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強制された平和〜Piece of Duty

 

 傾きかけた太陽が、コーテックスシティの街並みを照らしている。時刻はまだ昼下がりといった所だが、数千万人もの人々が生活しているはずのシティには、現在人の姿は全く見当たらない。時折、哨戒のMTやACが通り過ぎていく以外は、動くものすら疎らだった。

 ナハティガルによる大規模侵攻から数時間が経過し、戦闘は膠着状態に陥っていた。高出力EMPの散布と量産型ACの掌握によって圧倒的優位に立ったナハティガルだったが、キースによる捨て身の遅滞防御と、クライシスを始めとする火星からの援軍によって進行を妨げられ、結局シティ内部への侵入は叶わなかったのだ。

 これにより、コーテックス側は多くの戦力を残したまま体制を立て直すことが出来たのである。生還が絶望的だと思われていたキースも、あっさりと戻って来ていた。

 住民の避難についても、セイルの提案した閉じた町の開放が功を奏し、すべての住人が安全な場所へと逃れることに成功している。

だが、被った被害は決して小さいとはいえなかった。元々レイヴンの数が減少していた所に、EMPによる広域攻撃を受け、多くのレイヴンが未帰還となってしまっている。戦闘中に突然苦しみだしたアメリアも、医務室で休んでいた。

また、外壁周辺で起きた戦闘や、レイヤード内部での武装蜂起もあり、非戦闘員にも多くの死傷者が出ていた。ジャスティスロードの整備員をしていたエディや、アメリアのオペレーターをしていたティリエルなど、見知った面々にも行方が分からなくなっている者が居る。

 現在、ヒーメル・レーヒェのリグはコーテックス本社ビルの敷地内に配置され、作戦本部として使用されていた。コーテックス本社もまた、一部の機密性の高い施設以外はEMPの影響を受けていたのである。

 リグ内のミーティングルームには、いつものメンバーに加え、コーテックスや三大企業の代表者達が何人か集まっていた。その中には、久方ぶりの参加となったクライシスや、クレスト社の社長であり、スキウレの父親、アルビレオ・クレストの姿も見える。

「…………」

 セイルはスキウレの様子を横目で窺うが、特に思いつめたような様子は無い。流石にこの状況に私情を持ち込むのは控えているのだろうが、先程からしきりに首筋を気にしているのが、心配と言えば心配だった。

「……によると、敵部隊はシティを完全に包囲しており……」

 壇上ではエマとレナが状況の説明を行なっている。ディスプレイにはシティ付近、及びレイヤードの地図が表示されており、両軍の展開状況が示されていた。

 現在、ナハティガルの部隊はシティを取り囲むように展開しており、コーテックス側はシティ内部に籠城する形をとっている。

ケイローンに指揮されたルーキーレイヴン達の活躍もあって、シティの防壁やゲートの損傷は最小限に抑えらたが、コントロールを奪われた量産型ACを主とする包囲網は予想以上に堅牢であり、偵察機の一機も飛ばせない状況だった。

また、レイヤード内部に潜んでいたナハティガルの部隊による破壊活動は既に鎮圧されていたが、さらなる敵部隊の侵入を阻止する目的で、コーテックスシティへと繋がる区画は封鎖されている。

コーテックスシティは、完全な断絶状態にあった。

「また、地上、レイヤードを含めて、住民の避難は既に完了しており、被害もほとんど出ていないとの報告が……」

また、コーテックスシティ以外の複合都市については、ナハティガルから警告文らしきものが送りつけられていた。コーテックスに協力する姿勢を見せれば敵としてみなすという内容の文章で、これによって協力関係にあったはずの各企業達は、コーテックスへの協力を渋ってしまっている。

これに対してはどうしようもないが、問題は軌道エレベーター『ラプチャー00』がナハティガルによって占拠されてしまっていることだった。

どうやらシティと同時に大規模な侵攻を行ったらしく、これによって火星からの援軍はその大半が衛星軌道上で足止めを食らってしまっている。クライシス達による降下作戦も、この状況に対する次善策だったのだ。

