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自ら裁く大罪人〜是非を問う、その時まで〜

 

 

  電波妨害の範囲から脱したセイルとバーストファイアは、戦域ギリギリまで接近していたエマのリグに回収され、シティ西部のメインゲートへと向かっていた。

途中、ケイローンのサジタリウス改と合流したが、共に被害は小さくない。

 特にフィリアルによって両足を切断されたインフェルノはこれ以上の戦闘は不可能だと判断され、戦列から外されてしまった。

「何? そんじゃ、実質戦えるのは俺とセイルだけだってのか? オイオイ、いくらなんでも無茶だろ……」

 ケイローンがタオルで汗をぬぐいながらそう言う。リグのミーティングルームには、エマ、セイル、ケイローンの三人が集まっていた。

バーストファイアはまたもACからの離脱に手間取っているらしく、この場には居ない。

「クライアントは、既にシティ内部への侵入は免れないと判断しています。少しでも時間を稼いでくれればいいと……」

『最悪、ハイウェイをぶっ壊しゃいいんじゃねぇのか?』

「……クライアントからは、ハイウェイの被害は押さえるように言われています」

 バーストファイアが無線越しにそう言ってきたが、エマが渋い顔をしながらたしなめる。

市民の生活にも深く関わっている施設とは言え、市民を危険にさらしてまでそれを守ると言う事に、セイルは僅かながら違和感を覚えたが、深く考えないようにして先を促した。

「不本意だが仕方ない……エマ、目標の位置は? どの辺りまで来てる?」

「目標がメインゲートに到達するまでの予測残時間、約11分。我々が到着するまでは約8分です」

 エマがディスプレイに周囲のマップと、各ユニットの位置関係を表示した。目標の輸送列車はゲートへと続くハイウェイをまっすぐに進んでおり、セイルたちの乗ったリグはシティ外周部を回りこむようにゲートへと向かっている。

「タイムラグは4分……いや、ゲート前で待ち伏せするならどうせ数秒しか攻撃できないか…………よし、ケイローンはこのままゲートに向かってくれ。俺は目標に接近して、並走しながら攻撃する」

「了解しました。位置情報を転送します!」

 エマの声を背に受けつつ、セイルはミーティングルームを飛び出して行った。

『目標まで残り1km、そろそろ見える筈です』

「確認した。全部で……1……2……3両繋がってる。軽くAC十五機分か……」

 休憩もそこそこに再出撃したセイルは、やがてシティ間を結ぶハイウェイを疾走する輸送列車を捕捉した。

ハイウェイは複数種類の車両が通行できる多層構造で、大型車両用の一階、一般・公共用の二階、企業用の地下一階に分かれている。目標はそのうち、一階部分を進んでいた。

「エマ、目標の動力部は何処にある?」

『先頭の車両が牽引し、最後尾の車両が補佐する形のようですが……ちょっと待ってください……セイル、目標の映像を送っていただけますか?』

 セイルがカメラの捉えた映像を送信すると、即座にエマから返信が来た。

『セイル、目標はどうやら前後を逆にして走行しているようです。おそらく、機体後部に装備されているレーザー砲を前方に向ける意図があるのでしょう』

「分かった。つまり、動力部は最後尾ってことだな?」

 セイルは通過する輸送列車を見送ると、ハイウェイ壁面の作業用ゲートを開き、内部に侵入した。即座に輸送列車の近接防御火器が弾幕を張ってくるが、セイルは構わずジャスティスロードを接近させ、攻撃を開始する。

 しかし列車の装甲は厚く、リニアライフルを連射しても貫通できない。

「硬いな……動力部の直接破壊は無理か。なら車輪は……」

『目標の駆動部は強固な装甲で覆われており、外部からの破壊は困難です。天井に接触している部分を狙ってください。そこから電力が供給されているようです』

 セイルが視線を上げると、ハイウェイの天井部分にはレールが通っており、列車の上部が接続されているのが見えた。

「あれか!」

 セイルは即座にリニアライフルを発射し、列車とレールのコネクターを破壊した。しかし、列車はスピードを緩めず、逆に加速している。

「エマ、止まらないぞ」

『別の車両のコネクターを介して供給しているようです。狙えますか?』

「やってみる!」

 セイルはジャスティスロードを加速させ、輸送列車の横につく。列車には一両ごとに左右二つずつコネクターが付いていた。

「数が多すぎる、間に合わない……こうなったら直接レールを……」

『駄目です! クライアントは……』

「俺が責任を取る! コイツに侵入されたら被害は免れない!」

『セイル! 車両の連結を切り離せ! そうすれば動力部への供給は止まる!』

「……そうか!」

 ケイローンの助言に従い、セイルはジャスティスロードを最後尾の列車の連結部へと移動させる。装甲の隙間にマニピュレーターを差し入れて機体を固定すると、隙間の奥に見える連結部に向かってライフルを撃ちこんだ。金属が弾ける音と共に連結部が破壊され、火花が散る。すると最後尾の列車は失速し、続いて残りの車両も徐々に速度を落とし始めた。

『充分です。帰還してください』

『よくやった。後は任せろ!』

 ケイローンの声と共に、輸送列車のコネクターが次々とはじけ飛んでいく。ゲートに到着したサジタリウス改が狙撃を始めたのだろう。だがセイルはジャスティスロードを更に加速させると、車両の先頭へ向かって移動し始めた。

『おいセイル、何してる!』

「まだだ! 先頭車両の連結部を破壊する」

『もう充分だっつったろうが! 早く撤退しろ。もう装甲がもたねぇぞ!』

 ケイローンの言うとおり、ジャスティスロードの装甲は連戦でかなり疲弊している。先程からも列車に積まれた近接防御火器の攻撃にさらされ、装甲は穴だらけになっていた。

『最終装甲板露出! もう限界です!』

『セイル、落ち着け! もうゲート内に友軍が待機して……うおぁっ!』

 ノイズと共にサジタリウス改からの通信が途絶える。セイルが前方に視線を移すと、融解して吹き飛んだゲートが見えた。付近には量産型ACの残骸が転がり、サジタリウス改も右腕部を吹き飛ばされている。輸送列車が、搭載しているレーザー砲を発射したらしかった。

 同時に、ジャスティスロードにも限界が来た。後部の車両から放たれた銃撃でブースターが破損し、機体が失速、転倒する。コクピットのあちこちから噴き出るエアバッグに頭を揺さぶられ、セイルは思わず機体の制御を手放した。

『くっそ……済まねぇ、しくじった……』

『俺を出せ! 砲台くらいにはなる!』

『無理です。もう間に合いません!』

「…………ちくしょう!!」

 エアバッグを破裂させようとするような勢いで、セイルは拳を叩きつけた。

ジャスティスロードはなんとか立ち上がったものの、ブースターを失った状態ではまともな戦闘は出来ないだろう。サジタリウス改も被弾のショックから復旧できておらず、リグや友軍からの援護も望めない。

対して輸送列車は残り二両、ACにして十機分もの戦力を搭載したまま、がら空きになったゲートへ向かって突進している。たとえ今この瞬間に駆動部を破壊しても惰性だけでシティへ侵入されてしまうだろうし、ハイウェイそのものを破壊して停止させたとしても、搭載されたACが出てくるだけだろう。今この状況で、敵機のシティ侵入を防ぐ方法があるとすれば……

「破壊するしか……ない……」

『破壊すればいい……でしょう?』

「っ?」

 不意に響いた声にセイルが顔を上げると、吹き飛んだゲートの向こうに一体のACが見えた。同時に、まるで陽炎のようにグニャリと視界が歪み、耳には聞き慣れない不可思議な音が聞こえてくる。瞬間、輸送列車の先頭車両が歪みに巻き込まれたかと思うと、まるでプレス機にかけられたかのように車両が縦に縮み、金属が軋む音と共に停止する。先頭車両は長さが半分ほどになり、機体のあちこちから煙と紫電を上げていた。

『ほんの30%でこの威力……全力射撃には、それこそ死の覚悟が必要か……』

 視界の歪みが消え、同時に不可思議な音も止む。次第にはっきりしてきた思考を働かせ、セイルは状況を整理した。突然現れた謎のAC、常識はずれな威力を持つ謎の兵器、停止した輸送列車、しかし、あらゆるこの場を構成するあらゆるファクターは、久しく聞くことのなかった彼女の声に掻き消されて…………

『セイル……久しぶりね……』

「……アメリア…………」

 アメリア——————かつてカラードネイルと名乗っていた一人のレイヴンが、そこに居た。だが、乗っているのは彼女の機体、グラッジではない。カラーリングと意匠をそのままに、彼女は全く別の機体に乗り換えていた。

 横に大きく張り出した肩と、腰部に取り付けられた四枚のフィンが目を引き、細長い腕と足がそれを際立たせる。円盤状の平べったい頭部には大型のバイザーが付けられ、淡い光を放っている。そして、左右に大きく開いたコアパーツからは巨大な砲身が覗き、砲門内部には先程の陽炎が漂っていた。

「アメリア……その機体……」

『ええ……わたしも、今のままでは居られないと思ったのよ…………グローバル・コーテックスへ、こちら『ギルティジャッジメント』、カラードネイルだ。作戦領域に到達。これより敵部隊を排除する』

 アメリアがそう言った途端、停止した輸送列車のハッチが開き、内部からACが現れた。全部で計六機、先頭車両に載っていたものは先程の攻撃で撃破されてしまったようだが、それでも圧倒的な物量差だった。

『セイル、離れて!』

 アメリアはそう言うと、ACのコアパーツを閉鎖し、敵ACに武器を向ける。六機のACはハイウェイの壁面を突き破って外へ出ると、ゲートへ向かって殺到した。

『ちっ!』

 アメリアのAC、ギルティジャッジメントは即座に武器をおろすと、ACを追ってハイウェイの外へ飛び出した。すると、ギルティジャッジメントの両肩部分が駆動音を上げ、機体を空中に浮遊させる。

 そしてそのまま、両腕部に装備された二つの武装をACの隊列へと向けた。左右両方共同じ武装で、四つの砲身が束ねられたバルカン砲のように見えるが、砲門の大きさはバルカンの比ではなかった。

 二つの武装は砲身を回転させ、連続して四発。計八発の砲弾を放つ。八発の砲弾はACの隊列に突き刺さり、二体のACを爆散させた。

「な!……なんだあの威力……」

 セイルは唖然とした顔でその光景を眺めていた。密集していたとは言え、一撃で二体、しかもおそらくPLUS専用機を撃破できる程の火力など、通常のACでは考えられなかった。

「もしかしてあのAC、ジャスティスロードやA・Rと同じ……」

「セイル、無事か?」

 自分を呼ぶ声に振り返ると、サジタリウス改がすぐ側まで来ていた。右腕を失い、武装もほとんどがパージされている。

「なんとか無事だ。それより、あれ……」

「ああ……しばらく姿を見せねぇと思ったが、あの嬢ちゃんも思い切った事しやがる……」

 ケイローンと共に戦場へと目を向けると、アメリアのギルティジャッジメントが残り四機のACを相手に奮闘していた。

未だに圧倒的な戦力差があるにも関わらず、その動きには全く危なさが見えない。むしろ、敵ACのほうが圧倒されている程だった。

 ギルティジャッジメントの武装は、両腕部の連装バズーカ砲に、両背部の連装レーザーキャノン。さらにインサイドに内装されたスラッグガンだった。

雨のように降り注ぐバズーカの弾はACの装甲を紙切れのように引き裂き、焦点を自在にコントロールできる二本のレーザーは、まるでブレードのようにACを焼き切っていく。

両肩部に装備された大型ブースターらしきパーツは、いかにも重そうな機体を自在に浮遊させて敵の接近を許さず、無理矢理に接近してきた敵機はスラッグガンによって蜂の巣にされた。

 瞬く間に四体のACを撃破し、ギルティジャッジメントはゆっくりと地上に降り立った。四体ものACの攻撃に晒されていた割には損傷は少なく、エメラルドグリーンに輝くボディは、立ち上る黒煙の中で美しくすら見える。その時、セイルの視界で何かが動いた。

「っ!」

 セイルが切り離した、輸送列車の最後部。その中から現れた二体のACが、ギルティジャッジメントに向かって突進して行った。OBを噴かし、さらにACのセンサーを妨害するステルスシステムを展開している。

 セイルは思わずアメリアに危険を伝えようとしたが、不意に頭の中を一つの情景がよぎる。それは、グラッジに乗ったアメリアが、背後からステルスを展開したACによる奇襲を受ける光景だった。

(…………え?)

 敵ACに背を向けて立つギルティジャッジメント。その腰部に取り付けられた四枚の大型フィンのうち、背中側にある二枚が、まるでスカートのように大きく翻り、フィンの内側から二本のマニピュレーターが現れた。

「隠し腕?」

 背後から接近していた二体のACは、ギルティジャッジメントの隠し腕に装備されていたバズーカ砲とグレネードランチャーの直撃を受け、頭部を吹き飛ばされて転倒する。土煙をあげながら地面を削ったACは、そのまま動かなくなった。

『馬鹿ね……下手にゴーストになんてしなければ、PLUSにこんな奇襲が通じないって分かったはずなのに……』

 繋ぎっぱなしになっている無線から、アメリアのつぶやきが聞こえてくる。と、何かに気づいたかのように彼女はギルティジャッジメントの頭部パーツを旋回させた。セイルが同じ方向に目を向けると、何機かのACがこちらに向かってくるのが見えた。重厚で歪なボディに、両手で抱えられた巨砲が異彩を放っている。

『サイレントラインのAC……戦線が破られたの?』

 ギルティジャッジメントは敵機の方に向き直ると、コアパーツの装甲板を展開した。コアの中からは巨大な砲門が顔をのぞかせ、砲門近くの空間が陽炎のように歪んでいく。

『後詰か、それとも威力偵察か……まぁ、どっちでもいいわ』

 空間の歪みは次第に大きくなり、膨大なエネルギーが収束していくのが分かる。A・Rの反物質砲に匹敵しかねない破壊力が、一点に集められていった。

『超密度粒子の運動を安定……エネルギー出力40%に固定……超重力砲『ガブリエル』、発射準備完了……』

 敵ACたちも異変に気づいたのか、ギルティジャッジメントにむけて腕部の巨砲を構える。しかし、それが仇となった。ACを容易く蒸発させるその巨砲は、しかし発射体制を取らなければ使用することは出来ない。そして、

『……Judgement』

 攻撃は、ギルティジャッジメントのほうが早かった。圧縮された陽炎が一気に解放され、火線となって発射される。敵ACたちも遅れてプラズマ弾を発射したが、それらは陽炎に触れた瞬間、幻のようにかき消えてしまった。

 陽炎の火線は敵ACを貫通し、地平線の彼方へと消えて行く。敵ACたちは、まるで見えない壁にぶつかったかのように潰れ、次々に爆発していった。

「…………」

 セイルはその光景を呆然とした表情で眺めていたが、ふと、何かに気づいたように目を凝らす。ギルティジャッジメントの左肩。大きく張り出したエクステンションパーツには、以前の彼女のものとは違うエンブレムがペイントされていた。

 ラッパを吹き鳴らす純白の天使と棺、ローマ数字の20。タロットカードの『審判Judgement』の絵だった。しかし、本来は開かれているはずの棺は、固く閉じられている。

「…………」

「セイル、見ろ!」

 ケイローンがサジタリウス改の腕を差し伸ばした方を見ると、地平線近くに巨大な爆発の花が咲いていた。一呼吸遅れて爆音と衝撃波が到達し、セイルは思わず眼を閉じる。

「っ……今のは?」

『コーテックスの発射した熱核ナパームミサイルです。向こうの戦闘も終結したようですね……』

「ミサイル……そうだ、クライシスは?」

『今、連絡が入りました。あとで合流するそうです』

「そうか……よかった…………」

 セイルはほっと息をつき、ヘルメットを外すとコクピットハッチを開ける。先程の衝撃波の余韻か、外は強い風が吹いていた。

「ん…………」

 強い風に一瞬目を細めつつも、セイルは前を見た。ギルティジャッジメントの頭部パーツは前にスライドし、その下にあるコクピットハッチが見えている。アメリアはその上に立ち、セイルと同じように遠くを見つめていた。

「…………ん?」

 セイルが見ていることに気づいたのか、アメリアが視線を向けてきた。長い白髪が沈みかけた夕日に照らされて美しく輝き、中性的な顔には笑みが浮かんでいる。

「…………」

 セイルはその光景に思わず見入ってしまったが、すぐに我に返った。しばらく会っていなかったにも関わらず、セイルは一目見ただけで、アメリアの体が以前のそれとは違うものになっていることに気がついてしまったのだ。

(まさか……あの機体に乗るために……さらに強化手術を?)

セイルの表情に気がついたのか、アメリアがその表情を曇らせる。セイルが深い闇の中から救い出した彼女は、自らの罪を精算するため、今再び闇の中へと戻って来てしまったのだ。

(…………まったく……)

 セイルはその事が嬉しくもあり、また惜しくもあった。共に戦ってくれる事への感謝と、またも自分の体を犠牲にしたことへの憤りがないまぜになり、言葉を発するのを躊躇わせる。

(しょうがない奴…………)

 セイルはその代わりに、困ったような笑みを浮かべてみせた。アメリアもそれに気付いて似たような表情を返し、二人はACの上で微笑みあう。

今はこれでいいのだろう。閉じたままの棺も、いつかは開かれるかも知れない。彼女の行動の是非を問うのは、それからでも遅くはないはずだった。

  

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