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天秤の両端〜鋼鉄とエメラルド〜

 

 

 地下シェルターの中、A・Rとフィリアルは対峙していた。

  フィリアルは、以前遭遇した個体とは細部が異なっており、より重武装になっていることが窺える。しかしそれ以前に、ディソーダーに人間が搭乗して操縦するなど前代未聞だった。

 

「会いたかったゼェ、クライシス……」

 

「何故生きている……お前はあの時……」

 

「そゥ! お前にコクピットをぶち抜かれた。アりゃあ痛かったぜ。なンせ全身を丸々レーザーで焼かれたんだからな! だが俺は生きていたァ!!」

 

 クライシスのかつての敵、アレスの搭乗するフィリアル———フィリアル・アレスは、A・Rに向かって両腕を突き出した。時に両手の十指からレーザーがマシンガンのように放たれる。

 

 クライシスは即座にA・Rの相殺シールドを展開してそれを防いだが、無数のエネルギー弾を相殺するために、こちらもかなりのエネルギーを消耗してしまっていた。

 

「っ……コンピューター、シールドの出力を最適化しろ」

 

『………………』

 

「何だァ? ビビって気でも狂ったかクライシスゥ?」

 

「チッ」

 

 相変わらず返答を返さないAIに苛立ちながらも、クライシスは手動でシールドの最適化を行う。

 

 同格のディソーダーであるフィリアルのAIを使用しているため、以前のように機能を掌握されるようなことは無いようだが、扱いづらいことに違いは無かった。

 

「まァいい。どうせオメェは! ここで終わりだァ!!」

 

 アレスの狂ったような叫び声と同時に、フィリアル・アレスのテールバインダーが展開し多数のプラズマ弾が発射される。

 

 クライシスはフロート脚によるなめらかな機動で攻撃を回避し、回避しきれない敵弾は相殺シールドで防御すると、反撃とばかりにハイレーザーを放った。

 

しかし、放たれたレーザーはフィリアル・アレスに着弾する寸前に不意に軌道を変え、見当違いの方向に飛んでいってしまう。

 

「何!?」

 

「ハハァ! 無駄だ無駄だ! このブロッカーオービットがアるかぎり、俺に傷をつけることは不可能だァ!!」

 

 クライシスがディスプレイをズームして見ると、フィリアル・アレスの周囲には、小型のオービットのようなものが何機か浮遊していた。オービットの周りの景色は、陽炎のように揺らめいて見えている。

 

(……空気密度を変化させてレーザーを曲げたのか? なら……)

 

 クライシスはコンソールを操作し、A・Rのミサイルポッドを展開した。一瞬遅れて数発のミサイルが発射され、推進剤の尾を引いてフィリアル・アレスに向かう。

 

 しかし次の瞬間、ミサイルはフィリアル・アレスを避けるように動き、後方へ抜けて行ってしまった。

 

「無駄だ無駄だ! ブロッカーオービットはあらゆる電磁波を制御できる! キサマのお得意のミサイルも……っ!!」

 

 その時、フィリアル・アレスの周囲を漂っていたブロッカーオービットの何機かが爆発して落下する。

 

 同時にフィリアル・アレス本体にも無数の弾痕が穿たれ、アレスは言葉を詰まらせた。

 

「どうやら……単純な実体弾は防げないようだな」

 

 A・Rのインサイドに装備された内装マシンガンが、無数の弾丸を吐き出していく。対ディソーダー用の自壊誘発ナノマシンを組み込まれた弾丸は、着弾するごとにフィリアル・アレスの装甲をごっそりと削り取っていった。

 

「他愛無い……いくら機体が優れていようと、搭乗者がそれで……っ!?」

 

 突然の衝撃とアラートに、クライシスは息をつまらせる。慌てて状況を確認すると、A・Rの後方にはいつの間にかリュシオルが浮遊していた。

 

「っ? 馬鹿な! いつの間に……」

 

 とっさに離脱しようとするA・Rの脚部を、二本のレーザーブレードがかすめてゆく。今度は二体のプレディカドールが、左右から突進してきていた。

 

 なおも離脱するA・Rを捕らえようとするかのように、床や壁の中から次々とディソーダーが現れる。

 

「これは……!」

 

 四方から放たれるラインビームの弾幕を、クライシスは必死で防御する。

 

 しかし、相殺シールドで防げるのは一方向からの攻撃のみであり、得意の高速反応も、戦略性を無視した飽和攻撃相手には役に立たない。焼き付いた装甲が次々と自壊し、A・Rのボディはぼろぼろと崩れ落ちていった。

 

「くっ! おおぉ!」

 

 クライシスは相殺シールドを停止すると、余剰エネルギーを全てハイレーザーライフルに注ぎ込む。銃身を展開してヴァリアブルモードを起動し、高出力のレーザーを連続照射して周囲を薙ぎ払った。

 

