このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
広いドーム型のアリーナで、ジャスティスロードはスポットライトに照らされていた。シールドによって隔離された観客席は満員で、観客の熱気はそのシールドを超えて伝わりそうなほど高まっている。 「っ!」 対戦相手のACが放ってきたライフル弾を、セイルはジャスティスロードをダッシュさせて回避する。 急加速と急停止を活用した不規則な動きは敵ACのFCSを混乱させ、標準を定めさせない。アリーナのスポットライトもジャスティスロードの動きを追いきれず、右往左往していた。 「……もらった!」 操作を誤ったのか、動きを読み違えたのか、敵ACがジャスティスロードとは逆の方向に旋回した。それを目にした瞬間、セイルはTOBを起動し、敵ACの背後に回りこむ。 そして、ジャスティスロードを見失って硬直している敵ACの後ろ腰に、アストライアを突き刺した。放出される大量の三重水素 そこにアストライアの刀身が射出され、ボロボロになっていた腰部関節は完全に崩壊した。ACの上半身と下半身が完全に泣き別れ、衝撃と共に上半身が落下する。まだかなり残っていたはずのAPが一気にゼロになり、敵ACの敗北が告げられた。 「ふぅ……」 試合終了を告げるアリーナのオペレーターの声を聞きつつ、セイルは一人安堵の溜息をついた。 世のため人の為〜鮮明に、かつ不可解に〜 試合を終えたセイルはジャスティスロードと一緒にヒーメル・レーヒェのリグに帰還した。本来ならACは全てコーテックスのガレージで管理されなければいけないのだが、ヒーメル・レーヒェがコーテックス公認の武装組織となったことで、例外的にACの個人管理が認められているのである。 「お帰り、早かったわね」 セイルがミーティングルームに入ると、スキウレが出迎えてくれた。他にもアメリアやエマの姿があり、奥のほうではバーストファイアが寝息を立てている。 「で、どうだったの? 制限を解除した感想は」 「バッチリだよ。ありがとうな、クレストの工場使わせてくれて」 勝敗をさておいて機体の調子を聞いてくるスキウレに、セイルは笑顔で答えた。 セイルはクライシスからジャスティスロードをもらってすぐ、機体性能にリミッターをかけていた。高機動での接近戦に特化したジャスティスロードの性能は、当時未熟だったセイルには余りにも扱いづらかったのである。 しかし、セイルのレイヴンとしての成長と、各部パーツの幾度ものマイナーチェンジを経て、ジャスティスロードは今日、再び本来の性能を取り戻すに至ったのである。 「いいのよ、クレストの方も、内々に組織への協力を取り付けてきてあるから」 「……ああ、それと、エディにも感謝しとかないとな。またブレードの出力調整手伝ってくれたし……」 「……もう、あまり深入りさせないほうがいいわよ? クライシスに言われてるんでしょ? あんまり技術を流出させるなって」 先程までの笑顔から一転、怒ったような表情を見せるスキウレに、しかしセイルはほっとした表情を浮かべる。先ほどクレストの話が出た際、またスキウレの表情に違和感を覚えたのだ。 (ひょっとしたら、協力を取り付けるのに無理を効かせたのかもな……) スキウレが、実父であるクレストの社長との間に抱えている確執。関わるべき話題ではないにしても、セイルが心配を募らせるのは仕方なかった。 実際には、クレスト側がヒーメル・レーヒェからの要請をあっさりと受理したため、それ程手間がかかったわけではないのだが、逆に言えば、その程度の接触でも心労を負うほどに、スキウレは思いつめているということでもあった。 尤も、クライシスに関係する話題を出した途端、感情が隠しきれなくなっているあたり、彼女らしいといえばらしいのだが。 「おう、戻ったか……」 ミーティングルームの扉が開き、ケイローンが入ってくる。小脇に抱えられた麻雀のセットを見て、セイルは頭を抱えた。 「ケイローン、ここを溜まり場に変えるの止めてくれないか? ただでさえ用も無いのに人が集まるようになってるんだから……」 「まあまあ、気にすんなって。