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大罪〜七つと一つ〜

 

 

 頭上には雲一つ無い青空が広がっていた。太陽は燦々と照り付け、力強い風が左耳のピアスをはげしく揺り動かせる。視線を下ろせばそこにはもう一つの青。白い航跡を刻まれたコバルトブルーの海が広がっていた。

「ふぅ……」

 セイルは甲板のへりに立って景色を眺めていた。環境整備は行われていない外洋だが、地球本来の自浄作用によってか、かなり環境は回復してきているらしい。と、そんなセイルの隣にケイローンが歩いて来た。

「よぉ……どうだどうだ?」

「どうだって……別に何ともないよ。敵さんの気配はなし。平和なもんだ」

「ちげぇよ。敵さんじゃなくて海だ海。ほら、良いモンだろ?」

「え?……まぁ、確かに。経済水域でもないのに随分きれいだな」

「なんだよ、そっけねぇな。もっとこう……驚いた! とか、感動した! とかねぇのか?」

 ケイローンはオーバーなリアクションで感情表現して見せるが、セイルは困ったような顔をしながら曖昧な返事をする。と、そこでセイルはなぜケイローンがこうもハイテンションなのか合点がいった。ケイローンの若い頃は、まだ一般人が立ち入れるような綺麗な海が無かったのだろう。

 

<ミッション:海上輸送部隊護衛>

 reward:35000C  mission cordSea Drop  client:クレスト

 

 [昨今、地上の情勢は急激に悪化しつつある。テロリストによるクロノスシティ襲撃に、ディソーダーの出現。世界は再び、S・L事件当時の混迷に戻ろうとしているのだ。わが社はそれに備えて、保有する軍事施設への戦力増強を行う事にした。わが社の保有する海上輸送部隊に同行し、護衛を行ってほしい。よろしく頼む]

 

「まぁ確かに、ここまできれいな海も珍しいよな。俺も何年振りだろう」

 セイルは視線を遥か遠く、水平線へと向けた。天候がよく、空気も澄みきっているせいか、蒼と青の境界線が妙にはっきりと見えている。これほど見事な水平線……いや、そもそも海そのものを見なくなって、どのくらいの時間がたったのだろうか。

「そう……思えば遠くへ来たもんだな……」

あの日……まだ復讐鬼だったアメリアに命を救われた日から、セイルはずっとレイヴンの事ばかり考えていた気がする。

当時は気にもかけなかったものだが、家族や友人たちの目にはさぞ奇妙に映っていた事だろう。やがてレイヴンになってからそれなり以上の時間がたち、ジャスティスロードというイレギュラーの存在もあってか、セイルの名は高位ランカー達の口端にも登るようになって来ている。

いつの間にかセイルの人間関係は、敵味方共に裏の世界へと移ってしまっていたのだ。

「…………」

 セイルは目を細め、視線をさらに遠くへと向ける。もし自分がレイヴンにならなければ、一体どんな人生を歩んでいただろう。厚さ0mmの境界線の向こうに、経験し得なかった思い出の欠片が、浮かんでいるような気がした。

「……………………ぶっ!?

 と、そんな感傷に浸っていたセイルを突然の水しぶきが襲う。思わず甲板に尻餅をついたセイルは、頭上を飛び超える巨大な影を見た。影はブーストを吹かして速度をゆるめながら甲板に着地すると、整備員達の誘導に従ってゆっくりと進んでゆく。スキウレのフェアリーテールだった。

「くっそ……よくもやったなスキウレの奴」

 セイルは悪態をつきながら濡れて張り付いた髪をかきあげ、上着を脱いで水を絞る。さらに水が溜まった靴を脱ごうとして、止めた。スキウレが返ってきたという事は、次は自分が哨戒に出る事になる。どうせすぐにパイロットスーツを着る事になるのだから急いで乾かす必要もないだろう。むしろ出撃している間に乾いてくれるかもしれない。

