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光に背く逆信者Cherubim Fallen〜堕天の約束、高貴なる誓い〜

 

 キースの新たなAC、ケルビム・ファーレーンは、光の盾を構えたままゆっくりと前進を始めた。

待ち構えるナハティガルの部隊は再び砲撃を開始するが、光の盾はあらゆる砲撃を軽々と弾き返してしまう。通常のACが使用するエネルギーシールドとはケタ違いの出力だった。

 さらに半開きになったゲートからは、ケルビム・ファーレーンの後に続いて何機かのACが現れる。

『へぇ……超密度重粒子による人工重力発生装置を、シールドに利用したわけね……』

『余計なことをしゃべるな。傍受されたらどうする』

 クライシスのアブソリュート・リプレッサーとスキウレのフェアリーテールは、ケルビム・ファーレーンを盾にしながらゆっくりと前に進んでいった。両機はオービットを展開し、防御に集中しているケルビム・ファーレーンの代わりに攻撃を開始する。

 それに対し、ナハティガルの部隊は攻撃を分散させて対処しようとするが、ケルビム・ファーレーンはシールドを保持しているアームを動かし、後方の二機を庇うようにシールドを移動させた。さらに両腕部に装備された発振器からもシールドを発生させ、自身へと放たれる攻撃を防御する。

『ケルビム・ファーレーン、こちらは自力で攻撃を捌く。フェアリーテールの護衛に集中してくれ』

『……了解した』

『あら、優しいのね。今までの埋め合わせのつもりかしら?』

『黙れ』

 スキウレのからかいを背に受けながら、A・Rはケルビム・ファーレーンの背後から離脱する。途端に攻撃が集中するが、A・Rは相殺シールドを展開してエネルギー弾を防ぎ、背部のミサイルポッドを展開した。

『……焼き尽くせ!』

 放たれる無数のミサイルがナハティガルの部隊に降り注ぎ、前線部に集結していた機体のほとんどが沈黙した。同時に、ケルビム・ファーレーンは、両腕部に展開していたシールドを消滅させると、同じ発振器からプラズマ弾を発射する。ハイウェイ上にいた装甲列車が直撃を受け、爆発を起こした。

 さらにケルビム・ファーレーンは、背部に装備されていた二機の大型オービットを射出すると、自機の左右に滞空させる。オービットにも腕部と同様のプラズマ発振器が装備されており、シールドとプラズマ砲を使い分けて敵を次々に撃破していった。

『今だ。行け!』

『全機! 突撃!』

『うおおりゃああ!』

キースの合図と同時に、シティ内に留まっていた他のACたちが、一斉に外に飛び出した。ジャスティスロードが混乱する敵の群れに突進し、その背中を守るようにしてギルティジャッジメントが砲撃を開始する。地響きを立てながらヒーメル・レーヒェの本部リグがゲートを抜け、その上に陣取ったサジタリウス改が一斉射撃を放ち始めた。

 ヒーメル・レーヒェのメンバー総出での攻撃に、ナハティガルの包囲網はすこしずつ崩れ始める。

『すごい防御力だな……あれどうやってるんだ?』

『え〜とね、開発コードは『ソロモン』。人工重力を発生させるほどの高い運動量を利用して敵の攻撃を……』

『スキウレ、余計なことを喋るなと言った筈だ』

 興奮した様子で尋ねるセイルの声にスキウレが答え、クライシスがそれを制止する。前線で合流した三機は、周囲の敵機を撃破しつつ前へ前へと進んでいた。機密性を高めるためにスピーカーは使用せず、会話は常に秘匿回線を使用している。

『あまり出すぎるなよ。作戦に支障が出る』

『分かってるよ。でも大成功だな。あれ程の包囲網を、たった六機のACで破れるなんて』

『そうね……軍隊クラスの火力を安々と防ぎきるほどの防御力……さながら天使の加護って言った所かしら。肝心の天使が真っ黒だけど』

『楽観するな。もっと守勢に入らなければ持たないぞ』

 ジャスティスロードの死角から接近していたゴーストACが、A・Rの回し蹴りを受けて転倒し、ハイレーザーライフルのゼロ距離射撃で撃破される。さらにブレードを展開して切りかかってくる上級MTが相殺シールドで殴り飛ばされ、後続の機体にぶつけられて沈黙した。

