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残された役割~The End of Silent Line~

 

 無線を起動したキースは、SERREの動きに気を配りつつ、囁くような小さな声でマイクに話しかけた。

「エマ、聞こえているか?」

『っ!? キース? 無線は封鎖する手筈では?』

 通信を受けたエマが、驚いきながらも小声で応答してきた。

 キースとエマは未だにサイレントライン中枢への侵入経路を公表しておらず、今回も戦闘開始直後から隠匿のために無線を封鎖していたのだ。

 この通信も、既にエマによって高度に暗号化されている。

「状況が変わった……今すぐに例の計画を実行する……」

『……理由を伺っても?』

「今、俺はSERREに加えて衛星砲からの攻撃も受けている……全体の状況は掴んでいないが、衛星砲による攻撃は俺だけを狙っているのではないか?」

『……はい。衛星砲が再起動し、一点のみを狙って攻撃していることは、こちらも掴んでいます』

 既に何発目かも分からない衛星砲からのレーザー照射を、キースはケルビム・ファーレーンをステップさせて回避する。

 ACの常識を超える防御力を誇るはずのケルビム・ファーレーンは、しかしあちこちに細かな傷を負っていた。

 SERREと衛星砲、どちらか片方なら易々と捌ききれるケルビム・ファーレーンも、その両方からの同時攻撃に晒されればただでは済まない。

 キースの行動予測能力により、今はまだ戦闘に支障が出るような損傷は負っていないが、逆に言えばキースが予測を外してしまえば、一撃で戦闘不能になる可能性があった。

「俺も長くは持たない。俺が倒されれば後が無いぞ」

『…………承認できません。リスクが高すぎます』

 キースに死の可能性を示唆されつつも、エマはきっぱりと反対の意思を伝えた。しかし、キースはそれに取り合うことなく言葉を続ける。

「急げ……どうやらセイルは旗色が悪い様だ。このままではコーテックス側の勝利は無い」

『しかし!……分かっているんですか? 失敗すれば、再びサイレントライン事件を引き起こす事になるんですよ?』

 しかしエマもまた、必至でキースに食い下がった。

 サイレントライン事件を再び引き起こすという、計り知れないリスク……彼女のキースへの反対は、愛する人の命と全人類の命を、天秤にかけた上での判断だったのだ。

「…………エマ」

『…………』

「お前を愛している」

『っ!!』

 エマは、思わず体を震わせた。顔が一気に熱くなり、動悸が激しくなってゆく。思いがけない衝撃に言葉を失い、取り乱す彼女をよそに、キースは畳み掛けた。

「俺は、お前と生きて行きたい……他の全ての人間より、俺一人を選んでくれ……俺は、お前を諦めたくない!」

 爆音と金属音に紛れながらも、キースのその言葉は確かにエマの耳に届いていた。

 かつて世界の命運をかけて戦い、見事勝利した最強のレイヴン、キース・ランバート———もう一つの管理者『IBIS』との戦い以来、何物にも終着を持たず、生きる事に消極的だった彼が、心から一人の女性を求めたのだ。

 たとえ世界の全てを敵に回しても、彼女が欲しいと。

「…………」

『…………』

「…………」

『…………仕方ありませんね、あなたは……』

 小さなため息の後、エマは穏やかにそう言った。その言葉を聞いたキースは、僅かに口角を釣り上げる。彼の滅多に見せることのない『笑顔』が、無線の向こうのエマへと向けられていた。

『率直に言って、分の良い賭けとは言えません。頂いた例のものを使っても、成功率は五割あればいい方でしょう……』

「……いいだろう。残りの五割は俺が補填する。お前はできることを全力でやれ」

『…………分かりました……キース?』

「…………」

『私もあなたを愛しています……ご武運を!』

 そう言ってエマは通信を切った。キースは再び小さな笑みを浮かべると、ケルビム・ファーレーンを後方へと移動させる。そこには、かつて彼が破壊した巨大AI、もうひとつの管理者『IBIS』の残骸がそびえ立っていた。

「…………」

 ケルビム・ファーレーンはその場で足を止めると、超振動障壁『ソロモン』を真上に、他の四枚のプラズマシールドを前方に展開した。衛星砲とSERRE、双方の攻撃が同時に着弾し、シールドが悲鳴を上げる。