置くだけ置くだけ」 ケイローンはそう言いながら、壁際の収納スペースに荷物を放り込んでいく。コーテックスのガレージにあるレイヴン控え室も、レイヴン達の溜まり場となっているが、そちらもケイローンが持ち込んだ大量の私物が原因だった。 「だからって、麻雀や人生ゲームはいらないだろ? 掲示板やテレビはともかく……」 「何だよ、平常時の息抜きもレイヴンには重要だぞ? あと、掲示板やテレビは俺が来る前からあったやつだからな」 「嘘つけ、清掃員の兄ちゃんが言ってたぞ。昔はソファと自販機しか無かったって……」 「失礼、宜しいですか?」 下らない言い合いを続ける二人に、エマが割って入ってくる。二人は不満そうな表情でエマを睨みつけるが、次の瞬間には即座に席についていた。エマの表情が、真剣そのものだったからだ。 「皆さんも聞いて下さい。重要なお話があります」 アメリアとスキウレも姿勢を正し、エマが話しだすのを待っている。バーストファイアの寝息もいつの間にか止んでおり、こちらに意識を向けているのが分かった。 「……全員じゃなくて、いいのか?」 「構いません。キースには既に伝えてありますし、クライシスからは、無理に連絡を取らないよう言われています。それと、レナには……コーテックスには、まだ知られたくない内容です」 内密にしたい話だと聞かされて、メンバー達に一気に緊張が走った。全員が固唾を飲んで、エマの行動を凝視している。エマはミーティングルームの段上に登ると、ゆっくりと話し始めた。 「この間の、旧発電施設襲撃。さらに、先日の廃棄宇宙船調査。この二度の出撃によって、我々はナハティガルに関する多くの情報を入手することに成功しました」 壁にかけられたディスプレイに、ここ数日で入手した情報が表示される。いずれも断片的なものであったが、今まで手探りで集めていたものに比べれば格段に有力なものだった。 「さらに、私自身による諜報活動も、コーテックスの保有する独自の情報網を利用することで、今まで以上の成果をあげています」 ディスプレイ上に、更に情報が追加される。大企業が見逃しがちな些細な情報を、針のように緻密に貫くエマのハッキング。それはレナをして神業の域に達しており、ここ最近の出撃も、きっかけとなる情報をつかんだのはエマだった。 「これらの情報を処理していくうちに、私は一つの疑念に行き着きました。以前に比べて、敵の防諜能力が弱まっているのではないかと……」 エマの言葉に、メンバー達は顔を見合わせる。順調に進んでいたはずの所に疑問を投げかけられ、皆一様に困惑していた。 「あ〜、つまり……前に言ってた情報リーク関連の話か?」 エマの様子を覗うかのように、ケイローンが問いかける。 以前、セイル達のACが何者かによってハッキングされていたことが判明した時、ナハティガルによる故意の情報リークが疑われたことがあったのだ。 「そうです。あの後、ナハティガルの防諜能力をシュミレートしてみたのですが、妙なことに気がついたのです」 「……妙なこと、とは?」 「ナハティガルの情報が得られたタイミングについてです。私がナハティガルの事を知ったのは、あなた方に合流する以前。キースと共に独自の行動をとっていた時のことです」 エマの説明を聞きつつ、セイルは今までに得られた情報を整理する。そもそもナハティガルと言う名前自体エマから聞いたものであり、閉じた街の情報屋たちはそれすらも知らなかった。 「その時点では気づきませんでしたが、ナハティガルの防諜能力は非常に高く、当時の私達では情報の入手が極端に困難だったはずなのです。にも関わらず、私はそれに成功し、ナハティガルに関して多くのことを知りました」 エマは段上にある端末を操作し、ペイントツールを起動する。ディスプレイに、時系列を表す数直線と『キース』の文字が表示された。おそらく、独自に行動していた頃の自分たちを指しているのだろう。 「次に情報の入手に成功したのは、ヒーメル・レーヒェが結成されてすぐの頃。ちょっとした兆候程度のものでしたが、動きを追うには充分なものでした。