このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

クライシス〜選択肢〜

 

 

 ナハティガルの侵攻を退け、コーテックスシティは落ち着きを取り戻しつつあった

 

 ヒーメル・レーヒェを始めとする多くのレイヴンたちの働きによってシティ内部への侵攻を防ぐことに成功し、シティを取り囲んでいた包囲網もすでに崩壊している。

 占拠されていた軌道エレベーター『ラプチャー00』の奪還にも成功し、火星から大量の物資や人員が届けられたため、物量的にも余裕が出てきていた。

 

 一方、ナハティガルの部隊は大きく後退することとなり、すでに本拠地を隠すつもりも無いのか、残存勢力をサイレントライン付近に集結させている。

 

 時刻は午前零時前。現在は両軍とも小休止といった状況で、戦闘による被害の確認や次の戦闘への準備を行なっていた。

 

『コーテックスの上層部は、今回の結果に非常に満足しています。ひいては、今後もヒーメル・レーヒェにはコーテックス軍の主戦力として動いて欲しいとのことです』

 

 ミーティングルームのディスプレイにレナの顔が映し出され、戦闘の結果を報告している。コーテックス本社の方も、EMPによって受けた損害からやっと復旧したらしく、司令中枢としての機能を取り戻していた。

 

「了解した、と伝えてくれ。こちらも全力を出させてもらう」

 

『わかりました。協力に感謝します。では……』

 

 そう言ってレナは通信を切った。いつも通りの彼女に見えたが、終始仕事口調だったあたり、相当忙しいのだろう。彼女の背後にも、忙しそうに歩きまわる他のオペレーター達が写っていた。

 

「…………」

 

 セイルはディスプレイのスイッチを切ると、部屋の明かりをつける。ミーティングルームには彼一人しか居らず、部屋がいつもより広く見えた。

 

 ヒーメル・レーヒェは、先ほどのレナの言葉通りコーテックスの主力として扱われているらしく、現在のところはメンバー全員がオフ扱いになっている。そのため、メンバーたちは各々用事のために出払っているが、セイルは組織のリーダーという立場上、本部に残っている必要があったのだ。

 

 しかし、その役目も先程レナから報告を受け取ったことで終わってしまっていた。セイルは手元の端末を起動すると、他のメンバーたちの状況を確認する。

 

(ケイローンはレイヤード方面の哨戒。スキウレはクレスト社で会議。キースとエマは機体の調整、か……)

 

 EMPの散布により、携帯端末もほとんどが使い物にならなくなってしまっている。そのため、メンバーたちは連絡が取りやすいように予定を記入しておく取り決めだったのだが、記入しているのは四人だけだった。

 用のある二人に限って予定がわからず、セイルは眉をひそめる。

 

(正直、アメリアの様子が気になってしょうがないけど、クライシスにも話しておきたいことがある。さて、どうするか……)

 

 セイルは本部リグを出ると、火星レイヴン達が本部として使っている装甲列車に向かった。クライシスは出撃後、本部リグではなくそちらに帰還していたのだ。

 

セイルとしては、出来れば今はヒーメル・レーヒェのメンバーとして活動してもらいたかったのだが、重要な戦力である火星レイヴンたちの指揮を任せてしまっている手前、無理を言う訳には行かなかった。

 

入り口でIDカードを照合し、装甲列車の中に入れてもらう。その途端、セイルの鼻孔に鉄臭い匂いが充満した。

 

(うわぁ……)

 

 この装甲列車は火星から持ち込んだものらしいので、おそらく火星の匂いが染み付いているのだろう。バーストファイアやケイローンから聞いてはいたが、慣れるまでは少々掛かりそうだった。

 

「鉄臭いでしょう? 申し訳ありません」

 

「いえ、お構いなく……それにしても、激しい戦いの後なのに、みんな元気ですね……」

 

 セイルは案内の男について廊下を歩きながら、すれ違う人や部屋の中を見ていた。激しい戦闘の後だというのに疲労感は全く無く、むしろ高揚しているかのように思える。

 