「っ!…………」

 何とか攻撃を耐え切ったケルビム・ファーレーンは、破壊されたIBISに向かって背中越しに左腕を差し伸ばす。そしてIBISの壁面にその手を押し当てると、その場で足を止めた。

『————』

 相対するSERREは一瞬動きを止めた後、右腕部のプラズマキャノンを放って攻撃してくる。

 普段なら目を瞑っていても躱せるような単調な一撃を、ケルビム・ファーレーンはプラズマシールドで受け止めた。

 続けざまに放たれるミサイルをオービットのプラズマライフルで迎撃し、逆にSERREのオービットが放ったレーザーは片方のソロモンで防御する。

『————』

 まるでその場から移動するのを拒むかのように、防御に徹するケルビム・ファーレーン。

 SERREは再び短時間の思考を行うが、特に判断を変えるような要素はなかったのか、ブレードを展開してケルビム・ファーレーンに突進していった。同時に、天空からもまばゆい光が降り注いでくる。

「…………ふっ」

 迫り来る脅威に緊張の汗を流しつつも、キースは絶やすことなく笑みを浮かべていた。

 

………………同時刻、サイレントライン周辺部、ヒーメル・レーヒェ本部リグ

 前線から遠く離れ、電子戦や後方支援を行うための部隊が配置されている区域に、ヒーメル・レーヒェの本部リグは鎮座していた。メンバー達は全員各々の戦場に散っており、残っているのは実質エマ一人である。

「…………」

 エマはブリッジのシートに座り、目の前のコンソールをものすごい速さで操作していた。リグに搭載されている複数のコンピューターを全て自分の管轄下に置き、幾つものプログラムをインストールしていく。

(キース……)

 操作を続けながら、エマはチラリと傍らの無線に視線を移した。先程までキースとの会話に使われていたその無線は、再び回線を封鎖されている。

 サイレントラインに関する情報を隠匿するための措置とはいえ、キーストの繋がりが絶たれてしまうことに、当初エマは抵抗を覚えていた。しかし、今の彼女はそんな気配など微塵も感じさせない強い意志を見せている。

 先ほどキースから受け取った言葉が、彼女の心の中で炎となって燃え盛っていた。

(あなたの覚悟、無駄にはしません)

 やがてすべての操作を終え、エマは一旦コンソールから手を放す。ディスプレイには、何かのツールらしき黒いウインドウが表示されていた。

「作戦……開始」

 エマは自らを鼓舞するかのようにそう言うと、今まで以上の速度でコンソールやマウスを操作し始めた。

 黒いウインドウの中をいくつもの文字列がものすごい速さで流れていき、同時に他のウインドウがいくつも開かれる。エマは次々に現れるそれらに一瞬で目を通しつつ、さらに操作を続行した。

 キースが提案した作戦。それは、もう一つの管理者『IBIS』のクラッキングだった。

 キースがIBISから受け継いだ役割である、行き過ぎた発展を続ける人類への警告。それを遂行するための一環として彼は、IBISの完全な破壊を考えていたのだ。

 IBIS本体は既にサイレントライン事件の折にキースによって破壊されているものの、ロストテクノロジーによって作られたIBISはデータの保持能力が極めて高く、単純に機能を停止させる程度の損傷では保存されているデータが全て失われるようなことはない。

 事実、サイレントライン事件の直前には、ミラージュ社とクレスト社が、かつて破壊された管理者『DOVE』の残留データを求めてレイヤード中枢に進行するという事件が起きていた。

 そして、この戦いの目標がサイレントライン中枢である以上、企業軍は近いうちにIBISに接触する。そうすれば、IBISが残した情報は再び企業間戦争の火種となるだろう。

 それを防ぐために、電子的な手段によるクラッキングが必要だったのだ。

(セキュリティシステム構築完了……全ハッキングツール準備完了……各ハードウェア最適化完了……)

 しかし、本来それはこの事態が収束してから行う予定だった。いかにエマの情報技術を持ってしても、未知のコンピューターであるIBISにハッキングを仕掛けるのは大きな危険を伴う。

 かつてサイレントライン事件の発端となったのも、ミラージュ社による衛星砲へのハッキングだったのだ。

(気付かれて逆ハッキングを受けたら到底防ぎきれない……侵入経路を厳重に隠蔽しつつ、とにかく急いでIBISの中枢を見つけ出す!…………リグのコンピューターから、私の私用サーバーと、サイレントラインの防衛施設『オールドコート』を経由してIBISへ!)

