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神すら抑す絶対者(Absolute Represser)〜是非は問わない。使えるのならね〜

 

 

 クライシスの特殊ACはジャスティスロードから視線をそらし、前線の方を向いた。先程のミサイル攻撃によって周辺のディソーダーは全滅してしまっていたが、穿たれたクレーターの周りからは既に新たな群れが進軍してきている。新たに現れた有力な敵に戦力を集中させる狙いのようだった。

『グローバル・コーテックスより未確認機へ、貴殿の所属と目的を通達願います』

「了解した……こちら非企業組織『A....』所属、『アブソリュート・リプレッサー』以後、『A・R』と呼称。これより貴殿らを援護する。そちらの指揮官は?」

 ティリエルから通信が入り、クライシスが応答する。そうしている内にも敵の包囲網は次第に狭まって来ていたが、不意にその一角が破れ、何体かのACがこちらに向かってきた。フェアリーテールにグラッジ、さらには復帰したらしいサジタリウス改も見える。

「セイル、一体何が……」

「まさか……クライシスなの?……」

「よぉ、待たせたな」

 AC達がジャスティスロードの傍らに到着し、口々にセイルの無事を確認する。一方、コーテックスとの通信を終えたクライシスは無線から外部スピーカーに切り替えてセイル達に話しかけた。初見となるアメリアとも名前の交換を済ませ、すぐに本題に入る。

「私的な理由での参戦だが、お前たちにも協力してほしい。少なくともこの戦闘における勝利とメンバーの生命は保障させてもらう」

「分かったわ。それで、具体的にはどう戦うつもり? まだ援護射撃の目処は立っていないようだけど……」

「……コーテックスからの援護射撃は無い。先程俺から援護射撃を不要とする旨を通達した。以後は残存している戦力のみで敵の殲滅を行う」

 クライシスの言った言葉に、メンバー達に動揺が走った。半ば諦められていたコーテックスからの援護射撃とはいえ、意図的にそれを止めさせる意図が理解できない。

「この機体、A・Rは単独での広域殲滅戦を想定して設計されている。詳細は伏せさせてもらうが、制圧火力では企業軍の大型兵器に匹敵するレベルだ。火力の面で心配はない。お前たちには、俺が効率よく作戦を進めるための援護を頼みたい……」

「そうね……じゃ、私から貴方に指揮権を譲渡するわ。みんなも構わないわね?」

 フェアリーテールの頭部パーツでメンバー達を見わたしつつ、スキウレはそう言った。当然スキウレの方針に反対する者はおらず、クライシスは具体的な行動を指示し始める。

「フェアリーテールは外周部にて敵小型ディソーダーの殲滅。サジタリウス改は指示したスナイピングポイントを巡回しつつ、B級ディソーダーのみを狙撃。グラッジは後方に下がり、他のレイヴンが撃ち漏らした敵を撃破する。ジャスティスロードは……」

「おいおいちょっと待て、それじゃただの役割分担じゃねぇか。今まで綿密な連携を取ってやっと対抗できるレベルだってのに、それじゃ各個撃破されるだけだぞ」

 ケイローンが横槍を入れてくる。彼が問うた事はセイルも疑問に思っていたことだった。この作戦、行動自体は今までと何ら変わりないが、目指す形が大きく違っている。つまり、他機と連携を取ることを全く考えていないのだ。

「……なお、通達した行動内容はあくまでも方針であり、こちらから出す随時の指示を除いて具体的な行動内容は撤退・戦線離脱を含めて各機の判断に任せる物とする。ただし、五分ごとの定時連絡は厳守せよ……以上だ。質問があるなら簡潔に済ませてくれ」

 全く悪びれることなくそう言うと、クライシスは説明を終了させた。その態度に毒を抜かれたのか、ケイローンも真っ向から反論はしないでいる。

「……本当にそんな作戦で大丈夫なんだろうな」

「無論だ。奴らに通常の連携は通用しない。奴らは独自の情報ネットワークを利用することで、数百、数千の個体が高度に組織的な行動をとれる。人間の軍隊が取れる連携では対抗しきれない」

「そうね……いいわ。生まれた時からあれと戦ってきた火星移住民の貴方が言うことだし、信じましょう。みんなも異論は無いわね?」

 スキウレが他のメンバーを見渡しながらそう言う。皆疑問を抱えてはいるものの、大筋では同意したようだった。どうやら、今までの連携がそれほど効を奏したように思えなかったのはみんな同じだったらしい。

