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障害と追撃〜追いすがる昨日〜

 

 

 コーテックス主力部隊とナハティガルとの戦闘は、佳境を迎えつつあった。

 

 部隊を広域に展開させ、サイレントライン内部への侵入を図るコーテックス軍と、敵旗艦バハムートへの一点突撃でそれを防ごうとするナハティガル軍。

 

 どちらも互いに攻めあぐね、戦場は損害ばかりが増加する消耗戦の様相を見せていた。

 

「三……二……弾着……今!」

 

オペレーターのカウントダウンとともに、空を切り裂いて降り注ぐレーザー光。それは戦線の遥か前方、サイレントラインの中央部分に突き刺さった。

 

「着弾点確認。サイレントライン最奥部、アナザーレイヤードの予想座標にほぼ一致しています」

 

(これで五発目……やっぱりこっちには目もくれず、か……)

 

 ブリッジからはるか遠方を眺めつつ、スキウレはそう呟いた。

 

 コーテックス軍の当初の作戦は、セイルが衛星砲の機能を停止させた後、主力部隊を突撃させて敵の防衛網を突破し、サイレントライン内部に侵入するというものである。

 

 しかし、想定外の出来事が重なったことで、作戦は大幅に遅滞してしまっていた。

 

想定外の出来事とは、一つは衛星砲の復旧が予想よりかなり早かったこと、もう一つは、復旧したはずの衛星砲がコーテックスの主力部隊ではなく、サイレントライン中央部に狙いをつけていることである。

 

(コーテックスの主力部隊は、衛星砲を恐れて未だに防衛網を突破できていない……だとしたら衛星砲が狙っているのは、唯一戦線を突破していった機体……ケルビム・ファーレーン)

 

 スキウレの立てた予想。それが正しければ、キースは衛星砲の攻撃を一手に引き受けているということだった。

 

 ソロモンを展開したケルビム・ファーレーンの防御力は、衛星砲の直撃すらノーダメージで耐え切れるほど凄まじいものがあるが、それにも限度というものがある。

 

また、敵が衛星砲だけという筈もない。速やかに衛星砲を破壊するか、もしくは救援に向かわなければ、いかにトップランカー・キースといえど、長くは持ちこたえられないだろう。

 

(主力部隊やレイヴンたちも、疲れが出始めている……今巻き返さないとジリ貧になるわ……)

 

 スキウレはシートから立ち上がると、ブリッジから出て行こうとした。その背中に、咎めるような声がかけられる。

 

「どこに行くつもりです?」

 

「……っ」

 

 スキウレの父親にしてクレストの代表者、そしてバハムートの艦長でもある人物、アルビレオ・クレストだった。彼は次々に寄せられる戦況報告を処理しつつ、スキウレに意識を向けていた。

 

「……前線の部隊が押し込まれています。私が出て巻き返しを……」

 

「……君の出撃予定はまだ先です。持ち場に戻ってください」

 

 スキウレは憤りを隠そうともせずに彼を睨みつけた。持ち場に戻れと言っても、スキウレはそれほど重要なポジションに居るわけではない。ただ、出撃予定までの時間を潰すためにオペレーターの補佐をしていただけなのである。

 

「……機体を遊ばせておける状況ではない筈です!」

 

「君の機体は継戦能力が低いのでしょう。今出撃すれば作戦の遂行が困難に……」

 

「それまで持てばいいのでしょう? 今増援を出さなければ前線のレイヴンたちが……」

 

「…………」

 

「…………そんなにレイヴンが気に入らないの?」

 

 戦闘の喧騒に包まれたブリッジで、まるでその場所だけ時間が止まっているかのようだった。父と娘。本来強い絆で結ばれているはずの二人の間には、まるで氷のような冷たい繋がりが出来ていた。

 

 クレスト社は、ミラージュ社に比べて穏健派だと言うのが定説である。

 他勢力に対して過度な武力行使は行わず、柔軟な対応を崩さない。故に統治している民衆からの評価は高く、信用のおける企業であると思われている。

 

 しかし、このアルビレオ・クレスト氏に関しては、少々毛色が違っていた。

 

 出来る限り武力行使を避けようとする方針については同様だが、氏の場合はそれが過剰なのである。

 

 戦闘を回避するためには、いかなる手段でも使う。一見平和主義者ともとれる行いだが、スキウレはそれが我慢ならなかった。

 

「あなたの事なかれ主義にはうんざりだわ。戦いさえ起こさなければ何をしてもいいとでも思っているの? 戦闘を回避することによって発生する損害や不満を無視して、ただ事態を綺麗に収めようとする……そのせいでどれだけの人が傷ついていると思っているの?」

 

 戦闘が起これば人が死ぬ。それは当然のことであるが、こと企業間の争いにおいては、その逆もまた然りなのである。戦闘を回避するための取引や政策によっても損害は発生し、それによって死亡する人も確かに存在するのだ。

 

 戦闘をしなかった場合の死者。クレスト氏は、それを全く考慮していないのである。そしてそんな氏にとって、いかなる陣営にも属し、即時的な戦力増強を可能とするレイヴンという存在は、非常に忌々しいものだったのだ。

 

「プロミネンスの時もそうよ……失敗すると分かっていて見逃したんでしょう? いずれは私も殺す気かしら?」

 

「…………」

 

 クレスト氏はスキウレの問いに答えることなく、情報処理を続けていた。彼の沈黙をどう受け取ったのか、スキウレは勢い良く彼に背を向けると、ブリッジを出て行く。

 

 そんな彼女の背中に視線を投げ掛け、氏は小さくため息をついた。

 

 

 

 バハムートの後部にあるハンガーでは、パイロットや整備員達が忙しく走り回っていた。

 

 バハムートに配備されているレイヴン達は持ち回りで戦線の維持にあたっているのだが、そのサイクルは次第に短くなりつつある。機体やパイロットの消耗が、次第に激しくなってきているのだ。

 

「予定を早めて出撃するわ。機体の準備を!」

 

 スキウレは、自分を見つけて近寄ってきた整備員にそう告げると、足早にハンガー横の更衣室へと入って行った。

 

 手早く服を脱ぎ捨てるとパイロットスーツに着替え、装備を整える。さらにポケットをまさぐると、中から『ロッカー』を取り出した。

 

「…………」

 

 一瞬の逡巡の後、彼女はそれを自分の首筋に押し当てる。特殊な電磁波によって脳内麻薬の分泌が活性化され、意識が切り替わる。しかし、彼女の胸の中には、依然しこりが残ったままだった。

 

(効きが浅い……流石に使いすぎたわね……)

 

 スキウレは続けて二つ目のロッカーを使用する。依存や中毒の危険性が低い合法ドラッグとはいえ、害であることに変わりはない。彼女はそれを、耐性ができるほどに使い続けていたのだ。

 

「……………………っ!」

 

都合、三つのロッカーを消費し、やっとのことで迷いを振り払った彼女は、ハンガーへと戻っていった。ハンガーでは、彼女専属の整備士達が機体のウォーミングアップを行なっていた。

 

準備は?」

 

「いつでも行けます。これを……」

 

 整備員から受け取った仕様書を確認しつつ、スキウレはハンガーに係留されている機体を見上げる。それは、軽量コアに球型の武器腕を装備した、新型のフロートACだった。

 

「オービットは全部で六十機。例の装備が施してあるのは、うち二十機です。格納領域と残機数には、十分留意してください」

 

「りょーかい」

 

 スキウレは整備員に微笑みかけると、オートラダーを使ってACのコクピットへと登って行った。

 

 ミラージュ社製のシリンダー形コクピットに乗り込み、スキウレはACを発進させる。四枚のフィンから発生する浮遊力によって浮き上がった機体は、そのままハンガー内をスライドしていき、カタパルトに接続された。

 

『接続完了、お気をつけて!』

 

「ありがとう! 行ってくるわ!」

 

 誘導係の整備員に礼を告げ、スキウレは戦闘モードを起動する。その表情は、先程の微笑みからはかけ離れた陰鬱としたものだった。彼女は既に、ロッカーを使っても作り笑いを維持できなくなっていたのだ。

 

「…………っ」

 

 ともすれば震えだしそうになる自身を叱咤し、スキウレはコントロールグリップを握る。フロート脚の大型ブースターが唸りを上げ、出力が上昇していく。カタパルトのシグナルが赤から青に変わり、ロックが解除された。

 

「『ロストレジェンド』出撃します!」

 

