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神穿つ槍〜彼らは、自分たちの突き刺した者を見る〜
依然ディソーダーの勢いは衰えていなかったが、戦闘の流れは明らかにコーテックス側に傾いていた。
一騎当千の戦闘力を持つアブソリュート・リプレッサー———A・Rが参戦し、多くのディソーダーがその対応に向かっているために侵攻速度自体はかなり遅くなっていたのだ。さらに長期戦で補給に戻っていた機体も次第に戦線復帰し、それまで押される一方だった戦線をゆっくりではあるが押し戻しつつあった。
「おい
「うおヤベェ!」
「軍曹、右のデカイの頼む!」
『Yes Sir!』
「
「おいジジイ! テメェ誰に向かっでぇぇぇっ!!」
「…………ンの馬鹿……」
最前線から少し後方へと下がった戦域では、若手のレイヴン達によって組まれたチームが戦線を突破してきたディソーダー達を掃討していた。彼らは昨今のレイヴン数減少に伴う大募集によって生まれたルーキーであり、本来は前線になど送られず、最後衛や予備戦力として扱われるものである。
「
『へいへいっと……お? 何か来やがったぞ。リュシオルタイプ二体! 損傷度中!』
「おぅし!
「爺さんが言うと何か卑猥に聞こえるんだよな……」
しかし彼らは現在、一人の有能かつ豪快な指揮官によってデータ以上の戦力をあげていた。
その指揮官とは言うまでもなく、補給と休息を終えて戦線に復帰したケイローンである。普段から培われた人脈と周囲を気遣う技術により、彼に指揮された半人前の鴉達は、二人で一人前以上の働きを見せていた。
「よぉし! んじゃ俺は次に回るからな、全員死ぬんじゃねぇぞ!」
『じゃあな、ジジイ』
「任しとけ!」
「応!」
「だから誰に向かっ……」
「お前もう帰れって」
『……了解』
『兄さんも気ぃつけて!』
長距離から放たれたグレネード弾によって手負いの大型ディソーダーが撃破され、敵の出現が途絶える。その隙を縫ってケイローンは移動を始めていた。彼はこうしてクライシスに示されたスナイピングポイントを巡回しつつ、周辺のレイヴン達を動かしていたのだ。
「さて、と……サジタリウス改よりヒーメル・レーヒェ・メンバーへ、状況どうだ?」
『フェアリーテールよ。現在敵の先頭部隊と交戦中……でも大分数は減ってきたわね』
『こちらグラッジ、深くまで入って来たA級はあらかた片付いたわ。一旦補給に戻る』
「了解、こっちも順調だ。こりゃあこの戦闘、絶望的とは言えなくなってきたな……」
ケイローンが声を弾ませてそう言った。先程までとは違い、敵を倒しているという確かな手ごたえがある。援護射撃の中止によって下がっていた士気も上がり始め、レイヴン達は積極的な攻勢に出始めていた。
『これもクライシスのおかげね。経験による補正もあるんでしょうけど、大した指揮能力だわ。私もまだまだね……』
スキウレがどこか嬉しそうな口調でそう言う。クライシスというほんの小さな投石の起こした波紋が、大波となって戦局を動かしたのだ。
ケイローンも、そんなスキウレの声を聞きながら微笑する。クライシスのもたらした影響は戦況の好転だけではなかったようだ。
『けど、大丈夫かしら。いくら状況が良くなっているといっても、このペースのままじゃ夜にもつれ込むわ。消耗戦になる前になんとか勝負を決めないと……』
「そうだな……こいつらが簡単に撤退してくれるとは思えん。まぁ、されたらされたで問題あるんだが……さて、あいつは何を考えてるのやら……」
アメリアの懸念に、ケイローンも口元を引き締める。敵中へと消えて行った二人の若い鴉を思いつつ、彼もまた自分の戦いを再開した。
………………同時刻、最前線、敵軍深部
上空からレーザーの掃射を受け、吹き飛ばされるアーマイゼ達。反撃に撃ちこまれるラインビームの尽くをエネルギーシールドで消滅させ、鈍色の特殊AC、A・Rは着地した。
さらに背後から切りかかって来たプレディカドールの足を払い、転倒したところに零距離からハイレーザーライフルを撃ち込んで撃破する。周囲のディソーダーをあらかた掃討し、群れの中に空間を作り出したA・Rは、同行していたジャスティスロードと背中を合わせるように立ち止まった。