「では、行動を開始する……セイル、お前は俺と一緒に来い。行動内容を随時指示する」

「あ、ああ……じゃあみんな、気をつけてな」

「おう!」

「……了解した」

「ええ…………また後で」

 メンバー達は一目散に指示された地区へと散って行き、後にはジャスティスロードとアブソリュート・リプレッサーが残される。そこでクライシスは再び口を開いた。

「久しぶりだな、セイル。問題は無いか?」

「まぁ、元気だったよ。クライシスは……ちょっとは体調戻ったみたいだな。気のせいか声が元気だ」

「……まったく、自分の感覚に従って行動するのは相変わらずだな……まあいい、行くぞ」

ZES-FICTIONALMOON、起動。敵弾の出力情報パターン化を開始します———』

 クライシスがそう言うのと同時に、A・Rの左腕部に装備されていた三角形のシールドらしきパーツが起動し、三つの頂点からそれぞれ細長いパーツが伸びたかと思うと、瞬時にそれらを頂点とした大型のエネルギーシールドが展開された。

 A・Rはそれを機体前方にかざすと、飛来したラインビームを防御する。いつの間にかディソーダーの群れはすぐ近くにまで迫っていた。

「戦場を移動する。飛ばすぞ、ついて来いよ」

「分かった……でもどこへ?」

「この戦闘を終わらせる、『鍵』のある場所へだ」

 A・Rはシールド越しに右腕部の長銃を構えると、前方のディソーダーへ向かって発射する。ACの腕部ほどもある細長い銃身から放たれた光条は、着弾と同時に収束されていたエネルギーを爆発させ、敵の先頭部隊を一撃で吹き飛ばした。周囲には融解してバラバラになったアーマイゼの残骸が散乱する。

「な……」

「……行くぞ」

 A・Rの長銃……ハイレーザーライフルの威力に絶句するセイルをよそに、クライシスは陣形を崩されたディソーダーの群れへと割り込んでいく。我に返ったセイルもリニアライフルを露払いに敵の群れへと突っ込んでいった。

A・Rはハイレーザーライフルで敵を薙ぎ払いつつ、敵の群れの中を進んでゆく。速度自体はそれほど特筆すべきものではなかったが、その挙動にはある意味見惚れるほどのものがあった。

あらゆる方向から放たれるラインビームを流れるようなステップで躱し、避けきれないものは左腕部のシールドで受け止める。さらにはまるでダンスのようにくるくると機体の向きを変化させ、あらゆる方向へと自在に攻撃をしかけていた。

しかもA・Rはこれほど密集した敵の中を移動しているにも関わらず、全く移動妨害を受けていない。度々敵に足を掬われながらチマチマと進んでいるだけのジャスティスロードとは大違いだった。速度では明らかにジャスティスロードが勝っている筈だが、A・Rの背中を追っていくことしかできない。

「っ……お前、いつの間にそんな機体を?」

「俺は、火星で対ディソーダー組織のリーダーをしている。このA・Rはそこで開発した特殊ACだ。一体多数での殲滅戦を目的とし、大量の火砲と誘導弾を搭載しつつ一定以上の機動性を確保している……こんな具合にな」

C.O.S.M.O.S.Cable guidance Omnipotent Simultaneous Multiple Orbit System起動、セミオート制御を開始します。目標、前方B級ディソーダー———』

 A・Rを包囲するように現れた三体のソートレルが一斉にラインビームを放ってくる。A・Rは地面を蹴って宙に飛び上がると、ブースターを巧みに使って後方へと宙返りし、ラインビームを回避した。

 同時に倒立した姿勢のまま三機のソートレルへと同時にレーザーを放ち、爆散させる。そして身を捻って着地すると、今度は六本同時にレーザーを放って前方の敵を撃破した。

(これは……)

 A・Rの周囲には円盤型をした計六つのオプションが浮遊し、それぞれがA・Rのエクステンションと有線接続されている。さらによく見るとA・Rの脚部パーツは地に足がついておらず、フロートのように機体を浮遊させていた。

「有線化することで航続能力と行動の複雑化を可能にした特殊オービットと、フロートと二脚の性能を合わせ持つ脚部パーツ。さらに……」

 前方から放たれた拡散ビームをシールドで防ぎ、肉薄してきたプレディカドールのブレードをバックステップで回避する。

 ブレードを振り抜いて隙だらけになったプレディカドールの胴体部をハイレーザーライフルで貫くと、A・Rはブースターを吹かして空中に浮遊した。そして直下のディソーダー達に向けてハイレーザーライフルを連続照射する。

 まるで水流に押し流される砂のように吹き飛ばされていくディソーダー達。セイルはその様子を、ただ呆然と見つめていた。既にディソーダー達の注意は完全にA・Rに向いており、意識的にジャスティスロードを狙ってくるものはほとんど居ない。

