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対人恐怖症〜当たり前に出来ない当たり前〜
ヘルメットを揺らす振動が次第に小さくなり、セイルは閉じていた瞳を開く。
網膜には、既に見慣れたACハンガーの様子が映し出され、両手には同じく使い慣れた武装の感触。どこか遠くからは砲撃の音が聞こえてきており、ジャスティスロードと同調したセイルの五感は、戦場が近いことを告げていた。
<ミッション:武装集団進行阻止>
reward:40000C mission cord:Fly Hunt
client:グローバル・コーテックス
[グローバル・コーテックスより、全レイヴンに通達します。現在より6時間前、ザーム砂漠上をコーテックスシティに向かって進行する所属不明部隊が確認されました。おそらく、ここ最近各企業への破壊活動を行っている組織に所属する部隊であると推測されます。これに対しコーテックスはシティ郊外に、ACを主戦力とする大規模な防衛線を構築することを決定しました。防衛部隊に参加し、敵を迎撃してください。この依頼は、シティ近辺のレイヴン全員に配信しています。市民の安全のためにも、一人でも多くの参加を望みます。]
『作戦領域に到着しました。出撃時刻まで残り450秒、みなさん準備はよろしいですか?』
『こちらサジタリウス改、準備完了だ』
『A・R、準備出来ている』
「ジャスティスロード、問題ない」
無線越しに聞こえるエマの声に、各々が返事をする。だがその人数はいつもよりかなり少ない。緊急事態にも関わらず、メンバーの半分近くと連絡が取れなかったのだ。
『残念ながら不安の残る状況での出撃となりましたが、今回はクライアント側も勝手が分かっているはずです。この三機でも……』
『待って……バースト、返事くらいしたらどうだ?』
『っせぇな、聞こえてらい……インフェルノ、オーケーだ』
先程は聞こえなかった声が気だるげに返事をする。先日、クライシスの物資と共に地球を訪れたレイヴン、バーストファイアだった。
乗機のインフェルノはPLUS専用にアセンブルされた機体で、他の機体とは一線を画している。本人の技量もクライシスいわく折り紙付きらしいが、何分その本人が不真面目な性分であり、クライシスに手綱を任せている状態だった。
『……この四機でも、作戦行動には十分な戦力だと思われます。私たちの任務は、各エリアを転戦しながらの遊撃になります。クライアントからの指示に従って、各ポイントを防衛してください』
「本社襲撃事件の時と同じか……またあの時みたいな惨状にならなきゃいいけど……」
『問題ありません。防衛ラインはシティ外周を覆うように二重三重に構築されていますし、企業側も前回の事で学習している筈です。市街戦に発展する危険は少ないと言えるでしょう』
「わかった。向こうもメンツがあるだろうし、前回の二の舞は避けたいだろうしな」
『その通りです。なお、このミッションは企業側、特にコーテックスに対する我々ヒーメル・レーヒェのアピールも兼ねています。各機、堅実な行動をお願いします』
エマのブリーフィングが終わらないうちに、砲撃の音が激しくなってきていた。既に前線部隊は敵と交戦しているらしい。
『それでは、ハッチを開きます。具体的な行動は各機の判断に任せますが、目標はあくまでもシティの防衛であることを忘れないように。それと、出来る限り連絡は密にお願いします』
「了解……みんな、生憎理想的とは言いがたい状態での出撃だけど、このミッションの結果次第で、俺たちヒーメル・レーヒェの今後は大きく変わることになる。なんとか頑張ってミッションを成功させえてほしい。ただし……」
セイルはそこで一旦言葉を切った。この言葉を一番伝えたい人物は、残念ながらこの場には居ない。
「自分の命以上にそれを優先する必要はない。各自、くれぐれも無理はしないでくれ。それじゃ……ヒーメル・レーヒェ、出撃!」
『了解!』
『……了解』
『っしゃあ!』
リグのハッチが開かれ、ハンガーから解き放たれたACたちが次々に外へと躍り出る。場所はシティ外周部を取り囲む防壁のすぐ側で、周囲は疎らな森林地帯になっていた。
セイルはジャスティスロードのブースターを調節し、他の機体と肩を並べながら目標地点へと前進する。スキウレのフェアリーテールが不在な分、いつもの速度を出すのは躊躇われた。
(それにしても……なんでこんな日に限って集まりが悪いんだろう……)
横一直線に並んだメンバーのACを横目で見つつ、セイルは考えた。キースはエマ曰く諸用でシティを離れているらしく、スキウレも外せない用事があるらしい。アメリアなどは今日に限らず、ここ最近まったく連絡がつかなかった。
(特にスキウレが妙だよな。今まで休んだことなんて無かったのに……)
ヒーメル・レーヒェの活動は、組織ぐるみでの出撃を除けば基本的には自由であり、特に出席義務のような物はない。だがスキウレは、まるでこの活動を楽しんでいるかのように毎日リグに通っていたのだ。故に、セイルには今回の彼女の欠席が必要以上に印象的に思えていた。
(ま、いいか。正直な所、あの機体は防衛戦には不向きだろうし……)
無理やり自分を納得させつつ、セイルは思考を切り替える。実際のところは、スキウレの技量を以てすれば高機動ACであるフェアリーテールも充分に防衛戦に対応できるのだが、どちらにしても今居ない人間のことを考えても仕方なかった。
そうこうしているうちに、メンバーたちは最初の目標地点に到着する。シティ外周部を覆う防壁の北部、大型のゲートがある地点だった。
『前線では既に友軍のACが交戦中です。我々は後詰として、前線部隊の撃ち漏らした敵を迎撃します。各機散開し、戦闘態勢を整えてください』
『了解……セイル、配置はどうする?』
『みんなに任せるよ。各自、自分が戦いやすいように距離をとってくれ』
ケイローンの問いに答え、セイルは指示を出す。四機のACは思い思いの位置に移動し、それぞれの武装を展開した。セイルは戦闘エリアの最前線ギリギリまで出張ると、爆炎に霞む前方を見据える。
(ディソーダー戦以来の大規模侵攻……ナハティガルもいよいよ本気を出してきたみたいだな……)
ミッションの依頼文にはナハティガルという名前は使われていなかった。コーテックスはまだ彼らの情報を掴んでいないのか、それとも知っていて秘匿しているのか。セイルには判断がつかなかったが、彼にはレナとの密約がある。コーテックスの情報は、可能な限り流してもらう手はずになっていた。
(そう……出来ればコーテックスも同様に本気を出して欲しいところだけど……)
依頼文には全レイヴンへ向けて依頼を出すと書いてあったが、これは決して出撃を強制しているわけではない。コーテックスはこの状況を、以前の本社襲撃事件の時ほど深刻には捉えていないようだった。
(さて……どうなるかな……)
セイルはコントロールグリップを握り直す。稜線の向こうから、敵部隊が姿を現した。中核を成すのは既に旧式となりつつあるMT、ランスポーターである。
『敵、第一陣の接近を確認。各機、迎撃を開始してください』
エマの声と共に、四機のACは同時に動き出した。セイルは最前列のMTに狙いを定めると、ブースターを噴かして一気に接近し、リニアライフルを発射する。放たれた弾丸は敵MTの砲門に吸い込まれ、MTは内部から爆発を起こした。
「ほう……やるもんだな……」
セイルが視線をあげると、いつの間にかバーストファイアのAC、インフェルノがすぐ脇を抜けて行った。インフェルノはブーストダッシュの勢いのまま空中に飛び上がると、背部のグレネードランチャーを展開する。PLUS専用機であるインフェルノは、射撃体勢をとらなくともキャノン砲を使用可能なのだ。
「そぉらっ!」
放たれたグレネードが地面に着弾し、巻き起こる爆風が複数のMTを巻き込んでいく。大量の破片に打ちのめされたMTたちは次々に爆発を起こし、敵の先頭集団は瞬く間に壊滅した。
さらにインフェルノはレーザーブレードを展開すると、空中で機体をひねりながら落下し、生き残った重装型MT、ファイヤーベルクの上に着地した。同時に落下の勢いのままレーザーブレードが突き立てられ、ファイヤーベルクの動きがピタリと止まる。そしてインフェルノが離脱すると同時に、爆発を起こした。
「すごいな……」
それを見たセイルは感嘆の声を上げる。PLUSであるバーストファイアは、自らの神経をACのコンピューターと直結することで、ACをまるで自分の体のように扱える。同じくPLUSであるアメリアも同じことが出来るはずだったが、ここまでアクロバティックな動きはしていなかった。