 カタパルトが作動し、射出されたAC———ロストレジェンドは、ブースターによってさらに加速すると、高速で前線へと向かって行った。

 

 

 

………………同時刻、サイレントライン周辺部、最前線

 絶え間なく鳴り響く砲声に、ケイローンは耳が痛くなってきていた。サジタリウス改が一発砲撃を放つ間に、敵軍は三発もの砲撃を放ってきている。

 

 ナハティガルの残存戦力は決して多くない筈だが、密集して突撃してくる彼らの攻撃は非常に激しかった。

 

『クソ……各機、戦線が押し込まれてるぞ、気ぃつけろ!』

 

 周囲に散っているルーキー達に注意を呼びかけつつ、ケイローンはトリガーを引き続けた。既に精密な狙撃を行う必要は無くなり始めている。

 

敵の行動は、こちらの旗艦であるバハムートへの一点突破に集約されており、密集した敵部隊は適当な攻撃にもたやすく命中してくれた。

 

しかし、単調ながら強力な突撃は徐々に戦線を押しこみ、敵部隊とバハムートの距離は次第に縮まりつつある。

 

『よぉ、ジジィ。生きてっか?』

 

『ハヤテか?』

 

 敵の群れの中から飛び出してきたワダツカザスサが、サジタリウス改の隣に停止する。速度と装甲に任せて、辻斬りよろしく敵の中を引っ掻き回してきたらしい。

 

「お前……とっとと補給にもどれ。APがヤバイだろ」

 

「APなんて目安だよ目安。ジジィこそとっとと帰ったらどうだ?」

 

 ワダツカザスサには細かな傷がいくつもついており、サジタリウス改は何発か直撃弾を受けた痕がある。

 

 衛星砲がこちらを無視しているとはいえ、ルーキーレイヴンたちを庇う形で前に出ていた彼らの機体は、普段以上に損傷を受けていた。

 

「……問題はゴーストだな。予想よりかなり数が多い」

 

「ああ、あいつらさえ何とかなりゃあ……」

 

『してあげようじゃない?』

 

「うおっ!」

 

 ワダツカザスサのすぐ脇を多数のミサイルが通りぬけ、接近してきていた大型ディソーダーを撃破する。そしてミサイルを追うようにして飛来した一体のフロートACが、二機の隣に停止した。

 

 球型の武器腕には、本から溢れ出るヘビのエンブレムが描かれている。スキウレの新型AC、ロストレジェンドだった。

 

「スキウレ! その機体は……」

 

「どう? 私の新型は」

 

 スキウレのACを見たケイローンは驚きの声を上げる。高性能EOを装備した軽量コアに、四枚のフィンを持つフロート脚。それに武器腕タイプのオービットメーカー。

 

ロストレジェンドは、彼女の師であり、現在はゴーストとなっているレイヴン、プロミネンスのACウォーターハザードに酷似した機体構成だったのだ。

 

「何しやがる! もう少しでミサイル当たるところだったぞ!」

 

「あら、ハヤテだったのね。てっきりゴーストだと思ったわ」

 

「テメェ! マジでオレ狙ってやがったのかこのアマ!」

 

「で? ゴーストを何とかするってのは?」

 

 騒ぎ立てるハヤテを無視して、ケイローンはスキウレに尋ねる。スキウレは、ロストレジェンドを敵部隊の方に旋回させると、自信ありげに言った。

 

「ゴーストを無力化するための秘密兵器があるの。それを使うわ。本当はもっと後に使うはずだったんだけど、もう余裕が無いから……それで、準備が整うまで私を護衛してくれない?」

 

「……オヤジの後ろに引っ込んでたくせに、今さら何を……」

 

「うるせぇちょっと黙れ……その秘密兵器ってのは、信頼出来るのか?」

 

「ええ……成功さえすればね」

 

「……よし」

 

 ケイローンは回線を開くと、広域に呼びかけた。

 

『ケイローンだ! 悪いが少しの間指揮を離れる! デカイやつぶちかましてくるから、それまで耐えろ!』

 

『了解!』

 

『ウッス』

 

No Probrem!』

 

『はいな!』

 

『よし! いい返事だ。根性見せろよルーキー共!』

 

 ケイローンは通信を切ると、ロストレジェンドの隣に並ぶ。スキウレは、進行する敵部隊を注視したまま何かしているようだった。

 

「OKだ。どうすればいい?」

 

「……これから戦場を回って仕掛けをしていくわ。敵中を移動していくことになるから、その間私に敵を近づけないで頂戴」

 

「よし、分かった。行こう……ハヤテ、お前も来い」

 

「ハァ? なんでオレが……おい! 待てよジジィ!」

 

 ブーストダッシュで移動していく二機を、ハヤテは渋々追いかけていく。ロストレジェンドはフロート脚の高い機動力を持って戦場を高速で移動し、敵部隊の群れに近づいていった。

 

「馬鹿! 危ねぇぞ!」

 

 ロストレジェンドはフロート脚に武器腕という構成のため、装甲は以前のフェアリーテールよりさらに薄い。ケイローンは慌てて援護射撃を開始した。

 

ロストレジェンドは一直線に敵中に突っ込むと、両腕部のオービットメーカーからオービットを射出する。

 

まるで衛星のようにロストレジェンドの周りを周回するオービット達は、レーザーの焦点射撃で次々に敵を撃破していった。

 

「…………OK、次!」

 

 敵部隊が体勢を立て直すより早く、ロストレジェンドは敵の中から離脱していた。後を追おうとする敵部隊をワダツカザスサが足止めし、ロストレジェンドはその場を離れていく。

 

「くっそ……あの野郎何考えてやがる……」

 

「わからん。だが今は信じるしかねぇ」

 

 敵の追撃を振り切り、二機はロストレジェンドの後を追う。ロストレジェンドはそのまま敵部隊の陣形を周回するように動き、所々で敵中に突っ込んではオービットを放って行った。

 

 高い機動力を利用したすばやい奇襲と、二機のACによるバックアップ。さらにスキウレ本人の技量により、一見無謀な突撃にもかかわらず、ロストレジェンドの損傷は非常に小さく抑えられている。

 

「おいスキウレ! いつまで遊んでるつもりだ! 敵の注意がこっちに向き始めたぞ!」

 

「大丈夫。もう終わったわ。後はタイミングを見計らって…………っ!」

 

 四方から放たれたレーザーを、スキウレは慌てて回避する。

 

 すぐさま回頭し、敵の方に向き直った彼女の目に写ったのは、ロストレジェンドと瓜二つの青いAC———ウォーターハザード・ゴーストだった。

 

「プロミネンス……」

 

「——————」

 

 まるで鏡写しのように睨み合う二機のAC。スキウレは思わずポケットに伸ばしかけた手を寸前で握りしめ、かつての師を———敵を見据えた。

 

「来ると思ってたわ……待ってて。今開放してあげる…………ケイローン、こっちはもういいわ。元のポジションに戻って頂戴……」

 

『了解した……そっちは本当に大丈夫か?』

 

『ええ…………そっちも大丈夫ね?』

 

『モチロンだ……じゃあな』

 

 通信を終え、スキウレは無線を切る。プロミネンス・ゴーストは、こちらの様子をうかがうようにじっと停止していた。

 

「………………!」

 

「——————!」

 

 まるで申し合わせていたかのように、二機のACは同時に互いのオービットを展開する。

 

 さらに同時に後方へ下がると、同時にオービットが攻撃を開始した。同時に放たれたミサイルが推進剤の尾を引いて相手に向かい、二機は同時にそれを回避する。

 

「っ!!」

 

「———」

 

 互いに手の内を知り尽くした二人、最初で最後の師弟対決が、戦場の真ん中で開始された。

 

 

 

………………同時刻、主戦場周辺部

「いいのかよ、行かせちまって」

 

「いいんだよ。あいつの問題だ。あいつ一人にやらせるべきだろ?」

 

「……ジジィのそういう所、オレは嫌いだ。何でもかんでも見透かしやがって……」

 

「褒め言葉として受け取っておくぜ。さて……」

 

 スキウレがプロミネンスと対峙している場所から少し離れた場所。

 

 敵部隊の進行ルートからは少し外れているはずのその場所には。ACやMTの残骸が無数に転がっていた。今も何機かの友軍AC達が満身創痍で奮闘しており、その中心には三機のACらしき敵機体が居る。

 

「ジジィ……さっきのルーキー共は?」

 

「…………大丈夫だ。この中にはいねぇ。だが……」

 

 青白い光が閃き、また何機かの友軍ACが爆散した。

 

 ただ一機残ったACは、即座に後退して距離をとる。くすんだ黄土色のボディに、龍、鳳凰、獅子のエンブレム。メビウスリングのムゲンだった。

 

「メビウスリング……あいつが手こずってるってのか?」

 

「そうらしいな……行くぞ」

 

 赤い敵ACが放ったミサイルを回避して体勢を崩していたムゲンに、残り二機の黒い敵ACがブレードを構えて突進する。

 

 しかし、一体はサジタリウス改の狙撃によって足を止められ、もう一体はワダツカザスサに進路を塞がれる。

 

「貴様は……ケイローン? それに……」

 

「ハヤテだ。覚えとけよ、元トップランカー!」

 

 サジタリウス改とワダツカザスサの出現に、三機の敵ACは一箇所に集合する。その光景を見て、ハヤテは僅かに眉をひそめた。

 

「おい、元トップ。あいつらいったい何者だ?」

 

「知らん。一機は通常のAC、あとの二機は旧式のACのようだが……どいつもなかなかの腕をしている……」

 

三機のACは、奇妙な程ちぐはぐな構成だった。

 

右側の一機は既存のパーツで構成された黒いフロートACだが、後の二機は既に旧式となった古いパーツで組まれている。こちらは、中央の機体が赤、左の機体が黒というカラーリングだった。

 

「まあいいさ。一人一機、片付けるぞ」

 

「手出しはするな、と言いたい所だが……まあいい、利用させてもらう」

 

「言ってろ、クソが……おいジジィ、オレは左の細いのをやる。ジジィは…………ジジィ? おい、どうした?」

 

「…………」

 

 ケイローンからの返答が無い事を訝しんだハヤテがチラリと視線を向けると、サジタリウス改は、武器も構えずに硬直している。カメラアイは、右側にいるフロートACに注がれていた。

 

「…………そうか、逃がしちゃくれねぇんだな……」

 

「…………ジジィ?」

 

「ハヤテ、フロートの奴は俺に任せろ。メビウス。中央のを頼めるか?」

 

「いいだろう。せいぜい時間を稼いでいろ……行くぞ!」

 

 ムゲンとワダツカザスサがブレードを構えて突進し、サジタリウス改は後ろに下がってリニアキャノンを展開する。三機の敵ACたちもそれぞれブレードを構えると、各々の相手を迎え撃った。

 

 

 

「うおおりゃあ!」

 

 ワダツカザスサは突進と同時にブレードを突き出し、細身の黒いACの頭部を狙った。

 これらのACは、動きからしてゴーストではなく無人機だろう。AIの搭載されている頭部パーツを破壊してしまえば、機能を停止する筈である。

 

「——————!」

 

 それに対し、黒い敵ACは左腕部からレーザーブレードを発振させると、ワダツカザスサのブレードを真正面から受け止める。ブレードが消滅したまま距離を詰めた二機は、互いの拳をかち合わせた。

 

「腕部に内蔵するタイプの旧式のレーザーブレードか。そんなモンでオレに勝てんのか?」

 

 ワダツカザスサの拳は無傷だが、敵ACの拳は高熱でダメージを受けている。どうやらブレードの出力はワダツカザスサの方が上のようだった。

 

傷ついた敵ACの拳を跳ね除け、ワダツカザスサは右腕部のハイレーザーライフルを放つ。

 

次々に撃ち出される光弾に、敵ACはたまらず後方へと離脱した。敵ACは極端に武装が少なく、火器は右腕部のハンドガンらしきものしか無い。

 

「火力もブレードもこっちのほうが上か。大したことねぇな!」

 

 離脱する敵ACを負い、再度ワダツカザスサは前に出る。しかしその時、突然ワダツカザスサのボディが左に傾き、コクピット内にアラートが鳴り響いた。

 

「何!?」

 

 ハヤテが慌てて状況を確認すると、ワダツカザスサの左足首に弾痕が穿たれ、関節が破壊されている。敵ACのハンドガンが命中したようだった。

 

「馬鹿な! こんな装甲の隙間に、たった一発で命中させるなんて!」

 

「——————!」

 

 バランスを崩したワダツカザスサに向けて、敵ACはブレードを振り下ろす。ワダツカザスサは即座に自分のブレードを振るって相殺するが、敵ACは二閃三閃と続けてブレードを振るい、ワダツカザスサを激しく攻め立てた。

 

「このオレが……接近戦で押されてるだと!?……くそぉっ!」

 

 まるで嵐のようなブレードの連撃。それは接近戦に長けたハヤテの技術でも捌ききる事はできず、ワダツカザスサはとっさにハイレーザーライフルを身代わりにして離脱した。

 

 爆発するライフルの向こうには、爆風に照らされた黒いの機体が佇んでいる。左肩に描かれた、妖精のエンブレムを輝かせて……

 

 

 

 赤く輝く刀身が、空気を切り裂きながら振るわれた。

 

 PLUS専用機であるムゲンのブレードは、特殊なカスタマイズによって有効攻撃範囲を拡張されており、間合いは既に剣ではなく槍のそれとなっている。

 

 しかし、赤い敵ACはブーストジャンプで容易くそれを回避すると、自らもブレードを展開し、ムゲンに斬りかかった。

 

 ハヤテが戦っている黒いACと同じ、旧式の内蔵型ブレードであるが、その軌跡は、一直線にムゲンのコクピットへと向かっていた。

 

「……フン!」

 

 コクピット狙いの一撃を自分のブレードで相殺し、ムゲンは後方へと離脱する。

 

 同時に背部のグレネードランチャーを展開し、空中の敵ACへと狙いを定めた。敵ACもまた、空中でグレネードランチャーを構えている。

 

 次の瞬間、両機のちょうど中間に、爆発の花が咲いていた。さらにその花を貫くようにして両機からミサイルが放たれ、爆風を突き抜けて互いへと向かう。

 

 ムゲンはそれをブーストダッシュで回避し、敵ACはコアの迎撃機銃で撃ち落とした。

 

「ほう……」

 

 さらに敵ACは、ミサイルを回避して体勢を崩しているムゲンに向けて、パルスライフルを発射する。

 

 しかし、ムゲンは体勢を崩したまま無視やりブーストで機体を横滑りさせると、パルスライフルを躱しながらレーザーライフルを放った。敵ACは後方に下がってそれを回避し、ムゲンはその隙に体勢を立て直す。

 

 ブレードにグレネード、ミサイルにライフル。非常に似通った機体構成を持つ二機は、一瞬の静止の後、再び互いの武装をぶつけあった。

 

「…………?」

 

攻防の隙にできる一瞬の間、メビウスリングは敵ACの左肩に、数字のようなエンブレムが描かれているのを見た。

 

 

 

 フロートタイプのACは、脚部に大型のブースターを装備しており、他のACに比べてずば抜けて高い機動力を誇る。

 

 しかし、それは地上での話であり、上昇のためにブースターの出力を奪われてしまう空中での戦闘は、得意とは言えなかった。

 

 しかし、現在ケイローンが対峙している黒いフロートACは、その唯一の例外とでも言うべきものだった。

 

「クソッ!」

 

 マシンガンの弾幕を実体シールドで防ぎつつ、サジタリウス改はリニアキャノンを放った。しかし、敵ACは空中を不規則に飛び回りながら、易々とその攻撃を回避して見せる。

 

「っ……相変わらずぶっ飛んだ野郎だ。フロートのくせにフワフワしやがって……」

 

 どうやらケイローンは、このACに見覚えがあるようだった。しかしそれにしては、ケイローンは敵ACの動きに全く対応できていない。サジタリウス改の攻撃は、先程から一発たりとも当たっていないのだ。

 

 ブーストジャンプとブーストダイブを不規則に繰り返す激しい上下移動に、マシンガンの弾幕による行動制限、さらにエクステンションに装備されたステルスシステム……ダメージの要因を徹底的に排除する戦法は、距離をとった状態での狙撃を得意とするサジタリウス改には、鬼門となるものだったのである。

 

「そんなにも俺を始末したいのか? 何故だ!? 俺はお前たちの思惑通りに動いた筈だ! それとも事情を知ってる奴を生かしてはおけねえってのか? ええ?」

 

 いつになく声を荒げ、ケイローンはそう言った。FCSのサイト越しに見える、敵ACの左肩———かつて王冠を戴いた竜のエンブレムが描かれていたはずのそこには、無機質な『DOVE』の文字が刻まれていた。

 

   

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