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ワタリガラスの矜持〜Raven〜
ジャスティスロードとSOLE、二体の白い機体は、同時に相手に向かって突進した。
ジャスティスロードは一本、SOLEは二本のブレードを構え、激突の瞬間に相手に向かって叩きつける。三本のブレードが空中で交錯し、拡散するエネルギーに弾き飛ばされるようにして、二機は距離をとった。
『アストライアを弾いた?……そうか、そいつのそれもハイドロゲンブレード!』
『ご明察です。これはジャスティスロードのアストライアを解析して作り出した、僕流のハイドロゲンブレードです。実体は無く、純粋なトリチウムで構成されている分威力では劣りますが、分子構造を破壊する能力はこちらのほうが上ですよ!』
SOLEはハイドロゲンブレードを構え、再びジャスティスロードへと突進してくる。セイルもアストライアからハイドロゲンブレードを発生させると、SOLEを迎え撃った。交差した二本のブレードがアストライアから発せられたブレードと交錯し、青白い刀身が一瞬消滅する。
微粒子で構成されたハイドロゲンブレードは、通常のレーザーブレードと同様に相互干渉によって拡散させることが可能なようだった。
しかし、SOLEのハイドロゲンブレードは二本あるのに対し、ジャスティスロードのそれは一本しかない。先程は二回とも二本同時に切り払えたが、次もそううまく行くとは思えなかった。
(近接戦闘への適性はジャスティスロード以上か……なら!)
ジャスティスロードは後退しつつリニアライフルを放った。さらにステルスマントの下からスタビライザーを展開し、搭載されているレーザーブレードからブレード光波を放つ。
SOLEはブースターを吹かしてそれを回避すると、上腕部から何かを射出した。それはジグザグの軌道を描きながらジャスティスロードへと接近し、至近距離からレーザーを放ってくる。
『オービット?』
『もちろん、ただのオービットではありませんよ!』
放たれた二機のオービットは、先端部分からレーザーブレードを発生させると、ジャスティスロードに向かって突進してきた。
セイルはとっさにTOBを起動させ、ジャスティスロードを緊急回避させる。オービットのブレードがジャスティスロードの爪先をかすめ、コンピューターが僅かにアラートを鳴らせた。
『っ!』
息つく間もなく、セイルはハイドロゲンブレードを展開させると、背後へと振り抜かせた。
死角から接近していたSOLEのハイドロゲンブレードがジャスティスロードのハイドロゲンブレードによって打ち消され、霧散する。しかし一瞬遅れて、もう一本のハイドロゲンブレードが振るわれようとしていた。
(させるか!)
ジャスティスロードのスタビライザーが展開され、SOLEの腕を打ち払う。SOLEのハイドロゲンブレードはスタビライザーをかすめて通り過ぎ、攻撃を受け流されたSOLEがバランスを崩した。
『もらっ……っ!!』
その隙を突いて、セイルは残りのスタビライザーに装備されたブレードを突き出したが、スタビライザーから発振されたブレードは、四方から差し込まれた別のブレードによって霧散させられる。
慌ててジャスティスロードを後方へ退避させたセイルが状況を確認すると、SOLEの背部に装備されていた蜘蛛のような八本の副腕から、それぞれレーザーブレードが発せられていた。
展開していたスタビライザーの内、一本がブレードに貫かれ、火花を上げている。セイルはそのスタビライザーと、破れてしまったステルスマントをパージし、SOLEを睨みつけた。
『両手両肘、オービットに加えてその副腕もか……一体何本ブレードがあるんだ……』
『両腕のハイドロゲンブレードを含めて二十本ですよ。探してみますか?』
エディはそう言いつつSOLEを操り、つま先から発生させたレーザーブレードで切りかかってくる。セイルはその一撃を、機体を急上昇させて回避すると、反撃とばかりにブレード光波を放った。
再度、体勢を崩した瞬間を狙っての攻撃だったが、先程と同様に、光波は副腕のブレードによって防がれてしまう。あの八本の副腕は至近距離での格闘戦以外にも、敵の攻撃を防ぐ役割も持っているらしかった。
(副椀に八本、両手両肘にハイドロゲンブレードを含めて四本、両足に二本……残り六本はオービットか? 今は二機しか出してないが……)
なおも追い打ちをかけてくるオービットを、セイルはリニアライフルで攻撃する。一機が直撃を受けて撃破され、残りの一機は本体へと戻っていった。どうやら肩部———ACで言うエクステンションの辺りに、オービット用のラックらしきパーツが見える。
『おっと、落とされてしまいましたか。高速で移動するこれほど小さい的を撃ち落とすなんて、射撃の技術もそうとうなものですね……』
『…………』
僅かながら損害を受けたにも関わらず、エディは感心したような事を言う。対するセイルは、じっとSOLEの様子を注視していた。
(……形状からしてオービットは四機か。なら残り二本のブレードはどこだ?)
