このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
アメリア〜無肢症〜 ナハティガルの奇襲から一夜明け、ヒーメル・レーヒェのメンバーたちはミーティングルームに集まっていた。数時間前のハッキング以降、ナハティガルからの目立った攻勢は無く、シティ周辺は意外と落ち着いている。 しかし、前線を大きく後退させた分戦力は集中しつつあるらしく。サイレントライン方面に出向いている陸上戦艦バハムートとコーテックスの主力部隊たちは、夜が明けてからずっと敵部隊との小競り合いを繰り返していた。 未確認ではあるが、サイレントラインに近づいた部隊が衛星砲による攻撃を受けたという報告もある。 「それでは、ブリーフィングを開始します。よろしいですね」 壇上に立つレナとエマが、他のメンバーたちを見渡しながらそう言った。二人ともあまり休めていないのか、流石に疲れの色が窺える。 「現在敵部隊は、サイレントライン周辺部、及びラプチャー00付近に集中しています。主戦力は、量産型ACを始めとする無人兵器群。これに、ゴーストACとディソーダーが加わった混成部隊が脇を固める形です」 「作戦目標は、シティ及びラプチャー00を防衛しつつ、サイレントラインに侵攻。敵司令部を無力化することにあります。ここまでで何か質問は……ケイローン、どうぞ」 「ああ……敵さん随分カオスだが、一体指揮系統はどうなってんだ? ディソーダーもそうだが、大量の無人兵器やゴーストまで、どうやって制御してる?」 作戦を説明する二人に対し、ケイローンが質問を投げかける。既に見慣れた光景だが、セイルは最近になって、ケイローンは会議を円滑にすすめるために質問役を買って出ているのだということに気づいた。 「ディソーダーの指揮系統に関しては、以前も言ったとおり、ディソーダーへの命令権を有する個体を、敵が保有しているものだと思われます。そうですね? クライシス」 レナに話を振られ、クライシスは無言で頷いた。レナの前であまり詳しい話をしたくないようだが、おそらく以前見たディソーダーの王、フィリアルが再び現れたのだろう。 「また同様に、奪取された量産型ACの部隊についても、独立した制御を行なっている何かが存在しているようです。そこで、我々ヒーメル・レーヒェに送られた依頼ですが……」 レナは端末を操作し、ディスプレイにコーテックスからの依頼文を表示した。無論、依頼とは言っても、半ば命令に近いものがある。しかし、レイヴンはあくまでも、軍人ではなく傭兵なのだ。提示された報酬額は、信じられないものだった。 「うわ……」 「これは……」 「一、十、百、千……100万Cか……一人頭15万弱って所か?」 「頭痛くなってきた……」 レイヴンの一ミッションごとの報酬は数万Cが相場である。今回のミッションは、軽くその数倍の報酬が出るというのだ。 「余談ではありますが、キースがサイレントライン最奥部に進行した時の報酬と同じです。それだけ、コーテックスが我々に期待を寄せているということです」 「確実にインフレが起こるなこりゃ……管理者崩壊とSL事件の時も酷いもんだったぜ……で? 肝心の作戦内容は何だ? 月でも取って来いってか?」 ケイローンが茶化すようにそう尋ね、レナが画面を切り替える。ミッションの具体的な内容が表示され、エマが説明を始めた。 <ミッション:ナハティガル殲滅> reward:1000000C mission cord:Return to Silent Line client:グローバル・コーテックス [我々の調査により、ナハティガルの中枢はサイレントライン最奥部、アナザーレイヤードの中にあることが確認されました。 そこで我々は、陸上戦艦バハムート、及びレイヴンを含むコーテックス主力部隊をもって、サイレントラインへの侵攻を行います。ヒーメル・レーヒェには、そのサポートを依頼します。 依頼内容は三つ。一つ目は、衛星砲の機能を停止させ、侵攻部隊を支援すること。二つ目は、敵部隊の指揮系統を破壊し、敵の戦力を低下させること。三つ目は、主力部隊と共にサイレントラインに侵攻することです。 作戦遂行において、手段は問いません。必要なものがあれば、可能な限り準備します。何としても、ナハティガルを殲滅してください。よろしく頼みます] 「さてと……まず第一に、誰を何処に配置するかだが……」 作戦説明を終え、ケイローンが口を開いた。