「お〜い、メシ何処だメシ〜」

 

『第十四班は、ハンガーに集合して下さい。繰り返します……』

 

「うっせぇなカス野郎! つべこべ言わずに出せってんだ!」

 

「やめろ死ぬ! マジで死ぬからあーあーあー!」

 

『オラ! アバズレ! とっととハンガー来やがれ!』

 

 まるで、閉じた町の酒場のような雰囲気だった。粗野で暴力的ではあるが、人間という生き物の力強さが覗える。クライシスの、性格に似合わぬ図太さの理由が、分かったような気がした。

 

「よぉ、セイル。何しに来た? なんか用か?」

 

 不意に横合いからかけられた声に振り返ると、詰所らしい部屋からバーストファイアが顔を覗かせていた。PLUSのくせに酒に酔っているのか、顔が赤くなっている。

 

 バーストファイアは背中越しに後ろを振り返ると、部屋の中にいる他のレイヴン達にむけて声を張り上げた。

 

「おい、見ろテメェら! こいつがセイルだ! 我らがリーダー、クライシスを口説き落としたヤツだ!」

 

「「「おぉ〜う!!」」」

 

「A....へようこそ! これが SRBIA だ! 俺達はついにうぼぁ!」

 

 他のレイヴン達を巻き込んで騒ぎ始めたバーストファイアが、首根っこを引っ掴まれて部屋の中に消える。入れ替わりに、アンダーラインが姿を現した。

 

「これは失礼を、セイル……何かご用でしょうか?」

 

「あ、ああ……クライシスに話があるんだけど……」

 

 あまりの対応の差にセイルは一瞬口を詰まらせてしまった。先程までうるさいほどだった騒ぎ声が、彼女の登場によって一瞬の内に静まり返っている。どうやら彼女は、隊内でそうとう恐れられているようだった。

 

「……申し訳ありませんが、クライシスは現在外出しております」

 

「え? 居ないのか?」

 

「はい。詳しい事情は存じませんが、哨戒に出ると……」

 

 セイルは内心首をかしげた。A・Rのような高性能な機体を哨戒に出すのは疑問があるし、何より戦闘直後で疲労している筈のクライシスが連続で出撃する事が不可解だった。

 

「ああ、そういやぁA・Rが出てくとこ見たぞ。十分ほど前に……」

 

 復活したらしいバーストファイアが再び顔を覗かせる。アンダーラインが何らかの理由で嘘をついている可能性も考えたが、そうではないようだった。

 

「そうか……ありがとう。じゃあ、戻って来たら伝言頼めるかな。俺が探してたって」

 

「了解しました。では」

 

「よぉし、セイル! ちょっとこっち来い。クライシスの話聞かせてやる。おい! 酒

持って来い酒!」

 

 アンダーラインが話を切り上げた途端、バーストファイアが再びセイルに絡み始める。今度は止める気がないのか、アンダーラインは足早にその場を立ち去ってしまった。

 

「いや、いいって。俺まだ用が……」

 

「いいからこっち座れって、ほら!」

 

 セイルは強制的に詰所に連れ込まれ、席に座らされる。途端にセイルの周りを他のレイヴン達が取り囲み、口々に話しはじめた。

 

「そもそも俺とあいつは同じ孤児院で育ってよ。聖グラディウス天使園なんて大層な名前なんだが……これが園長が元レイヴンでよ……」

 

「そうそう、こいつ本名がマーティー・グラディウスってんだ。クライシスは知ってるか? あいつはカトラー・グラディウスっつって……」

 

「ヤロ、勝手に名前バラすなっての! んで、俺達二人はそこで名前をもらってよ。だから姓が同じなんだわ」

 

「おい、外してやるなよ。アンダー姐さんとフォグシャドウも同じだろうが」

 

「そうそう。フォグさん元々の名前も一緒に使ってるから、本名すごく長いんだよな……だから普段はC・Bって……」

 

 楽しそうに談笑し始める火星レイヴン達。セイルは早く帰るのを諦め、クライシスの昔話に耳をかたむけることにした。

 

 