「それで? 結局のところその『鍵』ってのは何なんだ?」
セイルからの問いかけを受け、クライシスは少し思考したのち回答した。
「そうだな……その『鍵』を手に入れる……正確には破壊することが出来れば、この戦闘におけるこちら側の優位性が一気に上昇する。そういう物だ…………セイル、お前はこの事件が、お前の言うそのナハティガルという組織によって引き起こされたと踏んでいるらしいが……それならそいつらはどうやってこれ程のディソーダーを操っていると思う?」
「え? ……そう言えばそうだ。正体すら分かってないような奴らをコントロールするなんて出来る筈がない。そもそも、こいつらが火星にしか居ないと仮定すれば、これだけの軍隊をどうやって運んだんだ?…………っ、もしかしてお前、この事件はナハティガルとは無関係だって言いたいのか?」
「いや、それは無い。俺はその組織について詳しくは知らないが、この事件には明らかに人為的な物がある。十中八九そいつらの仕業だろう」
接近してくるディソーダーたちをインサイドのマシンガンで牽制しつつ、クライシスはそう答えた。彼はさらに言葉を続け、セイルの疑問に答えを出す。
「そいつらはディソーダーそのものではなく、その『鍵』を持ち込んだのだろう。それがあれば、これだけの大軍を作り出すことも、それをある程度コントロールすることもできる。そしてその『鍵』というのが………………ディソーダー発生装置だ」
「ディソーダー……発生装置? 待てよ、それじゃあいつらは、人工的に作り出すことが出来るのか?」
「ああ、もっとも、そういった機能を持つロストテクノロジーが存在しているというだけで、メカニズムは解明されていないがな」
「なるほど……ただの装置だって言うなら輸送自体は簡単だ。それに、その装置を攻撃したい施設の近くにおいておけば、発生したディソーダーは自動的にその施設に向かう……コントロールそのものは出来なくても、ある程度の方向性を持たせることは可能な訳か」
セイルは感心したようにそう言いつつ、再び移動を開始したA・Rに追随する。同時に、クライシスがなぜ今まで戦場を移動し続けていたのかが分かり、そしてそれと連鎖するように今まで感じていた疑問がいくつも氷解していった。
「そうだ。その装置が有る限りディソーダーは延々と増え続けるが、逆に破壊してしまえば増援はストップする。まさに『勝利の鍵』、物量で劣る俺たちが奴らに勝利するための必要条件だが……問題はその装置がどこにあるかだ。ここまでの侵攻ルートは偽装されているだろうし、今まで戦場を見回った限りでは装置は見当たらなかった。一体どこに……」
「向こうだ!」
セイルはジャスティスロードの腕を伸ばしてある方向を指し示す。そこは今まで自分達が進んでいた方向とは90°違う、今居る場所と発電施設アポルオンとの等距離線上だった。
「何?…………確かなのか?」
「ああ、間違いない。戦闘が始まってから今まで、ずっと違和感があったんだ。建物も、大きな岩も無い筈の砂漠地帯で、向こうからだけ音が反響してくる!」
セイルがずっと感じていた違和感の正体、それがこれだった。ジャスティスロードの近くで大きな音を伴った爆発が起こるたびに聞こえていた奇妙な音、それは広大な砂漠地帯に入り込んだ異物の場所を示していたのだ。
「…………成程な」
A・Rは周囲のディソーダーを撃ち払うと、セイルが示した方向へとハイレーザーライフルを構えた。機関部の収束装置に大量のエネルギーが流れ込み、その銃口がゆっくりと輝き始める。
『ZWG-XC/BAYONET、ヴァリアブルモード起動———エネルギーチャージを開始します———』
「道を作る。行って装置を破壊しろ」
「了解、タイミング頼む!」
セイルはジャスティスロードの姿勢を低くすると、HOBを起動する。コア後部の大型ブースターが展開し、プラズマ化した粒子が舞い始めた。A・Rも同じく、接近するディソーダー達をオービットで迎撃しつつ、ハイレーザーライフルの銃口に眩い光を湛えている。
