このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

焼きつく拍動〜燃え尽きるその日まで〜

 

 セイルがクライシスと一緒にミーティングルームに戻ると、既に他の参加者たちは全員集まっていた。この状況ではなかなか休む気にもなれないのだろう。皆早々に戻って来て時間を潰していたようだった。

ただ一人、ケイローンに強引に連れだされたスキウレだけは戻って来ておらず、代わりにバーストファイアとフォグシャドウ、それにもう一人、見覚えのない女性が来ていた。

長身で、腰まである長い髪をポニーテールにまとめている。スキウレとは違った意味で美人だった。

「クライシス……」

「アンダー、上の奴らは?」

 どうやら彼女が、クライシスと一緒に降下してきたレイヴン、アンダーラインらしい。よく見ると、瞳の色は若干赤みがかっているように見える。

「あと6時間だけ待ってくれるそうだ」

「日付が変わるまでか……夜間戦闘は避けられんな」

「それ以前に、この状況を打破する方法があるのか? 偵察機すら飛ばせないほどの包囲網だろう?」

「それは、これから話し合う。一応幾つかアテはあるが……レナ・エリアス、もう始めてもらっていいか?」

「そうですね……では皆さん、会議を再開します」

 レナの声に、全員の視線が壇上に集中する。レナはディスプレイの電源を入れると、シティ周辺の地図を表示した。

「では、先ほどの続きになりますが……クレスト氏、例の兵器を使用する許可をいただけるのですね?」

「はい。詳細については、また後ほど……」

 クレスト氏が、離れた所に座っているコーテックスの代表者たちを横目で見ながらそう言った。レナは僅かに眉をひそめたが、すぐに了承の旨を伝えると話を続けた。今はとにかく、この事態を収拾することが先決だと考えたのだろう。

「でも、二人の話してる兵器って、一体何なんだ?」

 セイルも、クレスト氏のことはともかくとして、レナの方針には概ね賛成だったが、二人が周囲を置き去りにして話しているのが気になっていた。しかし、わざわざ話の腰を折ってまで聞く気にはなれず、隣に座っていたケイローンに尋ねてみる。

「俺が知るかよ……まあ、話の内容からするにACか、または大型兵器ってところだろうな」

「……さっき言ってた、クレストの許可っていうのは?」

「あれはつまり、その兵器がクレストにとって損になるような運用をされないようにするための保険だ。多分、それを条件に技術提供を認めたんだろうな」

 ケイローンは遠い目をしながらそう言った。おそらくケイローンも、今のクレスト氏の方針にはいい感情を持っていないのだろう。さらに、セイルの脳裏にジャスティスロードの事が浮かんだ。ジャスティスロードは、その兵器と同じ工場で製造した機体であり、大規模な修理や改装を行う際もその工場の施設を使わせてもらっている。

 無論、そのぶんの料金は支払っているが、クレスト氏の方針を見るに、その程度の負担で済んでいるのはスキウレのテコ入れによるものだろう。

「…………」

セイルは、少し離れた所に座っているバーストファイアに視線を送る。そこは休憩前までスキウレが座っていた席であり、彼女はまだ帰ってきていない。

 ロッカーによって強引に黙らされただけなのですぐに動けるようになるはずだが、よほど精神的にまいっているのだろう。

「それでは、具体的な作戦の構築に移らせて頂きます。当面の目標としては、サイレントラインへ進行するための橋頭堡を確保すること。さらに、火星からの援軍を受け入れるために、ラプチャー00を奪還すること。この2つとなります。そのためには、敵による包囲網を完全に破壊する必要があります」

「しかし、敵の包囲網は非常に厳重であり、シティの外壁から一歩でも外に出れば集中砲火にさらされてしまいます。通常戦力による突破は、非常に困難といえるでしょう……」

レナの説明を補足するように、エマが敵の様子を説明する。先程アンダーラインが言っていた通り、ナハティガルによる包囲網は非常に強固なものだった。偵察用の無人機すらまともに飛ばすことは出来ず、ジャミング混じりのレーダーと衛星写真で索敵を行なっているのが現状である。

「そこで、我々から一つ提案したい作戦があるのですが……」

 エマがディスプレイに新しい書き込みを入れていく。セイルは座席に座りなおし、頭を切り替えて作戦説明を聞き始めた。

 

………………一時間後、ヒーメル・レーヒェ本部リグ、ブリッジ

 会議を終えたセイル達は、ブリッジに集合して休憩していた。普段はミーティングルームに集合する所だが、今はレナたちコーテックスの関係者達が占領してしまっている。

「ああ〜っ……やっと一息つけたな。やっぱああいう堅苦しいのは性に合わねぇや……」

「よく言うぜ、後半だけしか参加してなかったくせによ……」

 真っ先にキャプテンシートに腰を下ろしたバーストファイアが伸びをしながらそう言い、ケイローンがそれを諌めつつ、近場の席に腰を下ろす。残りのメンバーたちも、思い思いの場所に落ち着いた。