ブースターの推力と腕部を振り回すことでの反作用を利用した先ほどの空中回転など、体操選手が見たら顔を青くするだろう。
「うぉし、次!」
地面を削りながら着地したインフェルノは、すぐさま次の標的へと狙いを変える。だが先程の攻撃によって敵部隊の大半は撃破されており、第二波はまだ稜線を越えた辺りだった。その第二波も、ケイローンのサジタリウス改とクライシスのA・Rが放った長距離砲撃によって殲滅されてしまう。
「ケッ、他愛ねぇな……」
『敵部隊の掃討を確認。全機、次のポイントへ移動してください』
まるで予め測っていたようなタイミングでエマから通信が入り、次の作戦領域が戦術画面のマップに表示される。エマのコンバットリグに先導される形で、セイルたちは移動を開始した。
ジャスティスロードのアストライアによって頭部パーツを貫かれた敵ACが、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。セイルはほぅ、と息を吐き、戦場を見渡した。
幾つかの作戦領域を転戦した後、ヒーメル・レーヒェのメンバーたちはシティ西部のメインゲートにつながる地点に来ていた。ここはシティ最大のゲートであり、敵部隊の進行ルートからして、このゲートからのシティ侵入が主目的であると考えられている。
やはり攻撃は激しく、周囲にはフォグシャドウのシルエットや、カロンブライブのファイヤーバード等、メンバー以外のレイヴンの姿も見られる。また、普段は敵対しているクレスト社とミラージュ社の量産型ACが共闘しているところなどは、色々と考えさせられる所があった。
「共通の敵を持つことで結束する、か……喜ぶべきか嘆くべきか……」
装甲を展開して強制排熱を行いつつ、セイルはそう呟いた。セイルはもう覚えていないが、SL事件の時も同様だったのだろう。サイレントラインという共通の敵を持つことで、普段はいがみ合っている三大企業が結束しあう。そんな、何処か歪な関係を見て、セイルは世界の未来を憂いずには居られなかった。
「…………」
『セイル、どうかしたか?』
装甲を展開した状態で無用心にも棒立ちしているジャスティスロードを見て心配したのか、ケイローンが通信を入れてきた。セイルが視線を移すと、即設されたトーチカの裏からサジタリウス改が姿を見せる。既にかなりの時間戦闘を続けているというのに、そのボディには傷一つ無かった。
「大丈夫だよ。そっちは……相変わらず余裕みたいだな」
『ま、常に安全圏にいるって意味ではそうだな。今のところゴーストの数は少ないし、このまま行けばなんとかなるだろうよ』
サジタリウス改は、得意そうにスナイパーライフルを振り回して見せる。既に周囲の敵は殲滅されており、企業群の方にも戦勝ムードが高まっていた。
「あんまり油断するなよ。あのナハティガルが勝ち目のない勝負を挑むとは思えない。戦力差は明らかにこっちのほうが上なんだから、絶対に何か仕込みがあるはず……?」
不意にセイルは背後に悪寒が走るのを感じ、ジャスティスロードを旋回させた。眼前には緩やかな丘陵地帯が広がり、それを貫くようにしてシティ間を結ぶハイウェイが地平線の先まで伸びている。その先には、以前ディソーダーと戦ったザーム砂漠が広がっていた。
「…………」
『?……どうかしたか?』
「いや……なんか嫌な予感が……」
『残念ながらその通りのようだ』
通信の別の声が割り込んでくる。分散してとなりの区画に出ていたクライシスからだった。
「クライシス、どうした?」
『まずい事になった。すぐにこっちに来てほしい。詳細はエマから聞いてくれ』
『リグより全機へ、クライアントから緊急連絡です。作戦領域内にて、ディソーダーの発生が確認されました』
セイルは思わず息を飲んでいた。ほんの数週間前、シティを恐怖の底に落し入れた無人兵器群、ディソーダー。それが再び現れたというのだ。セイルとケイローンは即座に機体を回頭させ、クライシスたちの担当しているエリアへ向かう。
「エマ、情報は間違いないのか?」
『間違いありません。光学、電子、両方面で確認されています』