 エマの十指がさらに速度を上げる。エマの放ったハッキングツールは、幾つものコンピューターを経由してIBISへと向かって行った。

 

………………同時刻、サイレントライン最奥部、アナザーレイヤード中枢

 連続したプラズマ爆発が巨大な地下空間を照らし揚げ、その中にケルビム・ファーレーンの黒いボディが浮かび上がる。度重なる攻撃に晒され、表面を焼かれた装甲は、既に長所の一つであるステルス性を失いつつあった。

 尤も、そんな事は今のケルビム・ファーレーンには大した問題ではなかった。ケルビム・ファーレーンは、先程IBISの残骸の前で立ち止まったまま、一歩たりとも動いていなかったからだ。

「……はっ……はっ」

 荒くなった息を整え、キースはコントロールスティックを操作した。SERREのオービットから放たれるレーザーの連続照射が、右腕部のプラズマシールドに受け止められる。

「…………っ」

『————!』

 キースはタイミングを測ると、ケルビム・ファーレーンのオービットを機体前方へと配置した。

 一瞬の後、それまで一点に収束されていた八本のレーザーが、まるで扇のように拡散する。

 拡散したレーザーをオービットのプラズマシールドが受け止め、着弾点の移動に合わせてゆっくりと左右に動いていった。

「っ!」

『!!』

 オービットがケルビム・ファーレーンの正面からどいた瞬間、SERREはオービットによる攻撃をやめ、ブレードを展開してケルビム・ファーレーンに突進してきた。

 二閃、三閃と振るわれるレーザーブレードを右腕部のプラズマブレードで次々に相殺し、反撃とばかりにプラズマライフルを放つ。

 しかしSERREは背部のVFUによって即座に宙ヘ舞い上がり、攻撃を回避した。

 同時に天空から降り注ぐ光の槍を、最高出力で展開されたソロモンが受け止める。

「はぁ…………」

 何度目になるか分からない攻撃を凌ぎ切り、キースは大きく息を吐いた。高度な行動予測能力に加え、わざと隙を見せることで攻撃を誘導するという危険な戦法を使い、キースはSERREと衛星砲、双方の攻撃を耐えてきたのだ。

 しかし、さしものケルビム・ファーレーンにも限界が訪れつつあった。元より一体のACに対するものとしては過剰なほどの敵を相手に、おまけに足を止めたまま背後の壁に左手を押し当てるという不自然な姿勢で戦い続けていたのだ。

 表面の細かな傷しか負っていない装甲はともかく、攻撃を受け止め続けたシールドや、瞬発的な挙動を要求される各部関節は、既に許容量を超えるほど損耗していた。

 特に、衛星砲による攻撃を一手に受け続けたソロモンは、表面の超重粒子が半分近く剥離してしまっている。

 どちらにも傾かない綱渡りは、いつ落下するとも知れないものへと変化していた。

「っく、おおぉ!」

 続けざまに放たれた衛星砲に、ついに片方のソロモンが弾け飛ぶ。とどめとばかりに放たれたプラズマライフルを、とっさにオービットを盾にして防ぎ、ケルビム・ファーレーンはなんとか持ちこたえた。

 既に戦闘どころか、帰還するのも困難なほどの損傷……それでもなお、キースは頑なにその場を動こうとはしなかった。

(エマ…………)

 

………………同時刻、サイレントライン周辺部、ヒーメル・レーヒェ本部リグ

 ディスプレイを埋め尽くす幾つものウインドウ。その中に次々に現れる警告表示を、エマは必死で処理していた。

「っ! また……」

 走らせていたプログラムをとっさに停止し、エマは警告への対処に当たる。

 基幹となるシステムが停止してなお、サイレントライン、アナザーレイヤードのネットワークは堅固な防衛能力を誇っていた。

 一定時間ごとに防衛システムが巡回しており、外部からの侵入に常に目を光らせている。もし発見されれば、その瞬間に逆ハッキングを受けて再度のサイレントライン事件が発生するだろう。

 巡回と巡回の合間に出来る僅かな時間を利用してIBISへの侵入経路を探そうとしても、とても時間が足りなかった。

(予定時間はとうに過ぎている……これ以上手間取ればキースが……)

 エマの指の動きが鈍り、表情が葛藤の色に染まる。侵入に時間をかければ、それだけキースの命を危険に晒してしまう。かといって作戦を中止すれば、今までのキースの踏ん張りを無駄にすることになるだろう。

 そしてこうして戸惑っているうちにも、状況はどんどん悪くなってゆくのだ。

「キース……私、私は…………」

 エマの目には涙が浮かび、体が震え出す。前に進むことも後ろに戻ることも出来ず、八方塞がりに成った彼女の心を、次第に暗い闇が覆い始めていた。

「私は…………私もあなたを諦めたくない!」

 嗚咽に歪んでいく口元を無理やり引き締め、エマは操作を再開する。しかしその瞬間、ウインドウに新たな警告表示が出現した。エマの歪んだ視界に、『ハッキング警告』の文字が映る。

「嘘……まさか……」

『いやぁ、いい告白でしたねぇ。思わず妊娠するかと思いましたよ……』

「…………え?」

 不意に、リグ内に女性の声が響き渡った。場の雰囲気にそぐわない砕けた口調。封鎖していたはずの無線が、いつの間にか開かれている。

「…………レナ? あなた、どうして……」

『まったく……隙あらば報告してやろうと監視してたっていうのに、あんなもの聞かされたらどうしようも無いじゃないですか……』

 リグにハッキングしてきたのはエマだった。セイルのオペレートを中止せざるを得なくなったレナは、ヒーメル・レーヒェとの連絡官の立場から、エマの動向を監視していたのだ。

 レナによるハッキングと同時に、リグのコンピューターの処理能力が急激に上昇していく。さらに、サイレントラインの防衛システムが唐突にその動きを停止した。

『コーテックスのスパコンから処理能力を回します。防衛システムは私が黙らせるので、先輩はIBISに侵入してください』

「で、でも…………」

『侵入さえすれば、なんとかなるんですよね?』

「…………ええ!」

 エマの顔に活力が戻り、十本の指が再びコンソールの上を滑るように動き始める。停止した防衛システムの合間をすり抜け、エマのプログラムはアナザーレイヤードの内部に侵入した。

次々に現れる防壁を力技で突破し、ついに中枢へと侵入する。IBISの周囲には、幾つもの防衛システムとカウンターウイルスが待ち構えていた。

「レナ!」

『行きますよ! 先輩!!』

 二人のオペレーターは、同時にIBISへ向かって突撃した。レナのツールが敵システムの目を眩ませ、僅かにできた隙間をエマのプログラムが走り抜けていく。

 二人がかりで針穴に糸を通すような緻密な連携の末、エマはついにIBISに接触した。

 ロストテクノロジーによって作り出された旧世代文明のコンピューター、現代人の常識を超えた巨大AIの内部は、まさに要塞と呼ぶにふさわしい複雑さだった。

「IBISへ侵入! 『バードウォッチャー』起動!」

 しかしエマはそれに怯むこと無く、もう一つのプログラムを起動する。すると、今まで以上に厳重な防壁と防衛システムに守られていたIBISの内部構造が、一瞬にして解析し尽くされた。

 まるで迷路の答えのように、エマの頭に侵入経路が浮かび上がってくる。

「キース!」

 迷う事無くその道を突き進んだエマは、IBISのある一点で再び別のプログラムを起動した。

 

………………同時刻、サイレントライン最奥部、アナザーレイヤード中枢

「っ! エマ!」

 機体を揺さぶる衝撃に必死に耐えていたキースは、とっさに意識を引き戻すと、コクピットのコンソールを操作した。

 既にボロボロになりつつあるケルビム・ファーレーンの、唯一無傷の部分……IBISの残骸にアクセスし続けていた左腕部のコネクタから、一つのプログラムが放たれる。

 そのプログラムは、外部からIBISの中枢へと入り込もうとしていた別のプログラムと同期し、内外から同時に防壁を貫いた。

『掌握完了! SERREのコントロールを奪取します!』

 封鎖していた無線が、再び開かれる。それと同時に、ケルビム・ファーレーンへと猛攻をしかけていたSERREが、その動きを僅かに鈍らせた。

「はあぁぁっ!」

 IBISから左腕を引き剥がし、残っているスラスターを全て作動させたケルビム・ファーレーンは、動きを止めたSERREへと一気に肉薄する。そして、プラズマブレードを発生させた右腕部を振りかぶり、SERREの胸部へと強烈なアッパーカットを放っていた。

『————————』

 胸部装甲を貫かれたSERREは、ケルビム・ファーレーンに抱えられながら痙攣するように四肢を震わせる。至近距離に迫ったSERREの頭部パーツを、キースはディスプレイ越しにまっすぐに見据えていた。

「セレ……お前の役割は、確かに受け取った……」

『————————』

「後は任せろ……さらばだ」

 SERREの内部に拳を突き入れたまま、ケルビム・ファーレーンはプラズマライフルを放つ。機体を内部から焼きつくされ、SERREは一瞬ボディをビクリと震わせた後、全身から黒煙を吹き出しながら停止した。

「…………」

 SERREの残骸を床面にそっと横たえ、キースは天井の穴から空を見上げる。衛星砲による攻撃はいつの間にか止んでおり、上空からは太陽の光がさんさんと降り注いでいた。

「…………ミッション……完了」

 キースはそれまで見せた事の無いような穏やかな笑みを浮かべ、そう言った。暗闇を歩み続けた堕天使は、やっとのことで太陽の元へ辿り着いたのだ。

 

………………同時刻、サイレントライン周辺部、ヒーメル・レーヒェ本部リグ

 ゆっくりと進んでいくディスプレイの作業バー。それを見守りつつ、エマは大きく息を吐いた。

 現在、IBISはエマの放ったプログラムによってフォーマットされつつある。二度と復旧を許さない程の厳重さで、内部データが次々に無に帰って行った。

『…………先輩』

「レナ……ごめんなさ……」

『これは貸しにしておきます。私は何も聞きませんし、何も言いません』

「っ!…………」

 全世界を危険に晒すほどの情報戦を無断で行い、なおかつそれで得られた大量のデータを全て破棄してしまう。これは重大な契約違反であり、本来ならばコーテックスから粛清されても文句は言えないほどの反逆行為だった。

 しかしレナは、それを個人的な貸し借りの範囲で収めることを宣言した。職務に忠実な彼女からすれば、考えられない行いである。

 そしてエマはその好意を、最大限の感謝で持って受け止めた。

「そう……ありがとう……」

『いいえ…………私に借りを作ると怖いですよ?』

「ええ……心得ておくわ……」

 一転してフレンドリーな口調に戻り、おどけた様子を見せるレナ。エマはそんな彼女の気遣いに内心で再度の感謝を送りつつ、言葉を続けた。

「そうね……じゃあ手付金代わりに、面白いことを教えてあげるわ……私がIBISに対して使用した、内部構造を解析するためのプログラムについて……」

『っ!?』

 ロストテクノロジーの塊である巨大コンピューター、IBIS。全く未知の技術によって作られたその内部構造を一瞬にして白日のもとに晒してしまったあのプログラムは、レナにとっても非常に興味深いものだった。

『……何も聞かないって言ったそばから申し訳ないですけど……一体何なんですか? あれは……』

「ええ……実の所は、何でもないのよ。あれはただの地図…………内部構造を解析したのではなくて、元々分かっていたものを記録してあっただけ。解析機能はおまけみたいなものなの」

『そんな! IBISの内部構造なんて、先輩ですら知らないものをどうやって……』

「あるでしょう? IBISと同時期に作られた、似たような機能と用途を持つコンピューターが」

『まさか…………DOVE?』

 レナの声が驚愕に染まる。先ほどのプログラムにはつまり、旧管理者の内部構造が記されていたというのだ。IBIS程ではないにしろ、こちらも易々と流出するようなものではない筈である。

『で、でもそれにしたって…………一体どこから手に入れたんですか?』

「貰ったのよ……ケイローンから」

『なっ!! どういう事です!? なぜあの人が!?』

「さあ……それは私も知らないわ。あなたと同じで、何も聞かないっていうのが協力の条件だったの……」

 このミッションが開始される直前、ケイローンが突然よこしてきたプログラム……手渡された時、エマは思わず声を上げてしまいそうになる程驚いてしまった。かつて世界を管理していた存在は、破壊されてなお絶大な影響力を保っていたのだ。

「管理者の内部構造……知っている可能性があるのは三大企業のトップか、そうでないなら……』

 計り知れない暗闇に向けて、二人は思考の光を差し向ける。その先には、朧気ながらも答えの形が見え隠れしていた。

「ええ……管理者を破壊したレイヴン、くらいでしょうね……」

 

   

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