「……敵テロリスト———ナハティガルの戦力は、通常のMT群に加え、旧管理者の機動兵器や、サイレントラインの無人兵器、奪取した量産型ACやゴーストAC、さらにはディソーダーの存在も確認されて……」

「待て! ディソーダーだと? あれは人の手に負えるものではない筈だ!」

 ディソーダーという言葉に、参加者の一人が敏感に反応した。話を半ば聞き流していたセイルも、新たな事実を知って意識を向ける。

未だ不明瞭な部分が多い謎の無人兵器、ディソーダー……無論、人の意思で制御できるようなものではない筈であり、今までの侵攻においても単純な無差別破壊兵器として放たれるだけだった。

 しかし先程、ナハティガルの部隊と、出現したディソーダーの間に明らかな協力体制があることが認められたのである。

「それについては、私が説明しましょう……」

 レナの視線を受けたクライシスが、立ち上がって説明を始める。参加者の中には、かつて彼が反旗を翻したミラージュの代表者も含まれていたが、クライシスは気にも留めていないようだった。

「ディソーダーは全ての個体が一つの意思を共有している生物であり、リーダーのようなものは存在していません。しかし、先程ディソーダー間での通信を観測したところ、群れ単位の行動に何らかの方向性を与えている通信が、複数回発せられているのが確認できました。つまり、ナハティガルは、何らかの方法でディソーダーの指揮系統に割り込んでいるか、もしくはそのリーダーのようなものを掌握していると思われます」

「…………そんな事が可能なのか」

「……ディソーダー間の通信は解析できていませんし、ディソーダーのリーダーに至っては未知の存在です。どちらも断言することは出来ませんが、ナハティガルとディソーダーが協力関係にあるという事実は、覆しようがありません」

「…………そうか」

 発言者はため息をつきながら腰を下ろし、クライシスもまたそれに倣う。それを見たセイルは、誰にも聞こえないように小さく舌を鳴らした。クライシスは隠しているのだ。ディソーダーの頂点に立ち、それを制御する権限を持つ存在が居ることを。

(まあ、無理も無いか……)

 セイルは怪しまれないように各企業の代表者達を見渡した。皆一様に深刻そうな顔をしているが、腹の底では結局自社の利益を———具体的には、いかにして自社への被害を防ぎつつコーテックスに恩を売るかを考えているのだろう。

 そんな中でディソーダーに関する極秘情報を漏らせば、有効に活用してくださいと言っているようなものだ。そうなれば、クライシスは再び企業から負われる身となるだろう。褒められたものではないが、クライシスを責めることはできない。

「では、具体的な反攻作戦の構築に入りますが、その前に…………コーテックスはこの戦いを、ナハティガルとの総力戦と考えており、敵部隊の殲滅、及びナハティガル首謀者の無力化が、戦いの最終目標となります。そして、今までに集めた情報と、今回の敵部隊の進行ルートから予想されるナハティガルの本拠地が……ここです」

 エマが表示されている地図を縮小し、広い範囲を映し出す。地図はどんどん広い範囲を映すようになっていき、シティ周辺から複合都市の分布、さらにはレイヤード全域を収めるまで広がっていく。

やがて地図の拡大が止まった時、地図の一部分が赤く塗りつぶされた。シティは勿論、人類の支配領域から遠く離れた所にある、巨大なクレーター。それは……

「サイレントラインだと!?」

 出席者の一人が叫んだのを皮切りに、ミーティングルームがどよめきに包まれる。かつて存在したもう一つのレイヤードを内包し、無数の無人兵器と衛生レーザー砲によって守られた、侵してはならない領域、サイレントライン。

その名を冠するSL事件の元凶となったその領域は、事件が収束してから数年が経過した現在においても企業間協定で不可侵領域とされており、中枢に至る経路については、それを知る唯一の人物であるキースが口を閉ざしてしまっているため、未だ詳細不明のままだった。

「……確かなのか?」

「ほぼ間違い無いと思われます。つい先程、衛星軌道上に待機しているコーテックス火星支社の宇宙船から、サイレントラインの衛星砲が稼動状態に入ったという報告がありました」