『リグに連絡を入れろ。前線を100m後退させる。構わないな、セイル』

『……ああ、分かった』

 本部リグに向けて後退の旨を伝える通信を入れつつ、セイルは横目でA・Rの様子を盗み見た。クライシスは一定の距離を保ちながらの射撃戦を得意としているはずだが、先程からA・Rは近接格闘を多用しているような気がしたのだ。

『あら、随分ワイルドな戦い方するようになったじゃない。火星帰りで興奮してるのかしら?』

 どうやらスキウレもセイルと同じ感想を持ったらしいが、戦い方が荒っぽくなっているのは彼女も同じだった。先程から複数のオービットによる焦点射撃を多用しており、普段より攻撃的になっているのが伺える。

(クライシスが居るからって張り切ってるんだな……でも、クライシスもどうして……ん?)

 セイルが再びA・Rに視線を送ると、妙なことに気がついた。後退のために殿を務めているA・Rのカメラアイは、現在紫色に光っている。

 ディソーダーのAIを演算装置として用いているA・Rは、周囲の生体兵器と共鳴して活性化する性質がある。その際、エネルギーの過剰流動によってカメラアイが赤く染まるのだが、今のA・Rはそうなっていなかった。

 確かにこの区域に現在、ディソーダーを含む生体兵器の類は居ないが、シティ全域を取り囲むナハティガルの軍勢の中には、無数のディソーダーが含まれているはずである。

 現にセイルは、先程から生体兵器の気配を強く感じていた。戦端が開かれたことで、他の区域にいた部隊が集まってきているのだろう。

(A・Rのメインコンピューター……生体兵器との共鳴……まてよ、確かA・Rはあの時……それじゃ、この感覚の正体は……)

『クライシス、もしかしてそいつ、あの時のフィリアルなのか?』

『……余計なことを……』

 クライシスは呆れたように肯定の言葉をつぶやいた。A・Rの、ACを超越した動きを補佐するコンピューター。前回の戦闘において、ディソーダーの王フィリアルによって破壊されたそのパーツを、クライシスは撃破したフィリアルのそれで補っていたのだ。

『どうやらフィリアルの戦闘スタイルに引っ張られているらしい……あまり不用意に近づくな。暴走の危険性は十分にある』

『何? 俺に近づくと火傷するぞってやつ? 面白そうじゃない?』

『スキウレ、いいかげんにしろよ……』

 またもクライシスをからかいはじめるスキウレに、セイルは苦言を漏らす。おそらく、父親のクレスト氏との一件をまだ気にしているのだろうが、放置しておくわけには行かなかった。

あらゆる物を焼き尽くす光の奔流と、狂ったように四肢を震わせるAC……暴走した生体兵器の恐ろしさを思い出し、セイルは思わず口元を引き結んだ。

『とりあえず、今のところは大丈夫なんだよな? 作戦の第二段階まで、あとどれくらいだ?』

『……わからない。敵の数が多すぎる……本部リグ、そちらはどうだ?』

『こちら本部リグ。現在サジタリウス改、及びギルティジャッジメントと共に戦闘中です』

『敵の様子はどうなの?』

『この区域に向かって集まってきているようですが、予想より少々遅れているようです』

『よぉ、セイル。そっちは大丈夫か? こっちはカラードのやつが張り切ってくれてるから暇でしょうがねぇぜ』

 通信に割り込んできたケイローンが、気楽そうな声を上げる。

いくら高い火力を持つギルティジャッジメントが一緒だからといって暇な筈がないのだが、これもセイルの心情を察しての発言なのだろう。

『ああ、キースがだいぶ引き受けてくれてるみたいだからな。こっちは大丈夫だよ……ケイローン、チャンネル3……アメリアは、様子どう?』

 故に、セイルもその気遣いに甘えさせてもらうことにした。通信の周波数を切り替え、ケイローンとの個人回線を開いたセイルは、アメリアの様子を尋ねてみる。

『必死だ、必死。必死で戦ってる。何かを忘れようとしてるみたいにな』

『そうか……やっぱりタイミングが悪かったかな……』

 先程の戦闘の最中に告げた言葉———アメリアに対する思いの丈———の返事を、セイルはまだ聞けていなかった。アメリアがずっと医務室に居たせいでもあるのだが、体調が戻ってからも、アメリアはセイルとの会話を避けているフシがあったのだ。

