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明暗〜気をつけよ。明るみにこそ鬼は潜む〜
「ディソーダーの甲殻はいくつもの小規模な装甲板によって何重にも覆われており、最表部の装甲板が破壊されるとその一段下の装甲がせりあがって損傷を覆い隠すしくみになっている。装甲板は一枚一枚が爆発反応装甲になっており、敵弾、特にエネルギー兵器に対する防御力に優れている」
薄暗い部屋の中に、プロジェクターによって映し出された画像が浮かび上がっている。正六角形の小さな板が隙間なく敷き詰められて装甲を形成し、さらにそれらが何枚も重なり合ってディソーダーの体表面を覆っていた。部屋の中の人影は全部で六人。そのうち一人がスクリーンの脇に立って解説していた。
「そして、これらを含むディソーダーの各部位は、その全てが生体金属によって……」
「待て、その生体金属ってのは何だ? そもそもそいつらは本当に生物なのか?」
不意に暗闇の中から質疑の声がかかる。解説者は苦笑を洩らしながらプロジェクタの画像を変更し、それに答えた。
「そもそもディソーダーとは何なのか。この根本的な問いに対して火星を統治する各企業から正式な発表が行われたことは、未だに無い。故に以降の内容は全て俺、および俺の属する組織による推測となる……」
プロジェクタにディソーダーの基本的な情報が映し出される。
『数十から数百体単位の群れを成し、組織的に行動する』
『人類、及びその創造物に対し積極的に破壊活動を行う』
『小規模な損傷は自己修復可能。重大な損傷も時間をかければ修復可能』
『電子的認識にはバイオセンサーが必須』
どれも一般に広く知られている事であり、特に真新しくも無かった。
「これらの特徴、およびこれまでの研究結果から導き出された一つの結論。謎の無人兵器群ディソーダーの正体として最も可能性が高い答えが……これだ」
スクリーンの画像がフェードアウトし、一つの言葉が表示される。それを見た傍聴者達は、皆思い思いに驚愕の表情を見せた。
『無機生命体』
「一体なんだそりゃ、本当にそんな生物が存在し得るのか?」
「自律機動するロボットとどう違う? 最近では自力での整備・補給が可能な兵器も開発されている筈だが……」
「………………お前たちはせめて発表が終わるまで待てないのか?」
溜息と共にプロジェクタの電源が切られ、同時に部屋の明かりが付く。スクリーンの前には不機嫌そうな顔の解説者……クライシスが立っていた。
「言ってる事が突拍子無さすぎんだよ。専門用語も多いし、もちっと分かり易くなんねぇのか?」
傍聴席となっているテーブルに着いていたケイローンが反論する。隣に座っていたセイルも同意するように頷き、クライシスは呆れたように再び溜息をついた。
地球圏においては史上最大規模となったディソーダーの侵攻から数日後、辛くも全員が生き残ったヒーメル・レーヒェのメンバー達は、新たな脅威であるディソーダーについての対策会議を行っていた。
会合場所は例に洩れずケイローンの自宅。メンバーは前回の者にクライシスが加わり、代わりにエマが諸用で欠席する形となっている。しかし一部を除いて頭を働かせることに疎いメンバー達は、本来重要な筈のディソーダーに対する情報をうまく飲み込めずにいた。
「わかった、なら詳細な情報は後回しにして戦力的な評価から始めよう。知っての通り、ディソーダーの戦い方はとにかく物量に頼ったものになる……」
クライシスは再度部屋の明かりを消し、プロジェクタを起動させる。自らの生死に直接関わるという事もあって、メンバー達も今度ばかりは真剣に話に聞き入っていた。
………………十分後、同所
「以上だ。質問は?…………セイル」
「まず一つ。お前の機体……アブソリュート・リプレッサーの武装について教えてくれ」
「おい、いきなりディソーダーには関係ない話じゃねぇか。ンな話は後で……」
セイルの質問に対しケイローンが口をはさむが、クライシスは手をかざしてそれを制する。その口元にはいつも通りの不敵な笑みが浮かんでいた。
「A・Rの武装について……か。いつ気づいた?」
「ミサイルを放った時だ。A・Rのミサイルはどれも通常のミサイルよりかなり小型で、広範囲に子弾をばら撒く仕組みを利用して火力を確保してるように見えた。でも、高い再生能力を持つディソーダーに対して半端な攻撃は通用しない筈だ。密集している敵に対しての広範囲攻撃は有効かもしれないけど、それでも一発あたりの攻撃力が低すぎる」
「ふむ……それで?」
「それなのに、あえてお前はそんなミサイルを選んだ。そして事実、あのミサイルはディソーダーに対して充分以上の威力を持っている。たった一発の子弾が当たっただけでB級ディソーダーを撃破できるほどにな」
他のメンバー達にどよめきが走った。B級ディソーダーの戦闘力は上級MTのそれに匹敵する。それをたった一発の子弾で撃破できる筈がない。
「ディソーダーの強さは充分わかってる。でもお前はもしかして、ディソーダーに対して致命的な何かを持ってるんじゃないか?」
全員の視線がクライシスに集中する。クライシスはパソコンを操作してスクリーンに一枚の画像を表示させ、言った。
「ご明答…………流石だな。A・Rの能力をそこまで分析していたとは……これを見ろ」
クライシスが示したスクリーンには、一つの機械が写っていた。傍らに表示された縮尺スケールからするに、どうやらナノマシンの一種のようだった。
「『Anti Disorder Apoptosis Mechanical No.01』……ディソーダーが自身の爆発反応装甲を自壊させるときに使用する
セイルにはナノマシンの詳細なメカニズムまでは理解できなかったが、少なくともディソーダーに対する切り札になり得る事はわかった。他のメンバー達も興味深そうにスクリーンを見つめている。
「通称A.D.A.M.01
「おい、ちょっと待て。まさか奴らがまた現れるってんじゃねぇだろうな? あんな大規模な戦闘が何度も続くのは御免こうむりたいぞ」
ケイローンがそう言ったが、クライシスは顔色一つ変えずに言い放った。
「奴らが……ナハティガルがディソーダーを戦力として見ている以上、地球に持ち込まれたディソーダー発生装置が一つだけだとは思えない。いずれまた、大規模な侵攻が起こるだろう。それもおそらく近いうちにな」
メンバー達に緊張が走る。あの綱渡りのような苦しい戦闘が近いうちにおこり得ると言われれば、それもいた仕方ないだろう。圧倒的な物量と寸分の狂いもない連携で攻めてくる敵との戦いは、否が応にも自身の力不足を実感する事となった。特にセイルやケイローンは下手をすれば命を落とす所だったのである。
「心配する必要はない。地球に持ち込まれたディソーダー発生装置は多くても数個程度。火星と違って人類側に物量の不利は無い。そこに俺という切り札が加われば、戦術的な敗北はほぼ無いだろう。各自不安は残ると思うが、ここは俺を信じてほしい」
クライシスはそこで言葉を切り、メンバー達を見渡した。誰一人として異議を唱える者はいない。他人との付き合いに不器用な筈のクライシスが言った、自分を信じろという言葉。その言葉にはたしてどれほどの意思が宿っていたのか、それが分からないメンバー達ではなかった。
………………一時間後、グローバル・コーテックス本社、ACガレージ
会合を終えて解散したメンバー達は、三々五々ケイローンの家を後にして行く。セイルはクライシス、スキウレと共にコーテックスのアリーナへと足を伸ばしていた。
「それにしても、以外と口上手だったのね。流石上に立つ者は違うわ」
「茶化さないでくれ。あれでせいいっぱいだ」
「また謙遜しちゃって、アメリさんなんて初対面だったんじゃ……」
「その辺にしといてやれよ。あれでも緊張してたんだから」
先程の発表をからかうスキウレを窘めつつ、セイルは並んで先に歩く二人に付いて歩いていた。スキウレはケイローンの家を出た辺りからクライシスにべったりとくっついている。からかいや皮肉、アリーナでの戦績や世間話に至るまで、話題は尽きないようだった。
(と言うより、むしろ話すために話題を用意してたみたいだなこりゃ……)
クライシスと話すスキウレの表情は、話題の種類に関わらず常にニコニコとしていた。仮面の笑いとは違う、心からの歓喜の感情。セイルは、ここしばらく陰鬱だったスキウレが急に明るくなった理由が分かったような気がした。
「大体、お前は何のために俺について来ているんだ。俺は機体の状態を見に行くだけだぞ」
「つれないわねぇ、私たちはパートナーじゃない。いろんな意味で」
「………………」
クライシスは相手をするのに疲れたのか、スキウレを無視して歩みを速くする。向かう先にはクライシスの機体、A・Rことアブソリュート・リプレッサーのハンガーがあった。クライシスは地球に滞在するに当たり、個人的にコーテックスのハンガーをレンタルしているのだ。
「はぁ……」
セイルはA・Rを足元から見上げていった。鈍い銀色に輝く装甲と、スマートなボディに似合わないほどの重武装。そして僅かに感じる生体兵器の気配。ジャスティスロードとも、無論他のACとも一線を画する強大な力がそこにあった。
「きれいね……」
同じく上を見上げているスキウレが隣に並ぶ。流石に機体のチューニングをしているクライシスを邪魔する気にはならなかったらしい。
「ああ。くすんだ色なのに、どこか気高い感じがする。そう……翼をもがれた天使みたいな」
「ええ、さしずめ堕天使って感じね……それにしても、翼をもがれたっているのは言いえて妙だわ。太陽に近づきすぎた者は翼を焼かれて地に落ちる。この子は太陽の力を支配するまでに至ったのに、それでも翼を失ってしまうなんて……」
セイルの脳裏に一つのイメージが浮かぶ。それは古い昔話。ほんの小さな思い上がりで、命を落とした探究者。一体彼は、太陽に行って何をするつもりだったのだろう。当たり前のように太陽の力を利用しているこの時代に、彼は何を思うのだろう。
「そう……そういえば、ジャスティスロードには翼があるのよね。二機とも同じ力を持ってるって言うのに」
「なぁ、その太陽の力って何のことだ? ソーラーでもついてるのか?」
「何って、トリチウムリアクターの…………もしかしてセイル、まだジャスティスロードのマニュアルを読んでないの?」
スキウレが呆れた様な顔を向けてくるが、セイルはキョトンとした表情を返す。スキウレは溜息をつくと、ハンガーに備え付けられているディスプレイを操作し始めた。
「いい? 通常のACは燃料電池で発電した電力をエネルギーとして動いている。でも、クライシスが目指した高性能ACにとって、この力は小さすぎたの」
視線をディスプレイに向けたまま、スキウレが話し始める。セイルはそのままの位置に立ったまま、スキウレの話に耳を傾けた。
「ACの持つ性能のうち一つを引き上げれば、それにつられて他の性能も上げる必要が出てくる。たとえば機動力を上げるためにブースターを強化すれば、それに見合うだけの旋回性能を確保するために脚部の強化が必要になり、脚部の装甲や積載量が変化したことによって上半身の装甲や重量を気にする必要が出てくる。そうやって芋づる式に引き上げられたスペックのしわ寄せは、最終的に一つの要因、つまり消費エネルギーに集中してくるの…………見て」
セイルはスキウレの操作しているディスプレイに視線を向ける。そこにはACのジェネレーターらしき一つのパーツが表示されていた。通常のものよりかなり大型で、ラジエーターと一体になってAC内のスペースを占有している。
「これがトリチウムリアクター。ジャスティスロードとA・Rに装備されている特殊ジェネレーターよ。超高圧力下で
「核融合……つまり太陽の力って事か……成程な。ジャスティスロードの大食らいなHOBを動かしてるのはこれだった訳か……」
セイルは感心したようにディスプレイを見る。通常のACの数倍はエネルギーを消費するジャスティスロードのブースターを長時間作動させる膨大なエネルギー。それは、まさしく太陽の欠片とも言うべき力によって生み出されていたのだ。
「でも、いくら低温って言っても核融合を起こすんだから無茶苦茶な熱量が発生するよな。それは……ああ、だから専用のラジエーターが付属してるのか」
「そうだ。このラジエーターは発電によって発生した膨大な熱量から再び電力を生成し、リアクター本体の制御やレッドゾーンのエネルギーコントロールを行っている。他にも通常モードにおける機体動作や、緊急時におけるバイタルパートの機能保持。リアクターの反応開始にもこのラジエーター……いや、サブジェネレーターが使用されている。これが、ACへの核ジェネレーターの搭載を可能とした技術。