「A・Rが攻撃した一瞬後に発進しろ。残り10秒………………8……7……」
『射撃標準補正———エネルギー収束率確認———カメラアイ保護装置起動——————全シークエンスを完了———
やがてクライシスがカウントを開始する。セイルはその声をどこか遠くに感じつつ、遥か遠方のディソーダー発生装置へと意識を集中していた。こうしてみると、特に大きな音がなくとも耳になんとなく違和感がある。
「5……4……」
『Fire!!』
クライシスのカウントが終わるより僅かに早く、A・Rのハイレーザーライフルから目に焼きつく程の輝きを放つ光の本流が放たれた。
ACのディスプレイによる視覚化を受けているとはいえ、その光景は一瞬恐怖すら感じさせる。そしてその威力も見た目に反することなく、射線上にいたディソーダー達はレーザーの余波に触れるだけでもその身を融解させていった。
「2……1……今だ!」
遅れて響いたクライシスの掛け声と同時に、セイルは開かれた道へと向かってジャスティスロードを飛び込ませていた。
セイルが指示した方向へと寸分の狂いもなく開かれた一本の道、HOBで一気に加速したジャスティスロードはその道をまっすぐに突き進んで行く。
両脇のディソーダー達は突然の長距離攻撃をうけ、僅かながら行動に乱れが出ていた。加えて、今までA・Rを隠れ蓑に戦闘を控えていたジャスティスロードに目を向けるものなどおらず、居たとしても亜音速で疾走するこの機体を捕らえる事など出来る筈がない。
『それなり以上の防衛部隊がついている筈だ、気をつけろよ』
「了解、そっちは大丈夫か?」
『…………愚問だな』
クライシスはそう言って通信を切った。その直前に聞こえたミサイル発射音に、セイルも口元を歪ませる。クライシスの不敵な笑みが目に浮かぶようだった。
「さて……行くか!」
セイルはHOBの出力を前回まで引き上げ、さらに内装ラジエーターを展開する。溜まった熱量を一気に放出しつつ加速したジャスティスロードは、ディソーダーの群れの中を装置めがけて疾走して行った。
………………同時刻、最前線、敵軍深部
まるで砂糖に群がる蟻のように、A・Rに群がってくるディソーダー達。その尽くをミサイルで殲滅しつつ、クライシスはコクピットの戦術画面に視線を落としていた。
A・Rのコクピットは球形をしており、その内壁一面に全天周型のディスプレイが設置されている。その球の中央部に掲げられたシートの周辺に、コントロールグリップやコンソール、各種モニターなどが配置されていた。
(機体各部に空冷式ラジエーターを内装……BISもカスタマイズされているな。出力リミッターと……おそらくは何らかの新機能。代わりに副腕としての機能はオミットされているか……)
戦術画面にはジャスティスロードの様子が映し出されている。クライシスはディソーダー達の相手をしつつ、カスタマイズされたジャスティスロードの戦力を解析していたのだった。
(膝関節の剛性強化と……アストライアにも弄った跡があるな。ブラックボックスを開かずにここまでのカスタマイズをやってのけるとは…………やはり彼か)
画面に表示されたリストの中から一人の人物が選択され、表示される。それはジャスティスロードの整備主任をしている人物、エディだった。
(エディ・
不意にコクピットを振動が襲い、クライシスはディスプレイへと目を移す。二体のリュシオルが左右からA・Rを挟み込んで砲撃を加えていた。砲撃自体は爆発反応装甲によって無力化されていたものの、被弾した右腕部に大きな穴が穿たれている。
「油断しすぎた、か……」
A・Rは消失した装甲を即座に再生させつつ、A・Rはそのままの姿勢で機体を後方へとスライドさせ、オービットを放った。
六本のレーザーが一点に収束され、装甲を貫通されたリュシオルが落下する。もう一体のリュシオルが放ったミサイルをマシンガンで迎撃し、A・Rはリュシオルの横へと回りこんだ。
リュシオルも即座に旋回し、新たなミサイルを放つが、そのミサイルは発射された瞬間にオービットのレーザーによって迎撃されていた。体内のミサイルが誘爆して四散するリュシオルに背を向け、A・Rは集まって来たディソーダーたちを掃討する。クライシスは最後にもう一度エディのデータを一瞥し、戦術画面を閉じた。