………………同時刻、レイヤード某所

 そこは墓場だった。高い壁と遠い天井は埃と硝煙にまみれ、所々が階段状になったゆるやかなスロープには、倒壊した石柱が無造作に放置されている。

 

スロープの頂上には開きっぱなしになっている大きな扉があり、その中には100メートルはあろうかという巨大な柱が、まるで墓石のようにそびえ立っていた。

 

石柱の麓には、一機のACが佇んで柱を見上げている。ブラウンとサンドイエローのカラーリングを施された四脚AC、サジタリウス改だった。

 

「よお……20年ぶりってところか……」

 

 サジタリウス改はコア後部のコクピットハッチが開放されており、ケイローンはその上に立って柱を見上げている。彼は誰にともなく言葉を呟いているが、無論、返事は返ってこない。

 

「ザマぁ無ぇ。サイレントラインが終わったと思ったらこの騒ぎだ。おかげでこちとら商売繁盛、人の血を啜っていい暮らしをさせてもらってる」

 

 ケイローンはポケットから煙草を取り出すと、咥えて火をつける。薄暗い棺室の中に、白い煙がたなびいた。

 

「なあ……俺のしたことは本当に正しかったのか? 秩序を破壊してでも先に進むことが、本当に…………っ!?」

 

 煙草から立ち上る煙が、不意に強い風に煽られたように揺らめいた。ケイローンは即座に煙草を吐き捨てると、ハッチの上に腰を下ろし、コントロールスティックを足で操作する。

 

サジタリウス改は後方に回頭すると、左背部のリニアキャノンを展開し、スロープの下に向かって発射した。倒壊していた石柱がはじけ飛び、その後ろで何かが動く。

 

「誰だ!」

 

 即座に二発目を放つケイローン。

 狙いすまして放たれた二発目の弾丸は狙いあまたず命中し、被弾した相手はバランスを崩して足を止める。その隙にサジタリウス改は、相手を目指できる位置まで移動していた。

 

「っ……クライシス?」

 

「…………チッ」

 

 潜んでいたのは、クライシスのA・Rだった。被弾した左肩部分の装甲が脱落しているが、即座に修復が開始されている。

 

「おめぇ……いつから気づいてた」

 

「………………」

 

「相変わらずのだんまりか? まあいい。この騒ぎが片付いたら……」

 

「………………お前の経歴を調べていて、不審な点があった。お前はシティカード上がりのレイヴンだと言っていたが、そこには語弊がある。お前は……シティカードになる前にもレイヴンをしていた時期があったな」

 

「っ! …………」

 

「お前は、多くのレイヴンから父親役として慕われている。だが、過去にシティカードに在籍していた時期があったにしては、かなり古参のレイヴンにまで顔がきいている。そのうえ、お前と同期だったはずのレイヴンが、極端に少ない。ここから導き出される結論は…………お前は一時期シティーガードに在籍することで、それ以前のレイヴンとしての活動を隠蔽している…………違うか?」

 

「…………」

 

「まあ、その理由がまさかこんな事だとは思わなかったがな。このDOVEを……」

 

「まあ、待て……」

 

 ケイローンは再び煙草を取り出すと、咥えて火をつける。そしてハッチの上に立つと、後ろを振り返った。半開きになった巨大な扉の向こうには、先ほどの柱が……かつて管理者と呼ばれたAIがそびえ立っている。

 

「一つ昔話をしてやる……世界を混乱から救い、また世界を混乱に導いた男の話だ……」

 

 ケイローンは口から紫煙を吐き出した。彼にはその煙が、かつてこの場を覆い尽くしていた、硝煙と爆炎のように見えていた。

 

 

………………二時間後、ヒーメル・レーヒェ本部リグ

 セイルがリグに帰りついた時には、既に午前二時を回っていた。余計な宴会に付き合わされたせいか、今になって体が疲労を訴えてきている。セイルはリグの中に入るなり、壁際の出っ張りに腰を下ろした。

 

「きつ……」

 