 ちなみに、告白の現場をバーストファイアに目撃されたせいでこの事は既に秘密では無くなりつつあるが、ケイローンはそれとは別に、セイルの行動に気づいていたようだった。

『何言ってやがる。ベストとは言わねぇが悪くないタイミングの筈だぜ。現にあいつは動揺しまくりじゃねぇか。忘れようとしてるって事は、簡単には忘れられないってことだ。これが初恋ってわけじゃなかろうに』

『いや、そうだけど……流石にこんな戦いの最中にっていうのは……』

『兵士の恋愛は即断即決だって教えただろうが。お前の判断は間違っちゃいない。今はとにかく生き残れ。恋も戦争も、今の一瞬以上に大切な物なんて無ぇ!』

『……分かった。そっちも気をつけてな』

 セイルはケイローンとの通信を切った。俄には信じがたい話だったが、今は戦闘に集中すべきだという意見には同意できる。戦闘中に色恋の話題など、随分余裕があるものだと自戒し、セイルは気持ちを切り替えた。

『……クライシス、敵が疎らになってきたように見えるんだが、どう思う?』

『確かに……だが、そう簡単に包囲網を崩す気はない筈だ……現に、他の区域からどんどん増援が向かって来ている』

 クライシスからセイルに戦域のマップが送られてくる。シティをぐるりと取り囲んでいた敵部隊が、しだいにメインゲートへ集まりつつあった。

『全体的に見れば敵が増えている筈なのに、局所的に見れば減っている……考えられる可能性は?』

『……機を窺っての総攻撃……ではその機とは?』

『……調べてみる』

 セイルはメインカメラの暗視モードを切ると、センサーの感度を最大まで引き上げた。膨大な情報が脳へと流れ込み、時間の流れが遅くなる。軽い圧迫感に耐えつつ、周囲の闇をゆっくりと見渡したセイルは、周囲の敵機が、少しずつセイル達三人から遠ざかっていることに気がついた。

同時に、ある方向から強烈なプレッシャーを感じ、セイルは身震いする。即座にセンサーの感度を元に戻し、クライシスへと叫んでいた。

『西北西! 長距離砲撃!』

 三機のACはとっさに散開し、長距離から飛来したグレネード弾を回避する。セイルが示した方向には、以前シティを襲ったものと同じ、サイレントラインの大型機動兵器が浮かんでいた。

 分断された三機に向かって、周囲の敵機が一斉に襲いかかる。敵はこのタイミングを狙っていたのだろう。

『まずい、スキウレ!』

 セイルはとっさに、装甲の薄いフェアリーテールのカバーに回ろうとする。しかし、装甲が薄いのはジャスティスロードも同様であり、容易には敵の包囲を抜け出せない。

 だがその瞬間、セイルの視界の隅で何かが動いたかと思うと、フェアリーテールを取り囲んでいた三機の量産型ACは、まとめて吹き飛ばされていた。

フェアリーテールの眼前には、光の盾を構えたケルビム・ファーレーンが立っている。下半身を覆っていたコートのような装甲板が展開し、下から多数のスラスターが覗いていた。

『キース?』

『じっとしていろ』

 ケルビム・ファーレーンは二機のオービットを上空に飛ばし、周囲の敵にむけてプラズマ弾を発射する。さらに接近戦を挑んできたカイノスを、腕部から発振したブレード状のプラズマで両断した。

(複数の機能を使い分けることのできる多機能武装と、あれほどの重量の機体を瞬間的に加速させる高機動スラスター……これがケルビム・ファーレーンか!)

 セイルはスキウレの無事を確認すると、スタビライザーからブレードを発振させ、ジャスティスロードを回転させる。まるで円舞のような動きで振るわれる四枚のレーザーブレードに切り裂かれ、周囲のMTは一斉に爆散した。

『クライシス、奴は俺が片付ける。作戦の第二段階を発動しろ!』

『……了解』

 クライシスの返答を聞くより早く、セイルはジャスティスロードのHOBを起動する。姿勢制御のために展開された四枚のスタビライザーが蜻蛉の翅のように広がり、ジャスティスロードは宙に舞い上がった。

 再びセンサーの感度が引き上げられ、景色の流れが遅滞する。さらに二機のTOBがプラズマを吐き出し、音速を突破したジャスティスロードは、一直線にサイレントラインの機動兵器へと向かっていく。夜の闇の中に、光の帆が美しくはためいた。

(さて……ジャスティスロードの新機能、どれほどのものか……)