「そうだな……任せられるとしたら、彼か…………」
クライシスの小さなつぶやきは、A・Rが放った破壊の嵐によってディソーダーの群れとともに消えて行った。
………………同時刻、最前線、戦域周辺部
「あれか!」
群れの中を進んでいたジャスティスロードのカメラに一つの影が映る。同時に進行方向から飛来したプラズマキャノンをサイドステップで躱し、セイルはカメラをズームした。遥か前方、奇妙な形をした大型の装置と、それを守るように立っているマリーエーケンファーが見える。装置の中からは次々と新たなディソーダーが吐き出されていた。
「あれさえ破壊してしまえば……っ!」
再び放たれるプラズマ弾と、展開されるラインビームの弾幕。セイルはそれらを何とか回避しつつ、ジャスティスロードを操作する。そして機体がプラズマ弾とすれ違った瞬間、展開していたBISを収納していた。
同時にTOBを発動し、ジャスティスロードは再び音速を突破する。
先程と同じ帆のイメージが脳裏をかすめ、人の感覚を超越した白い世界が広がっていく中、セイルはアストライアのトリガーを引いていた。音速突破によって発生したソニックブームを纏ったアストライアはマリーエーケンファーのボディを大きく抉りながら掠め、ディソーダー発生装置に突き刺さった。
「うおおおおおおっ!」
衝突の衝撃に耐えつつ、セイルは突き刺さったままのアストライアを二度三度と連続で射出していく。やがてリボルバーマガジンが丸々一つ空になった時、ディソーダー発生装置は完全に機能を停止し、既に原形を留めていなかった。
セイルは荒くなった息を整えつつ、装置からアストライアを引き抜かせる。後部のカバーが開いて空になった弾倉が排出され、いくつもの薬莢が乾いた音を立てて地面に落ちた。
「はぁ……はぁ…………クライシス! 装置は破壊したぞ!」
『了解、そのままそこで待機していろ…………A・Rより各レイヴンへ、これより戦略兵器を使用し、敵部隊を一掃する。至急、指定範囲内より退避されたし。繰り返す……』
クライシスの声を聞きつつ、セイルは周辺のディソーダー達を掃討する。そしてそれらの全滅を確認して顔を上げた時、セイルの目には、茜色に染まった空へと昇っていく一つの光が映っていた。
「あれは……」
『セイル、聞こえる?』
「スキウレか? どうした?」
不意にスキウレから通信が入り、セイルは応答する。どこか困惑しているような口調で、ケイローンやアメリアの声も微かに聞こえていた。
『今の通信は? クライシスは何をしようとしているの?』
「分からない。でも……」
セイルは再び空を見上げる。光は遥か上空で停止し、動く様子がなかった。
………………同時刻、最前線、上空3000メートル
A・Rは空へ向かってまっすぐに上昇していた。
リミッターを解除されたジェネレーターから送り込まれる膨大なエネルギーが全身のブースターに注ぎ込まれ、ACとしては重量級クラスの質量をもつA・Rをぐんぐん持ち上げていく。
やがて既定の高度に達したA・Rは上昇を止め、その場でホバリングした。同時にA・Rの両腕部に着けられていた武装が後ろへとスライドし、肘部に固定される。
A・Rは自由になった腕を背部に回し、後腰のあたりにマウントされていたトランクを取り出した。トランクは上下に別れると蝶番で回転して固定され、収納されていた砲身が展開する。A・Rは完成した巨砲を両手で保持し、その方針を眼下の大地へと向けた。
「美しい、か……そうだな……」
クライシスは眼下に広がる情景を見渡し、そう呟いた。
全天周ディスプレイの下半分ほとんどを覆い尽くす白い砂の砂漠と、遥か遠くに見えるコーテックスシティの町並み。さらに遠くには海らしきものが見える。そしてそれら全てが沈みかけた夕陽によって照らし出され、茜色に輝いていた。その光景が一瞬、自分の生まれ育った赤砂の砂漠と重なって見え、クライシスは苦笑する。
「この光景を傷つけるのは忍びないが……」