「高密度化した荷電粒子の壁によって敵弾を完全に消滅させる特殊エネルギーシールドと、並外れた出力と耐久性能をもつハイレーザーライフル。そして……っ! 下がれ!」

 不意に声のトーンを張り上げるクライシス。セイルはとっさにジャスティスロードに防御姿勢をとらせ、姿勢を低くする。

 A・Rの目の前で爆発が起こり、視界がふさがれる。お馴染みとなった例の感覚を無視し、セイルは吹き飛ばされて着地したA・Rに駆け寄った。

 シールド発声装置の表面が焦げ付き、防ぎきれなかった爆風と榴弾によってボディのあちこちに深い穴が穿たれている。遥か前方に、並んで浮遊している二体のリュシオルが見えた。

「おい、大丈夫か? そのシールド、敵弾を完全に無力化できるんじゃ……」

「それは、減衰の容易なエネルギー兵器に限ったものだ。奴らの攻撃はほとんどがそうだからな……断熱性能はともかく、実弾に対する効果は薄い……」

「そんな……そのダメージじゃ長くは持たないぞ。すぐに……っ?」

 その時、セイルはA・Rのカメラアイが赤く染まり初めているのに気がついた。それはアブソリュートが抱える爆弾、生体兵器に共鳴したAIの暴走である。

「まさか、この機体にもあのAIが搭載されてるのか? おい、クライ……」

「騒ぐな。心配無い…………さて、いい加減本気を出させてもらうとしようか……」

『戦闘プログラム———活性化完了———コンバットシステムを———拡張———』

 完全にカメラアイを赤く染めたA・Rが、屈んでいた姿勢からゆっくりと立ち上がる。すると被弾した部分が内側から破裂し、破壊された装甲が入り込んだ敵弾とともに排出された。さらに機体の内側から新たな装甲がせり上がり、被弾箇所を塞いでしまう。

「っ! これは……」

「………………ふっ」

 ダメージを完全に修復したA・Rは再度空中に飛び上がると、リュシオルに向けてハイレーザーライフルを連射する。先程までに比べて明らかに高エネルギー化した光条がリュシオルを幾度となく撃ち貫き、爆散させた。

 残った方のリュシオルはミサイルを放って反撃してくるが、A・Rはインサイドから放ったマシンガンでそれを迎撃し、一気にリュシオルとの距離を詰める。

 再び向けられたグレネード砲を脚部パーツで蹴り上げたA・Rは、リュシオルの頭部へと零距離からハイレーザーを放っていた。一瞬で融解した頭部パーツをレーザーが貫通し、後方へと抜けていく。

「極夜の空を……埋め尽くす星……」

『使用弾頭を選択———FCSのアイ・リンクシステムをカット———レーダーリンクシステムに変更———』

 周囲の小型ディソーダーを有線オービットで掃討し、着地したA・Rは背部に装備していたコンテナを水平に展開した。三本ずつ二組に束ねられた計六本のコンテナは、二本が前方へとスライドし、残りがそれぞれ上と左右に張り出して固定される。そして六本のコンテナは、その側面に付けられたハッチを一斉に展開した。

「さあ…………焼き尽くせ!!

 クライシスの掛け声とともに、コンテナのハッチから無数のミサイルが放たれた。

 まるで獲物を襲う蛇のように、推進済の尾を引いて飛んでいく人工の流星群。

 ある物は途中でいくつかのマイクロミサイルに分裂し、ある物は垂直に上昇したかと思うと破裂して爆雷の雨を降らせ、またある物は左右から湾曲軌道を描いて敵の群れに割り込み、爆発して大量の榴弾を撒き散らした。

 A・R目指して殺到していたディソーダー達はその破壊の嵐に飲み込まれ、成す術もなく蹂躙されていく。やがてその嵐が収まった時、A・Rの足元には新たな砂のクレーターが形作られていた。セイルは、先程自分を救ったミサイルの雨を改めて目の当たりにし、恐怖にも近い感情を覚えていた。

「これほどの火力を、単体のACに…………それに、あの装甲……クライシス、その機体はまさか……」

「そうだ……装甲や関節、エネルギー兵器の収束装置などに奴らと同じ生体金属細胞を用いている。兵器としてのカテゴリは、ACよりむしろ人工ディソーダーに近い……」

 赤い眼のA・Rがジャスティスロードの方へと振り返る。そこで初めて、セイルは、A・Rが周囲のディソーダーなど問題にならないほどの濃密な気配を放っていることに気がついた。しかしA・Rの動きに暴走した様子はなく、完全にクライシスの制御下にあるように見える。

「毒を以て毒を制す……正義で裁けない悪は悪となって裁く……その究極がこれだ。奴らと同じタイプの能力を手に入れれば、後は火力と戦略で押し切ることができる。これが俺のたどり着いた答え…………混乱を鎮圧する絶対的な力だ」

