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空より高く、今よりかつて〜進むことと戻ること〜

 

 

コーテックスがクレストの技術協力を得て開発した巨大陸上戦艦。バハムート。

高い火力と装甲に加え、内部に大規模なAC用ハンガーを有する、コーテックスの切り札である。

作戦開始を間近に控え、ブリッジでは多くの人が忙しそうに歩き回っていた。

 

「…………」

 

 そんな中、スキウレはブリッジの一番前に立ち、窓から前線を眺めていた。

 

現在バハムートはコーテックス主力部隊と共に、サイレントライン手前に陣取っている。数キロ離れたところにはナハティガルの防衛部隊が展開しており、そのさらに後方、サイレントラインの存在する巨大クレーターへの道を塞いでいた。

 

「…………」

 

「失礼……じきに作戦開始だが、配置についてはどうかね?」

 

 いつの間にか彼女の背後には、父親のクレスト氏が立っていた。

 

 彼は現在、クレストからの代表として、バハムートの実質的な指揮を任されている。そしてスキウレもまたバハムート直属のAC部隊に組み込まれており、彼から命令を受ける立場にあったのだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………どういうつもりです?」

 

「…………どう、とは?」

 

 しばらく黙り込んでいたスキウレだったが、唐突に口を開いた。感情を押し殺した彼女の声に、しかしクレスト氏は平然とした様子で答える。

 

 親子というにはあまりにも他人行儀な会話だった。

 

「わざわざ貴方自身が指揮をとる必要など無いはずです。ただでさえナハティガルから圧力がかけられているというのに……」

 

 ナハティガルは各企業に対し、コーテックスへの支援を行わないように圧力をかけていた。

 

 それに対しクレスト氏は、コーテックスから強制されたという建前でバハムートの使用を承認したのだが、何も自らが危険を犯してまで指揮をとる必要は無かったのだ。

 

「…………企業のトップというものは、複雑なものです」

 

「っ!」

 

「はたから見れば奇妙な行動にも、全力を出さなければいけない時があるのですよ……」

 

「…………何を今更……」

 

 スキウレはそう吐き捨てると、ブリッジ隅にあるオペレーターシートに腰を下ろした。彼女には、初戦での出撃指示が出ておらず、オペレーターとしての指揮補佐が任されていたのだ。

 

 彼女の指揮能力は充分実戦に通用するレベルのものであり、納得のできる配置ではあるのだが、彼女からしてみればまるで父親に守られているようで不愉快だった。

 

「…………時間です。艦長」

 

「…………」

 

 連絡を受けたクレスト氏は無言でブリッジの中央へ移動すると、キャプテンシートに腰を下ろした。そして、周囲から向けられる視線をしっかりと受け止めた後、口を開く。

 

「…………これより、サイレントライン侵攻を開始する。主砲、敵先頭部隊に標準。斉射後、ACを発艦。コーテックス主力部隊と共に突撃をかける」

 

「「「了解」」」

 

 バハムートに装備された三機の三連装大口径砲が、敵前線へと向けられる。追随する友軍のACや車両に緊張が走り、戦場に一瞬の静寂が訪れた。

 

「……発射」

 

 クレスト氏の一言と共に、爆音を響かせて主砲が発射された。砲弾は敵部隊の上空で炸裂し、爆風が敵部隊を飲み込んでゆく。同時に、コーテックスの部隊は一斉に進軍を開始した。

 

 

 

『うおおおぉぉ!!』

 

 真っ先に飛び出したのは、ハヤテのワダツカザスサだった。分厚い装甲と、それに見合わぬ機敏な動きによって、敵部隊からの長距離砲撃を物ともせずに進んでゆく。

 

『一番槍! もらったぜ!』

 

 左腕部から発振した高周波レーザーブレードによって、ナハティガルのカイノスが横一文字に切り裂かれる。

 

 ワダツカザスサはそのまま敵中に踊り込むと、流れるような動きで次々と敵MTを撃破していった。

 

『ワダツカザスサはスサ須佐スサ……荒ぶる海風に巻かれやがれ!』

 

 瞬く間に敵の先頭部隊を壊滅させ、ワダツカザスサは左腕のレーザーブレードを天に掲げてみせる。その青い刀身に、僅かに赤い光が混じっていた。

 

『っ!?』

 

 ハヤテはとっさにワダツカザスサを飛び退かせる。

 一瞬遅れてその場所に、天空から巨大な光の矢が降り注いだ。大地が一瞬にして融解し、小さなクレーターが形成される。

 

『衛星砲!? やっぱり起動して居やがったか!』

 

 ハヤテは苦々しげに空を見上げる。ACのカメラでも見えるはずのない、しかし確かにそこにある驚異を、ハヤテは強く感じていた。

 そうしているうちにも、前進するコーテックスの部隊に向かって、次々に光の矢が降り注ぐ。

 

『馬鹿野郎! 前に出るなと言ったろ! セイルが衛星砲を停止させるまでは、戦線の維持に集中するんだ!』

 

 ハヤテの耳に、聞きなれた声が飛び込んでくる。

 遥か後方、小高い丘の上に陣取ったサジタリウス改が、敵部隊の頭を長距離狙撃で叩いていた。

ケイローンは広域に無線を飛ばし、前に出すぎているレイヴンたちに後退の指示を出している。

 

『よぉ、ジジィ。こっちに来てたのか』

 

『おめぇらをほっとけなくてな。道を作ってやるからとっとと下がれ』

 

『いらねぇよバ〜カ。敵の中に突っ込みゃ、いくらなんでも撃たれねぇだろ。ジジィはルーキーどものお守りでもしてやがれ』

 

 そう言うとハヤテは、ワダツカザスサを再び敵中に突っ込ませた。

 低い姿勢でブレードを振るい、敵MTや量産型ACの脚部を次々に切り裂いていく。

 必要最低限の攻撃で大量の敵を撃破すると、即座に次の目標を定めて移動していった。

 

『あんの馬鹿野郎が……煙野郎スモーカー! 上から援護してやってくれ。軍曹サージェント、主力部隊の護衛を頼む。底抜水槽スカタンコックピットデカ◯ン、援護砲撃だ!』

 

『りょーかいっと』

 

Ja!』

 

『おっしゃあ! 任せろ!』

 

『その呼び方いい加減やめてくんね!?』

 

 ケイローンからの指示を受け、ルーキーレイヴン達が一斉に動き始めた。

 

高高度を浮遊する逆関節ACは最前線のワダツカザスサへの援護を始め、標準的な性能の中量二脚ACはコーテックスの部隊を守るべく後方に下がる。

 

さらに進軍を続ける敵部隊に向けて、重装備のタンクACとフロートACが一斉に砲撃を開始した。

『おいAunt Merryネボスケ! どこだ? 無事か』

 

『ちょ、ちょっとまて! 光が……ああああっ!』

 

『ネボスケ!』

 

 部隊から離れすぎた一機のACに、衛星砲の光が降り注ぐ。しかし、巨大な光条は着弾する寸前に、横合いから差し出された光の盾によって遮られていた。

 

『…………え?』

 

『スマン、キース。助かった! おい、いいからとっとと下がれ!』

 

『あ、ああ…………』

 

 茫然とするルーキーレイヴンを尻目に、キースのACケルビム・ファーレーンは、超振動障壁『ソロモン』を前方に展開し、敵部隊に向かって突っ込んでいった。

 

下半身に装備された多数のスラスターが機体を瞬間的に加速させ、ケルビム・ファーレーンはソロモンを盾にした突進を仕掛ける。

軌道上に居たMTたちは凄まじい運動量を持つシールドにはじき飛ばされ、爆散していった。

 

 ケルビム・ファーレーンはそのまま敵の中に紛れ、見えなくなってしまう。

 

『おい! キースお前もかよ! ったくどいつもこいつも……』

 

『だがよ、ジジィ。このまま持ちこたえろってのも無理な話じゃねぇか? セイルが衛星砲をぶっ壊すったって、宇宙に上がるのすら一苦労だろうが……』

 

 そう言いつつ、ハヤテは後方に視線を移した。

 

 はるか遠方、雲を貫いて伸びる軌道エレベーター『ラプチャー00』…………衛星砲攻略の要となるそこは、ナハティガルによる妨害も最も激しいはずである。

 

 現に先程、別働隊による襲撃を受けているとの報告が来ていた。

 

『心配すんな。もうじきもうじき。あと五分もありゃ上がれるさ』

 

『テキトー言いやがって……クソ! どうなっても知らねぇぞ!』

 

 援護射撃の合間にサイトから目を離したケイローンは、ハヤテと同様に後方を仰ぎ見る。しかし、その視線はラプチャーではなく、別の方向を向いていた。

 

 

 

………………同時刻、ラプチャー00、正面ゲート

 地球最大の宇宙港として機能している軌道エレベーター、ラプチャー00。

 

 そのあまりにも高い重要性から一切の戦闘行為が禁じられているその場所では、現在大規模な攻防戦が繰り広げられていた。

 

 ラプチャー00を攻め落さんとするのは量産型ACを主としたナハティガルの部隊。

 迎え撃つのは対ディソーダー戦闘集団A....を中心とした火星レイヴンたちである。

 正面ゲート前にはジャスティスロードを運んでいた輸送車両が乗り捨てられ、防塁として使われていた。

 

『全機! セイルが宇宙に上がるまでもう少しだ。それまで持ちこたえろ!』

 

 ラプチャー00の中継ステーション『ブリス』の外部では、バーストファイアのAC、インフェルノが、A....の航空戦力と共に戦闘を行なっていた。

 

PLUS専用機の高い性能を活用し、数千m以上の高高度と、狭く不安定な足場にも関わらず、見事な空中戦を展開している。

そのせいでナハティガルの航空戦力は、うかつに接近することが出来ずに居た。

 

『うおらぁ!』

 

 近接信管を組み込まれたグレネードが空中で炸裂し、ナハティガルの戦闘機を多数撃墜する。

 慌てて散開した飛行MTトラーゲンをブレードで切り裂き、インフェルノはブリスの上に着地した。

 ナハティガルの航空戦力は意外と大規模なようで、まだまだ攻勢を緩める様子は無い。

 

『さて、と……アンダー、調子はどうだ?』

 

『良くはないな。じきに敵の長距離砲がラプチャーを射程に収めるだろう』

 

 ナハティガルの地上部隊は量産型ACの他に、長距離砲撃を可能とするMTやACが多数含まれていた。

 ラプチャー00にもある程度の防御力はあるが、地上部分に大きな損傷を受ければ、振動によって宇宙港の使用は不可能になるだろう。

 

『おいおい、お前が居ながら情けねぇな……助けに行ってやろうか?』

 

『馬鹿が。そっちこそ自分の仕事をきっちりやれ。ブリスが落とされても宇宙船の発進には…………』

 

『…………どうした?』

 

『…………残念だがここまでだ。地上部分を放棄する。全部隊、第二層まで退避せよ!』

 

『おい待て! セイルはまだ……』

 

『大丈夫だ。作戦は成功——————』

 

 無線から爆音が響き渡り、アンダーラインの声がかき消される。

 同時にブリスが左右に激しく揺さぶられた。おそらく、敵の長距離砲撃がラプチャーの地上部分を破壊したのだろう。これで、宇宙船の発着は不可能となった。

 

『…………やれやれ』

 

 バーストファイアはため息をつくと、視線を遠くに移す。眼下に広がる雲海の遥か遠方、一条の白い光が、空高く上がって行くのが見えた。

 

 

 

………………同時刻、衛星軌道上

 てるてる坊主のような不恰好なロケットが、大気を切り裂いて上昇していく。

 四方に取り付けられた補助ロケットが切り離され、本体のみになったロケットは、噴射口から船の帆のような光を吹き出しながらさらに加速していった。

 

 やがて青かったそらが黒い宇宙ソラに変わり、星の光が瞬き始める。眼下には人類の故郷たる地球がその姿を横たえ、前方にはサイレントラインの衛星砲が悠然と浮かんでいた。

 

『大気圏突破! 保護カプセルをパージする!』

 

 てるてる坊主の頭に当たる部分を覆っていた金属板の塊が、バラバラに剥がれて脱落してゆく。

 中からは、まるでチェス盤のような白と黒のカラーリングを施されたAC、ジャスティスロードが現れた。

 てるてる坊主の体部分———隠密行動用のステルスマント———が、ブースターの噴射を受けてはためいている。

 

 ジャスティスロードは右腕部のリニアライフルと、両肩部スタビライザーのブレード発振器を展開し、攻撃を放った。

 一発のライフル弾と四発のブレード光波は一直線に飛翔し、衛星砲の下部に伸びているレーザー発振器に着弾する。

 

『着弾を確認! ダメージは?』

 

『……地上への攻撃が止んだわ。成功よ!』

 

『っしゃあ!!』

 

 ジャスティスロードのコクピットの中で、宇宙空間用にカスタマイズされたパイロットスーツを纏ったセイルは、体が浮き上がるのも構わずガッツポーズをしていた。

 

 サイレントラインへの侵攻を行うにあたって、衛星砲の無力化は最優先事項だった。

 だがラプチャー00を使うとなれば、敵による激しい妨害を受けることになる。

 かといって他の宇宙港から宇宙船を飛ばすとなれば時間がかかってしまうし、何よりこの状況でACを運べるような宇宙船を確保することが困難だったのだ。

 

 それを解決するためにセイルが考えたのは、ジャスティスロードそのものをロケットとして使うという作戦だった。

 

 地上兵器でありながら音速を突破できるジャスティスロードのHOBをメインブースターとして使い、いくつかのパーツを外付けすることで、宇宙港を使うことなく、ジャスティスロードを宇宙に打ち上げたのである。

 

 ラプチャーに集まったA....の部隊は、ナハティガルの目を引き付けるための囮だったのだ。

 

『セイル、衛星砲の機能停止は、多分一時的なものよ。今のうちに内部に侵入して、レーザー砲の機関部を破壊して!』

 

『了解。外部ジェネレーターパックをパージ。これより衛星砲内部に侵入する! レナ、オペレート頼むぞ』

 

『任せといて!』

 

 セイルはジャスティスロードに付けられていた大気圏突破用の追加ジェネレーターをパージすると、ブースターを起動し、衛星砲へと向かって行った。

 

 以前キースが侵入した際に作製されたマップを元にハッチを見つけ出し、近づいてゆく。

 

『各部モーメント制御良好、ブースター出力正常、トリチウム供給率適性……セイル、行けるわ!』

 

『OK! アストライア、射出!』

 

 セイルは視界内の戦術画面に表示される情報を一つ一つ確認した後、衛星のハッチにアストライアを叩き込んだ。分厚い金属の扉がバターのように融解し、ジャスティスロードは内部に侵入する。

 

『侵入成功。内部気圧0.02、内部重力0.1、内壁温度8℃』

 

『全システムの最適化完了を確認。作戦を開始する!』

 

 衛星砲へ向かうにあたって、ジャスティスロードは大幅な改修を受けていた。空力を考慮して作られたパーツは真空の宇宙では使用できないため、セイルが以前から考えていた宇宙戦闘用の装備に換装したのだ。

 

 空力を利用した姿勢制御や滑空を可能としていたスタビライザーは、全て反作用制御仕様に変更され、空冷式の内装ラジエーターもオミットされた。

 各種ブースターも0G戦用にチューニングされ、アストライアやレーザーブレードも大気による減衰を考慮しない仕様となっている。

 

『敵反応、接近。防衛部隊よ』

 

『……敵?』

 

 扉を抜けて進んだ先には、小型の浮遊砲台らしきものが何機か待ち構えていた。砲台はロケット砲を放って攻撃してくる。

 

『っ……!』

 

 放たれるロケット砲をブーストダッシュで回避したジャスティスロードは、壁を蹴って方向転換し、浮遊砲台の後ろに回り込んだ。

 肩部スタビライザーからレーザーブレードを発振し、一閃。浮遊砲台はその全てが融解して爆発する。

 

 さらに奥から装甲車らしきものが現れ、プラズマ砲を放ってくるが、ジャスティスロードはそれを易々と回避し、砲門にリニアライフルを撃ち込んだ。

 リニアライフルは装甲列車を貫通して後方へ抜け、装甲列車は煙を上げて動かなくなる。

 

 重力と空気抵抗という二つの軛から解き放たれたジャスティスロードは、すでにACどころか兵器そのものの常識を超える機動性を発揮していた。

 

『なんて性能だ……これが、ジャスティスロードの真の力……』

 

『敵の撃破を確…………イル、残念…………私はここまでみたい。衛星の……入ってから、電波

状態が極端に…………てる。多分、これ以上……進めば通信ができなく……わ』

 

 レナが残念そうにそう言った。その声も、半ばノイズにかき消されてしまっている。おそらく、何らかの電波妨害が働いているのだろう。セイルは少し後戻りすると、通信状況の回復を待って返事をした。

 

『そうか……分かった。後は俺一人でやる。レナは他の奴のオペレートに回ってくれ』

 

『ごめんなさい……必ず成功させてあげるなんて言っておいて……』

 

『気にするなって。今声を聞けてるだけでも充分だよ。こんな状況だってのにわざわざいつもの口調で喋ってくれてただろ?』

 

『……もう、変な所ばかり気づくんだから……そういう気遣いは、私じゃなくてアメリさんに向けてあげなさいよ……』

 

『分かった分かった…………必ず帰るよ。じゃあな……』

 

『ええ……気をつけて。成功を祈るわ……通信終了』

 

 セイルは通信を終えると、大きく息を吐いた。酸素の量には限りがあるが、節約できる状況ではない。ここから先、セイルは完全に一人で戦うことになるのだ。

 

「ふぅ………………よし!」

 

 深呼吸で気息を整えたセイルは、コントロールスティックを握り直し、ジャスティスロードを前進させる。

 衛星の最深部。キースから渡された地図にも載っていない、レーザー砲の発振装置へ向かって…………

 

 

 

………………同時刻、アーカイブエリア

サイレントラインから、コーテックスシティを挟んで反対側にある砂漠地帯。アーカイブエリアと呼ばれる地区に、アブソリュート・リプレッサーは居た。

コクピット内の全天周ディスプレイには上昇していく飛行機雲が表示されており、クライシスはそれを見上げている。

 

「セイルはうまくやったようだな……」

 

 セイルが自ら作戦を立案した時、クライシスは正直不安で仕方なかったのだが、作戦が成功した今、その不安は感心へと変わっていた。

 リーダーとしては贔屓目に見ても頼りなかったセイルがここまで成長したかと思うと、クライシスとしては感慨深いものがあったのだ。

 

「さて、と……」

 

 飛行機雲の先端が見えなくなると、クライシスは視線を下ろした。

 A・Rの周囲には、撃破されたディソーダーの残骸が無数に転がっている。

 

 クライシスが受けた任務は、ディソーダーの指揮系統を破壊し、戦力低下を起こさせることだった。

 それはつまり、ディソーダーをコントロールできる唯一の存在———フィリアルを発見し、撃破するということである。

 

 クライシスは、ラプチャー00上部から観測されたディソーダーの移動経路を元に、フィリアルの居場所を割り出していたのだ。

 

「この辺りだと思うが……っ!?」

 

 その時、突如として飛来したラインビームが、A・Rの相殺シールドに阻まれて消滅する。砂中から多数のディソーダーが現れ、A・Rを取り囲んだ。

 

「まだ残っていたのか? コンピューター、何故気づかなかった!」

 

『………………』

 

「チッ!」

 

 返答を返さないAIに舌打ちしつつ、クライシスはA・Rを操作した。

 ビーネの群れが展開するラインビームの弾幕を相殺シールドで打ち払い、A・Rは有線オービットを展開する。

 

後方から接近していたプレディカドールをオービットのレーザーで貫き、飛来するミサイルを内装マシンガンで迎撃したA・Rは、背部の多目的ミサイルランチャーから無数のミサイルを発射した。

 

ミサイルは無数の子弾に分裂してビーネの群れに降り注ぎ、群れを一瞬にして殲滅する。

さらに遠方から砲撃を加えていたリュシオルを発見すると、素早いブーストダッシュで一気に接近し、浴びせ蹴りをくらわせて転倒させた。

そのままリュシオルのボディを脚部で踏みつけ、至近距離からハイレーザーライフルを放って撃破する。

 

「ふぅ…………」

 

以前の戦闘で入手したフィリアルのAIは、リュシオルのそれに比べてはるかに演算能力が高く、より複雑な動きをすることも可能になっている。

しかし、戦闘パターンがフィリアルのそれに影響されているのか少々接近戦指向になり、以前は可能だった搭乗者との音声会話による操作が不可能になっていた。

 

『………………』

 

「まったく厄介な……だが……」

 

 クライシスはA・Rをブーストジャンプさせ、空中に飛び上がる。そのままハイレーザーライフルの銃身を展開し、高出力のレーザーを地面に向けて連続照射した。

 

 まるで放水に押し流されるかのように砂漠の砂が吹き飛ばされ、地面の下から金属のハッチが現れる。砂漠の地下に、巨大なシェルターが隠されていたのだ。

 

「……見つけた」

 

 クライシスはハイレーザーライフルを一点集中させ、ハッチを融解させる。

 ブーストを切ってハッチの向こうに飛び込むと、そこは広い空間になっていた。

 半球状になっている内壁は、全て光沢のある金属でできており、地下だというのに明るく輝いている。

 

 そんな地下空間の一角。丁度A・Rの真正面に当たる位置に、一体の白い影が佇んでいた。

 

「目標補足。排除……」

 

「ィよオ! やっと来やがったな、クライシスゥ!」

 

「っ!?」

 

 突然の呼びかけに、クライシスは思わず息を飲んでいた。

 嫌味を含んだ特徴的な喋り方は、聞き間違いようが無い。かつてクライシスがミラージュ社の専属レイヴンとして働いていた時に、彼を敵視していた同社のレイヴン。アレスの声だった。

 そしてそのアレスの声は、目の前に佇む白いディソーダー、フィリアルから発せられている。

 

「馬鹿な……どういう事だ……」

 

 

 

………………同時刻、ラプチャー00、第二層

 セイルを衛星砲に送り届けるための囮になったA....のメンバーたちは、ラプチャーの内部にこもって戦闘を続けていた。

 既に自分たちの目論見が失敗したことはナハティガルも気づいているはずだが、彼らは攻撃の手を緩めようとしない。

 

「しつけえ奴らだな……そんなにここを落としたいのか?」

 

「分からんな……現状での戦略的価値はさほど高くないはずだが……」

 

 ラプチャー内部、地上部分である第一層から第二層へと繋がる通路では、バーストファイアのインフェルノと、アンダーラインのコキュートスが、最前線に立って敵を押し留めていた。

 敵機は量産型ACが主で、一体一体の能力はMTより遥かに高い。

 戦線は、じわじわと後退しつつあった。

 

「ラプチャーをぶっ壊すつもりが無さそうなのが救いだが……どうしたものか……」

 

「援軍は期待できない。放棄して撤退することも視野に入れたほうが……」

 

「いや、待て……何か来てるぞ? でかい反応……ACか?」

 

 バーストファイアの感覚が、一機のACの到来を告げる。同時にラプチャーの外に居た敵の反応が、一気に数を減らした。

 

『こちらギルティジャッジメント。状況は?』

 

 現れたACは、アメリアのギルティジャッジメントだった。持ち前の火力で敵の量産型ACを次々に撃破しつつ、通信を入れてくる。

 

『ギルティ? ……ああ、セイルのお相手の姐さんか。援軍ご苦労!』

 

『……しかし、あなたは、敵部隊の戦力低下が任務の筈では?』

 

『それが、量産型ACに指示を出している通信が、この辺りから発せられてるの。そちらにもPLUSが居る筈よね? 何か———っ!!』

 

『っ!?』

 

 アメリアが急に言葉を詰まらせる。同時にバーストファイアも、先ほどまでの軽口を急に中断して息を飲んだ。

 

『……バースト? どうした?』

 

『なんだこりゃ……AC?……いや、人間なのか? おいアンタ、そっちは……』

 

『……………………うそ』

 

 何か恐ろしいものでも見たかのように声を震わせるバーストファイア。それに対してアメリアは、半ば呆然とした声で小さくつぶやいた。

 

『ギルティジャッジメント? 何があった? 状況を……っ!』

 

 ただ一人、PLUSでないために状況がわからないアンダーラインを、突然の衝撃が襲う。量産型ACの部隊が、侵攻を再開したのだ。

 

『くそ……ギルティジャッジメント、何があったかは知らないが、こちらも手が離せない。自力での対処は可能か? おい!』

 

 

 

『ギルティジャッジメント……応答しろ!』

 

『アンダー。外に向かわせてくれ。あれはヤバイ! いくらあの人でも……』

 

『何だ、一体何が居ると言うんだ……』

 

「……………………そんな」

 

 アメリアは、呆然と目の前の敵を見つめていた。

 あまりものショックに、五感が正常に作動していない。腕からは完全に感覚が失せ、無線の声はどこか遠く聞こえる。

 視界は狭く、目の間に佇んでいる機体以外は何も見えていなかった。

 

「……………………どうして」

 

 アメリアの目には、一機のACが映っていた。

 逆関節タイプの脚部を装備した歪なシルエットに、全身に施された重武装。

 そして赤と黒の迷彩パターンを施されたボディには、まるでひび割れのような灰色の筋が入っている。

 

「——————!」

 

 そのACは両腕を広げると空を振り仰ぎ、まるで咆哮のような唸り声を上げた。

 途端にアメリアの体に感覚が戻り、彼女はとっさにギルティジャッジメントを飛び退かせる。一瞬遅れて、その場でグレネード弾が炸裂した。

 

「どうして今さら現れるのよ…………」

 

 アメリアはそう叫びつつ、目の前のACにギルティジャッジメントの武装を向ける。

 先程グレネード弾を放ったACの左腕……その肩部分には、数字の0を持った男が描かれていた。

 

「ゼロ…………」

 

   

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