ジャスティスロードとSOLEは、どちらも高い機動力とレーザーブレードによる近接戦闘を前提とした機体だが、思いがけない場所からブレードを繰り出してくるSOLEと正面から斬り合うのは自殺行為である。
セイルはジャスティスロードのセンサーから供給される視覚情報から、SOLEの性能を読み取ろうと必死になっていた。
(腕部近くにあれ以上ブレードは装備できない筈……だとしたら脚部か? あるいは……っ!?)
一瞬視界が暗く明滅し、セイルは目を細めた。
セイルの洞察力とのシナジーにより、ジャスティスロードのセンサーは既に人間の脳の許容量を超える膨大な情報を供給するに至っている。今のはおそらく、最高感度状態のセンサーを長時間使用したことによる負荷だろう。
この負荷を受け続けた結果、セイルがどうなるのかはわからない。しかし、だからといってセンサーの使用を停止するわけにはいかなかった。
AIの演算能力と人間の思考能力を合わせ持ち、高い機動力と無数のレーザーブレードによる多面的な攻撃を仕掛けてくるSOLE。
それに対してセイルは、センサーの情報供給によって常に最大限の状況把握を行い、敵の挙動———ブレードやオービットの位置、機体の姿勢や速度———を逐一把握することで対応していた。
今センサーを切ればSOLEの動きを追いきれなくなり、ろくな抵抗もできずに撃破されてしまうだろう。
(まだだ……まだ止まれない……)
セイルはSOLEから目を離さないようにしつつ、パイロットスーツのポケットを探って一本の圧力注射器を取り出すと、スーツの襟元に付けられたコネクタに接続した。
一瞬の痛みとともに薬剤が注入され、視界が明瞭さを取り戻す。感覚器官を活性化させる、一種の覚醒剤のようなものだった。
(使い過ぎたら廃人とか言われたけど……今はそんな事より……)
首を振って痛みを散らしたセイルは、下方の様子をちらりと盗み見る。衛星から地上に向けて、またもレーザーが放たれていた。
(急いでレーザー発振器を止めないと、主力部隊がまずいことになる……ケイローンにスキウレ……無事でいてくれ……)
自分を支えてくれる仲間たちのことを思い出し、自身を奮い立てたセイルは、再度SOLEへむけて突進していった。三機のオービットと八本の副腕が光の弾幕を放ってくるが、セイルは即座にブーストダッシュで左へと離脱する。
そのまま壁面を蹴って方向転換し、SOLEの死角へと回り込むと、残り三本になったスタビライザーからブレード光波を放った。
『っ!』
SOLEはブレードを発振させた副腕を後方へと向け、光波を迎撃する。さらにオービットを旋回させ、レーザーを放って反撃した。
『っと!』
ジャスティスロードはそれを宙返りするような動きで回避すると、牽制のリニアライフルを放ちながら後退した。両機の距離が開き、攻防が一瞬停滞する。
(機動力はジャスティスロードの方が上。防御能力は向こうが上、か……)
高速機動で荒くなった息を整え、セイルは思考する。
旧管理者の最終兵器と言うだけあり、SOLEの性能は凄まじいものだった。演算装置として同化したエディの力でもあるのだろうが、十本以上のレーザーブレードを同時に操作する技術など、人間はおろかPLUSでも不可能だろう。
最高位の強化手術を受けたアメリアですら、六本の腕を同時に操るのが限界なのだ。
(見た目からして装甲は厚くないはずだけど……あの副腕の防御を突破しないことには……)
自由自在に動き、高出力のレーザーブレードで敵弾を迎撃する八本の副腕。
セイルはその副腕による強固な防御を突破することが出来ずに攻めあぐねていた。火力に乏しいジャスティスロードでは遠距離からのダメージは望めず、下手に接近すればブレードの餌食になってしまう。
唯一の救いは、攻めあぐねているのは向こうも同じだという事だった。
SOLEの武装はジャスティスロードと同様に、どれも射程が短いものである。機動力で上回るジャスティスロードが逃げに徹している以上、攻撃は当たらないのだ。
(でも、急がないと地上が……っ!)
セイルが足元へ視線を移すと、既に何発目になるかわからないレーザー砲が放たれていた。光の柱は衛星の真下、サイレントラインに突き刺さっている。
『どうしました? もう終わりですか?』
『……ふん』
挑発じみた言葉をかけてくるエディに、セイルは鼻を鳴らして答えた。とは言え、有効な攻め手が見つからないのも事実である。
奇しくも地上のキースが陥っているのと同じ、互いに攻撃が通らない状況……それを破ったのは、以外にもエディの方だった。
『……でも確かに、このまま膠着状態が続くのは僕としても困りますね。せっかくですし、残り二本のブレードをお見せしましょうか……』
『…………どういうつもりだ?』
『お伝えしたはずですよ。僕の目的は勝つことではなく、確かめることです。僕とセイルさん……世界を背負うべきはどちらなのかを!』
エディの言葉と同時に、静止していたSOLEが動き始めた。体を仰け反らせるようにして上半身を前へ、下半身を後ろへと向ける。出っ張った三角形のコアが前方へと伸び、副腕は束ねられて翼のように広げられた。
『……変形機構?』
『行きますよ、セイルさん!』
戦闘機のように変形したSOLEはコア後部の大型ブースターを吹かし、ジャスティスロードに向かって突っ込んでいく。その速度は、HOB使用中のジャスティスロードにも匹敵するものだった。
『っ!』
TOBを使った急上昇で、セイルはSOLEの突進を回避する。
即座に後方へ回頭すると、SOLEが旋回しながら戻ってくるのが見えた。左右の翼からはブレードが発振され、まるで鳥類の風切羽根のように見える。さらに機首となっているコアパーツからも、前方へと大型のブレードが展開されていた。
『コアパーツにブレードが……』
『それだけではありませんよ!』
再び加速し、突進してくるSOLE。セイルはSOLEの進行方向を読むと、今度はブースターを小刻みに吹かせてフェイントを掛ける。
それを追うようにSOLEが機体を傾けるのを見たセイルは、即座に反対側へと機体を加速させ、突進を紙一重で避けようとした。
(…………っ!?)
しかしその瞬間、セイルの全身を悪寒が走り抜けた。今までにも何度も感じた死の予感。セイルは、クライシスもかくやと言う反応速度でTOBを起動すると、再度の急加速を行う。
エネルギーを大量消費した長距離のステップにジェネレーターが悲鳴を上げるが、構わずにセイルはジャスティスロードの状況を確認した。SOLEに近い位置にあった左脚が、融解して煙を上げている。
『これは……二十本目のブレードか!』
左脚の破損を知らせるアラートを黙らせつつ、セイルは再び旋回してくるSOLEを睨みつけた。SOLEの軌道をなぞるようにして、青白い光が輝いている。ブースターの噴射炎に混じって、高密度のトリチウムが放出されているのだ。
即座に反撃に移ることを考慮した紙一重の回避では、機体全体をトリチウムによって溶かされていただろう。
先程までのような一息つける瞬間など存在しない、一瞬でも気を抜けば撃破される状況に、セイルは、汗が頬を伝って流れていくのを感じた。
『さあ……行きますよ!』
『っ……うぉぉぉ!』
旋回したSOLEは飛行形態で加速した後、速度を維持したまま人型形態へと変形し、左腕部のハイドロゲンブレードを突き出した。
ジャスティスロードもアストライアからハイドロゲンブレードを発振させると、SOLEのブレードを迎え撃つ。
二本の青白い刃は互いに真正面から激突し、互いを弾き飛ばした。二機のACは、互いの装甲をトリチウムで焼かれながら距離をとる。白い装甲には無数の抉られたような傷がつき、黒く変色していた。
『エディ! どうしてそこまで決着にこだわる!? 勝ったほうが正しい訳じゃないんだぞ!』
『その通りです! 強さと正しさはイコールではありません! でも、平和を維持するためにはどうしても戦力が必要なのです。どうなんですかセイルさん。あなた達ヒーメル・レーヒェには、それだけの力がありますか!?』
『ヒーメル・レーヒェはそんな事をするための組織じゃない!!』
『……っ?』
セイルの放った言葉に、再び変形しようとしていたSOLEが動きを止める。エディもまた、驚いたような声を上げていた。
『……どういう事です? ヒーメル・レーヒェはテロ組織を殲滅するための組織ではないのですか?』
『そうだ。ヒーメル・レーヒェは、云われの無い理不尽な暴力を防ぐための組織だ! でもそれは俺一人の意思にすぎない! 他の皆は俺に力を貸してくれているだけで、目的はバラバラだ。世界の平和なんて、誰も望んでいない!』
彼らは皆、それぞれの目的を遂げるための手段としてセイルを利用し、セイルもまた彼らを利用しているのである。
人としての交友関係の上に成り立つ、レイヴンとしての合理的思考……信頼し合いながらも利用し合う、矛盾した関係……それを理解した上で、セイルは彼らの指揮をとっているのだ。
数奇な事に、ヒーメル・レーヒェもまたナハティガルと同じように、たった一人の人間によって動かされていたのである。そしてそのたった一人の人間たちが、今こうして世界の命運を決しようとしているのだ。
『っ!……セイルさんは平和を否定するつもりですか? テロに怯える日常が続いてもいいって言うんですか!?』
『エディの計画だって同じだ! ナハティガルが企業への反抗勢力として確立すれば、レイヴンや企業軍は終わらない戦いに縛られることになる。それに、例えナハティガルが民間人を狙わなくたって、結局戦いのしわ寄せを受けるのは、何の関係も無い民間人達だ!』
無線のマイクを顔に近づけようとヘルメットを動かした拍子に、左耳のピアスがずれて耳たぶを圧迫する。その感覚に後押しされるようにして、セイルは言葉を続けた。
『世界が平和になったって、人が自由を失ってしまったら何の意味もない…………そうだろう? クライシス! アメリア! キース! ケイローンにスキウレ! レイヴンは何者にも縛られない自由な存在の筈だ! ナハティガルにもヒーメル・レーヒェにも……平和なんて物にも縛られちゃいけないんだ!!』
所属する組織を頻繁に変えるレイヴンにとって、明確な善悪など存在しない。昨日の敵が今日の味方となり、今日の味方が明日には敵となる。基準点を持たない、矛盾と不定に満ちた関わり……
しかしそれらは、レイヴンという存在の根幹を成す概念、何者にも縛られない『自由』の元に成り立っているのである。敵対も協調も、信頼も裏切りも、全てはレイヴンの自由意志によって起こりえることなのだ。
決して分かり合えない鴉たちがたどり着いた、ただ一つの確かな答え……自分と相手の全てを無条件で肯定するという、究極の人間関係……これこそが、全てのレイヴンが共有する唯一のルール。鴉達の『
そしてそれを肯定するかのように、セイルの放った言葉は、つけっぱなしになっていた無線を通じ、広く遠くへと広がっていった。
………………同時刻、アーカイブエリア、地下空間内
「………………っ!」
眼前に迫る光の雨に、一瞬思考を停止させたクライシス。しかし彼は即座に我に返ると、コントロールグリップから手を離し、コンソールを引き出した。
………………同時刻、ラプチャー00、基部周辺
「セイル?」
クラッシング・ゴーストと生体兵器による連続攻撃を、腕の痛みを耐えながら必至に回避するアメリア。彼女は一瞬の逡巡の後、ギルティジャッジメントのコンピューターに思考を飛ばした。
………………同時刻、サイレントライン、アナザーレイヤード最奥部
「!!」
降り注ぐ衛星砲を防ぎつつ、SERREが放ってくる無数のレーザーを必至に耐えていたキース。彼は容赦なく攻撃を放ってくるSERREを睨みつけた後、無線を起動した。
………………同時刻、サイレントライン、主戦場周辺部
「……ん?」
「……え?」
各々の敵と戦っていたケイローンとスキウレ。焦燥にかられていた二人はふと我に返り、一呼吸で冷静さを取り戻すと戦闘を再開した。
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