A・Rの構えた巨砲にエネルギーが充填され、高電圧をかけられた砲身が激しくスパークする。ディスプレイにはズームされたディソーダーの群れが表示され、ロックオンマーカーがその中の一地点を捕らえていた。
『最大効果座標確認———反応速度設定———砲身部電圧規定値到達———砲身、及び機体姿勢を固定———全シークエンスを完了———反物質砲『ロンギヌス』トリガーロック解除します』
AIのアナウンスが終わり、クライシスは深呼吸して息を整える。そしてディスプレイに表示された地点を見据え、コントロールグリップのトリガーに指をかけた。
「貴様らの存在……一片たりともこの世に残さん!」
トリガーが引かれ、電磁力によって加速した砲弾が高速で撃ち出される。放たれた砲弾は、一直線にディソーダーの群れへと向かって行った。
………………同時刻、最前線、戦域周辺部
セイルはジャスティスロードのカメラを上に向け、じっと空を見上げていた。すると、さっき空へとかけ昇って行った光———おそらくA・R———からもう一つの光が放たれ、地面に向かって一直線に落下していく。やがてそれが地表へと近付き、ディソーダーの群れに混じって見えなくなった瞬間、セイルの感覚は閃光と衝撃、そして轟音によって占領されていた。
「っ!!……これは……一体…………クライシスがやったのか?」
セイルは思わず肩で耳をふさぎ、目の前に腕をかざしていた。
しかしジャスティスロードと同調したセイルの感覚器官には、悪影響の無いレベルまで弱められているとはいえ、途切れることなくその情報が流れ込んでくる。しかし既に驚愕に占領されていたセイルの脳にそれらが入り込む余地はなく、行き場を失った情報はセイルの感覚器官に停滞し続けた。
その瞬間、この戦闘に参加していた人達———レイヴンからオペレーター、メカニックに至るまでほぼ全ての人々が、沈みゆく夕陽よりもさらに大きく眩い二つ目の太陽に目を奪われていた。
一体何が起こったのか、それはこの光景を見た誰もが思い、そして誰一人正確な答えにはたどり着けなかっただろう。A・Rが放った砲弾は、着弾の瞬間に弾頭内に発生したほんの数グラムの反物質によって対消滅反応を起こし、周囲十数キロ四方を吹き飛ばしたのだ。
その範囲内に居たディソーダーは一体の例外もなく消滅し、爆発を免れたほんの僅かなディソーダーも、後に他のレイヴンによって掃討されることになる。
クロノスシティに振りかかろうとした未曽有の大災害はこうして、戦闘に参加した人々の記憶に忘れられない光景を焼き付けただけで終局を迎えたのだった。
「…………」
セイルはジャスティスロードのコクピットハッチを開放し、その上に立って戦場を見つめていた。既に夕日は地平線の向こうへと沈み、東の空は藍色に染まり始めている。
先程まで砂漠を埋め尽くしていた千を越えるであろうディソーダーの群れはその尽くが消滅し、代わりに砂漠には半径数キロもの巨大なクレーターが出来ていた。
コーテックスは広域通信によって全レイヴンに状況の終了と参加への感謝を述べ、戦場に散らばっていた何機ものAC達もすでに帰還し始めている。コーテックス側の被害は予想より遥かに小さなものとなり、ヒーメル・レーヒェのメンバーや知り合いのレイヴン達も全員無事のようだった。
『
「……ん?」
無線から漏れる声と微かなブースト音に気付いて顔をあげたセイルの目に、下降して来るA・Rが映った。既に戦闘モードは解除され、カメラアイも元の紫色に戻っている。
セイルを気遣っているのか、ジャスティスロードから少し離れた場所にゆっくりと着地したA・Rは、全身の排熱溝から高温の蒸気を吹き出した。
『このA・Rもまた…………いつかは灰へと還るだろう…………』
それは独白か、もしくは懺悔だったのかもしれない。明らかに人の手に余る兵器を、自分一人の一存で使用するという事への重圧と責任感。それはセイルには全く推し測る事の出来ないものだった。
A・Rは色を失いつつある西の空をじっと見つめている。灰から生まれた物を灰へと還した灰は、いつか別の灰によって灰へと還されてしまうのだろうか。
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