このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
人間離れした驚異的な速さでコンソールを操作したクライシスは、操作を終えると即座にコントロールグリップを握り直した。出力と展開範囲を最大に設定された相殺シールドが、迫りくる光の雨をまるで傘のように受け止める。
「カハハハハハハ! アッハッハッハ!! ヒャッハ……ハァ?」
耳障りな笑い声を上げながら、レーザーマシンガンとプラズマキャノンを乱射するフィリアル・アレス。しかし、狂気に染まったその声に、不意に訝しげな物が混じる。相殺シールドの向こう側にしゃがみ込むアブソリュート・リプレッサーの輪郭が、しだいに歪みはじめたのだ。
「なニ?……」
攻撃を配下のディソーダーに任せ、アレスはA・Rの様子を注視する。A・Rは、破損した装甲が急速に修復され、元々の形よりさらに肥大化していっていた。カメラアイは、元々の紫色から、ディソーダーと同じ真紅に染まっている。
「てめぇ……なンのツモリだ……」
A・Rは既に、全身が肥大化した装甲板によって覆われ、巨大な金属塊と化していた。相殺シールドは既に解除され、ラインビームの弾幕を防ぐことなく受け止めているが、装甲は破壊される以上の速度で増殖していっている。
「………………」
全天周ディスプレイの大半がブラックアウトしたコクピットの中で、クライシスは再びコンソールを弾いていた。画面には『リミッター解除』の文字と『AI抑圧停止』の文字が表示されている。
ジェネレーターの反応を臨界まで高めてエネルギーの残量を回復し、さらに普段は抑圧しているAIの機能を解放することで、A・Rは損傷した装甲を急速に修復したのだ。
だが、抑圧から解放されたAIは一気にA・Rの制御機構を掌握し、機体の制御権はクライシスからAIに移りつつあった。それは、かつてのアブソリュートのように、機体がパイロットの手を離れて暴走してしまうことを意味している。
「残念ながら……俺は、ここまでのようだな………………だが……ただでは死なん!」
クライシスは、襲い来る睡魔に必至に抗いつつ、さらに素早くコンソールを操作する。その勢いはまるで、コンピューターの処理能力に追いつかんとしているかのようだった。クライシスに残された僅かな制御権が機体を動かし、後ろ腰部分にマウントされていたロンギヌスが展開される。
「キ様! 何ヲ考えている! こんな場所でソんな物を……!」
数キロ四方を吹き飛ばす反物質砲に、アレスは焦りの声を上げる。広いとはいえ、このような閉鎖空間内でロンギヌスを使えば、フィリアル・アレスはもちろん、装甲を異常増殖させた今のA・Rでもただでは済まないだろう。
「……エエイ! この!!」
アレスは即座にブロッカーオービットを展開し、呼び出したディソーダーを前面に立たせて盾にした。クライシスは、狭くなっていく視界の中、僅かに残された力で、しかししっかりとトリガーを引いた。
「………………Ash to Ash」
射出された砲弾は直後に爆発を起こし、銀色の光を放っていた地下空間内をさらに眩く輝かせる。カメラ越しでも目を焼こうとする強烈な光が、一瞬にしてクライシスの意識を塗りつぶしていった。
「………………っ!!」
クライシスは、跳ね起きるかのように目を覚ました。彼は、どことも知れぬ白い部屋の中に立っている。目の前には椅子に座った一人の男がおり、壁にかけられたモニターらしきものに映る戦闘の様子を眺めていた。
「……起きたか?」
「………………まさか……」
男は、青い長髪に赤い目という、おおよそ人間らしからぬ容姿をしている。無論面識など無かったが、クライシスは彼が誰なのかすぐに分かってしまった。困惑を浮かべていた表情が、一瞬にして驚愕に染まる。
「……本当に、そうなのか?」
「おそらくは、君の考えている通りだ……」
「………………」
「……失望したか?」
「……いいや、むしろ納得した……そうか、貴方が俺の……」
「ああ……無論、直系ではないがな……」
男は椅子から立ち上がるとクライシスの方に歩み寄った。クライシスは一歩も後ずさることなく、彼の視線を真正面から受け止める。PLUSの紅い瞳と、火星移住民の緋い瞳が、至近距離から視線をぶつけあった。
「………………」
「レイヴン……お前は何を望む?」
「……己の野望を実現させる、
「……いいだろう」
男は口元に不敵な笑みを浮かべると、クライシスから視線を外し、再びモニターの方に向き直った。モニターの中では、旧式の青いACが、フィリアルらしきディソーダーと戦っている。
「……君はやがて、大きな変革をもたらす」
「……貴方はかつて、大きな戦乱を起こした」
男はモニターを眺めたままクライシスに話しかけ、クライシスも男から視線を外さずに言葉を返した。
「私は、それが誤りであるとは思わない……」
「俺は、それが誤りだったとは思えない……」
男がモニターから、自分が座っていた椅子へと視線を移す。クライシスが釣られてそちらを見ると、いつの間にか椅子の前には、白銀の髪と真紅の瞳を持った、一人の少女が立っていた。
彼女は機械のような無機質な、しかし確固とした強い意志を持った瞳で、クライシスをじっと見つめている。
「君が道を違えぬ限り、力は君と共にある……」
「……貴方がかつて歩んだ道を、力を持って貫こう」
クライシスは少女の意思に答えるように、己の意思を言葉に載せる。口下手な彼の、精一杯の決意表明に、少女は小さく笑みを浮かべた。
「栄光あれ……カトラー・クライン」
「感謝する……レオス・クライン」
少女が伸ばした手を、クライシスはしっかりと握り返す。瞬間、彼の視界は眩いばかりの銀色の光に覆われた。
『
「………………っ!!」
覚醒を促す声に、クライシスは意識を引き戻された。眼前のディスプレイには、プラズマキャノンを構えたフィリアル・アレスの姿がある。戦場となっていた地下シェルターは爆発によって吹き飛ばされ、二機は砂漠の上に出来た巨大なクレーターの中心部に居た。
『
一瞬にして意識を切り替えたクライシスは、脱力していた手をコントロールグリップにかけ、シールドを展開させる。一瞬遅れて、A・Rを取り込んだ金属塊がプラズマの爆発に覆われた。
「ハァ……ハァ……クライシスゥゥ!!」
炎に包まれる金属塊を見て、アレスは怨嗟の声を上げる。反物質砲による爆風を至近距離で受けたボディは、原型を保つのがやっとの状態だった。
装甲はあちこち脱落し、自己修復機能も既に働いていない。支配していたディソーダーも、地下シェルターを形成していたスカラバエウスを含めて全滅していた。
「フザケやがって! この野郎ォォォ!!」
フィリアル・アレスは怒りに任せ、破損した右腕で金属塊に殴りかかった。しかしその右腕は金属塊に届くことなく、放たれた光によって蒸発する。炭化した金属塊の中からは、白銀に輝く一本の腕が生えていた。
「ガ?」
バランスを崩し、膝をつくフィリアル・アレスの前で、金属塊は音を立てて崩れていく。中から現れたのは、白銀のボディと真紅の瞳を持つ人型ディソーダー、フィリアルだった。
「…………これは……」
コクピットの中で、クライシスはせわしなく視線を動かしていた。いつの間にか修復されていた全天周ディスプレイには、見慣れた鈍色の装甲ではなく、白銀に輝く四肢が映っている。
恐る恐るコントロールグリップを操作してみると、寸分の狂いもなく白銀の腕が持ち上がった。しかし戦術画面には、依然『AI抑圧停止』の警告文が表示されている。
「機体の全権を掌握しながら……俺に手綱を預けている……いったい…………」
『…………
「!?」
『…………
「………………っ!!」
クライシスはコンソールを引き出し、一瞬で幾つもの操作と確認を済ませると、今度は力強くコントロールグリップを握りしめた。彼の口元には、先ほどまで消えていた不敵な笑みが浮かべられている。
「行くぞ……フィリアル・クライシス!」
『
クライシスの操作に従い、制御AIが機体を駆動させる。白銀のディソーダー、フィリアル・クライシスは、地を蹴って宙に舞い上がった。背部から生えた六本のアームがまるで翼のように展開し、機体を空中に浮遊させる。
「なン……だとぉ!」
驚愕の声を上げるフィリアル・アレスが、地上からプラズマキャノンを放ってきた。フィリアル・クライシスは左腕をかざすと、二の腕部分の装甲を円状に展開させる。装甲から放たれた力場が障壁となり、放たれた光弾をあらぬ方向へと弾き飛ばした。
「高電磁フィールドバリア、出力調整。攻撃はこちらで行う」
『
フィリアル・クライシスは左腕をかざしたまま、右腕を前に差し伸ばした。軽く開かれた掌の中に周辺の大気が凝縮され、高密度のプラズマが作り出される。
「……喰らえ!」
反撃とばかりに放たれたプラズマ弾が、フィリアル・アレスに直撃した。エネルギー兵器に強い筈の生体金属装甲が何層もまとめてはじけ飛び、フィリアル・アレスはたまらず膝をつく。
「ガ! アア……ァァああ!!」
それでも諦めることなく、護衛のブロッカーオービットを展開したフィリアル・アレスは、左手のレーザーマシンガンを放ってくる。フィリアル・クライシスは空中を高速で移動してそれを回避しつつ、フィリアル・アレスの様子を観察した。
「………………」
『
「……さすがに一撃程度では落としきれない。足を止めるぞ」
『
フィリアル・クライシスの腰部から射出された四機のオービットが、左右からフィリアル・アレスに接近する。フィリアル・アレスは即座にプラズマキャノンを放って迎撃しようとするが、オービットは不規則な軌道で攻撃を回避すると、牽制のレーザーを放ちながら挑発するかのようにフィリアル・アレスの周りを周回した。
「こんノ……馬鹿にしやがってぇぇ!!」
激昂したアレスは、フィリアル・クライシスへの攻撃に使っていたレーザーマシンガンをオービットへと向ける。しかしオービットはエネルギーシールドを展開してレーザーを防ぐと、そのまま周回を続けた。
「………………」