「………………」

 セイルは完全に言葉を失っていた。

 常に冷静さの仮面を被り、本心を見せる事のなかったクライシス。そんな彼がこれほど強い意志をもって行動していたことを知り、セイルは自分が戦場にいる事も忘れて完全に呆然としてしまっていた。

 しかしそれと同時に、自然と口元に笑いがこみあげてくる。クライシスは勿論、セイル自身もまた己の信念を持って行動しているのだ。目的は違えど、同じ思いを持っている戦友がいる事を、セイルは心からありがたく思うことが出来た。

「……さて、ではセイル。そろそろ作戦を始めようか」

「作戦? ……そういえば、さっきから移動ばかりだけど……ここがその『鍵』がある場所なのか?」

「そうだ。正確には『鍵』へとたどり着ける場所だな。見ろ……」

 A・Rが手をかざしてみせる。先程の攻撃によって再び空いた群れの中の空間。それを取り巻くようにして大量のディソーダー達が集まって来ていた。その数は今までの比ではない、すでにレーダーが情報量の多さで誤作動を起こしかねないほどの個体数だった。

 さらにリュシオルやプレディカドールのようなA級ディソーダーも多く見られ、マリーエーケンファーも混じっている。

「これは……また恐ろしい数だな……」

「さっき俺が吹き飛ばしたのが、ちょうど奴らの群れの中心部分。最も敵の密度が高い場所に当たる。これによって、奴らの意識はその殆どが俺に向いている。そこで………………A・Rより各機へ、周囲の状況を報告しろ」

クライシスが広域無線で他のメンバーへと呼びかける。するとメンバー達は、口々に戦況の変化を告げてきた。

『こちらサジタリウス、敵さんが前ならえしてそっち向かってるぞ。大丈夫か?』

『フェアリーテールよ。急に敵の動きが消極的になった気がするけど、一体何をしたの?』

『グラッジよりA・Rへ、警戒網を抜ける敵が少なくなってきた。指示を願う』

「よし……全機、これより殲滅戦に移行する。既にお前たちは敵の眼中に無い。他に構わず自由に動きまわれ」

 セイルはクライシスの狙いに気がついた。ディソーダーの脅威は何といってもその数の多さであり、それに対応するように動いた結果、こちらの能力が十分に発揮できなくなってしまう事である。

 さらに、有力な敵には多くの戦力を集中させ、確実にこちらの戦力を削り取ってゆく。どれほど強力なACを投入しても最終的には数で押し切ってしまうのである。

しかしクライシスは、そういったディソーダーの性質を逆に利用することで、戦闘の流れをこちらに引き込む方法をとっているのだ。

自分は群れの真ん中で派手に動き回り、逆に友軍には単調な行動を行わせる。それによって敵の注意は自分だけに集中し、友軍は連携を前提としない自由な行動をとれるようになる。そして奴らが伏兵に気づいた時には、既に致命的な損害を受けてしまっている。

つまりA・Rは、敵の大量撃破を行う主力であると同時に、敵の攻撃を一手に引き受ける囮でもあり、友軍の戦力全てをコントロールする司令塔でもあるのだ。

「これが、俺達……『A....』が編み出した戦法だ。意識的に連携をとるのではなく、各ユニットが自由に動き回り、それが結果的に連携の形を成す。通常の連携では少なからず損なわれてしまう、ACという兵器のポテンシャルを最大限に引き出す方法だ」

 そう言うとクライシスは、再びA・Rへと殺到して来たディソーダー達へと背部のコンテナ———もといミサイルランチャーから大量のミサイルを発射した。再び巻き起こる破壊の嵐に、瞬く間に殲滅されていくディソーダー達。セイルもA・Rの背後を守るように位置取りつつ、ブレードで接近してくる個体を撃破して行った。

「成程、この大量のディソーダーの群れが、お前の言っていた『鍵』って訳か」

「いや、これはあくまでも『鍵』へ至るための道だ。セイル、なぜ俺がお前をここまで連れて来たと思う?」

「え?……そう言えばそうだな。一体何のために?」

 思いがけない問いかけに、セイルは答える事が出来なかった。言われてみれば、この役割はA・R一体で事足りる。特にジャスティスロードが同行する必要は無く、むしろ下手をすればA・Rと一緒に注目の的になってしまいかねない。にも関わらず彼がそうしたのには、何か意味があるはずだった

「そう……お前には、その『鍵』を手に入れてもらおうと思っている…………」

 絶え間なく迫りくるディソーダー達をそれ以上の速度で掃討しつつ、クライシスはニヤリと笑ってそう言った。赤く染まり始めた西日の下、仮面を外した赤眼の天使は死の舞踏を踊り続けていた。

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