 またしても語られた衝撃の真実に、参加者たちは口をつぐんだ。皆、SL事件のことを思い出しているのだろう。衛星軌道から降り注ぐレーザー砲を防ぐ方法など、それこそ複合都市の防衛機構でもなければ不可能である。

 衛星砲はSL事件の折に攻撃能力を失っているが、サイレントラインと同様に放置されていたため、ナハティガルによって修復されたのだろう。

基本的にはサイレントラインを守る為のものであるため、サイレントラインに近づきさえしなければ砲撃を受けることはない筈だが、この状況ではそれもどこまで信じて良いのか分からなかった。衛星砲の攻撃可能範囲が、サイレントライン周辺だけとは限らないのである。

「以上の事を踏まえた上で、企業代表の皆様には協力をお願いしたく思います。もし協力して頂けない場合は……退席願います」

 レナの放った容赦ない一言に、三大企業の代表者達は表情を硬くする。一切の容赦の無い対応だが、三大企業はそのいずれもがナハティガルによる情報工作を受けていたという事実がある。

未だにナハティガルの諜報員が潜んでいる可能性もあるため、コーテックス代表であるレナからすれば、協力の意思の無い者を加えたまま会議を行う訳にはいかないのだ。

「…………」

「っ……」

「ふん……」

 企業の代表者達は一人、また一人と席を立ち、ミーティングルームを出ていった。やはり、自社の命運をかけてまでコーテックスに協力しようとは思わないのだろう。やがて人の退出が止み、レナは再び口を開いた。

「それでは…………協力していただけると考えて構いませんね? クレスト氏?」

 ミーティングルームに残った企業代表者は、クレスト社社長である。クレスト氏一人だけだった。同伴していた秘書官らしき人物も退出させてしまっており、正真正銘唯一の協力者である。

「……どういうおつもりでしょうか?」

 それまで沈黙を守っていたスキウレが口を開く。社交慣れした彼女にしては少々不躾な訪ね方だったが、クレスト氏は気にも留めずに答えた。

「先に断っておきますが……クレストが自社の保有する軍隊を動かすことはありません」

 スキウレの目がきつく細められる。既に感情を隠している余裕も無いようで、今にもクレスト氏に掴みかかりそうになっているのを、近くに座っているケイローンが必死に牽制している。

「ただ……コーテックスシティ内にあるクレスト社の兵器工場……そこで開発されているものに関しては、その限りではありません。あれは元々、コーテックスに対する技術協力という形でしたから」

「っ!?」

「…………」

 スキウレとレナの顔に、驚愕が浮かぶ。前者は穏健派で知られるクレスト氏らしからぬ行動についてだろうが、後者については、セイルは思い当たるものがなかった。心当たりと言えば、氏の発言の中にあった工場くらいのものである。そこは、かつてジャスティスロードが建造されていた場所だったのだ。

「……あれを戦力として使用する許可をいただける、と? ……しかし、あれの運用には……」

「はい。クレスト社社長、及び役員のうち、二名以上の承認が必要です。無論私が自発的に協力することは出来ませんが……そちらとしては、そういう訳にはいかないでしょう?」

「っ!」

「!!」

 怒って立ち上がろうとするスキウレの手を、ケイローンが即座に引き止めていた。レナもまた、無表情の奥で歯を強く噛み締めているのが見える。レナ以外のコーテックスの代表者たちも、不快感をあらわにしていた。

氏はつまり、コーテックスに強制されたという形でなら、協力してもいいと言っているのだ。このような形を取れば、ナハティガルへの言い訳を作りつつ、コーテックスに恩を売ることが出来る。

セイルは再び、聞こえないように舌打ちをした。穏健派として知られるクレスト氏だが、その所以が理解できたのだ。外見や評判からは考えられない程の政治力と狡猾さ……これ程の能力があれば、武力行使が必要となる機会がそもそも少ないのだろう。

「…………では、どのようにして協力して頂けますか? 二名以上の承認が必要と言うのでしたら、社長の他にも後一人、協力者が必要な筈ですが……」

「問題ありませんよ。この場には、もう一人役員がおりますゆえ……」

 そう言って氏は、スキウレの方に視線を送った。疑うまでもなく、もう一人の役員とはスキウレのことなのだろう。この期に及んで自分を利用しようとする氏に対し、スキウレはついに感情を爆発させた。

「この人でなし! どこまで人を利用すれば気がすむのよ! プロミネンスの時もそうだわ。軍部の独走を止められなかったんじゃなくて、止めようとしなかっただけでしょう? だからあなっ!!」

 スキウレの表情が、不意に苦しそうに歪む。背後に立ったケイローンが、彼女の首筋に何かを押し当てているのが見えた。おそらく、スキウレが常用している合法ドラッグ『ロッカー』を使って体の自由を奪ったのだろう。

「すまん、体調が悪いようなんで医務室に連れて行く。会議を続けてくれ」

「……いいえ、ちょうど頃合いです。一旦休憩しましょう。三十分後に再開します」

 俯いて体を震わせるスキウレに肩を貸し、ケイローンが部屋を出ていった。やがてそれを追うようにクライシスが、続いてレナ達コーテックスの代表者が三々五々退室していき、後にはヒーメル・レーヒェの残りのメンバーたちとクレスト氏だけが残った。

 そのクレスト氏も、会議の資料に目を通した後、席を立つ。出口へ向かって歩いて行く氏の背中に向かって、セイルは言葉を放った。

「……正直驚きましたよ……」

 セイルは、以前にも氏と会ったことがあった。その時は、娘との距離を測りかねている不器用な人物程度の認識だったのだが、先程のことで、セイルは氏への評価を改める必要があると思い至った。

たとえ性格や人柄とは別にしても、彼には世界を牛耳る三大企業の一角を担う者としての、どうしようもなく深い業が存在するのだ。

「……私もです」

「っ?」

 セイルの言葉に、氏は端的にそう返すと、今度こそ部屋から出ていった。

 

………………数分後、ヒーメル・レーヒェ本部リグ、屋上部分

 休憩がてら外に出たセイルは、リグの屋上部分から景色を眺めていた。シティ中心部は高層ビルが密集しているせいで見通しが悪く、景色を眺めるといってもビルの造形くらいしか見ることができない。

 また、普段は交通量の多さから喧騒に包まれているはずの中心部に居るにも関わらず、都会的な音はほとんど聞こえてこなかった。

 五感から得られる情報量が少ない状況。それは、普段膨大な情報の中で戦っているセイルに、奇妙な寂しさを感じさせる。まるで、眼や耳が急に悪くなってしまったようだった。

「ここに居たか……」

「クライシス?」

 セイルが屋上を去ろうと振り返った時、丁度クライシスが屋上に入ってきた。セイルは出来ればこの場所に長居したくなかったのだが、すぐにクライシスの方に向き直った。

「ちょうど良かった……クライシス、アメリアのことについて話してくれないか?」

「………………何を聞きたい?」

 クライシスは一瞬逡巡したようだったが、特に隠すつもりも無いらしかった。

「さっきの戦闘で、アメリアは急に苦しみだした。あれは一体何だったんだ?」

「………………そうか…………」

 クライシスはため息をつくと携帯端末を取り出し、セイルに差し出した。セイルが端末のディスプレイを見ると、そこにはアメリアのAC、ギルティジャッジメントについての情報が表示されている。

「PLUS専用機は、搭乗者との神経接続によって直感的かつ高速での操作が可能になっている。それは知っているな?」

「ああ……」

「だが、ギルティジャッジメントは他のPLUS専用機とは違う。より直接的なリンクによって、操作性をさらに高めている。それを可能にしているのが……これだ」

 クライシスが、ディスプレイの一部分を指さす。ギルティジャッジメントのコアパーツに装備された操縦インターフェース。そこには『Armd System』と表記されている。

武装機構アームドシステム……ゴーストACに使用されている幻想機構ファンタズマシステムを、人間が使えるように改良したものだ」

「っ!!」

 ファンタズマシステム……大破壊以前に開発された、人間の脳髄を直接兵器に接続するシステムである。ナハティガルの使用するゴーストは、このシステムによって操縦者の技術を再現しているのだ。

「……どうやってこんな物を…………」

「彼女がファンタズマシステムのデータを持って、俺に頼んできた。人の形のままで、この力を使いたいと……」

「……弊害は、無いのか?」

「無い訳が無いだろうな。そもそも通常のPLUS専用機でさえ、搭乗者には大きな負担をかけている筈だ」

「っ! ……どうして協力したんだ! これじゃアメリアはまるで生体兵器じゃないか!」

セイルは声を荒らげてクライシスを問い詰める。アメリアは未だに自分の命を軽く見ている節があるが、クライシスはそれを助長してしまったことになるのだ。

「忠告は何度もした。これはお前を裏切る行為だとな……だが彼女は聞こうとしなかった」

「だったら強引にでも止めるべきだ! これじゃまるで、命を削って戦っているみたいじゃないか! 俺はあいつにこんな事を……」

「命を削らずに戦っている者など居ない!」

 突然声を荒らげたクライシスに、セイルはそれまでの勢いを遮られる。青い眼鏡の奥で、緋色の瞳が燃えているようだった。

「たしかに彼女の戦い方は自分の死期を早めるものだが、そもそも彼女はレイヴンだ。レイヴンである以上、いつ死んでもおかしくない。それは俺もお前も同じだろう!」

「っ…………」

「俺もお前も目的がある。そして目的を達成するために、命を削って戦っているんだ。なのに何故彼女だけを責める? 彼女が何のために戦っていると思ってるんだ!」

 アメリアの戦う目的。それは紛れも無くセイルのためだろう。セイルに助けられ、その恩を返すために、セイルの戦いに力を貸しているのだ。

「……だからって、わざわざ死に急ぐことはないだろう? そんな危険なシステムを使わなくても、アメリアなら……」

「……なら、俺がジャスティスロードの高感度センサーを取り外せと言ったら、お前は承服するか?」

「っ?」

セイルはまたも言葉を詰まらせる。

ジャスティスロードの頭部に装備され、セイルの五感と同調する情報素子。それは、セイルの洞察力を最大限に引き出すための補助装置であり、戦闘においては動体視力や状況把握能力を格段に引き上げることが出来る重要なパーツである。クライシスはそれを取り外せというのだ。

「……どういう事だよ。あれはただのセンサーだろ?」

「そうだ。あれは周囲の映像と音響を拾うだけの、ただのセンサーだ。俺もその程度のものだと思って作りあげた。だがお前は、そのセンサーから映像と音響以上のものを拾っている。それは五感の内に収まらない、脳の処理能力を超える情報だ。覚えがある筈だろう」

 セイルは、心臓が跳ね上がるのを感じた。戦闘中に時折現れる不可解なビジョン。過去にその場で起こったことの追体験。誰にも話したことは無い筈の事だが、クライシスは感づいていたようだった。

「あの装置は、お前というエンジンを加速させるための、上限の無いスロットルだ。加速し続ければ、エンジンはいつか焼き切れる。お前にも、どんな弊害が現れるか分からないぞ」

セイルは不意に、さっきの戦闘でのアメリアとの会話を思い出した。セイルは最近、感情の起伏が大きくなってきており、それはセイルがジャスティスロードに乗り始めてから始まっているのだ。

(まさか……これがその弊害だって言うのか……)

「覚えておけ……命を削っているのは彼女だけじゃない。俺もお前も、目的のために死に急いでいる。そしてその命を無駄にしたくないなら、一刻も早くこの戦いを終わらせることだ!」

 クライシスが話を終え、二人の間に沈黙が流れる。セイルは自身に起こりつつある異変について考えを巡らせ、クライシスはセイルの返答を待っていた。

「……分かった。じゃあクライシス、一つ頼みたいことがある」

「……何だ」

「ジャスティスロードの事だ。まだ開放していない機能があるだろう?」

 セイルが選んだのは、痛みを堪えて先に進むことだった。誰もが目的のために命を削っているなら、その命を無駄にしないためにも、この戦いを終わらせることが先決だと考えたのだ。

「……いいだろう。ついてこい」

 セイルの選択を聞いたクライシスは、不敵に口元を歪ませる。二人は連れ立って、屋上から出ていった。

   

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