「おいおい水遊びか? まだまだ若ぇなお前も。低空で接近されるとギリギリまで音に気付かねぇから注意しろよ」

 甲板に積まれたコンテナの影からケイローンが顔を出した。どうやら事前に避難していたらしく、ニタニタと笑いながら濡れ鼠になったセイルを眺めている。セイルはケイローンを無視して背を向けると、艦橋の方へと足を向けた。

「怒るなって。それより……どう思う?」

 と、そんなセイルをケイローンが呼び止める。セイルが肩越しに振り返ると、ケイローンはセイルを挟んで向こう側に視線を向けていた。その先には先程帰還してきたフェアリーテールが鎮座している。

「それほど大きくもない輸送部隊の護衛にAC三機。しかもそれ用の空母まで引っ張り出してくるたぁ、ちょっとばかしやりすぎじゃねぇか?」

 ケイローンは視線を下げ、自分たちが立っている空母の甲板を足でカツカツと叩いてみせる。考えてみればそうだった。輸送船団は空母を除いて二隻。相場ならAC一機が良いところで、これ程の戦力を投入する必要は無い筈である。

「この船団には、俺たちには知らされていない重要な意味がある……俺はそう思うぜ」

 ケイローンは再び視線を上げた後、踵を返して船尾のほうへ向かって行った。セイルも、歩みを再開しようと、艦橋の方へと向き直る。その時、セイルはケイローンが見ていたのはフェアリーテールではなくスキウレ自身だった事に気がついた。

 

………………同時刻、航空母艦、艦橋一階エレベーターホール

「……っ」

 フェアリーテールから降りて艦橋に入ったスキウレは、更衣室に向かおうとエレベーターホールに入った所で足を止めていた。エレベーターホールには、壁にもたれかかるようにして一人の男性が立っている。

 年はケイローンと同じか少し上くらいで、細面に口ひげをはやしており、クレスト企業軍のエンブレムが入った帽子を目深にかぶっていた。さらに同じエンブレムが描かれたライフジャケットを着込んでいるが、その下にはなぜか制服ではなくカッターシャツを着ている。

「案外気付かれないものだな。それとも気にも止められていないのか……」

「……何か御用でしょうか?」

「そう言うな。こうでもしなければまもとに歩けもしないのだ」

 スキウレは男性の方を見ないようにしながらエレベーターのボタンを押す。あいにくエレベーターは船の最下層まで行ってしまっているらしく、来るまで時間がかかりそうだった。

「体の方は問題無さそうだな。少々痩せたような気もするが……」

「…………」

「この事件をどう思う? 長引くと思うか?」

「……敵の正体も分からないままに収束するとは思えません」

「経済状況も悪化する一方だ。収入は大丈夫か?」

「…………」

「コーテックスも相当混乱していると見える。民衆への弊害が出なければいいが……」

「……心配せずとも、出ない筈がありません」

「レイヴンも楽ではないだろう。一緒に来ているあの二人は知り合いか?」

「…………」

 エレベーターが到着し、スキウレは足早にそれに乗り込んで行く。そして男が口を開こうとするより早く、スキウレはエレベーターの扉を閉めてしまった。取り残された男は僅かに顔を伏せながら嘆息すると、壁にもたれていた体をゆっくりと起こし、エレベーターホールを出て行こうとする。

 しかし、彼の歩みは突如鳴り響いたアラートによって留められてしまっていた。

 

………………同時刻、航空母艦、AC格納庫

突然のアラートに、空母のAC格納庫は一気に慌ただしくなっていた。整備員達が足早に、しかし統制の取れた動きで次々に作業をこなしていく。セイルはすでに暖機されていたジャスティスロードに乗り込み、出撃しようとしていた。