アレスの怒声をどこか遠くに聞きつつ、クライシスはオービットから送られてくる情報———周囲空間の空気密度———に目を通す。並の人間では捉え切れないほどの速度で流れていく大量のデータを、クライシスは易々と処理していった。
やがて全てのデータを参照し終えると、クライシスは地上のフィリアル・アレスから目を離さないようにしつつ、再びコンソールを操作し始める。
「……構築完了。だがオービットによるデータ解析が遅すぎる。速度を上げさせろ」
『
「…………今完成した」
先ほどの情報処理をも上回る速度でコンソールを弾いたクライシスは、地上からの攻撃を高電磁フィールドバリアで防ぎ、フィリアル・アレスに向き直る。試しに出力を抑えたプラズマキャノンを放つが、ブロッカーオービットによって反らされてしまった。
『……
「撃て!」
地上に向けて攻撃を続けるフィリアル・クライシスの肩部装甲が展開し、中から三対六本の砲身が現れる。砲身はそれぞれ別の方向を向くと、同時にレーザーを発射した。
「馬鹿メ、どこを……っ!?」
見当違いの方向に発射されたはずの六本のレーザーは、まるで意思を持っているかのように曲がりくねり、ブロッカーオービットによる防護を掻い潜って四方からフィリアル・アレスへと殺到した。
「がああァぁッッ!!」
周囲空間の空気密度を操作することにより、任意の経路を取らせることの出来る誘導レーザー砲———フィリアル・アレスの脚部とブースターが直撃を受けて破壊され、制御を失ったブロッカーオービットもプラズマキャノンに撃墜される。
もはや死に体となったフィリアル・アレスに向けて、フィリアル・クライシスは上空から両腕を差し伸ばした。
『
「そう言うな……子供心に、憧れたこともあった……」
まるで考えを見透かしているかのようなフィリアルの物言いに、クライシスは自嘲する。事実、クライシスの脳内にあるナノマシンコロニーとフィリアルのAIは、電気的な手段で接続されていた。クライシスは自身の一部をディソーダーと化すことで、並のコンピューターを上回るほどの情報処理能力を得ていたのだ。
「そう……火星においてその名を名乗れるのは、今も昔もただ一人……」
コンソールに入力されていく、ある兵器の動作原理。それに合わせてフィリアル・クライシスの、上下に重ねられた掌の間では、小さな二つの金属片が狂ったように輝きながら乱回転していた。
「
クライシスの緋い瞳が、刃物のように細められる。その氷のような殺意に当てられたのか、動きを止めていたフィリアル・アレスが、ボディをぎこちなく震わせた。
「ガ……あ……がアアあぁァ!!」
しかし、既に形を保っているのも困難な機体は、動こうとするたびに形状を崩壊させていった。そうしているうちにも、フィリアル・クライシスの手の中では、二つの金属片が輝きを増していく。
『…………
「そちらこそな……」
フィリアル・クライシスの両腕から、磁力で作られた不可視の砲身が展開された。砲身は眼下のフィリアル・アレスへとまっすぐに向けられ、背部の飛行ユニットは反動に備えて出力を調整する。フィリアル・アレスはその様子を、目を見開いて眺めていた。
「テ、ン……シ」
『
「……発射」
クライシスがトリガーを引くと同時に、フィリアル・クライシスの手の中で二つの金属片が接触した。
「ガアアアアあああぁぁぁ!!」
物質と反物質の接触による対消滅反応———数キロ四方を吹き飛ばすほどの大爆発は、磁力の砲身によって指向性を持った砲撃となり、フィリアル・アレスへと放たれる。響き渡る轟音と閃光、荒れ狂う爆風の中、偽りの戦神は、細胞一つ残すことなくこの世界から消滅した。
「………………」
熱波が落ち着くのを待って機体を着地させたクライシスは、ヒーメル・レーヒェの本部リグへと無線を飛ばす。フィリアルの撃破と同時に、前線でもディソーダーの指揮系統が失われた事が確認された。
「ふぅ…………」
荒くなった息を整えつつ、クライシスはコクピットハッチを開ける。砂塵を含んだ風が吹き込んできたが、彼は全く気にならなかった。むしろ、戦闘によって蒸発した金属の臭いが心地よくもある。
無数のナノマシンコロニーによって、常人を遥かに超えた反応速度と演算能力を持つに至った彼の脳。それを支えていたのは、火星の地表に含まれる大量の鉄分と、大量に散布されている環境整備用ナノマシンだったのだ。
さらに、もう一つ分かったことがある。火星において、無尽蔵に現れるディソーダーの正体…………それもおそらくは、ナノマシンが関わっている。
『……
「…………休憩の後、前線の援護に向かう。機体を最適化させておけ……
『
フィリアルの声が途切れ、機体の戦闘モードが解除される。クライシスはハッチを閉じると、シートに身を沈めて目を閉じた。いつもの暴力的な睡魔ではない、心地良い倦怠感に身を任せ、彼はゆっくりと意識を手放した。
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |