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動き出すモノたち〜渦の中心は動かない〜

 

 

「んで、活動資金のほうだけど……」

「それに関しては問題ないわ、私がいる限りはね」

「私たちも多少なら出資できます。彼の保有財産はかなりの物ですから」

 セイル達はケイローンの家で『第一回ヒーメル・レーヒェ首脳会議』を続けていた。組織として発足はしたものの、今の彼らは結局のところ民間の組織でしか無い。

 構成員の多くがレイヴンであることを考慮しても、出来ることには限界があった。そのため、とりあえずは組織としての活動能力を確認することにしたのだ。具体的には、資金・物資、戦力、公的機関への影響力などである。

「ありがとう。でも無理はしないようにな。特にスキウレは立場があるんだから」

 ちなみにスキウレことシルヴィ・ステファンが、三大企業の一角、クレスト・インダストリアルの社長令嬢である事は先程全員に知らされた。

 彼女としてはあまり秘密を知る者を増やしたくは無かったのだが、組織として活動するにはどうしても彼女の力が必要となる。

「分かってるわよ。でもジャスティスロードの事もあるし、少々の無茶は認めて頂きたいわね」

「…………」

「問題は資金より発言力の方じゃないか? ナハティガルが企業の崩壊を狙っているのなら、いつかは各企業との連携が必要になる。そう言うわたしにはそんな力は無いが……」

「そうね……企業への影響力を持っているのは私と、良くてキースだけ。それに私が出るとなれば個人じゃ無くてクレスト社として話さなければいけなくなるし……ケイローンは? 企業にコネは無いの?」

スキウレはキッチンに向けて声を張り上げる。時刻は昼を回った辺りであり、ケイローンは先程から昼食代わりに何かつまめる物を作っていた。

「あるにはあるが、そんなにいいモンじゃねぇぞ。せいぜい情報源くらいだ。後は……」

 サンドイッチの載った大皿を持ってケイローンが戻ってくる。皿をテーブルに置き、口に咥えていた一つを頬張りながら言葉を続けた。

「ヒティガードにヒり合いが居るな……ン、提携ぐらいは頼めると思うが……モグ……」

「そうか……コーテックスの専属レイヴンになって公に支援を受けるという考えも有ったが、現状では難しそうだな…………後は? 結局具体的な行動内容はどうする?」

「ん〜……結局こっちからのアプローチは難しいんだよな……基本的にはあいつらへの妨害と……はむ、最終的には首謀者の抹殺を図りたいトコだけど……んぐ、とりあえずは情報収集かな。奴らそのものと、協賛してるテロ組織、それから……」

 そこまで言ってセイルは会話の方向を間違えたことに気付いたが、既に遅かった。口の中のサンドイッチを飲み込む振りをしてスキウレの表情を確認した後、躊躇いがちに言う。

「離反したレイヴン……それにゴーストの事も……」

「……そうね…………」

 案の定、スキウレは表情を曇らせる。それはほんの僅かな変化だったが、いつも通りの笑顔を保とうとしている分余計に痛々しかった。話題を振ってきたアメリアも澄まなさそうな顔をしている。

「…………スキウレ」

 セイルは携帯端末を閉じ、スキウレのほうに向き直った。やはり今後のことを考えても、彼女の事を知っておく必要があると思ったのだ。

「良かったら話してくれないか?そのレイヴンについて」

「…………」

 今度は明確に顔を曇らせるスキウレ。しかし暫くすると諦めたように顔を上げ、周囲を見渡した。自分の他に四人がテーブルに付き、ケイローンもキッチンで聞き耳を立てている。

「彼は、昔クレスト社の専属レイヴンだったの……」

 スキウレがゆっくりと話し始める。その表情はいつものスキウレからは想像出来ないほどに暗く、辛そうに見える。セイルは、スキウレの笑顔が仮面だと思っていた自分の考えが間違いではなかったことを確信した。

「以前からもよく本社に出入りしていて、まだ家を出ていなかった私にも良くしてくれたの……私もまだ小さかったから、彼を年の離れた兄のように慕っていたわ……」

 スキウレが現在二十歳過ぎ、SL事件以前なら十代前半といった所だろうか。大企業の社長令嬢として生まれ、しかもそんな多感な時期であったのなら、身近に居たレイヴンという存在に興味を持つのも珍しくないだろう。

「彼はいろんな事を教えてくれた。父が用意した、私のための世界の外の事……『一般人』と呼ばれる大多数の人々の暮らし、文化や習慣、それにレイヴンやACの事も……思えばその事が、彼がああなった原因だったのかもしれないわね」

 スキウレは一旦言葉を切り、テーブルの上のコップから水を飲む。それから腰のポケットに手を伸ばして中をまさぐった。しかし何も取らずにそこから手を抜くと、話を再開する。

「私が乗っているAC、フェアリーテールは彼の乗っていた機体を元にデザインしたものなの。彼のACに一緒に乗って、操縦や戦術を教えてもらった事もあった。私がレイヴンになる事に対してはいい顔はしなかったけど、それでも私がいろんなことを知っていくのを見守ってくれていた。でも、そのせいで彼は父に目を付けられて…………ごめんなさい」

 スキウレは苦しそうに胸を押さえ、洗面所のほうへ走って行く。暫くして戻ってくると、さっきまで青白かった彼女の表情は幾分かマシになっていた。

「……スキウレ」

「大丈夫……そしてSL事件も終わりの頃、彼は企業軍からの依頼で他のレイヴンと共に出撃したわ。目標は、ミラージュの地上本社ビル」

 その瞬間、エマが僅かに息を飲み、キースが目を細めたのをセイルは見逃さなかった。スキウレもまた、それを予想していたかのようにキースの方を向き、言った。

「そして彼はそこで機体を撃破され、帰還することは無かったわ。彼のレイヴンネームはプロミネンス、ACは『ウォーターハザード』……聞き覚えが有るわよね」

 最後の一言は問いかけではなく確認だった。表情を曇らせるエマを制し、キースが口を開く。

「ああ……クレスト企業軍によるミラージュ本社への直接攻撃……あの時それを迎撃し、ACを撃破したレイヴンは俺だ」

「っ!」

「…………」

 セイルは思わず息を飲み、アメリアは眉を傾ける。ケイローンも僅かに身じろぎしたようだった。

 レイヴンはその性質上、日常的に人の命を奪っている。しかしそれはACという鋼鉄の巨人の外の出来事であり、このように等身大の罪を見せ付けられることは稀有だった。

 大抵はそのようなことを考えるまでも無く忘れてしまうか、教えられると同時に殺されてしまうだろう。

「それで、どうする? 俺を殺すか?」

「まさか……彼も貴方も、そして私もレイヴンだもの。殺し、殺されたくらいで不平を言うつもりは無いわ。ただ確認したかっただけよ…………話を戻すわ。そうして彼は死んだ……いえ、抹殺されたのよ。軍部の暴走を見逃してしまった、あるいは黙認した父によってね。そしてそれから十年。今になって彼の機体は再び活動を始めているわ。死亡した筈のレイヴンが撃破された筈の機体に乗って現れる現象……『ゴースト』としてね」

 スキウレはそこで一旦言葉を切ると、眼前のキースをしっかりと見据えて言った。

「今更罪を清算しろなんて言わない。でもこれだけは答えて欲しいの。キース・ランバート……貴方は十年前にプロミネンスと戦った時、彼を殺したの?」

「…………」

 キースはスキウレの問いに対して暫くの間沈黙していたが、やがて口を開く。彼はそれまで、いつも以上に悲しげな瞳でスキウレを見つめていた。

「分からない……コクピットを狙ったつもりは無かったが、流れ弾やクリティカルヒットの可能性を否定することは出来ない。しかし……」

 キースは傍らのエマをチラリと見やる。するとエマはテーブルの上に自分の携帯端末を置き、操作し始めた。

「その『ゴースト』という現象に対して、俺は一つの答えを出すことが出来る…………セイル・クラウド」

「っ……何だ?」

 思いがけず名前を呼ばれ、セイルは一瞬遅れて反応した。

「先日、旧世代文明の遺跡で会った時の事を覚えているか?あそこに何が有った?」

「……あの遺跡? 確か……」

 セイルは先日哨戒に向かった旧世代都市の地下空間を思い出す。あそこで見た二度目の白昼夢の事はひとまず考えず、あそこで見たものを思い返してみた。

「そう……奴らが何かしていた痕跡があった。それと、かなり古い戦闘の痕跡……」

「あの場所は旧世紀に作られた閉鎖領域で、過去にある兵器が何者かと戦闘を行ったようなのです。結果、その兵器は破壊され、あの場所に放置されました。ナハティガルはその兵器を発掘、分析し、ロストテクノロジーのサルベージに成功したのです。それが……」

 エマはセイルの言った事を補足し、さらに携帯端末を操作して一つの設計図を表示した。コクピットを排し、ACの操縦系統を頭部のコンピューターと直結させるという、無人機によく見られる構造。

 そしてその頭部パーツには、SLの崩壊により失われてしまった超高性能AIの代わりに、『生体脳』と書かれたパーツが取り付けられている。

「っ!……」

……これは……」

「まさか……」

 スキウレが息を飲み、セイルとアメリアが驚愕する。ケイローンもキッチンから戻って来て画面を凝視した。

「ファンタズマシステム……人間の脳をメインコンピューターとして使用する、旧世代の兵器です。あの場所には、この技術を利用して作られた特殊兵器『ファンタズマ』の残骸が残されていました」

 エマは設計図を一通り見せた後、ファイルをデリートした。セイルは驚愕の表情を隠せないまま、キースに問いかける。

「まさか、これがゴーストの正体?……」

「そう考えれば説明が付く。無人機でありながら元になったレイヴンと同じ動きが可能であり、生体脳を単純なハードウェアとして利用できるなら本人の意思も無視できる。無論、想像もつかないような高度な技術が必要だがな」

「そうか……コーテックスの賃貸ガレージで戦った時、あのACは攻撃を受ける時にコアパーツを防御していた。本当に無人機なら頭部を守る筈なのに……」

「本社襲撃事件の折に多くのレイヴンが帰還しなかったのもこのせいでしょう。ナハティガルはレイヴン自身ではなく、その脳を戦力として欲しているようです」

 キースが返答し、アメリアが納得の表情を浮かべる。エマも捕捉の情報を述べていると、それまで黙っていたケイローンが急に声をあげた。

「ちょっと待て、そんじゃ結局、スキウレの言ってるそのレイヴンは……」

 その言葉により、リビングは一瞬にして沈黙に包まれた。全員の視線がスキウレに集中する。

 スキウレは、まるでとんでもない忘れ物に気付いた時のような表情を浮かべている。目を見開き、口は僅かに開かれて体は小刻みに震えている。

「……スキウ」

 セイルが手を伸ばそうとしたとき、彼女は弾かれたように立ち上がると自分のバッグを掴みあげてリビングを出て行った。

 そのまま洗面所のほうへと走っていく音が聞こえ、やがて扉が閉まる音がした。再び一瞬の沈黙の後アメリアが口を開いた。

「……ケイローン、彼女はもしかして……」

「箱中だよ。暫くは出てこねぇだろうさ」

「何? ハコチュウって?」

「これよ……」

 アメリアは自分のバッグからリバーシの駒のようなチップを取り出してセイルに見せた。セイルも存在自体は知っていたようで、驚いた表情を見せた。

「これって……確か」

「ロッカー、合法ドラッグだよ。脳内麻薬の分泌を促して快感を得るんだ。使用者にもよるけれど、自分が一番好きなことをしている気分になれる。レイヴンの間では有名だよ」

 アメリアはそう言って、ロッカーを使う仕草をして見せる。髪をかき上げて後頭部に手を当てるその仕草に、セイルは思い当たる事があった。

 丁度アメリアが同じ仕草をしているのを見たことがあるし、スキウレも妙に首筋を気にしている時があった。

「昔からよく使ってたが、最近はしょっちゅうだ。ちょっと前まではわりと少なくなってたような気がしたが、最近はまたな……」

 ケイローンも洗面所のほうを見ながら言う。閉じられた扉越しに、嗚咽とも喘ぎともとれない声が僅かに響いてきた。

「…………」

「……〜〜…………」

「……どうする? 会議」

「この様子じゃお開きだな。基本的な事は決まったんだろ?」

「大まかではありますが、情報整理と方針決定は出来ました。本部の手配の方は、私がしておきます」

「ああ、ありがとう。それじゃ……」

「待って、また誰か来る!」

 アメリアがまたも何者かの接近を告げる。キースとケイローンは瞬時に戦闘体勢を取り、エマは洗面所へと駆けて行った。しかし、

「でも、この足音……さっきのレイヴンと同じ?」

「ってまたハヤテかよ!」

「あの阿呆……追っ払うから隠れてろ」

 ケイローンは銃をしまい、呆れ顔で玄関へと向かう。セイル達も一応裏口の方へと退避した。アメリアが裏口のノブに手をかけ、キースが不機嫌そうな顔で護衛に立つ。

「全く毎度毎度間の悪い……まさかあいつナハティガルのスパイじゃないだろうな」

「まあ、あんな豪快なスパイもいないと思うけど、でも……」

 セイルの隣にいるアメリアが怪訝そうな顔をする。彼女は再び周囲に間隔を張り巡らせた。

「足音がやけに速くて重い……息も上がってる……まるで重い荷物を持って走ってるような……」

 その途端玄関の扉がドンドンと強くノックされ、ハヤテの怒鳴り声が聞こえてきた。

「爺さん! 緊急事態だ! おい!」

 ただならぬ雰囲気を察知したのか、ケイローンが即座にドアを開ける。パイロットスーツを着たままのハヤテが、呼吸を荒げて立っていた。訪問を咎める事はせず、ケイローンはハヤテに問いかける。

「何があった?」

「襲撃だ!……オレ、朝から依頼受けて出てたんだけど……今さっきミッション終わらせて帰ろうとしたら急にコーテックスから通信が……」

 ハヤテは呼吸が続かないのか、途切れ途切れに事態を説明する。その時、セイルは肩を叩かれて後ろを振り向いた。アメリアが携帯端末を開いて自分に見せている。

 そこには、コーテックスからの緊急出撃スクランブル要請を告げるメールが届いていた。

 セイルは思わず上げそうになった声を飲み込み、自分の携帯端末を開く。退避するときに電源を切っていたので気づかなかったが、レナから同様のものが届いていた。着信時刻からは既に十分以上過ぎている。

 

[セイル、緊急事態よ。クロノスシティ郊外の発電施設に識別不明の大部隊が接近しているわ。それで、現在シティにいるレイヴン全員に出撃の依頼が出ているの。本襲撃事件の時と違って強制では無いけど、出来る限り来て頂戴。コーテックスの上層部はジャスティスロードの戦闘力を欲しがってるフシが有るわ。受諾ならガレージへの到着予定時刻をメールして]

 

 メールを読み終えたセイルはいつの間にか歯を強く噛み締めていた。

 行動から察するに敵部隊にはほぼ間違いなくナハティガルが関係している。本社襲撃事件から間を置かない二度目の大規模戦闘。頭の中は怒りとも高揚ともつかない物が渦を巻いている。

「……そいで連絡が付かないからってオレが来た。ハァ……どうする? 爺さん」

「クソッ、こんな時に……後から追いかける。お前は先に行ってろ!」

「解った。ああ、セイルとかスキウレにも連絡回しといてくれ。あいつらも繋がらねぇってよ。じゃあな」

 そう言うと、ハヤテは再び全速力で駆けて行った。おそらくすぐ近くまでACに乗って来ていたのだろう。

 やがてシティ内にシティガードからの緊急警報が流れ始めた。

「セイル!」

 ケイローンが裏口へと走ってくる。何も言いはしなかったが、その眼は雄弁に語っている。「俺達はどうするのか」と。

 見回してみると、他のメンバー達も同じ目をしていた。予想外に速い事態の変化に、全員がセイルの指示を仰いでいる。セイルはチラリと洗面所の方に意識を向けたが、すぐにメンバーたちを見渡しながら言った。

「……出撃しよう。ヒーメル・レーヒェ旗揚げの時だ」

 セイルの決断に、メンバー達は皆微笑を浮かべて答えた。同時に洗面所の扉が開き、スキウレが現れる。表情は以前陰鬱としていたが、幾分か持ち直したようだった。

「スキウレ……行けるのか?」

「ええ、心配かけてごめんなさい…………正直まだ辛いけど、私だけ行かない訳にはいかないわ」

「分かった。何度も言うけど無理はしないようにな。ケイローン、コーテックスまでどのくらいかかる?」

「車で十分ってトコだな。メインストリートは緊急車両優先になってるだろうが、裏道はまだいける筈だ。しかし問題は人数が……」

 ケイローンの車は家庭用の乗用車だが、最大でも五人までしか乗れない。

 以前アメリア達とケイローンの家に行った時も五人がギリギリ乗れる程度だった。メンバーは全員で六人。とてもではないが乗れそうに無い。しかしその時、エマが進み出て言った。

「それなら大丈夫です。私とキースは独自行動ですから。コーテックスには貴方達だけで向かって下さい」

「そうか、分かった。じゃあ他のメンバーはケイローンの車に移乗、コーテックスのガレージに向かう。キース、また後でな」

「……ああ」

「では、ご武運を……」

 キースとエマはそれだけ言うと、先に裏口から出て行ってしまう。セイル達は裏口から家の正面に回ると、ケイローンの車に乗り込んだ。

「よし、いっちょ荒っぽく行くぞ。シートベルト締めとけよ!」

 ケイローンが車を空吹かしして暖機させている間に、セイルはレナに依頼を受諾するメールを送信しておく。やがて車の発進と同時にレナからの返信が届き、ジャスティスロードの準備をさせる旨が伝えられた。

 ケイローンの車は車幅ギリギリの細道を強引な運転ですり抜けていく。ACに乗っている時にも似た強いGを感じつつ、セイルは窓から外を見た。

 ダウンタウンを形成する建物の隙間から、時折昼下がりの空が見える。やがて黒煙の闇に覆われるであろうその空に、再びヒバリを飛ばせて見せる。セイルはヒーメル・レーヒェのリーダーとして、決意を新たに戦場へと走り出した。

 

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