「準備OKだ、リフト上げてくれ」

『了解した。レイヴン、健闘を祈る』

 ジャスティスロードを乗せたリフトがせり上がり、甲板へと出る。周囲には数機の戦闘ヘリが展開し、輸送船団に攻撃を加えていた。

『セイル、準備はいいわね。現在、輸送船団が敵の攻撃を受けています。敵部隊を撃破して、味方を守って下さい』

「了解」

 レナからの通信を受け、セイルは戦闘を開始した。ブースターを吹かしてジャスティスロードを浮遊させると、輸送船の周囲に展開している戦闘ヘリに接近し、攻撃を加えた。

 リニアライフルの直撃を受けたヘリは為す術もなく撃墜されていく。セイルはしばらくそうしてヘリを攻撃していたが、やがてジェネレーターに蓄積されたエネルギーが枯渇し、空母に舞い戻る。エネルギーの回復を待ちつつ、セイルは周囲の状況を確認し始めた。

(敵部隊は今のところ戦闘ヘリのみ。でもこの海域は陸地からかなり離れてるから敵も空母を保有してる筈……っ、それにしても……)

 セイルは再び機体を浮遊させるとヘリへの攻撃を再開する。だが射撃兵装が乏しく、足場が限定されるこの戦場はジャスティスロードには不利だった。ジャスティスロードのブースターは速度と加速力に長けるが、連続して仕様するには消費エネルギーが高すぎるのだ。

『敵の増援を確認。空母が狙われています!』

「っ!」

 不意にジャスティスロードの背後から新たな戦闘ヘリが現れ、セイル達が乗って来ていた空母へと向かって行った。セイルはジャスティスロードを回頭させて空母に戻ろうとするが、背後から戦闘ヘリの攻撃を受けてしまう。

「くっ……ンのっ!」

 姿勢を崩したジャスティスロードは失速して落下するが、とっさに輸送船の甲板を蹴って再度上昇し、姿勢を立て直す。しかし空母に戻るには高度が足りず、しかも敵の戦闘ヘリ群は輸送船と空母の両方を同時に攻撃しようとしていた。

 防衛目標へのダメージと、足元に迫る水面への恐怖。切迫する状況にセイルは一瞬思考を停止するが、次の瞬間にはその口元をニヤリと歪めていた。周囲の戦闘ヘリは次々に撃墜され、セイルは足元に出現した新たな足場を蹴って空母へと帰還する。

「よう、間にあったようだな」

「女を踏み台にするなんて、あなた良い死に方しないわよ」

 空母の甲板にはサジタリウス改が、海上にはフェアリーテールが展開していた。サジタリウス改は甲板上に陣取りながら両腕部のスナイパーライフルで戦闘ヘリを狙い撃ちし、フェアリーテールはフロート脚の揚力を利用して海上に浮遊しながら近づく敵機をオービットで撃墜していく。

「よし、輸送船は俺が守る。セイルは空母に近寄ってくる奴だけを狙え」

「この様子じゃ、敵も空母を持っているわね。私がそっちに行くわ。それと、いざって言う時には輸送船より空母を優先して。クライアントからの指示よ」

 フェアリーテールは海上を高速で移動し、戦闘ヘリが現れる方角へ向かって移動して行った。セイルもジャスティスロードを制止させたまま上空に気を配り、接近してくる戦闘ヘリを次々に撃墜して行く。やがて敵の増援も現れなくなり、戦闘ヘリは数を減らし始めた。

「ケッ、ヘリだけとはチンケな部隊だ。楽勝だな」

「ああ。でも……ケイローン、ちょっと気になるんだけど……」

 セイルは外部スピーカーから無線に切り替え、ケイローンに問いかける。戦闘が始まってから時間がたつにつれ、セイルは妙な違和感を覚え始めていたのだ。

「敵の狙いは輸送船のはずなのに、妙に空母を狙ってくる奴が多くないか? それに、こいつら一体どこの所属だ? ナハティガルか?」

『ん?……そういやそうだな。各船に向かう敵の比率が同じだ。それに、俺はてっきりミラージュかどっかだと思ってたが……この状況ならむしろナハティガルの方が妥当か……』

「ああ、だとしたら一体狙いは……」

『フェアリーテールより全機! 緊急連絡よ』

 不意にフェアリーテールが無線に割り込みをかけ、セイルとケイローンはそちらの方に意識を向ける。すでに敵の戦闘ヘリは全滅していた。

「どうしたスキウレ? そっちの方に何か……」

『敵の空母は撃沈したわ。でも、空母の中から妙な奴が出てきて……今そっちに向かってるの』

『向かってるって……何だ? 飛行MTか? 戦闘艇か?』

『いいえ、そんな物じゃない。アレは……』

 その時、不意に輸送船の一隻が爆発を起こした。セイルとケイローンはとっさにそちらの方向を向くが、上空にも海面にも敵の姿は見当たらない。輸送船は沈没こそ免れたようだが、甚大なダメージを負っているようだ。

「レナ、いったい何があった。どこから攻撃が……」

『わかりません。敵らしい反応は何もありませんでした。攻撃時の熱反応も着弾地点だけで、レーダーには何も……』

「…………まさか」

 セイルはジャスティスロードを垂直上昇させ、上空から戦場を俯瞰した。足元には乗って来た空母。その左右後方には計二隻の輸送艦がある。

 さらに離れた所には敵空母の残骸らしきものが浮かんでおり、こちらへと向かっているフェアリーテールも確認できた。そして再び足元近くに視線を戻した時、ジャスティスロードと同調したセイルの瞳は、空母周辺の水面を弧を描くように旋回する巨大な影を捕らえていた。

「見えた! ケイローン、右120°、仰角−30°3秒後!」

『2……1……そぉらっ!』

 ケイローンは即座にセイルの意思を読み取り、指示された通りの位置にサジタリウス改の両背部の砲を撃ち込んでいた。水面で爆発がおこり、立ち上る水しぶきの中から新たな敵が現れる。

『なっ、こいつは!』

『こいつよ! 空母の中から現れた機体だわ!』

 セイルはジャスティスロードを空母に着地させ、海中から現れた巨大な敵へと視線を移す。一見すると巨大な潜水艦のようだが、艦首にあたる部分から左右後方へと延びた湾曲したアームがその異様さを醸し出している。

「潜水艦?……いや、水中での活動が可能な大型兵器か?」

『機体データを照合……確認しました。旧管理者の機動兵器です』

『管理者ですって? そんな物を引っぱってこれるって事は……』

「ああ、間違いない……ナハティガルの部隊だ!」

 敵の兵器は一旦空母から離れると、垂直ミサイルとグレネードで攻撃してくる。とっさにケイローンが迎撃を始めるが、全てを落としきることはできずに何発かが空母に命中してしまった。セイルはリニアライフルを放って敵兵器を攻撃するが、動きが意外と速く、なかなか攻撃が当たらない。

「くそっ、もっと接近しないとだめか……」

「ジャスティスロードじゃ無理よ。私が行くわ」

 フェアリーテールは高い機動力を生かして一気に敵兵器に接近すると、マシンガンを放って攻撃した。しかし敵兵器はその攻撃をものともせずに空母への攻撃を続行する。さらに垂直ミサイルが目標を変更してフェアリーテールへと迫り、スキウレは慌てて回避行動に移った。

「っ、かなり装甲が厚いわね。それなら……」

 フェアリーテールはミサイルを躱しながらオービットを展開し、一斉にレーザーを発射する。幾本ものレーザーで焦点を作り出し、攻撃力を飛躍的に高めるフェアリーテールの得意技だったが、敵兵器はレーザーが放たれると同時に潜行し、水中に逃げ込んでしまった。標的を失ったレーザーがむなしく水面を焼き、スキウレは舌打ちする。

「ダメ、水中までは攻撃が届かないわ。ケイローン、何とかそこから狙撃出来ない?」

「無茶言うな! こっちは迎撃でせいいっぱいだ!」

 サジタリウス改は全火砲に加えてEOまで展開し、全力で敵弾を迎撃している。それすらも十分とはいえず、空母の被害は次第に増していった。

(フェアリーテールは火力不足、サジタリウスは手が離せないし、そもそもあの動きについて行けないか……それなら……)

 セイルはジャスティスロードのBISを展開すると、ブースターを吹かして空中に飛び上がった。そのまま上空から敵兵器の航跡を追って飛び始める。

「俺が行く。二人は空母の護衛に集中してくれ」

「はぁ? 馬鹿言うな。お前じゃあいつの動きを追い切れねぇぞ。スキウレに任しとけ」

「駄目だ。フェアリーテールじゃ動きを追う事は出来ても攻撃力不足だ。逆にサジタリウスは攻撃力は十分でもあいつの動きについて行けない。ここは俺が……」

「だからそれはお前も同じだって言って……おいセイ……ル?」

 ジャスティスロードのBISが変形し、まるで翼のようなフラップ板が現れる。風を受けたフラップ板はジャスティスロードのボディを持ち上げ、急激に高度を上げさせた。

「これは……ACが、飛んで……」

「成程……それがクライシスの?」

「ああ、BISの断面形状を変化させて揚力を得られるようにした。短時間だけど疑似的な飛行が可能だ」

 先日、帰還したクライシスがジャスティスロードに施してくれたいくつかのカスタマイズ。その一つがこれだった。高度の維持をBISに任せ、ブースターの推力を前進のみに使用することで航続能力の飛躍的な向上を図ったのだ。

 ジャスティスロードは海上を低空飛行して敵兵器に接近すると、リニアライフルを放って攻撃した。敵兵器の上部装甲に弾痕が穿たれ、さらにアームに装備されたグレネードランチャーが破壊される。

「攻撃力は十分だな。このまま……おっと!」

 至近距離から放たれたミサイルを、セイルはジャスティスロードをロールさせて弾いた。揚力を失った機体が一瞬ふらつくが、すぐにブースターとBISの角度が自動修正され、安定を取り戻す。クライシスによってとりつけられた新型AIが機体制御を賄っているのだ。

 しかしその一瞬の隙に、敵兵器は再び潜行してしまっていた。どうやらダメージのせいで深く長い潜行は不可能になっているようだが、この状態でリニアライフルによるダメージは期待できないだろう。しかも敵兵器は大型の自立兵器を射出し、ジャスティスロードを攻撃し始めた。

「オービットまで持ってるのか。くそっ、あいつが水中に居る限りは攻撃が一方通行に…………いや」

 オービットの攻撃にボディを焼かれつつも、ジャスティスロードは速度を上げて敵機体に接近した。ダメージの上昇を警告するAIを黙らせ、セイルはアストライアを起動すると、彼我の距離が僅かに縮まった瞬間を狙って射出した。

 発生する膨大な熱量とエネルギーが周囲の海水を一瞬で蒸発させるが、刀身そのものは敵兵器の深度まで到達せず、逆に距離を離されてしまう。

「やったの?」

「いや、いい加減届かねぇだろう。どうするつもりだ?」

 こちらの様子をうかがうスキウレとケイローンの声が聞こえてくる。いつの間にか空母の近くまで戻ってきていたらしい。

 敵兵器は距離を離した隙に一度浮上したが、今は再び潜行してしまっている。セイルは残り少なくなったエネルギーを振り絞ってジャスティスロードを加速させ、再び敵兵器に追いついた。

 周囲に展開した敵のオービットを無視し、敵兵器の直上に位置取ったセイルはリニアライフルの標準を手動で調整する。脳裏には、先日クライシスから受けた説明が去来していた。

(アストライアが持つ化け物じみた攻撃力の秘密。それは刀身の持つ速度や硬度ではなく、同時に射出されるエネルギーに有る。そもそもあの光は一体何なのか、それは……)

「あの光の正体は、ジェネレーターのタンクから直接供給される三重水素トリチウム。そして……」

 リニアライフルの砲身を固定し、セイルはトリガーに指を置く。今度は、かつて旧世代の遺跡でキースと戦った時の情景が浮かんできた。

(これは…………偶然か?)