いつの間にかクライシスが下に降りてきていた。調整は終わったらしく、A・Rの電源は完全に落とされている。
「と……マニュアルにはそう書いておいた筈だが?」
「いや……一応読んだんだけど分かりづらくてさ、あきらめてエディに渡しちまったんだ」
「まったく、整備員が必要以上にリアクターの情報を持っていたのはお前のせいか。あれは機密情報だと言っておいただろう。下手をすれば俺やお前の立場まで危うくなるぞ。まさか最重要ファイルまで渡していないだろうな」
「そこまでは渡してないって。赤いのと黄色いのはちゃんと保管しておるよ。ジャスティスロードのポケットの中に…………大丈夫だって、俺しか開けられないから」
「っ…………〜〜……」
クライシスは何か言いかけたようだったが、諦めて歩き始めた。スキウレがその隣に並び、セイルが後に続いて行く。
「ついでだ、ジャスティスロードの様子を見に行こう。案内してくれ」
………………同時刻、閉じた町、某所
気付いた時には目が覚めていた。視界にはコンクリートむき出しの天井と、それを取り囲む間仕切りのカーテン。朦朧とした頭でそれを見つめていると、不意に視界のなかに人の顔が入り込んできた。
「起きたようじゃの。何か思い出せるか?」
「……別に記憶喪失にはなっていない。結果はどうだった」
アメリアはゆっくりとベッドから体を起こし、額に手をあてた。明滅する視界に映るのは乱雑に置かれた多数の医療器具。アメリアは閉じた町にある闇医の診療所でPLUS用の定期健診を受けていたのだ。
「体組織は問題なし。血液の寿命も十分じゃ。ああ、ナノマシンは一応総とっ換えしといたぞ。左腕の接合部分が少々歪んどったが、まぁ問題は無いじゃろう。しかし、お前さんの言うとおり、神経組織の摩耗が激しいようじゃ。タイミングとしては案外頃合いかもしれんの」
「そうか……出来るだけ急ぎたい。いつ出来る?」
アメリアは間仕切りを隔てて服を着ると、老人の前に腰を下ろす。老人はこれまた散らかったデスクの中から一枚の表を取り出すと、目を細めてそれを見ながら言った。
「いつやるかは向こうさんの都合じゃから分からんが……まぁ資材の調達だけで一週間はかかるじゃろう。それから下準備と根回しと……ん? 登録は無視するんかの?」
「いや、合法で構わない」
「そうか。そんなら申請も考えて……そうじゃな、半月といったところか」
「半月か……微妙な所ね……」
アメリアは今日聞いたクライシスの話を思い出す。ナハティガルのディソーダーによる攻撃は近いうちにまた起こるとのことだった。そして、なにも奴らの攻撃がディソーダーだけだとは限らない。予断を許さないこの状況で、あまり長い時間をかけたくはなかった。
「ああ、動けるようになるまではさらに一週間ほどかかるかんの」
「…………出来るだけ急いでほしい」
「急ぐのはワシじゃのうて相手さんじゃよ。それに……」
老人はアメリアから受け取ったカードで会計を済ますと、書類を何枚か渡してメールを打ち始めた。視線を端末に向けたまま、言葉だけをアメリアに放つ。
「ワシも相手さんも、どちらも怠けてはおらん。急いでるのはあんた一人じゃよ…………一体どうした? ここ数年はろくに検診にすら来なかったというに」
「…………休むのに、疲れただけよ」
アメリアはそう言うと、荷物を担いで診療所を出て行った。老人は溜息をつくとメールを打つ手を止め、窓の外を見る。携帯端末で電話をかけながら歩いて行くアメリアが見えた。
「馬鹿モンが……休むのに疲れるような事になったら、一体どうやって疲れを癒すつもりじゃ……」
「成程……確かにこちらとしては有り難いが…………」
「なら問題ないわね。具体案はわたしの方で纏めておくから……」
「いや、しかし…………分かっているのか? これは……」
「ええ、分かっているつもりよ……これは、セイルに対する裏切りになる」
「………………」
「セイルの為……だとは言わないわ。あくまでもこれはわたし自身の我儘。たとえ彼とのつながりを失うことになっても、もう後に引くつもりは無いわ」
「………………分かった。準備だけはしておこう」
「……ありがとう」
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