 まるで津波のような光の奔流に、ディソーダーの群れは一瞬にして融解する。レーザーを耐えぬいたA級ディソーダーも、続けざまに放たれたマシンガンによって自壊させられた。

 

「いい格好になったじゃねェか、クライシスよぉ……」

 

「……このシェルターそのものが、巨大なディソーダー発生装置……そういう事か……」

 

 ディソーダーを無限に作り出すことのできるロストテクノロジー、ディソーダー発生装置。

 

 おそらくフィリアル・アレスにはそれをコントロールする能力があり、それを応用してこの地下シェルターを作り出したのだろう。

 

壁や床は全て生体金属でできており、どこからでも自由にディソーダーを発生させられる 破損した場合は自己修復も可能なようで、ここに入る時に開けた天井の穴もいつの間にか塞がってしまっていた。

 

ディソーダー発生装置と言うよりは、その機能を有する巨大な一体のディソーダーなのだろう。

 

「スカラバエウス……聞いたことがあるだロウ。フィリアルを守護する強化外骨格ダ。俺のスカラバエウスはこうなった。アらゆる敵をねじ伏せる無限の軍勢……どゥだ? スバラしいだろう!?」

 

「………………」

 

『………………』

 

 アレスの耳障りな演説を聞きつつ、クライシスは必死でA・Rを修復していた。

 

 A・Rは自己修復能力も以前より遥かに高くなっているが、それでも先程のダメージは容易に修復できるものではなかった。

 

ダメージは武装にも及んでおり、ハイレーザーライフルは酷使しすぎたせいで収束率が低下してしまっている。

 

内装マシンガンも、片方が被弾によって破壊され、もう片方は銃身が焼き付いてしまっていた。

 

(っ……唯一の有効な武装を……)

 

 クライシスは、気付かぬ内に罠に飛び込んでしまっていた自分の軽率さを呪った。

 

フィリアルを一度打倒していたという油断と、思いがけない仇敵の出現による冷静さの欠如。

 

ほんの僅かな判断力の低下が、頭脳を最大の武器とするクライシスにとっては蟻の一穴となったのだ。

 

さらに、長時間の戦闘を行ったことによる脳の疲労……意識を強制的にシャットダウンさせる強烈な眠気が、頭の奥から染み出して来ていた。

 

(この閉鎖空間で無限にディソーダーを発生させられれば、いずれは数によってすり潰される……かと言って奴本体には有効な攻撃手段が無い。何か……何か状況を打破する方法は……武装……空間……判断材料……)

 

「さぁて……そろそろ終わらセテやるかァ? 死ぃねええぇぇぇぇ!!」

 

 クライシスは必死で頭を働かせるが、アレスは無情にも攻撃を再開した。

 両腕部の連装レーザーマシンガンとテールバインダーの連装プラズマキャノンが、無数のエネルギー弾を吐き出していく。

 

 さらにシェルターの床面からは次々にディソーダーが現れ、フィリアル・アレスを援護し始めた。

 

「くっ……」

 

 A・Rは装甲の修復を中断し、相殺シールドを展開する。眼前に迫る光の雨を睨みつけ、クライシスは苦々しげに口元を歪ませた。

 

 

………………同時刻、ラプチャー00、第一層外部

ラプチャー00の外部ではギルティジャッジメントが、ゼロのAC『クラッシング』と対峙していた。ボロボロに劣化した装甲と、それを補うように張り巡らされた灰色のセメントのような補強材が、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

アメリアのもつPLUSとしての感覚も、クラッシングから溢れ出る異様な気配を感じ取っていた。

 

 さらにギルティジャッジメントのコンピューターも、先程から激しく反応している。

 

 アメリアが追っていた、量産型ACをコントロールしている司令電波。それが目の前のAC———クラッシング・ゴーストから発せられているのだ。

 

「この感じ…………そう……ゴーストになっていたのね…………」

 

「——————」

 

アメリアはかつてゼロに家族を殺害され、仇としてゼロを追っていた。しかし、SL事件の混乱の中でゼロは行方不明となり、結局今まで探し出すことが出来なかったのだ。

 

「残念だわ……再会がほんの少し早ければ、わたしは復讐を遂げられていたのに……」

 

「——————」

 

「でも、わたしはもう前だけを向いて生きるのをやめたの。わたしは前を……あなたへの復讐だけを見て生きてきた。そのために、あまりにも多くの罪を犯してしまった……」

 

「——————」

 

「だからわたしは、その罪を償うために生きる。いつか力尽きる時まで、わたしは自分を裁き続ける…………あなたへの復讐心にも、今ここでケリをつけるわ」

 

 アメリアは、コンソールに繋がれた手に力を込める。ギルティジャッジメントの腕が持ち上がり、両腕のガトリングバズーカが構えられる。復讐という目的のためではなく、贖罪の手段として、アメリアはかつての仇敵に銃を向けた。

 

 束ねられた砲身が回転し、四発の大口径HEAT弾が放たれる。それに対しクラッシング・ゴーストは右腕部のマシンガンで弾幕を張り、放たれた砲弾を迎撃した。

 

「っ……」

 

 発生した爆風に視界を遮られつつも、両者は攻撃の手を緩めない。ギルティジャッジメントは続けてガトリングバズーカを放ち、クラッシング・ゴーストは背部に装備されたリニアキャノンを発射する。

 

 両機は重武装ながらも高い機動力をもっており、互いの攻撃を回避しながら激しく動き回っていた。

 

「——————」

 

「っ……強い……」

 

 アメリアは必至で機体を操作しつつ、そう呟いていた。

 

 ゴーストACに搭載されているファンタズマシステムは、搭乗者の脳髄を機体に直結することでより直接的な操作を可能とするものである。故に、もとより高位のPLUS専用機であるクラッシングは、ゴースト化してもさほど大幅には強くならないはずだった。

 

だがクラッシング・ゴーストは、性能で遥かに劣っているにも関わらずギルティジャッジメントと互角に戦えている。むしろ、ギルティジャッジメントが押されているようにさえ見えた。

 

「元セカンドランカーは伊達ではないという事?……そうね。わたしだって楽に打倒できる相手だとは思っていないわ。でも……」

 

 アメリアは攻撃の手を緩める事無く思考を飛ばし、ギルティジャッジメントの予備武装を起動する。後方二本の隠し腕が展開して前を向き、装備されていたバズーカとグレネードランチャー———かつての乗機、グラッジに装備されていた武装———が構えられた。

 

「負けるわけにはいかないのよ!」

 

 合計四本の腕による一斉射撃が、クラッシング・ゴーストにむけて放たれた。巻き起こる爆発が大地をえぐり、爆風が機体を包み込む。

 

「まだ!……」

 

 続けざまに放たれた内装スラッグガンが爆風に無数の穴を開け、連装レーザーキャノンが地面を融解させて吹き飛ばす。土煙がもうもうと舞い上がり、アメリアの視界を遮った。

 

「…………」

 

 アメリアはマグネイズスラスターの出力を弱め、ゆっくりとギルティジャッジメントを着地させた。通常のACなら軽く数機は吹き飛ばすほどの濃密な攻撃を放ちつつも、アメリアは油断なく状況を確認する。

 

「…………?」

 

 ディスプレイの映像とPLUSとしての感覚。その両方に神経を張り巡らせ、敵の気配を探っていたアメリアは、何かに気づいたかのように不意に土煙の中に飛び込んだ。

 

 攻撃によって形成されたクレーターの中心。そこには、変形し、黒焦げになった何かの残骸が転がっていた。既に原型を留めては居ないが、明らかにACではない。残骸の表面は、まるで生物のように脈打っている。

 

「これは?…………っ!?」

 

 アメリアの感覚の中に、突如として複数の敵反応が現れる。慌てて回避に移ろうとしたギルティジャッジメントの左腕が、光の奔流によって吹き飛ばされた。

 

「っ!!」

 

 アメリアは思わず自分の左腕を握りしめ、声にならない叫びを上げる。

 

 アームドシステムによってACと神経を直結したアメリアにとって、ギルティジャッジメントの四肢は自身のそれと同義である。PLUSの痛覚制御でも抑えきれないほどの激しい幻肢痛が、彼女を襲っていた。

 

「っ!…………ぐ、あぁ……!」

 

 アメリアはパイロットスーツのポケットから一本の圧力注射器を取り出すと、パイロットスーツの襟元にあるコネクタに突き刺した。左腕の痛みによって遠くなりかけていた意識を無理やり覚醒させ、アメリアは状況確認を再開する。

 

 ギルティジャッジメントの後方、PLUSであっても直感的には見ることのできない心理的な死角に、それは居た。

 

 全身緑色をしたグロテスクな肉の塊———かつてセイルがキサラギ社の研究施設で戦った生体兵器———が、無数の触手をのたくらせながら鎮座している。

 

その上に、まるで民を従わせる王を思わせる風格で、クラッシング・ゴーストが立っていた。クラッシング・ゴーストの脚部は生体兵器の中に沈み込んでおり、生体兵器から伸びる触手の何本かが、装甲を突き破って内部に入り込んでいる。

 

 両機は完全に融合し、全く新しい一つの兵器となっていた。さらに他の場所にも、似たような反応が幾つかある。

 

「ファンタズマシステムと……PLUS技術を応用した……生体兵器のコントロール……」

 

どうやらクラッシング・ゴーストは呼び出した生体兵器を盾にしてギルティジャッジメントの攻撃を防ぎ、その間にPLUSの感覚の死角となる場所をついて移動したようだった。

 

 呆然とするアメリアに向けて、口器のような器官を開く。その中には、先程ギルティジャッジメントの左腕を吹き飛ばした濃密なプラズマの光が滾っていた。

 

「っ…………」

 

   

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