(…………そこに当てれば……勝てるような気がした……)

「高エネルギーをもつ微小原子を大量に浴びた金属は、内部に侵入した微小原子によって原子間の結合を破壊され、急激に強度が低下する!」

 リニアライフルのサイトと目標が重なった瞬間、セイルはトリガーを引く。敵兵器はたった一発の弾丸によってボディを貫通され、水圧により圧壊。爆発を起こした。

 

………………三十分後、航空母艦、艦橋一階エレベーターホール

戦闘が終了し、輸送部隊は目的の基地に近付きつつあった。空母も輸送船もかなりのダメージを受けていたが、共に沈むことなく進んでいる。

そんな中、空母のエレベーターホールではまたあの男が立ちつくしていた。視線の先には順々に点滅していくエレベーターのランプ。男は溜息をつくとエレベーターホールから出て行こうとするが、その歩みは背後からかけられた声によって留められてしまう。

いつの間にか彼の背後には、パイロットスーツを着た青年。セイルが立っていた。

「すみません、パイロット用の更衣室は何階でしたっけ?」

 セイルの問いに対し、男は振り返りながらB一階だと答えた。そしてそのまま足早にエレベーターホールを出て行こうとするが、またもセイルに呼び止められてしまう。

「彼女とは……知り合いですか?」

 その問いに対し、男は先程と違って即座な回答をする事が出来なかった。男はゆっくりとセイルの方に振り返ると、逆に問い返した。

「君は……さっき戦っていたレイヴンですね」

「ええ、セイルと言います。貴方は……企業軍の人ですよね」

「……ええ、アール・ジョンと申します」

 男は帽子のつばに手を当てて僅かに頭を下げる。そしてセイルもそれに会釈を返したのを確認すると、先程の質問に答え始めた。

「彼女とは、顔見知りのようなものです。彼女はクレストから支援を受けていますからね……ご同業の貴方から見て、彼女はどうですか?」

「どう、と言いますと?」

「いえ、自分の属している組織が抱えているのがどんなレイヴンなのか知りたいのです。単なる好奇心ですよ」

「……そうですね」

 セイルは口元に手を当てて目線を上に向け、スキウレの事を想像してみる。そして僅かな思考ののち、セイルは一言こう言った。

「悲しそう……ですね」

「ほぅ……それは一体どういう?」

 男が興味深げに説明を求める。セイルはチラリと男の顔を窺うと、続きを話し始める。興味深そうな声とは裏腹に、男の表情は暗く沈んだものとなっていた。

「彼女は、ある悲しみから逃げるためにレイヴンになったそうです。しかし、今のところその悲しみから逃げきることはできず、逆にレイヴンとして生きる事で別の悲しみを生み出してしまっている。彼女はさらにその悲しみからも逃げようとしていますが、それによって今度は彼女の周囲の人々が悲しんでしまっている。そして周囲の人々の悲しみようを見て、またも新たな悲しみに捕らわれてしまう。そんな悪循環の中で、彼女はレイヴンを続けているんです。一番最初の悲しみから逃げるために」

 やがてエレベーターが到着し、セイルはそれに乗り込んでいく。そして扉が閉まる寸前、今度こそエレベーターホールを出て行く男の背中に、セイルは言い放っていた。

「願わくば、貴方自身が彼女の悲しみを取り除いてあげて下さい。ヨハンさん」

 その言葉に身をすくませた男の背後で、エレベーターの扉が閉まる。男は頭上を仰ぎ見るように見上げた後、呟いた。

「分かってはいるのだがね……情けないものだ」

 不意に聞こえた声に男が視線を通路の方に向けると、自分を見つけて駆け寄ってくるスーツ姿の女性が見えた。船の揺れに足を取られ、なかなか男に近づけずにいる。

「だが……忠告には感謝しておくよ。セイルくん」

 最後にそう呟くと、彼…………アルビレオ・ヨハン・クレストは、駆け寄ってくる女性の所へ向かって歩き始めた。

  

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