 主砲から放たれるグレネード弾をローリングで回避し、ジャスティスロードはアストライアを腰だめに構えた。鈍く輝くその刀身から青白い粒子が漏れ出し、まるでレーザーブレードのような光の剣が形作られる。

 放たれるミサイルを再度のローリングではじき飛ばしたジャスティスロードは、上下反転した姿勢のまま、機動兵器の背部にある主砲にアストライアを撃ち込んだ。青白く輝く光の剣が、巨大な砲身を紙切れのように引き裂き、内部機構を爆発させる。

さらに続けざまに放たれた返し刃が機動兵器のボディを背部から頭部へと通りぬけ、真っ二つに両断した。巻き起こる爆発に背中を押され、ジャスティスロードは即座に離脱する。

『やった!』

『何あれ! あれ程の重装甲をあんなにすんなり切断するなんて……』

(水素脆化による装甲弱体化機能を更に特化させた、三重水素収束溶断刃、ハイドロゲンブレード……目標の物理的強度を無視した攻撃が可能だが、まさかこれ程とは……)

 ジャスティスロードの新たな能力を目の当たりにしたスキウレとクライシスは、共に驚愕の表情を浮かべていた。ケルビム・ファーレーンの圧倒的な防御力にも驚いたが、ジャスティスロードの攻撃力もまた常識を外れている。

 と、その時、前線の三機を含むヒーメル・レーヒェのメンバー全員に通信が入った。同時に、シティの北側ゲート付近で連続した爆発が起こり、轟音が響き渡る。炎に照らされ、闇の中に巨大な何かが浮かび上がった。

『セイル、見えているか?』

『ああ、見えてる……あれがクレストの?』

『ええ……クレスト保有の兵器工場でコーテックスが開発した、巨大陸上戦艦……『バハムート』……』

 コンバット・リグの数倍はあろうかという巨大な機体に、複数の大口径砲と無数の対空機銃。そしてカタパルトから現れる何機ものAC……またも現れた常識外れな存在に、三人は一時、戦闘すら忘れて見入ってしまっていた。

 巨大なグレネード弾が敵の先頭部隊を吹き飛ばし、攻撃が止んだ隙にAC部隊が突撃をかけた。ハヤテの『ワダツカザスサ』と、エクレールの『ラファール』が先陣を切り。二機を追うようにして、カロンブライブの『ファイヤーバード』とメビウスリングの『ムゲン』が駆けていった。

 いずれも名のあるレイヴンたちであり、急襲を受けたナハティガルの防衛陣地は瞬く間に突き崩されていく。

ナハティガルの包囲網は非常に強固なものであったが、ヒーメル・レーヒェの攻撃によって、戦力が西側ゲートに集中させられてしまい、部分的に弱体化した箇所ができてしまったのだ。

バハムートと、それに率いられたAC部隊は、弱体化した包囲網を易々と突き破り、シティ郊外へと向けて進んでいった。目指すのはシティ郊外北東部。サイレントラインへと続く道である。

『包囲網突破作戦、第二段階の完了を確認。残る二つのゲートでも、戦闘が開始されました』

『快調快調! このまま一気に突き崩すぞ!』

『お〜い、聞こえてるか? クラ! セイル!』

 メンバーたちの無線に混じって聞こえてきたバーストファイアの声に、セイルとクライシスは機体を旋回させる。前線から少し離れたところを一両の装甲列車が移動しており、屋根の上にインフェルノが陣取って手を降っていた。装甲列車にはA....のロゴが描かれている。

『俺達はラプチャーの奪還に向かう。シティの方は頼んだぞ!』

インフェルノは背部のグレネードランチャーを連射し、地上の敵を次々に撃破していく。

さらに、グレネードの爆発を掻い潜るようにして白い影が地上を走り、残った敵を次々に切り裂いていった。武器腕タイプのレーザーブレードを装備した四脚タイプの機体で、エンブレムには凍りついた世界が描かれている。

『アンダーライン、そちらの指揮は任せる。ラプチャー本体はなるべく傷つけるな』

『……了解』

 地上を走っていたACが一瞬足を止め、A・Rに敬礼を返す。火星のレイヴン達を乗せた輸送列車は、一路、軌道エレベーター『ラプチャー00』へと向かって行った。

『よし……残敵を掃討する。各機、散開して戦闘に移れ!』

『『『『了解!』』』』

 散り散りになって敗走を始めるナハティガルの部隊を、六機のACたちが追撃する。夜の闇が再び静寂を取り戻すまで、そう時間はかからなかった。

   

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