 休憩を挟みながらとはいえ、十二時間近くも臨戦態勢を維持していたのだ。それなりに経験を積んだレイヴンであるセイルも、流石に体力の限界が来つつある。

 

 と、セイルが何気なく視線を移すと、すぐ側に仮眠室があった。反攻作戦の前にはキースが使用していたが、今は誰も使っていないはずである。

 

(コーテックスからの指示も出てないし……いい加減俺も休ませてもらうか……と、その前に……)

 

 セイルは仮眠室に備え付けられているシャワールームに入ると、服を脱ぎ始めた。

 つい先程まで忙しく動き回っていたせいで気付かなかったが、長時間ACに乗っていたせいで、体は汗とオイルの匂いで酷いことになっている。

 

(……………………あ)

 ぼんやりしながら服を脱いでいやセイルは、うっかり上着のポケットをひっくり返してしまった。

 ポケットの中からは雑多なものが大量にこぼれ落ち、脱衣所の床に散乱する。

 

「まずいな……とっとと浴びて寝るか……」

 

 セイルは落ちたものを拾い集め始めた。財布とIDカード、護身用のデリンジャー、丸められた書類……そんな中に、一つ異彩を放つ物が混じっていた。

 

「これ…………」

 

 緑色に塗られた、女性用のつけ爪カラードネイル。それは、かつて復讐鬼だった頃のアメリアが使っていたものだった。

 

 以前彼女が腕を負傷した時に剥がれ落ちたものを拾ったのだが、そのままポケットに入れっぱなしになっていたらしい。

 

「こんな所にあったのか……無くしたかと思った……」

 

 復讐のために多くの人を殺し、その罪を贖おうとしているアメリア……そんな彼女の姿勢は、程度の差はあれど似たような状況にあるセイルにとって、道標のようなものだった。

 

 人々の平穏を脅かすテロリストの殲滅……一件崇高な目的に聞こえるが、セイルはそのためにレイヴンとなり、多くの人を殺してきたのである。

 

「アメリア……」

 

 セイルはしばらくの間、つけ爪をじっと見続けていたが、やがて付け爪を洗面台の上に置くと、残りの荷物を拾い上げ、服を脱いでシャワールームに入って行った。

 

 

………………一時間後、グローバル・コーテックス本社、オペレータールーム

 コーテックス本社ビルの中にあるオペレータールーム。普段は出撃中のレイヴンをオペレートするために使われているその部屋は、今は反攻作戦の司令部として使われていた。

 

 現在は、夜間哨戒に出ている一部の部隊を除いて作戦行動中の部隊は無く、夜勤のオペレーター達はメインコンピューターの復旧作業を行なっていた。

 

「……ん?」

 

 そんな中、スキウレを担当しているオペレーターであるミリアが異変に気づいた。

 先程から、担当している端末の復旧が全く進まないのだ。作業状況を示すバーは、半ばあたりで停止してしまっている。

 

「おっかしいな……またなんかミスったかな……」

 

 あまり情報関連の技術に詳しくないのか、彼女は端末のディスプレイをテレビのように叩き始める。その様子を見かねたのか、別のオペレーターが近づいてきた。

 

「ミリーちゃん。そこの作業まだ終わらないの? 終わってないのミリーちゃんだけだよ」

 

「あ、サブちゃん? なんか止まっちゃったんだけどコレ……」

 

 サブちゃんと呼ばれた男性のオペレーターは訝しげな目で端末を見ると、キーを幾つか叩いてみる。何らかの数値が次々に表示されていき、それにつれて彼の表情も次第に変化していった。

 

「どったの? サブちゃん?」

 

「…………チーフ! 今いいですか?」

 

「はいはい、どしたの?」

 

 彼に呼ばれた長い髪の女性オペレーターがディスプレイを覗き見る。画面に表示された数値の変動を目にした途端、彼女は目を見開いた。

 

「サブちゃん、これって……」

 

「……やっぱりそう思います?」

 

「…………緊急事態! メインコンピューターにハッキングよ! 全員状況確認して!」

 

 突如張り上げられた大きな声に、周囲のオペレーター達は慌てて端末を確認し始める。 

 チーフオペレーターは自分の席に戻ると、自分の端末を操作しながらさらに声を張り上げた。

 

「侵入経路の特定急いで! それから首脳部に連絡。下手したら指揮系統が崩壊するわ。サブちゃんは夜間哨戒中の部隊に連絡して。近くに電子戦機がいるかもしれない。それからレナちゃんを……」

 

「今来ました!」

 

 オペレータールームに、息を切らせたレナが駆け込んでくる。連絡を受けて慌てて飛んできたらしいレナは、パジャマの上にガウンを羽織っただけという格好だった。しかし彼女はそんなことを気にも留めずに席に着くと端末を立ち上げた。

 

「状況把握するわ。みんな報告お願い!」

 

「侵入経路特定完了です。他シティとの通信回線における脆弱性を狙われたみたいです」

 

「現在、防壁の第一層を通過。第二層通過も時間の問題だな……」

(((( ;д)))!!

「信号の発信源、シティ北西部と推定」

 

「OK! 確認したわ。でも既存のツールじゃどうにもならない。マニュアルでやるには人手が…………あ、そうだ。ヒーメル・レーヒェに連絡して。エマ先輩とクライシスを呼んで!」

 

「りょーかい。どうでもいいけどレナちゃん。もうちょっと乙女らしくしようぜ」

 

「っさいわね。女子力でウイルスは消えないのよ! アンタ達は損害確認。急いで!」

 

 レナの指示を受け、オペレーター達は一斉に作業を始める。その中の一人、ケイローンを担当しているオペレーターのハンナが、ヒーメル・レーヒェのリグに連絡を入れていた。

 

 

………………同時刻、ヒーメル・レーヒェ本部リグ、ブリッジ

『え、えと、ですから……コーテックスの、専属契約約款、第二項に基づき……ヒ、ヒーメル・レーヒェへの……』

 

「はい。では、派遣するメンバーについて要望がございましたら……」

 

『は、はい! あります! 登録番号……2148……GHの……』

 

「…………」

 

 連絡を受けたヒーメル・レーヒェのリグでは、ブリッジに詰めていたエマが応対していた。しかし、オペレーターとしての経験が浅く、どもりがちなハンナはなかなか要点を伝えられずに居る。

 

『それと……登録番号……あ、あれ? 番号は? えと……』

 

「…………申し訳ありませんが、どなたか他の……」

 

「ああ、悪い。エマ、俺が代わるわ」

 

 痺れを切らしたエマが担当の交代を頼もうとした時、ブリッジに入ってきたケイローンが半ば強引にエマと席を替わる。ケイローンがディスプレイを見ると、ハンナは安心したのか目に涙を浮かべていた。

 

『ケイローンさぁん……えぐ……ううっ……』

 

「あ〜よしよし。俺が代わってやったからな……とりあえず、顔から出てるもの全部ふけや」

 

『あい……ぐすっ……』

 

「んで、今日はなんの用だ? 誰に、何をして欲しいんだ?」

 

 ケイローンはまるで幼子をあやすような口調で用件を聞きはじめる。先ほどまでのエマとの会話が嘘のように、通達はスムーズに進んだ。

 

「コーテックスのメインコンピューターがハッキングを受けてるらしい。お前と、クライシスに来て欲しいんだとさ。クライシスには俺から連絡入れとくから、先行ってくれ」

 

『あ、あと、近くに敵の電子戦要員が居るらしいです。出来ればそっちのほうも対処して欲しいって……』

 

「何? しゃあねぇ、そっちは俺が……」

 

『わたしが行くわ。ケイローンはブリッジに残ってちょうだい』

 

 不意にアメリアの声が通信に割り込んでくる。数秒遅れて、ハンガーから発進許可を求める通知が入った。どうやらアメリアは、偶然ハンガーで作業をしていたらしい。

 

「わかった。そっちは頼む。ハンナ、敵に関する情報、送るように言ってくれるか?」

 

『は、はい。わかりました』

 