「だがやっと一息ってのは同意だな。とんだ一日だったぜ……」

「そうだな……夜には作戦開始だし、休んでおくなら今のうちかもな……」

「その前に……少し時間をもらって構わないか?」

 入口近くに立っていたクライシスの一言に、全員の視線がそちらを向く。クライシスの後ろには、フォグシャドウとアンダーラインが、副官のように控えていた。

「少々遅れたが、紹介しておく。A....のメンバーで、俺の部下に当たるレイヴンだ」

 脇に下がるクライシスの代わりにアンダーラインが一歩前に進み、フォグシャドウは瞼に指を当ててコンタクトレンズを外す。二人の目は、多少の差はあれど火星移住民の証たる赤い色をしていた。

「対ディソーダー武装組織『A....』所属レイヴン、アンダーラインです。暫くの間ですが、お世話になります」

「同じく、フォグシャドウだ。名前ぐらいは知っておいてもらえてるかな?」

「……まさか、元セカンドランカーのフォグシャドウが火星移住民だったとはな……セイルは知ってたのか?」

「いや、会った時は、さっきみたいにコンタクトをしてたから気付かなかったよ……まあ、二人とも、よろしく頼む。俺が、リーダーのセイルだ」

 二人は、順番にセイルと握手を交わし、再びクライシスの後ろに戻った。フォグシャドウは半ば適当だが、アンダーラインの方はまるで軍人のようなキビキビとした動きをしている。

「ったくよぉ、こんな時まで堅苦しい挨拶してんじゃねぇよ。眉間の皺が増えるぞ」

「……貴様こそ、少しは礼儀をわきまえてはどうだ? 指揮官を差し置いてその席に座るなど…………」

「あ゛ぁ?」

「…………」

「……以上だ。セイル。時間をとらせて悪かったな」

 にらみ合いを始める二人を尻目に、クライシスはそう告げる。いつものことなのか、止める気も無いらしい。セイルもあえて二人には触れず、話を続けた。

「ああ……それじゃ、一旦解散って事で。各自、少しでも休んでおけよ……あと、仮眠室はキース優先で使ってくれ。作戦の要だからな」

「ありがとうございます。コーテックスの方も、明日にはミーティングルームを開けてくれるそうですので……」

 キースの代わりにエマが答え、二人は部屋を出ていった。キースが物静かなのはいつものことだが、今日は普段に輪をかけて口数が少ない。

キースは、ナハティガルの進行を押しとどめるために単独で最前線に残って戦っていた。なんとか帰還には成功したものの、智天使の城塞とまで称された乗機ケルビムは、大破寸前にまで追い込まれている。キース自身も、これまでにないほど消耗しているのだろう。

「セイル、俺たちはA....の拠点に戻る。何かあったら呼び出してくれ」

「分かった。また夜に……」

「ああ……バースト、行くぞ」

「あ、わり、先行ってくれ。ACもってくから」

「……分かった。急げよ」

 クライシス達三人が出ていくのを見送ると、バーストファイアは後ろを振り向いた。ブリッジに残っているのは、彼以外にはセイルとケイローンのみである。

「さて……ちょっといいか? 二人とも」

バーストファイアは、珍しく真面目な表情を浮かべると、キャプテンシートから降りた。どうやら、この三人が残るタイミングを図っていたらしい。セイルとケイローンもその意図を察したのか、一瞬視線を合わせた後、彼に向き直る。

「……何だ?」

「クライシスのことなんだがな……」

 バーストファイアは窓の外に視線を移す。セイルがつられて窓の外を見ると、一瞬遅れてクライシスたちの乗った車がリグから出ていくのが見えた。

「覚えてるか? 俺が地球に来た時、あいつが寝てるのを珍しがってただろ?」

「……ああ」

 クライシスは、レイヴンとしてはフィジカル面で劣っており、長時間の戦闘の後は急激に眠くなってしまう。しかしバーストファイア曰く、彼は二、三日程度なら眠らずに動けるほど体力があるらしい。

「今回あいつとは、火星を出発する前から連絡を取ってたんだが、やっぱりほぼ休みなしで動いてたみてぇだ。こっちに来てからドンパチまでやってるってのに、さっきも特に疲れてる様子はなかった。だろ?」

