線機からはレナやアメリア達の声が聞こえてくるが、セイルの耳には届かない。セイルの五感は全て、ある一つのシーンのみを再生していた。青白い閃光、グレネードの爆風、真っ二つに切り裂かれた細身のコアパーツ。セイルの脳に図らずも死の恐怖を植えつけた機体が、そこに居た。
「……お前は、死んだはずじゃ……」
セイルは外部スピーカーでそのACに話しかける。しかしそのACはセイルの言葉を気にも留めずにジャスティスロードに接近すると、両腕部のハンドガンで攻撃してくる。二、三発被弾しながらも離脱するジャスティスロードの足元を、確保していた敵兵が逃げて行った。
「っ! くそっ!」
セイルは苦々しげに唇を噛み締めた。頭の中は感情で混乱し、必死に冷静になろうとするその思考すらも曖昧になってゆく。
『こちらグラッジ、セイル? 聞こえていたら……』
『こなくそっ、野郎……』
『全機、これ以上戦闘を継続する必要はありません。部隊を襲撃したACは……』
「何でだ……ヴァーチカル! 何でお前が……」
セイルの目には、緋色のボディとチェス駒のエンブレムをもつ細身の四脚AC、本社襲撃事件の時に共に戦い、セイルの目の前で散っていたかつての戦友、ヴァーチカルの『プレイフェア』が居た。
『……敵ACは、その全てが死亡した筈のレイヴン……『ゴースト』です!』
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