通常なら、流出するとは考え難い情報です」 『キース』の文字から直線をかなり進んだ所に『ヒーメル・レーヒェ』の文字が追加される。更にその少し先に『コーテックス』の文字が追加され、それまで表示されていた情報一覧がその隣に並べられる。 「私が自力で情報を入手したのはこの二回のみで、先ほど疑問視した最近の情報は、コーテックスとの協力によって入手したものです。確かにコーテックスの情報収集能力は私個人とは段違いですが、それでも情報の入手が容易すぎる気がするのです」 エマは一旦そこで言葉を切った。ナハティガルに関する情報が得られたのは計三回。そのどれもが、不自然な形での入手だったということになる。メンバーもそれを察したのか、口々に質問を投げかけた。 「前にも言ったけどよ、入手した情報はどれも本当だったんだろ? 偽情報を掴まされてるわけじゃないんだし、意図的なリークとは考えづらいんじゃねぇか?」 「その通りです。以前よりも情報の精度を深く審査していますが、偽情報の類は存在しません」 「単なる偶然とは、考えづらいのね?」 「独自行動をしていた頃と、ヒーメル・レーヒェ結成後、各一度ずつ入手に成功しているのが気にかかるのです。まるで、敵対組織一つにつき一度だけ、情報の入手を許しているかのように思えてきて……」 「ンな馬鹿な、これはゲームじゃねぇんだぞ。そのナントカって組織はそんなにいい加減なのかよ」 「『ナハティガル』です。バーストファイア。未だ不明瞭ではありますが、愉快犯の類とは考えられません」 「…………」 メンバー達が議論を戦わせる中、セイルはひとり考え込んでいた。ナハティガルからの、不可解な情報漏洩。不可解なのは今に始まったことではないが、これではバーストファイアの言うとおり、遊び感覚でテロを起こしているかのようだった。 多くの組織を出しぬいて大胆な行動を起こしつつも、妙な所で手加減のようなミスを犯す。これではまるで…… 「まるで……俺達を試してるみたいだな……」 「試す、ですか……確かに、我々の存在は既にナハティガルに露呈していますし、重大な障害と認識されてはいるでしょうが……」 「だからって手心を加える理由にはならねぇだろ。それにその通りなら、最近の情報ダダ漏れは何だってんだ? じきに大規模な攻勢でもあるのか?」 「やめてよケイローン。今までだって散々な目に合ってるのに、わざわざ手加減されるほどの大攻勢なんて……それにもうすぐ防壁の工事が始まるのよ。そんな所を襲われたら……」 「スキウレ!?」 セイルが上げた突然の大声に、メンバー達は一斉にセイルを、そしてスキウレを見る。一瞬遅れて、スキウレは自分の言ったことの意味に気がついた。 「ちょっと……まさか、本当に防壁の修復工事を狙って侵攻をかける気!?」 「詳しく話してくれ! 防壁って、シティの外壁の事だよな? 修復工事するなんて聞いてないぞ」 「……度重なる侵攻のせいでかなり破損が進んでるから、今のうちに修復しようって話が決まったのよ。私も父から……そう、各企業の首脳しか知らない情報の筈よ!」 「おい、マズいぞ! もし奴らがそれを……いや、状況からして十中八九知られてる。だとしたら……」 メンバー全員に緊張が走った。ただ一人、客分であるバーストファイアだけが、とぼけた表情をしている。 「なあ、その防壁ってのはそんなに重要なのか? 今までだって、シティ内部に進行されたことあるんだろ?」 「馬鹿野郎! シティの防壁は対長距離攻撃に特化した防衛機構になってるんだよ。敵部隊の侵攻は通常の戦力で対応できるが、弾道ミサイルや衛星兵器なんぞは防ぎようがねぇ。それを防ぐのがあの防壁なんだ。その気になりゃ、シティ全域にエネルギーシールドを張れるとか……」 「なんだよそりゃ……そんな重要なものを、地球では一極集中で管理してるってのか? それじゃ……」 火星とは防衛手段が違っていたのか、バーストファイアの表情が驚愕に包まれる。緊迫した空気の中、セイルがポツリと言い放った。 「来るぞ……これまでで最大の武力侵攻が!」
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