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二つの太陽〜輝くものと輝かせるもの〜

 

 

 衛星砲の機関部……巨大なレーザー発振器は、まるでシャンデリアのような形をしていた。大小様々な形をした純白の円柱が天井から吊り下げられ、無数のコンソールやランプが宝石のように輝いている。

 

そしてそのシャンデリアを間に挟むようにして、セイルとエディは向かい合っていた。

『やはり気づいていたんですね。セイルさん……』

 

『ああ……気づいていた』

 

『……いつからです?』

 

『いつから、と聞かれると答えづらいけどな……確信したのはほんの数日前、ジャスティスロードのデータを見ていた時だ。そこには、整備員に公開していない筈の機密情報までが、事細かに記されていた』

 

 ジャスティスロードは、元々クライシスが設計したものを、コーテックスシティ内にあるクレストの工場で組み上げたものである。その内部機構には、トリチウムリアクターを始めとする火星由来の新技術がふんだんに使われており、クライシスはそれが流出するのを危惧していたのだ。

 

 故にセイルは、クライシスから渡されたジャスティスロードのマニュアルや設計書を、自分なりの方法で厳重に管理していたのだった。

 

『流石に肝を冷やしたぞ。またハッキングされたなんてことになったら、組織そのものの存続に関わってただろうからな。でも次の瞬間には思い出した。機密情報は、全てデータではなく紙媒体で保存してあったんだ。ジャスティスロードのポケットの中にな』

 

 通常は予備弾倉や各種ツールを入れておくACのペイロード。

 セイルはその中に、マニュアルと設計書を隠していたのだ。ACの装甲に守られ、搭乗者であるセイルの認証無しには開けることの出来ない堅牢な金庫。おまけに機体が大破した時には同時に消滅するという点においても、機密情報を隠しておくにはうってつけの場所だった。

 

『たとえACのコンピューターにハッキングできるような高い情報技術を持っていようと、それだけではあれは手に入らない。必要なのは、怪しまれずにACに接近できる立場……そう、ジャスティスロードの整備員以外にはありえない』

 

『……流石です。セイルさん』

 

 エディは小さく拍手をすると、ニッコリと笑いかけてくる。かつては柔和そうに思えたその笑みも、今のセイルには自分を馬鹿にしようとしているようにしか思えない。

 

『人間の範疇を超えた洞察力と知覚能力……あの戦いを生き残っただけのことはありますね』

 

『……何のことだ?』

 

『忘れましたか? 七年前に起きたトレネシティでのテロ事件ですよ』

 

『っ!!』

 

 セイルは思わず息を呑んでいた。七年前のトレネシティで起きたテロ事件。それは、セイルがアメリアと出会い、レイヴンとしての道を志したきっかけである、あの事件だった。

 

『トレネシティはレイヤード内でも有数の大都市です。しかも、あの日は長期休暇の最中で、多くの観光客が訪れていました。そしてその中には、セイルさんのような子供も、多く混じっていた……僕もそうです』

 

『…………待て……エディ・M・ルークラフト? もしかして……』

 

『はい……僕のミドルネームはマルセイユ……小さい頃のニックネームは、『セイル』でした。奇遇ですね……』

 

 セイルの脳裏に、アメリアとの会話がフラッシュバックする。アメリアはあの日、『セイル』と言う名の子供を探していた一組の男女を、戦闘に巻き込んで殺してしまったと言っていた。それは…………

 

『そして、あの戦いを生き残った小さな子供たちの一部は、知らず知らずの内に特別な力を手に入れていたんです。それは、人並み外れた身体能力だったり、眠りながら行動できる脳だったり、食物の摂取を必要としない体だったりと、様々ですが……いずれも、戦いの中で生き残ることに長けた力でした……』

 

『っ…………』

 

『セイルさん、あなたのその力も、同様のものです。管理者崩壊とSL事件。そして加速するテロリズム……数千年に渡り、安寧の中で停滞していた筈の人類という種は、戦争という極限状態の中で、再び進化を始めようとしていたのです』

 

『…………まさか、このテロは人類の進化を促進するためのものだとでも言うつもりか?』

 

 セイルは会話を続けつつ、注意深くレーザー発振器に視線を移した。先程のエネルギー反応は、この発振器の物と見てまず間違いない。破壊を急がなければ、コーテックスの主力部隊が再度の攻撃を受けることになる。

 

『いいえ……流石にそこまで傲慢ではありませんよ。セイルさん、僕もセイルさんと同じなんです。あの地獄を経験したものとして、今後一切のテロ行為を容認する訳にははいかない。僕の行いは全て、世界からテロを無くすためのものなんです』

 

『じゃあどうしてこんな事をした!? 自分からテロを引き起こして、多くの人を……』

 

『殺してはいませんよ……セイルさん。僕の作った組織を……ナハティガルのことを調べていたのなら、ご存知ですよね? ナハティガルは、非戦闘員に対して一切の被害を出していません。無論、完全にとはいえませんが……』

 

 今までナハティガルの行なってきたテロ行為は、全て各企業の戦力を減衰させることが目的であり、一般市民を巻き込むような戦い方は決して行わなかった。

 もちろんエディの言うとおり、完全に何の被害もなかったとは言いがたい。今回の侵攻でも、EMPの散布による電子機器の破壊によって、何人もの死傷者が出ていた。

 

『……目的は二つあります。一つは、各企業軍の戦力を削ること。アドバイザーというのは便利なもので、一度でも大きな結果を出してしまえば、後はその組織を自由に操れるんです……たった一人の若造にいいように使われているとも知らず、テロリストのみなさんはよく働いてくれました……』

 

『…………っ! まさか、ナハティガルは……』

 

『ご明察です……ナハティガルなどという組織は存在しない……存在しているのは、その組織の一員を名乗る一人の人間だけです』

 

 あまりもの衝撃に、セイルは一瞬思考を止めてしまっていた。強大な影響力とは裏腹に、その全容が全く掴めなかったナハティガル……その正体は、このたった一人の青年だというのだ。

 

『僕も、あの日、あの戦場に居た子供の一人です。僕の力は、考えうる最善を常に行うこと……いつ、どんな状況でも、すぐに最適解が浮かんでくる……僕はこの力を使って、多くのテロ組織やレイヴンに関わり、自由に操ることができました。コミュニケーション能力こそ最大の武器とは、よく言ったものです。たった一人の人間がほんの少し働くだけで、世界を相手に戦争を起こせるんですから……』

 

『……だが、その戦いももう終わりだ。ナハティガルの戦力があとどれだけ残っていようと、コーテックスの戦力には及ばない。この衛星砲さえ破壊してしまえば……!』

 

 セイルはコントロールスティックを操り、レーザー発振器にジャスティスロードのライフルを向ける。しかしその時、今までエディの背後で微動だにしていなかった純白の機動兵器が突如動き出し、ジャスティスロードに向かって右腕を差し伸ばした。

 

『っ!』

 

 突然襲いかかった恐怖に、セイルはトリガーにかけた指を強張らせる。先程まで彫像のようにしか思えていなかったその機体は今、とんでもない威圧感を放っていた。

おそらくサイレントラインのものと同様のAIを搭載した無人機なのだろうが、その気迫は今まで見てきたあらゆる兵器を遥かに凌駕している。

単調な動きしかできない無人機といえど、不用意にレーザー発振器を攻撃しようとすれば、その瞬間ジャスティスロードは塵と化しているだろう。

 

『……くっ』

 

セイルは苦々しげに歯を噛み締め、ゆっくりとジャスティスロードの腕を下ろしていった。同時に敵機体も、攻撃態勢を解いて元の姿勢に戻る。口元をひきつらせるセイルとは裏腹に、エディは淡々と話を続けた。

 

『二つ目の目的は……双方を慢性的な戦闘状態に陥らせ、それを維持することです。SL事件において、無人兵器という脅威に晒された三大企業は、それまでに無い高いレベルの結束を見せました。共通の敵を持つことこそが、争いを無くし平和を作り出す、最も手っ取り早い方法なのです』

 

『何を馬鹿な!……そんな、いつ戦闘に巻き込まれるか分からない日常なんて、平和とは言えない! そもそも、そんな大規模な緊張状態を維持し続けるなんて不可能だ!』

 

『可能ですよ。現に今が既にその状態です。ナハティガルという共通の敵を前に、三大企業は一切の企業間抗争を停止しています。セイルさんもお分かりでしょう? 大規模な戦闘を行える強大なテロ組織は、必ずそのバックにいずれかの企業が付いている。テロという看板を掲げていても、結局は企業間の代理戦争なんです。この世界からテロを無くすには、三大企業に争いを止めさせる他ありません!』

 

『っ…………』

 

 セイルはとっさに何か言い返そうとするが、開いた口からは一言も出てはこなかった。

 エディの言っている事は、結局のところ机上の空論、詭弁にすぎない。しかし、ただ単にテロ組織を潰して回っているだけだったセイルとは、言葉の重みに差がありすぎた。

 

 同じ場所から歩き始めたにも関わらず、二人の間には圧倒的な違いが生まれていたのだ。

 

『だが……それでも……』

 

 だがそれでも、セイルは前に進むことをやめなかった。たとえ相手がどれほど先に進んでいようと、どれほど正しい言葉を掲げていようと、前進をやめる訳にはいかない。

 

 セイルもまたエディと同じように、目的のために多くの命を奪ってきたのだ。前進するのを止めた途端、セイルの歩いてきた信念の道は、瞬く間に屍の道へと変容してしまうだろう。

 

『それでも、俺はお前の計画を認められない! 武力によって強制された平和なんて、いずれは破綻する。それを分かっていて、お前を先に進ませる訳にはいかない!』

 

 セイルはコントロールスティックを強く握りしめた。それと同調するようにジャスティスロードが動き、ライフルを構え直す。ライフルの銃口は、まっすぐにレーザー発振器に狙いを定めていた。同時に敵機体も、再びジャスティスロードにむけて腕を差し伸ばす。しかし、セイルは臆することなく言い放った。

 

『投降しろ。その機体がどれほど高性能だろうと、所詮は無人兵器だ。攻撃を掻い潜ってレーザー発振器を破壊するくらい、今の俺には容易いぞ』

 

『……流石です、セイルさん』

 

 エディは目を閉じ、口元に笑みを浮かべてみせる。敵ACの前に生身で立っているとは思えないほど、落ち着いた笑みだった。

 

『セイルさん、もう一つ話しておきたいことがあります。僕がどうして、こんな無謀な戦いを仕掛けたのか……』

 

『っ!?』

 

 セイルはブラフの類かと勘ぐったが、そのまま話を聞くことにした。不可解な情報流出や、決して有利とはいえない状態での侵攻など、ナハティガルはまだ多くの謎を残しているのだ。

 

『あなたが仰った通り、僕の計画は机上の空論でしかありません。成功するかどうかは分かりませんし、よしんば成功したとしても、計画通りに事が進むとは限りません。そこで僕は、あなた達に……ヒーメル・レーヒェに目をつけたんです』

 

『……何?』

 

『あなた達ヒーメル・レーヒェもまた、テロ組織の殲滅による平和という共通の目的を持っている。そこで……』

 

『……両組織を争わせて、勝った方に世界の命運を託す……そういう事か……』

 

『…………流石です。セイルさん』

 

 エディはそう言って、再び笑みを浮かべる。かつてセイルが考えた通り、ナハティガルはヒーメル・レーヒェを試していたのだ。自分に代わって、世界を任せることが出来るか否かを。

 

『セイルさんの言う、テロ組織の殲滅による平和……僕の考える、三大企業の抑圧による平和……どちらの未来が勝つか、最後のテストを始めましょう!』

 

『無駄だと言った筈だ。無人兵器では俺には勝てない。それともお前がその機体を操縦する気か?』

 

『まさか……一応ACの操縦は出来ますけど、整備員にすぎない僕と、既にランカーレイヴンの領域に踏み込みつつあるセイルさんとでは、技量に差がありすぎます。でも……ご心配なく』

 

 エディがそう言った途端、突如として敵機体が動き出した。

 胸部装甲の奥に隠されていたハッチが開き、中から何本ものオートラダーを差し伸ばす。オートラダーはまるでロープのようにエディの体に絡みつき、エディ自身もそれをしっかりと握りしめた。そのままオートラダーが巻き取られ、エディの体が上昇していく。

 

『この機体は、D−CFFF−SOLE……もう一つの管理者IBISの切り札だった、I−CFFF−SERREと対をなす、旧管理者DOVEの最終兵器…………戦い方は、彼が知っています』

 

エディの姿がハッチの奥に消え、展開されていた装甲板が閉じられる。敵機体———SOLEは、俯いていた頭部パーツをゆっくりともたげ、ジャスティスロードを直視する。

 

同時にセイルは、先程から感じていた威圧感が変質したのを感じ取った。無人兵器の無機質な気配の中に、柔和そうな、しかし強い意志を持った思いが混じっている。

 

『まさか……ファンタズマシステム!?』

 

『の、逆ですね。生体脳はあくまでも演算装置であり、機体の主導権はAIにあります。人間の意志を制御機構にするのではなく、制御機構であるAIに、人間の思考能力を外付けする…………つまり、意識を持ったコンピューターを作り出すわけです』

 

『っ……それじゃあお前は!』

 

『生きて人間に戻れる補償はありません。でもご心配なく。例え僕が死んだとしても、僕が作りだしたシステムは残ります。計画は続行可能ですよ……』

 

 SOLEの両手両肘が淡く発光し、計四本のレーザーブレードが発振される。さらに背部のバックパックからは、まるで蜘蛛の足のような四対八本の副腕が現れ、不気味に蠢き出した。同時に、ジャスティスロードのコンピューターが、高いエネルギー反応を感知する。

 

『っ!?』

 

 頭上のレーザー発振器は不気味に振動し、ランプが怪しく輝いている。セイルが視線を下に向けると、はるか下方の地球に向かって、一本の光条が伸びていた。光条は雲を貫き、地上へと消えていく。

 

『砲身の修復が進んでいるようです。今はまだ数十秒間隔でしか撃てないようですが、じきに別の砲身も修復されますよ』

 

エディはわざわざレーザー砲の解説をしてくれる。同時にSOLEは下げていた左腕も前に伸ばし、ジャスティスロードにブレードの切っ先を向けた。

 

先ほどのエディの説明が真実なら、SOLEはAIの演算能力と人間の思考能力を合わせ持っていることになる。通常の無人兵器ならともかく、今のSOLEを相手にしながらレーザー発振器を破壊するのは困難だろう。

 

確実にレーザー発振器を破壊するには、先にSOLEを撃破することが必須となる。

 

『…………』

 

 セイルは改めてコントロールスティックを握り直した。ライフルを構えていた右腕部が降ろされ、射突ブレードアストライアを装備した左腕部が腰だめに構えられる。アストライアの機関部にトリチウムが充填され、青白い粒子を放ち始めた。

 

『…………行くぞ』

 

『ええ……世界を決める戦いです』

 

 衛星砲から二発目のレーザーが放たれる。それが合図だったかのように、二機の機動兵器は同時に動き出した。互いの信念を、輝く刃に乗せて。

   

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