「確かに……」

「らしくねぇな。俺らの知ってるあいつなら、とっくに夢の中の筈だ」

 大気圏突入カプセルを使った降下作戦から、反物質砲ロンギヌスの使用。さらにコーテックスとの各種協議に至るまで、クライシスは地球に来てから忙しく動いていた。にも関わらず、クライシスは今のところ目立った疲れを見せていない。

「俺らからすればそれが普通なんだが、お前らはそれがらしくないと言う。それに俺自身、あいつが無防備に寝顔晒してるのを見ちまってる。これは何かあると思ってな……」

「……もしかして、地球の環境が体に合わないんじゃないか? 前にクライシスが火星から戻って来た時も、戻って来てすぐは余裕があったように見えた」

「そう、それだよ……俺が言いたいのは……」

 バーストファイアは、そう言いながらセイルを指差した。指の中に隠し拳銃でも入っているのではないかとセイルは一瞬たじろいだが、バーストファイアはそのまま話を続ける。

「あいつは地球に来るたびに体調を崩してる。火星人が地球に来て体調を崩すってのはよくある話だが、それでもああまで極端に変わるもんかと思うんだよな……」

「……つまり、どういう事だ?」

「あいつはよ……火星人として特別なんじゃないかと思うんだ」

 バーストファイアはふたたび窓の外を見た。日は既にかなり傾き、空は赤く染まっている。戦闘によって舞い上がった塵のせいか、太陽はいつも以上に赤く見えた。

「火星に移住した人間は、一、二世代くらいで目が赤くなる。火星を離れた場合も、同程度の時間で目が赤くなくなる事がわかってる。これは、火星の環境……正確には、火星の環境整備のために散布されているナノマシンのせいだと言われてる……知ってたか?

「ああ、以前火星に行った時に聞いたな。埃っぽくてかなわんかったぞ」

 ケイローンが不快そうに顔をしかめる。火星のテラフォーミングが行われたのは大破壊以前の事だが、火星では今でも環境整備用のナノマシンが大量に散布されていた。

それらは、一時期人体への影響が懸念されたこともあり、地球においては使用が禁止、或いは制限がかけられているものだったが、地球に比べて生活水準が低い火星では、日常的に使用されているものだった。

ああ、火星の大気中には、今でも大量のナノマシンが浮遊してる、それは呼吸や食事によって人体に侵入することもあるが、ほとんどはクソに混じって出ていくようになってる。だが……世代を重ねることで体に蓄積された残留ナノマシンは、小規模なコロニーになって人体との癒着を引き起こすことがある……

「もしかして、それが?」

 セイルがバーストファイアの目に視線を移すと、彼は正解、と笑って目を細めた。

「目だけじゃねぇ。火星人の特徴と言われてる優れた身体能力……これは、体内のナノマシンコロニーが原因だと言われている。尤も、俺はPLUSになった時にほとんど排出されてるがな。この目だって、実の所着色してあるだけだ

「成程……そういう理由があったわけか……じゃあ、クライシスの反応速度や計算能力の高さは……」

「おそらく、あいつはナノマシンコロニーが脳髄に集中しているんだろう。言ってみればあいつは、脳髄の一部がコンピューターになってるみたいなもんだ。俺なんぞよりよっぽど人間離れしてやがる……

「ちょっと待て、それじゃあ、あいつが急に眠くなるってのは……」

 ケイローンが、慌てて口を挟む。急に眠くなるという現象は、人間なら、少し疲れているのかも知れない程度で済むが、コンピューターは違う。コンピューターの突然のシャットダウンは、明らかに異常によるものだ。

「ああ……もしかしたらあいつは、命を削って戦ってるのかも知れねぇ……」

 セイルの脳裏に、つい先ほどのクライシスの言葉がフラッシュバックする。命を削らずに戦っている者など居ない。そう言った彼自身も、やはり命を削って戦っていたのだ。

「あいつは、目的のためなら軽く命を投げ出しちまう。PLUSの俺にそれを止める資格はねぇし、アンダーの野郎は止めようともしねぇ。だから頼む。あいつが滅多なことをしないように、気をかけてくれねぇか? お前ら二人……いや、三人はあいつとの付き合いが長いんだろ?」

「ん?」

「あ、やっぱりそうか……逃げるな! スキウレ!」

 セイルの呼びかけに、数秒置いて出入口の扉が開く。スキウレが、ため息をつきながらブリッジに入って来た。

「まったく、PLUSって厄介ね。この距離でも接近に気づくなんて……」

「なんだ、おめぇ起きてたのかよ……」

「おかげ様でね。あとで覚えておきなさいよ……」

 スキウレに睨まれ、ケイローンはこわごわと視線を逸らす。強引な手を使ったケイローンの自業自得ではあったが、セイルは助け舟代わりに話を再開させた。

「そう言うわけだから、気にかけてやってくれないか? 知らない仲じゃないんだろ?」

「っ……言ってくれるじゃない。あなたも偉くなったものね」

「ああ、なにせ、一組織のリーダーだからな」

 不敵な笑みを浮かべているスキウレに対し、セイルも無理やりに口元を歪ませる。本来、こういったやりとりではスキウレに敵うべくもないのだが、それでもセイルは一歩も引かずに視線を合わせ続けた。