戦術画面にメールが着信し、自動的に開封される。そこには空中哨戒機が撮影したらしい航空写真と、レーダーのイメージ画像が添付されていた。写真に映っているのは間違いなくディソーダーであり、レーダーには無数の光点が密集して赤い絨毯のようになっている。敵は、シティ北側、セイルたちが初めに防衛したゲートを目指していた。
『先ほど、参加しているレイヴンの一部に追加の指示が出ました。企業群による戦略兵器使用の準備が整うまで、ディソーダーの進行を押し留めて欲しいそうです。さらに……』
もう一つ、別のメールが着信する。差出人はグローバル・コーテックス。宛先はヒーメル・レーヒェとなっていた。
『コーテックスから我々に向けての依頼です。最前線に移動し、ディソーダー進行阻止部隊の中核になってほしいとの事です。場合によっては、A・Rが装備している反物質砲の使用も承認すると……』
セイルはメールを開封して内容に目を通す。どちらかというとヒーメル・レーヒェと言うより、クライシスに対して協力を要請しているようだった。
クライシスは、前回のディソーダーの進行と同時に地球に戻ってきたが、その際、大量破壊兵器に匹敵する火力を持つ反物質砲『ロンギヌス』を使ってディソーダーを殲滅するという、とんでも無い事をしでかしていた。戦場となったザーム砂漠には未だに、クライシスの作ったクレーターが残っている程である。
本人は詳しく語らなかったが、個人がそれ程の兵器を所有していることについて、各企業からかなりの糾弾があったらしい。それを、ディソーダーに関する情報の提供と、A・R無しでの勝利が不可能だったという事実を利用して強引に抑えこみ、こうして何の縛りもなく戦場に立っているのだ。
そもそもクライシスが一時火星に帰ったのは、離反したミラージュ社からの追跡を避けるためであり、そちらからの圧力も無視できないほどの物であるはずだった。この依頼を断れば、今のところ圧力を収めている企業を無駄に刺激することになる。
(ここで断る理由は無い、が……)
指定されたエリアに到着し、セイルはクライシスとバーストファイアのACを確認する。共に被弾は少なく、戦闘には支障ないようだった。ただ、PLUSであるバーストはともかく、クライシスには体力的な限界がある。戦闘が長時間に及ぶ事だけは避けたかった。
「エマ、企業の連中が攻撃準備を整えるまで、どのくらいかかる?」
『……正確な情報はありませんが、単純にミサイルの発射体制を整えるだけなら、十分もかからないかと』
「……それくらいなら大丈夫だな。依頼を受けよう。ディソーダーを放っておけない」
「そうだな。俺も賛成だ」
「たりめーだろ? 俺が何のために来たと思ってる?」
『では、一度リグに戻ってください。対ディソーダー用の武装に換装します』
「……すまない。迷惑をかける」
一人だけ場違いな発言をしたクライシスに、セイルは顔を曇らせた。クライシスとは和解して随分たつが、彼の態度からは未だに遠慮のようなものが消えない。セイルがどう声を掛けるべきか迷っていると、A・Rのボディが激しく揺さぶられた。隣にいたインフェルノが、A・Rの頭部パーツを平手ではたいたのだ。
「な〜に言ってやがんだ阿呆。別にお前のために戦ってんじゃねぇっての。ほら、とっとと換装に戻るぞ」
「お、おいバースト……」
インフェルノに背中を押される形で、A・Rはリグの方へ向かっていく。そのA・Rからは見えない位置で、インフェルノはピースサインを作っていた。さっきの行動といい、PLUS専用ACは相当器用に出来ているらしい。
『どうやら、面倒を見られてるのはクライシスの方らしいな』
他の二人には聞こえないよう、ケイローンが無線を使って話しかけてくる。セイルは全くその通りだと思った。
一見すると、気まぐれなバーストファイアを理知的なクライシスがコントロールしているようだが、実のところは精神的に不安定なクライシスをバーストファイアの明るさが支えているらしかった。
「ああ……あいつ、いい仲間を持ってるよ…………じゃ、俺らも行くか」
『おう』
会話を切り上げ、セイルたちもリグへ向かって移動し始める。遥か遠くの前線では、砲撃が激しくなってきたようだった。
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