 ハンナはそう言うと通信を切る。エマとアメリアは各々の戦場へと走り、ケイローンはエマに代わって情報管制を開始した。

 

 

………………数分後、コーテックスシティ北西部

 出撃したアメリアは、ケイローンから受け取った情報を基にギルティジャッジメントを走らせていた。敵の電子戦要員は、シティ北西部の山間部の辺りに潜んでいるらしい。

 

『コーテックスの長距離レーダーじゃ、位置は特定出来なかったらしい。どうだ?』

 

「静かに。何か居るわ……」

 

 当該区域に到着したアメリアは、目を閉じて周囲の気配を探る。敵は何らかの探知妨害を使用しているようだが、PLUS特有の優れた感覚器官を持つアメリアは、敵の存在を確かに感じ取っていた。

 

「…………そこ!」

 

 直感のままに、アメリアはトリガーを引いていた。ギルティジャッジメントのガトリングバズーカが唸りを上げ、砲弾が吐き出される。潜んでいた敵機が、身を隠していた岩塊ごと吹き飛ばされた。

 

 同時に、隠れていた他の敵機が姿を現し、攻撃を開始する。

 しかしギルティジャッジメントは背部のレーザーキャノンを照射したまま左右に薙ぎ払い、MTたちを一瞬で殲滅した。

 

「アローポーターにカイノス……普通のMTしか居ないわね。ケイローン、電子戦機が見当たらないわ」

 

『まだ隠れてるみたいだな……なるたけ急いでくれ。オペレーター連中てんやわんやだ。ほれ』

 

 ケイローンがオペレータールームからの無線を中継してくる。エマの参戦によってハッキングの進行はなんとか押さえ込めているようだが、依然余裕はなさそうだった。

 

『第二層通過を確認。もう後がありません!』

 

『先輩! 逆ハックをかけて遅延させます。その間に防壁を!』

 

『クライシスはまだか? 何やってんだ?』

 

『とっくに寝ちまったよ! クラ、起きてくれ! 頼む!』

 

 コーテックスからの無線に加えて、A....からの無線も混線している。どうやらクライシスの到着が遅れているせいで苦戦しているらしかった。

 

『こんな感じだが、どうだ? まだ時間掛かりそうか?』

 

「そうね……試してみるわ」

 

『何をだ?』

 

 ギルティジャッジメントは肩部に装備されたマグネイズスラスターを起動すると、ゆっくりと上昇していった。上から見渡してみても、複雑な地形と夜の闇に紛れて敵の姿は見当たらない。

 

「…………」

 

 ギルティジャッジメントは地面に対して水平な姿勢になると、コアパーツを展開し、超重力砲ガブリエルの砲門を露出する。アメリアはコンソールを操作してガブリエルのパラメーターを調整すると、トリガーを引いた。

 

 ガブリエルの砲門付近に小さな陽炎がゆらめき、重力波が放たれる。

 しかし、通常は収束されて一直線に敵に向かうはずの重力波は、広範囲に拡散して山間部全域に降り注いだ。同時にアメリアは、山間部のあちこちで何かが動いたのを感じ取る。

 

「……見えた」

 

 ギルティジャッジメントはスカートアーマーの下から、小型のスナイパーライフルを装備した四本の隠し腕を展開し、下方に向けて発射した。山間部のあちこちで火花が散り、爆発が起こる。

 

「ケイローン……ハッキングは?」

 

『……よし! 停止を確認した。作戦成功だ』

 

 無線からは、オペレーター達の喜びの声が聞こえてくる。アメリアはほっとした表情で口元に笑みを浮かべ、ギルティジャッジメントを着地させた。

 

『アメリア、さっき一体何を試したんだ?』

 

「ガブリエルを上空から拡散放射して、重力を上乗せしたの。うまい具合に……いぶり出せたわ」

 

『なるほど……重力が強くなって、立ってられなくなったわけか。OK、帰還してくれ…………大丈夫か?』

 

「……ええ」

 

 アメリアは、ギルティジャッジメントをリグへと向けて走らせる。コクピットの中、彼女は不安そうに手を胸に当てていた。

   

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください