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二人のヒーロー〜両面と裏面〜
サイレントラインのおおよそ中央に開けられた巨大な縦穴。そこを降下したケルビム・ファーレーンは、広い地下空間に降り立った。
そこは、サイレントライン最奥部、アナザーレイヤードの中枢であり、サイレントライン事件を引き起こしたもう一つの管理者『IBIS』が設置されていた場所でもある。
キースしか知らない複雑な経路を通らなければ到達できないはずのその場所は、ナハティガルによって位置を特定され、地上から一直線に到達できるようになってしまっていたのだ。
先程降下した縦穴がそれであり、キースはレイヴンとして復帰してから行った探索で、この縦穴を見つけていたのである。さらに縦穴はその時よりも拡張され、地下空間は天井がほとんど取り払われてしまっていた。
「…………」
キースは視線を上へと向ける。地下空間の壁面にそびえ立つ、まるで墓石のような巨大AI———かつて自らが破壊したIBISは、あの時と変わらずその場にある。
ただ一つの相違点は、その巨大な柱のたもとに、以前は存在しなかった一機のACが佇んでいたことだった。
『————』
「…………」
細身のボディに、翼のような巨大なバックパックを背負い、全身に黒いカラーリングを施されたAC———厳密にはACですらない識別不能の機動兵器———は、破壊されたAIを背に、微動だにすること無く立っていた。
キースは無言で、ケルビム・ファーレーンに武装を構えさせる。するとその動きに反応したのか、目の前の黒い機体も、右腕部に装備していた銃身の長いライフルを構えた。
「…………」
『————』
両機の視線が交錯する。キースの脳裏に、かつてここを訪れた時の光景がフラッシュバックした。
厳重に張り巡らされた防衛システムと、無人ACの猛攻をかいくぐり、最深部へと到達したキース。彼を待っていたのは、もう一つの管理者IBISと、IBISのコントロールする機動兵器、SERREだった。
『…………』
「…………」
まるで綱渡りのような緊迫した死闘の末、勝利したのはキースだった。同時にキースはIBISの……その仮想人格であるAI研究者セレ・クロワールの目的を知ることになる。
戦闘による疲労と、長い時間の中に忘却し、しかしケルビムのコンバットレコーダーによって呼び起こされたその時の記憶……セレはキースに向けてこう言ったのだ。
あとは……あなたの役割……と。
「…………」
『————』
セレの目的……それは、地上に進出した人類に警鐘を鳴らす事だった。
発達しすぎた科学と果てしない放蕩により、人類は大破壊を引き起こした。その被害から文明を復興させるために作られたのが
結果として人類はサイレントラインを突破し、IBISを破壊してしまう。それがIBISの計画に沿ったものだったのか否かは定かではないが、彼女は———セレ・クロワールは確かに、人類の暴走を押しとどめるという己の目的を、キースに引き継がせたのだ。
『————』
「…………」
そして今、キースは再び彼女と———正確には、よく似た姿と全く違う意志を持つ機動兵器———と対峙している。彼女の具体的な真意は結局分からずじまいだったが、確かなことが一つだけあった。
ナハティガルは、既にサイレントラインの技術を手に入れている。この戦いによってそれが流出するようなことになるのなら、何としても止めなければならない。
それが彼の……キース・ランバートの役割なのである。
「……………………!」
『————————!』
しばらくの静寂の後、二機は申し合わせたかのように、全く同時に相手に向かって突進した。
SERREの左腕部のレーザーブレードと、ケルビム・ファーレーンの両腕部のプラズマブレードが、互いに向かって振るわれた。SERREは背部の
二機は突進の勢いのまますれ違い、床面を削りながら停止した。そして一瞬の空白の後、即座に旋回して互いの姿を捕捉する。同時に放たれたプラズマ弾が、空中で衝突して爆発を起こした。
『————』
「…………」
爆発が収まるのを待つ間もなく、SERREは八機、ケルビム・ファーレーンは二機のオービットを展開する。八機のオービットが放つ高出力レーザーを、二機のオービットがプラズマシールドを展開して受け止め、拡散した光条が床と壁を赤熱化させた。
「……っ」
『——!』
ケルビム・ファーレーンは下半身のコートのような装甲を展開すると、その下に隠されていた多数のスラスターを起動し、オービットを盾にしたままSERREに向かって突進した。
かなりの重量があるはずの機体が一瞬にして加速され、ケルビム・ファーレーンはSERREに肉薄する。SERREは即座にVFUのブースターを吹かしてそれを回避するが、SERREが移動し始めるより早く、ケルビム・ファーレーンはその方向へとプラズマ弾を放っていた。
周囲のあらゆる状況から敵の取る行動を予測し、それに対応して動く。キースが最強のレイヴンたる所以である行動予測能力の前では、AIによるパターン化された動きなど、止まっているのと同じなのである。
しかし、SERREは空中でさらなる方向転換を行うと、放たれたプラズマ弾を紙一重で回避する。無人兵器であるが故のずば抜けた機動力は、かつてと同様にキースの行動予測を上回る動きを見せていた。でなければ、キースが無人兵器に苦戦する筈など無かったのである。
『————』
「…………」
SERREとケルビム・ファーレーンは、再び旋回して向かい合った。二機は再び、様子を伺うような睨み合いを開始する。
SERREの火力ではケルビム・ファーレーンの防御を突破することが出来ず、ケルビム・ファーレーンの機動力ではSERREに攻撃を当てられない。
どちらにも傾くことのない、まさに綱渡りのような戦闘。かつて戦った時と寸分違わぬ攻防が、今再び繰り広げられていた。
「…………やはりな」
『————————』
すぐにでも相手に飛びかかれる姿勢を保ったまま、キースはここへ来て初めて口を開いた。
「互いに機体を強化したところで、根幹となる戦闘スタイルは変わらない……俺とお前では、いつまでも勝負が終わらない……こうなることは予測していた……」
『————』
当然のことながら、SERREに反応は無い。SERREも同様に戦闘態勢を維持したまま、じっと機を伺っている。その装甲の一部は、先程プラズマ弾が掠めた影響で、僅かながら融解してしまっていた。
『————』
「だが、お前には足りないものがある……いくら機体を修復したところで、それを操る制御機構までは修復できない……今のお前は、ただの木偶の坊に過ぎない」
そう言いながら、キースはSERREの背後に視線を移した。地下空間の壁面には、かつてIBISだったものの残骸が佇んでいる。
たとえナハティガルがサイレントラインの技術を全て入手していたとしても、IBISのような巨大なAIを、短期間で修復できるはずが無い。
制御装置であるIBIS亡き今、SERREはかつてキースと戦った時のような複雑な戦闘機動が不可能になっていたのだ。
「後のことは俺が引き受ける…………再び眠れ」
『————!』
ケルビム・ファーレーンのボディがゆらめき、次の瞬間にはSERREの横合いに移動していた。多数のスラスターによる瞬間加速と、高次元コンピューターによる姿勢制御。特殊なジェットカラーによるステルス性と、キースによる行動予測。
かつてのケルビムより遥かに洗練されたケルビム・ファーレーンは、瞬間的には無人兵器すら上回る機動力によって、一瞬にしてSERREの死角へと回り込んでいた。
(……もらった)
キースはそう確信し、ケルビム・ファーレーンの全武装を展開する。両腕部とオービットに装備された、計四機のプラズマチャンバーから、高出力のプラズマ弾が放たれようとしていた。
(……………………?)
しかしその時、キースは妙な違和感を覚えていた。自分が予測したSERREの行動。系統樹のように幾つもの枝にわかれた予測結果の中に、不自然な空白がある。そして今、自分とSERREはその空白の中に立っていたのだ。
『————!』
「……っ!!」
キースは攻撃を中断し、両肩部のソロモンを起動する。そして最高出力で展開された二枚の超振動障壁を重ねあわせ、ケルビム・ファーレーンの頭上へと突き出した。
次の瞬間、天空から降り注いだ光の矢が天井に開けられた大穴を通過し、ソロモンを直撃した。ACを一撃で蒸発させるほどのエネルギーを浴び、ソロモンのコントロールシステムが僅かにアラートを発する。
「衛星砲!?」
『————!』
上空からのレーザーが止むと同時に、SERREは再び動き出した。ケルビム・ファーレーンから距離を取るように移動し、右腕部のプラズマライフルと八機のオービットによる一斉射撃を加えてくる。
キースは即座にソロモンの向きを変えると、その攻撃を防御した。衛星砲の直撃によって消耗していたソロモンが、再びアラートを鳴らす。
『————』
「っ!……」
上空に飛び上がり、ケルビム・ファーレーンを見下ろすように飛行するSERRE。宙を舞う黒い天使は、地に佇む黒い天使に向けて、再び激しい攻撃を開始した。
………………同時刻、衛星砲内部
ジャスティスロードのコンピューターが、巨大なエネルギー反応の存在を告げる。それに気づいたセイルは、レーダーで敵機の有無を確認すると、ジャスティスロードを物陰にしゃがみ込ませた。
「今のは……まさか、もう衛星砲が再起動したのか?」
セイルがエネルギー反応の位置を確認すると、それは確かに衛星砲の内部にある。だが、セイルが衛星砲に侵入する前に破壊したはずの部位とは、微妙に座標がずれていた。
「別の砲塔が起動したのか……それとも……」
セイルは考えを巡らせてみるが、答えは出ない。最終的に、一刻も早く衛星砲の機関部を破壊することが先決だと結論づけ、先を急いで行った。
通路は狭く、敵機もそれなりの数が配備されているが、0G、0気圧の空間において真の力を発揮したジャスティスロードの敵ではなかった。
「…………」
防衛機構の砲台を破壊しつつ、セイルは再び考えを巡らせた。
この作戦の最終目標である、ナハティガル首領の確保。この動乱を終息させる唯一の手段であるそれのために、今、コーテックスのレイヴンたちは、ナハティガルの本拠地であるサイレントラインに向かって逆進行をかけている。
しかし、セイルはそれが大した意味を持たないことを知っていた。
本拠地を破壊し、戦力を奪うという目的では正解だが、ナハティガルの首領を確保するという意味では不適当である。なぜなら、ナハティガルの首領は現在、この衛星砲内部に居るのだから。
「…………」
通常の戦略眼では考えられないことだった。事実、セイル自身、なにか確証があってそう思っているわけではない。いつもと同じ、明確な理由の無い違和感の類である。
しかし、今までセイルの違和感が外れたことは一度もなかった。今現在も先に進むにつれて、その所以のない確信はどんどん強くなってきている。そしてそれは、ナハティガル首脳の正体についての推測をも後押ししていた。
「——————」
既に一大テロ組織となった反大勢武装集団、ナハティガルの首領。これまた説明の出来ない不確かな考えではあるが、セイルはその人物について心当たりがあった。
始まりは些細な事だった。普通なら偶然で片付けられるはずの、小さな違和感。しかし、ナハティガルについて調べれば調べるほど、そんな小さな違和感はどんどん増えていった。
ACへのハッキング、組織そのものの異常な程の不透明さ、不可解な武力侵攻に、ヒーメル・レーヒェを狙い撃ちするような行動……そんな小さな疑問が山のように積み重なり、セイルの脳裏に、一人の人物を浮かび上がらせたのだ。
「——————」
しかしセイルには、その人物の存在を明かして糾弾することが、どうしても出来なかった。
そもそもが確証の取れない不確かな考えであったし、問い詰めることが出来るほどの材料も持ちあわせては居ない。更に個人的な理由でも、セイルはその人物を責める気にはなれなかった。
故にこうして、たった一人でこの場所に赴いたのである。
「——————っ」
黙然と考えを巡らせていたセイルは、不意に眼前に一つのハッチが現れたことで我に返った。
視界内の戦術画面を見ると、ジャスティスロードのセンサーの感度がかなり高い値に引き上げられている。気付かない内に、セイルは自らの思考の海で溺れていたようだった。
「ん…………」
僅かな頭痛を耐えながら、セイルはセンサーの感度を元に戻そうとして、止めた。既にこの先、このセンサーを使わずに済む場面など存在しないだろう。
なぜなら、キースにもらった衛星砲の見取り図が、眼前のハッチの向こうには目標地点である衛星砲の機関部があることを示していたからだ。
不思議な事に、ハッチはロックされておらず、ACのアクセスで開くようになっている。今までの厳重な防衛部隊からすれば、これまた考えられない事だった。
「考えられない事、か……いいぜ。俺も考えるのは得意じゃない」
セイルは思考を中断すると、僅かに頭を動かした。左耳のピアスがヘルメットの中でずれ、その存在を意識させる。ただ信じるままに
セイルはアストライアを起動し、ハッチに狙いを定める。押せば開くはずのその扉に向かって、セイルは強力な一撃を叩き込んだ。
「……これで終わりにしよう」
ハッチの向こう側は、巨大な円筒形の縦穴になっていた。
ジャスティスロードは円筒の上面部付近に浮遊しており、はるか下方には地球が浮かんでいる。縦穴の天井部分には、衛星砲の機関部らしき巨大な装置が吊り下げられており、それを挟んだ向こう側には、宇宙服を来た一人の人物が浮かんでいた。
その人物は、壁面に取り付けられたキャットウォークの上に立ち、入って来たジャスティスロードを見つめている。彼の背後には、多数の刺々しいパーツで構成された純白のACが佇んでいた。
『来ましたね……お久しぶりです。セイルさん……』
全周波無線で通信を入れてきたその人物に対し、セイルも無線を起動する。無線機越しとはいえ、彼と話すのは久し振りだった。
『ああ、久し振りだな……エディ……』
宇宙服のバイザーに反射していた光が反れ、その人物の顔が見えるようになった。その人物は、セイルによく似た少し幼い顔に、柔和そうな表情を浮かべている。
かつてチェックメイトとジャスティスロードを整備していた整備士であり、優秀なエンジニアでもある人物。エディ・M・ルークラフトが、そこに居た。
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