「……いいわ。今度それとなく聞いてみる。期待はしないでね」

 スキウレはそう言いながら視線を外す。どうやら、セイルの内心を察して引いてくれたらしい。こういった面でも、セイルはスキウレに敵わないことを実感した。

「さあ、もう数時間で作戦開始なんでしょ? 詳しい内容教えて頂戴。アメリさんももう起きてるわよ」

「…………分かった。アメリアも連れて、ミーティングルームに行こう。レナがまだ居るかも知れない」

「……いまちょっとホッとしたでしょ? 大丈夫よ。ちょっとした幻肢痛だから」

「……うるさいよ」

 アメリアへの心配を見ぬかれ、セイルは慌てて言い返す。自分の顔が赤くなっていないことを祈りつつ、セイルはスキウレと二人で医務室に向かって行った。

 

………………三時間後、コーテックスシティ・メインゲート

 シティの西側にあるメインゲート付近には、量産型ACを主力とするナハティガルの主力部隊が配備されていた。

EMPの散布によって暴走し、ナハティガルにコントロールを奪われた量産型ACは数百機にも上り、ただでさえ大規模なナハティガルの戦力をさらに底上げしてしまっている。

だが、初戦でシティ内部へ侵攻出来なかったことは、やはりナハティガルにとって大きな失態となっていた。シティ外壁の防衛システムは既にほとんど機能していないが、単純に巨大で強固な防壁は、侵攻の大きな障害となる。

そのため、既に日没から数時間が経過していることもあり、ナハティガル側は夜襲を警戒して守りに入っていた。最前線に配備された機体は、いずれもメインゲートに標準を合わせ、敵機が一機でも現れようものなら集中砲火を加えようと待ち構えている。それは東西南北にあるゲート全てに言えることだったが、他シティへと繋がるハイウェイへの入り口となっているメインゲートは、より厳重に防備が固められていた。

 しかしその時、突然周囲にブザーが鳴り響き、地響きと共にゲートが開き始めた。左右にゆっくりと開いていくゲートの隙間。そこから現れた一機のACに、ここぞとばかりに砲火が叩き込まれる。無数のMTやACが砲弾を放ち、さらにハイウェイに配備されていた装甲列車が、巨大なレーザー砲を撃ち込んだ。

 猛烈な爆風が視界を遮り、砲撃が途切れる。戦略兵器の直撃にも耐えうるゲートの扉には僅かな損傷しか無いが、無数の砲撃に晒されたハイウェイの出入り口は原型を留めないほどに破壊されている。ACなど、一溜まりも無かっただろう。

 煙が張れるのを見計らい、前線にいた何機かの量産型ACがゲートに接近する。しかしそれらの機体は、煙の中から放たれた光弾によって、一瞬の内に爆散していた。無数のサーチライトがゲートを照らし上げ、夜の闇が一瞬にして取り払われる。しかし、わずかに開いたゲートの前には、照らし尽くせない一つの闇が屹立していた。

 円筒形のパーツで構成された重厚なボディは夜よりも深い漆黒に塗られ、ところどころに施された金色のラインが鮮やかに輝いている。その装甲には傷一つついておらず、機体の性能と搭乗者の実力の高さを物語っていた。左肩には、光を放つ漆黒の翼が描かれている。

 ナハティガルは再び砲撃部隊を前に出し、現れた漆黒のACに向かって砲撃を再開する。それに対し漆黒のACは一歩も動くこと無く、左右肩部に装備された板状のパーツを前方へと展開した。

そのパーツは表面を一瞬波立たせたかと思うと、瞬時にして機体前方を覆い隠す巨大な光の壁を作り出す。放たれた砲撃はその光の壁に防がれ、一発としてACには着弾しない。

『予想通り……ですか?』

『…………無論だ』

 無数の光点に包まれたコクピットの中、キースはその口元を大きく歪ませた。先ほどの戦闘で損傷した乗機ケルビム。その黄金に輝く神々しいボディとは正反対のカラーリングを施された、彼の新たな機体……それはまるで、光り輝いていた天使が、地に堕ちて黒く染まったかのようだった。

『行くぞ……先刻の礼をしてやる』

『了解……ケルビム・ファーレーン、戦闘開始』

   

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