セイルも、自分なりにメンバーの配置を考えてみる。作戦目標は三つ。四機ある特殊ACをどう配置するかが、作戦の要といえるだろう。 「まず、キースは侵攻部隊で確定だな。何しろ、アナザーレイヤードに侵入した唯一の人間だ。まだ侵入ルートバラしてないんだろ?」 「…………」 キースは黙ったまま視線だけを動かして答えた。キースの配置候補としては衛星砲も選択肢に入るが、どうやら侵攻部隊への参加で異論は無いらしい。 「私もそっちに行かせてもらうわ。バハムートが気になるし、試してみたいこともあるの」 さらにスキウレも侵攻部隊への参加を表明する。これで早くも二人の配置が決まったが、ここで大きな問題が発生した。 「衛星砲はどうする? 既に稼動しているという情報が確かなら、早急に機能を停止させなければ侵攻部隊に甚大な被害が出るぞ」 「そうね……どうやって行くかも問題だわ。現状でACを送れるような宇宙港は限られてるもの。ラプチャーを使うのが手っ取り早いんでしょうけど、その場合は敵の妨害は必至よ。かと言って他の宇宙港を使えば時間がかかるし、送れるACの数にも限りがあるわ」 クライシスとアメリアが、衛星砲についての問題を提示する。 確かに、ある意味最重要課題ではあった。衛星砲の破壊に向かうメンバーは、宇宙空間という特異な戦場で孤立した戦いを強いられることになる。速攻性と生存能力の高さが求められる、過酷な任務だった。 しかし、慎重な判断を要するはずのその問題は、たった一言で片付けられてしまう事になる。 「……俺が行くよ」 他のメンバーたちが思案に走る中、迷うこと無くセイルはそう言った。セイルに全員の視線が集中し、セイルはそれを順番に受け止めていく。 何の言葉も判断材料も無く、ただそれだけで、メンバーたちは納得したようだった。 「分かった。行って来い」 「………………うむ」 「幸運を祈ってるわ」 「セイル……」 「エマ、内部の見取り図を」 「了解しました。あとで送っておきます」 メンバーたちからの声援を受け、セイルは力強く頷いた。壇上に視線を移すと、レナも頷きを返してくれる。 「レナ、オペレートは頼んだぞ」 「任せといて。何としても成功させてあげるわ」 「ありがとう。それで、作戦についていくつか策があるんだけど……」 セイルは作戦に関していくつかの提案をする。普段戦略的なことに口を挟まないセイルの突然の発言に、メンバーたちは身を乗り出して聞き入った。 ………………三十分後、同所 ブリーフィングを終えたメンバーたちは、一旦解散して待機ということになった。作戦開始は本日正午。コーテックス主力部隊との足並みをそろえるため、一旦緩衝時間を置くことになっていたのだ。 「ふぅ…………うわ……」 ジャスティスロードの最終調整を終えたセイルがミーティングルームに戻ると、解散したにも関わらず、メンバーのほとんどが集まっていた。中には、メンバーでないレイヴンも混じっている。 「お? 帰ってきたな」 「あ! セイル!」 クライシスに会いに来たらしいバーストファイアと、いつの間にかバーストファイアと意気投合していたハヤテが、セイルを見つけて駆け寄って来た。 「衛星砲に行くんだってな。頑張ってくれよ。じゃないと俺達最前線組が焼き鳥になっちまうぜ」 「ラプチャーの警備にはA.D.A.M.のメンバーがあたる事になった。後は任せておけ」 「ああ、二人ともよろしく頼む」 セイルは二人と順に握手すると、自分の座っていた席へと歩いていった。途中、同じくクライシスに会いに来たらしいアンダーラインとフォグシャドウから会釈され、軽く敬礼を返す。 しかし、A.D.A.M.の上層部が集まっているにも関わらず、クライシスの姿は見当たらなかった。 (おかしいな……話終わらせて出て行っちゃったのかな……) セイルが訝しげに首をひねっていると、一人のレイヴンが近づいて来た。こちらはセイルに会うために来ていたらしい。何度も共闘したベテランレイヴン、カロンブライブだった。 「久し振りだな」 「ああ。包囲網突破の時、戦ってるの見たよ。バハムートと一緒に前線に居ると思ってたけど……」 「野暮用で後退してきた。ついでに会っておこうと思ってな……お前も元気そうで何よりだ。あのヒヨッコがここまで大きくなったかと思うと、感慨深い」 レイヴン試験の時の話を持ちだされ、セイルは僅かに小恥ずかしくなった。思い返して見れば、あの日からずいぶん遠いところまで来たものである。 (今の俺は、あの日の俺が思い描いてた俺に、何処まで近づけてるのかな……と、そう言えば……) 自分がレイヴンになるきっかけを作ったレイヴンのことを思い出し、セイルは再び周りを見渡してみる。しかしクライシス同様、彼女———アメリアもまた部屋に居ないようだった。 「……どうかしたか?」 「いや、別に……他のレイヴン達の様子はどうだ? 行けそうか?」 「正直不安だな。半数近くがルーキーだ。サイレントライン事件を経験したレイヴンは、多くない。俺やケイローンが何とかするしか……」 そう言いつつ、カロンブライブは視線を横に向ける。視線の先には、雑誌のクロスワードパズルに頭を悩ませているケイローンが居た。 「…………」 「…………」 「…………まあ、あんなのだけど実戦では頼りになるよ」 「…………そうだな。そういう男だ。分かってはいるが……」 カロンブライブは不安そうにため息をつく。彼もケイローンとの付き合いは長いようで、ケイローンの性格を把握しているようだった。 「……そろそろ行く。また会おう」 「ああ、必ずまた……」 カロンブライブは手を振りながら部屋から出ていった。同時にセイルも立ち上がると、三度部屋を見渡してみる。話している内に帰ってきてはいないかと思ったが、そうはいかないようだった。 (仕方ない。帰ってきたばかりだけど……) セイルは席を立つと、ケイローンの所まで歩いていった。よほどパズルが難しいのか、眉間にシワを寄せている。 「一度引っ込むと出てこない『◯◯◯◯り』?……『かたつむり』じゃないのか?」 「『ひきこもり』」 「あ、そうかそうか! サンキュー、セイル」 「んでさ、もう一人のひきこもりはどこ行ったか知らないか? あとアメリアも」 「あん? クライシスの方なら、お前と入れ替わりくらいに出てっちまったぞ。まだリグに居るんじゃねぇか? お〜い、クライシス。ちょっと来〜い!」 ケイローンは椅子の下からマイクを引っ張り出すと、大声でクライシスを呼んだ。ケイローンの声は館内放送となってリグ中のスピーカーから響き渡り、部屋の中に居たメンバーたちが一斉にケイローンを睨みつける。 「馬鹿! やめ……どこから持ってきたんだよそれ……」 「いいじゃねぇか。役に立っただろ?」 「……この部屋もいつの間にかケイローンに占領されちまったな……」 セイルはコーテックスのガレージにあるレイヴン控え室を思い出す。元々は質素な部屋だったらしいが、ケイローンが長年私物を持ち込み続けたことにより、今や暇を持て余したレイヴンたちのたまり場と化している。 「相変わらず人聞きの悪い……いくつかは元からあったやつだって言っただろうが……」 「俺も言ったぞ。昔は本当に何も無かったらしいって…………なあケイローン。お前何か隠してるんじゃないか?」 「…………〜〜」 ケイローンはそっぽを向いて口笛を吹き始める。わざとらしい誤魔化し方だが、セイルには逆にケイローンが必死になっているように見えた。 「……分かったよ。無理には聞かない。俺だって秘密くらいあるしな」 「お気遣い痛み入るぜ……ややこしい、いろ『◯いろ』」 「多分『めいろ』……んじゃ、代わりにもう一つ聞いてもいいか?」 「めいろ、と……俺が答えられることならな」 「……アメリアの抱えてる不調について、何か知らないか?」 セイルの新たな質問に、ケイローンはまたも口をつぐんでしまう。しかし、しばらくの思案の後、ゆっくりと口を開いた。 「ガブリエルだな……操縦インターフェースその物も無論大きな負担だが、あれはまた別の負荷をかけているような気がする。ゆうべの出撃でも……っと……」 ケイローンが不意に言葉を詰まらせる。同時にミーティングルームの扉が開き、クライシスが入ってきた。クライシスはケイローンとセイルを見ると、僅かに目を細める。 「ケイローン、何か用か?」 「いや、俺じゃなくセイルだ。さて、こいつはっと……」 ケイローンはそう言うと、そそくさとパズルに戻ってしまった。おかしな呼び出しをされたのが気に障ったのか、クライシスはセイルに不満気な視線を向けてくる。 「………………」 「う…………」 しかし実の所、セイルは困惑していた。クライシスに話があったのは確かなのだが、それはこの場で口に出せるような内容ではなかったのだ。 どうにかして自然な形でクライシスを外に連れ出そうと、セイルは必死に口を回らせる。 「あ〜……お前の名前についてなんだけどさ……前に俺に教えてくれたあれって、孤児院からもらったものなんだろ? だから出来れば……ああ、後でいいから本当の名前を教えてもらえたらな……なんて……」 「………………」 言ってしまってから、セイルは話の内容が不相応だったことに気づいた。レイヴンの本名に関する話題など、それこそ人前でするべきものではない。現にクライシスも、表情自体は先ほどと変わらないが、明らかに機嫌が悪くなっていた。 「………………」 「あ……やっぱりいいや。また今度にでも……」 「………………名前は実の親に付けられたものだ。だがファミリーネームの方は知らん」 セイルは必死で話を切り上げようとしたが、以外にもクライシスはセイルの質問にすんなり答えてくれた。あまりにも意外な展開に、セイルは思わず素で返事をしてしまう。 「え? 知らないって……」 「俺が孤児になったのは二、三歳の時だ。拾われた時、俺は名前しか覚えていなかった。それだけだ。ファミリーネームは、未だに思い出せない」 「…………」 意図せずデリケートな話をしてしまったことに、セイルは深く後悔した。すぐにでもクライシスに謝ろうと考えたが、クライシスもクライシスで、すでに怒る気すら失せているようだった。 「………………」 「…………」 「…………なあ……セイル、これ何か分かるか?」 不穏な雰囲気を感じ取ったのか。ケイローンが再び会話に絡んでくる。雰囲気を和ませようとする意図があっての行動なのだろうが、正直セイルは良手とは思えなかった。 しかしそれ以外に手の打ちようがあるわけでもなく、仕方なくセイルはケイローンの話に乗ることにする。 「何だ? またクロスワードか?」 「ああ……これ一体何だ? 内側も外側もない『○○○○』の壷……」 「っ!!」 その時、セイルは確かに、クライシスが驚いて飛び上がったのを見た。クライシスは目を見開き、体を小刻みに震わせている。普段の冷静沈着な彼からは考えられないほどの大きなリアクションに、セイルとケイローンは呆気に取られて口を半開きにしてしまっていた。 「………………………………」 「…………クライシス?」 「どうか……したか?」 クライシスは二人の問いに答えること無く、背を向けるとおぼつかない足取りで部屋を出て行った。後に残されたセイルとケイローンは、クライシスが出ていった後も、ぽかんとした表情で部屋の扉を見つめ続けていた。 「今の……何だったんだ?」 「……まあ、あいつにもいろいろあるんだろうな……」 二人は無理やり自分を納得させると、ケイローンはパズルに、セイルは自分の席にそれぞれ戻っていった。 ………………三十分後、閉じた街、某所 閉じた町は現在、コーテックスシティからの避難民を受け入れており、いつもの退廃的な雰囲気はなりを潜めている。当初は不安の声も上がった閉じた町への避難だが、意外とスムーズに行われていた。どうやらケイローンが手を回してくれたらしく、閉じた町の住人たちが避難誘導を手伝ってくれたらしい。 「ここか……」 そんな閉じた街の一角、特にセキュリティも施されていない安アパートに、アメリアの部屋はあった。おそらく部屋そのものの安全性よりも、入居と転出の簡易さを重視しているのだろう。或いは、他にもセーフハウスがあるのかも知れない。 「…………」 セイルは部屋にあまり近づきすぎないようにしながら、軽く周囲の様子を確認した。部屋は階段から遠く逃げづらいが、裏通りに面した所に窓がある。部屋は三階だが、アメリアなら飛び降りられるだろう。 「出来れば、俺からは逃げないで欲しいんだけどな……」 下見を終えたセイルは、できるだけ自然体でアパートへと入って行った。アメリアが家に居るとすれば、下手に近づくとPLUSの超感覚で気付かれる恐れがある。あくまでもただの通りすがりを装って、セイルはアメリアの部屋がある階まで上がって行った。 そしてアメリアの部屋を通り過ぎるように見せかけて、勢い良く扉を開ける。鍵はついていたが劣化しており、簡単に外れてしまった。 「アメリア、いる……があっ!?」 部屋に入ろうとした途端、セイルは全身に激しい痛みと痺れを感じ、その場に倒れこんでしまう。薄れてゆく意識の中で、セイルはずっと聞きたかった声を聞くことが出来た。 「……っ?」 「気がついた?」 セイルが目を覚ますと、目の前にアメリアの顔があった。セイルはアメリアに膝枕されており、顔を覗き込まれている。 「……ごめん。何がどうなった?」 「警戒用のトラップに引っかかったのよ。暗殺者の真似なんてしないでちょうだい。慌てて非殺傷設定にしたから良かったものの……」 「……なんだ、バレてたのか……」 セイルはため息をつくと、体を起こした。トラップはスタンガンの類だったらしく、体はすでに動かせるようになっている。何より、至近距離でアメリアと顔を突き合わせているのが恥ずかしかった。 「ま、気付いてて逃げなかったって事は、俺ももう少し期待していいのかな……」 「……セイル? 何を……」 「アメリア、この前の返事を聞かせてくれないか?」 アメリアを正面に見据え、セイルは率直にそう言った。アメリアは一瞬体を強張らせた後、気まずそうに視線を逸らす。無機質なほどに白い肌が、僅かに紅潮していた。 「セイル……今はそんな事を」 「今だからだよ! 俺は死ぬつもりなんて無いし、アメリアもそうだろ? でも、必ずしも両方が生き残れる保証は無い。だから今聞きに来たんだ」 「…………」 「俺は、アメリアに出会ったからレイヴンになったんだ。まさかこんな事になるなんて思ってもみなかったけど、レイヴンになってよかったと思ってる。俺はレイヴンになったから、アメリアを好きになったんだ」 セイルはアメリアの肩をがっしりと掴んだ。これがもし本当に暗殺者であったなら即座に振りほどかれて抑えつけられていただろうが、暗殺者より遥かに筋力で劣るはずのセイルの腕を、アメリアは振りほどくことができない。 「アメリア……俺のこと嫌いか?」 「!…………」 「じゃあ……俺のこと、好きか?」 「っ…………」 アメリアは一言も発さなかった。しかし、セイルは彼女の真意を確かに掴み取り、アメリアもまた、自分の思いがセイルに知られてしまったことに気がついた。 「アメリア…………」 「んっ!…………ん……」 何かを言いかけたアメリアの口を、セイルは自分の口で塞いでいた。そのまま二人は、もつれ込むようにして床の上に倒れこむ。作戦開始までは、まだ少し猶予があるようだった。 ………………一時間後、コーテックスシティ、メインゲート前 出撃を間近に控え、ヒーメル・レーヒェのメンバーたちはシティのメインゲート前に集合していた。各メンバーは自分のACと共に、輸送車両やリグに乗り込んでいる。 『では、最終確認を行います。ケイローンとスキウレ、キースが主力部隊の支援。クライシスとアメリアは、それぞれディソーダーと量産型ACの指揮系統を破壊。そしてセイルが、衛星砲の無力化となります……全機、宜しいですか?』 本部リグのブリッジに座ったエマが、メンバー達に通信を入れた。レナはコーテックス本社のオペレータールームに残り、長距離無線でセイルのオペレートを行うことになっている。 「…………ふぅ」 全員が準備完了の旨を伝え、エマは無線に拾われないようゆっくりと息を吐いた。これ以降、メンバーたちは各戦場に分散して戦闘を行うことになる。特に後者三人は、通信すら覚束ない状況になる可能性すらあった。 『みんな、聞いてくれ……これが俺達の、最後の戦いだ……』 皆、一様に口数が少ない中で、セイルがただ一人口を開いた。無線から、全員分の気配を感じつつ、セイルは言葉を続ける。 『ヒーメル・レーヒェは、ナハティガルに対抗して作られた組織だ。この戦いが終わったら、事実上その存在意義を失うことになる。もちろん、俺個人はテロリストへの対抗活動を続けていくつもりだけど、組織単位での行動は、これが最後になるかも知れない……』 無線の向こうからは、僅かに息を飲む声が聞こえた。対テロ武装集団、ヒーメル・レーヒェの最後のミッション。それを前に、緊張していない者など居ないようだった。 『だから言っておく…………みんな、今までありがとう。俺がここまで来れたのは、みんなのおかげだ……』 無線から、再び息遣いが聞こえてくる。しかし、それは先程のような重苦しいものではなく、微笑や嘆息の混じった柔らかなものだった。リーダーとして中途半端だったセイルからの、思いがけない感謝の言葉。それが皆の緊張を溶きほぐしたのだ。 『生きてまた会うためにも、全力を持って戦闘に臨んでくれ。じゃあ…………ヒーメル・レーヒェ、出撃!』 『『『『『『『了解!』』』』』』』 セイルの号令と共に、本部リグと三機の輸送車両は走り始めた。行く先は、それぞれ全く違う戦場。再び会えることを信じて、六人のレイヴンと二人のオペレーターは、自分の正面をまっすぐに見据えていた。
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |