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カタルシス・トライデント~迷うこと無くその先へ~

 

 視界を覆い尽くすマシンガンの弾幕。無秩序に撃っているように見えて、実は一発一発がACのウィークポイントを狙った精密射撃となっているそれを、サジタリウス改は必死に回避していた。

 一瞬たりとも気の抜きようがない逼迫した状況に、しかしケイローンはまったく焦りを見せていない。その口元には、僅かに笑みが浮かべられていた。

(セイルの奴……言ってくれるじゃねぇか……)

 聞こえる筈のないセイルの声が、ケイローンの耳にはしっかりと聞こえていた。レイヴンの根幹にある自由という概念。レイヴンとして後輩であるはずのセイルにそれを思い起こされ、ケイローンは目が覚めた思いだった。

「おいオメェら、まさか負けてねぇだろうな!」

『っせえ! テメェはテメェの心配してろ!』

『老兵が……誰に向かって物を言っている!』

「おし、その意気だ! こんな旧式共、とっとと片付けようぜ!」

 ケイローンは無線を切ると、再び眼前の敵に意識を集中する。敵の黒いフロートACは、逆さまになって落下しながらEOのレーザーを放ってきた。サジタリウス改も同様にEOを展開すると、地面に向かって次々に弾丸を放つ。巻き上がった土煙が壁となってレーザーを防ぎ、同時に視界が遮られた。

「…………」

 ケイローンは土色に染まったディスプレイの映像を、睨みつけるかのようにして注視する。その緊張感を裏付けるかのように、レーダーからは敵機を示す赤い光点が消えてしまっていた。

「…………」

 人間離れした操縦技術でケイローンを圧倒した敵ACだが、実の所、あの機体は全力の半分も出していなかった。

 フロート脚の大型ブースターを利用した空中での不規則な軌道は脅威ではあるが、あれはあのACにしか出来ない特異な戦法である。フロートにはフロートの、セオリーたる戦法があるのだ。

「…………っ!」

 土煙の僅かな揺らぎを見抜き、機体を回頭させるケイローン。その眼前には、既に敵ACのブレードが迫っていた。

「くっ!!」

 サジタリウス改はとっさに交差させた両腕を突き出し、盾にする。ブレードを振りぬいた敵ACはその勢いのまま土煙の中へと消え、一瞬遅れてサジタリウス改の両腕が地面に落ちた。

「っ、ヤロ……」

 フロートACの本領たる、速度を最大限に生かした死角からの奇襲。武装と装甲を絞り、更に機動力を先鋭化させた敵ACのそれは、視界の悪さと高性能なステルスシステムも相まって、既に人間の知覚能力を超えたものとなっていた。

「おいおいどうした? 今ので殺せないってのか? 堕ちたもんだな!」

 にも関わらず、ケイローンはその一撃を辛くも耐え切ってみせた。それもその筈、ケイローンは以前にもこのACと戦い、生還しているのである。

「ああ、分かってるぜ? お前はあの時のお前とは違うんだろ? 俺もそうだ。お前と全力でやりあえたあの頃に比べりゃ、随分年食っちまった!」

 再び背後から切りかかってくる青白い刃。サジタリウス改はそれを、今度は右背部のレーザーキャノンとEOを犠牲にして防ぎきる。またも煙の中へと消えて行く敵ACの背後に向かって、ケイローンは言い放った。

「だがな、変わってねぇ所もある。そりゃぁな……」

 今までより一瞬早く、ケイローンはサジタリウス改を回頭させる。そこには、まさに今煙の中から飛び出してきた黒いACが居た。

「俺がレイヴンであり、お前は操り人形だって事だ!」

 とっさに離脱しようとする敵ACに向けて、サジタリウス改は唯一残った武装であるリニアキャノンを発射する。躱しきれずに直撃を受けた敵ACはバランスを崩して転倒し、勢いのままに地面を転がっていった。

 あえて攻撃を受け、行動パターンを予測することによるカウンター……この土煙は、敵ACを地上に引きずり下ろし、接近戦へ持ち込ませるためのものだったのだ。

「二十年前は管理者……今はナハティガル……誰かの意思に従うだけのお前に、自由意思を持つレイヴンは倒せねぇんだよ……」

 サジタリウス改はリニアキャノンを構えたまま、ゆっくりと敵ACに近づいた。被弾と転倒の衝撃でボロボロになった敵ACは、崩壊した関節を動かして必死に体勢を立て直そうとしている。

「まぁ、俺もヒトの事は言えねぇわな。実の所、今の今まで悩んでたんだわ。あの日……管理者をぶっ壊したのが、本当に正解だったのかってな……」

 立ち上がろうとする敵ACのボディを、サジタリウス改は前側二本の脚で押さえつける。敵ACの左肩に描かれていた管理者『DOVE』のエンブレムは、削れて見えなくなってしまっていた。

「だからよ……せめて次の時代は、若い奴らに任せてやりてぇ。そのためには、昔の因縁はキッチリ精算しねぇとな……」

 押さえ込んだ敵ACに向けて、サジタリウス改はリニアキャノンを向ける。敵ACは、無機質なカメラアイで、じっとサジタリウス改を見据えていた。

「あばよ……エグザイル」

 リニアキャノンに頭部パーツを貫かれ、敵AC……旧管理者の実働部隊最強のAC『アフターペイン』はその機能を停止した。

「…………」

 ケイローンはサジタリウス改の頭部パーツを上に向け、空を見上げる。曇ったレンズの向こうに映る青い空は、かつてレイヤードから初めて地上に上がった彼が見たものと、同じ空だった。

 

「こん……のおおぉ!」

 ワダツカザスサが放った大振りの一撃を、敵ACは僅かなバックスウェーで回避した。

 反撃とばかりに放たれた一発のハンドガンがワダツカザスサのカメラアイに直撃し、ディスプレイが一瞬ブラックアウトする。即座にサブカメラが起動して視界を回復させるも、既にそこに敵ACは居なかった。

「っ!」

 背筋を走り抜けた悪寒に、ハヤテは咄嗟に機体をバックステップさせる。その眼前を、頭上から降ってきた青い刃が通りすぎて行った。

「……この、バケモノ……」

 上空からの振り下ろしを回避された敵ACが、ゆっくりと立ち上がる。火器もブレードも、装甲も機動力も、殆どの性能がワダツカザスサに劣っているはずの敵ACは、ただ操縦技術だけでワダツカザスサを圧倒していた。

(ブレードだけじゃねぇ……射撃とマニューバの技術もずば抜けてやがる!)

 敵ACは、ジグザグにブーストダッシュしながらワダツカザスサに接近する。脚部の膂力を生かした慣性を感じさせない動きは、既にACではなく、人間のそれだった。

「くっ!」

 下段から突き上げるような一閃を何とか払いのけ、ワダツカザスサは後退する。しかし敵ACはその動きに全く離されること無く追随し、さらにブレードを振るってきた。

「こんの……ホントに無人機なのかよこいつ! 動きが異常だぞ!」

 人間にしては整然すぎ、AIにしては柔軟すぎる、ある種異常な操縦技術……ハヤテのブレードの技術により、かろうじてブレードの直撃は防げているものの、関節や情報素子などのウィークポイントを的確に狙ったハンドガンの攻撃によって、ワダツカザスサは次第に動きを鈍らせていった。

「異常……そう、異常イレギュラーか……」

 だがこの状況において、ハヤテはまだ諦めていなかった。相手が強大であるほど、圧倒的であるほど、彼の闘争心は激しく燃え上がる。歯を噛み締めていた口元が、次第に釣り上がってきていた。

 ハヤテはかつて、自らのミスから戦友を失ってしまったことがあった。彼が最前線での単独戦闘を好むのは、味方を守り、味方に守られないようにする為なのである。

 しかし、今の彼の頭に、そんないいかげんな理由は残っていなかった。接近戦では無類の強さを誇る彼を容易く圧倒する敵との、全身全霊をかけた真剣勝負……ハヤテの頭の中は、既に死力を尽くした戦いへの渇望に満ちていた。

「いいぜ……来いよイレギュラー! こっからは俺も全力だ!!」

 ハヤテはそう言い放つと、コクピットの座席の下にあるレバーを引いた。まるで脱出装置のような、黄色と黒の警告色に塗られた異様なレバー……それが引かれた途端、ワダツカザスサのボディ表面で、次々に爆発が起こった。

 機体を覆っていた幾重もの装甲が音を立てて落下し、内部機構を覆う最終装甲板が露わになる。

「おぉ! 軽い! やっぱこうでないとな!」

 ハヤテは歓喜の声を上げつつ、身軽になった機体を駆動させる。ワダツカザスサは、彼の以前の機体、アメノカザナギよりも装甲、速度共に優れているが、その装甲をあえて捨て去り、さらなる機動力の向上を図ったのだ。

「行くぞ!」

 ブースターを吹かし、一瞬でトップスピードまで加速するワダツカザスサ。敵ACもまた彼に呼応するかのように右腕部のハンドガンを捨て去ると、ブレードを構えて突進した。

「うおおりゃああ!!」

 二条の青白い光が交錯し、二機の距離が開く。互いのコアパーツには、ブレードによる深い傷が刻まれていた。

「まだまだああぁ!!」

 コクピット内に鳴り響くアラートを無視し、ハヤテは即座に機体を回頭させた。

 装甲を排除した状態での被弾は、即致命傷となる。数分と持たずに停止するであろう機体はしかし、彼の操縦に寸分の狂いもなく追随していた。

「せえええい!!」

 再び閃く二つの月光。敵ACは胸部を貫かれながらも、ワダツカザスサの右腕を切断する。しかし、ワダツカザスサは攻撃をやめようとはしなかった。

「うおおおおぉぉ!!」

 三合目、二機は戦闘開始当初の再現のように、ブレードを正面から突き合わせた。二本のブレードが相殺しあい、二つの拳がぶつかり合う。二機はその体勢のまま、拳を押し付け合った。

 少しでも打点がずれれば、互いにブレードの直撃を受ける状況。普通なら一旦引いて仕切りなおす所だが、二機は互いに一歩も引こうとはしなかった。

「ケッ! やるじゃねぇかイレギュラー!」

 コクピットの中、ハヤテは心からの歓喜の笑みを浮かべていた。恐怖と痛みを乗り越え、格上の相手と鎬を削る。ここまで心躍る戦いは、今まで経験したことがなかった。

「ブレードに特化した機体構成と、その性能をフルに引き出す操縦技術。相手と真正面から切り結ぶ気概……どれも俺より遥かに上だ! アンタは強ぇ! だが……」

 あちこちから紫電と黒煙を上げている、ワダツカザスサのコアパーツ。その背部にあるハッチが展開し、膨大な量のエネルギーが収束されていった。

 旧式のACには存在しない特殊機能、オーバードブーストが唸りをあげる。

「勝つのはオレだ!!」

 ワダツカザスサの背部でプラズマが爆発し、機体が瞬間的に加速された。拳の拮抗が崩れ、黒いACの腕が押し戻される。同時にブレードの打点がずれて、消えていた刀身が復活し、ワダツカザスサのブレードが黒いACの肩口を貫いた。

黒いACのブレードはワダツカザスサに届く前に消滅し、切断された左腕が地面に落下する。一瞬遅れて、限界を迎えたワダツカザスサがその機能を停止した。

「っ!?」

 コクピットのハッチを強制開放し、ハヤテはワダツカザスサの外に出る。黒いACは、腕を貫かれた姿勢のまま止まっていた。カメラアイからは光が失われ、完全に機能停止している。

「やれやれ、潔さもオレより上、か……」

 ハヤテは視線を下方へと移す。そこには、切断された黒いACの左腕が転がっていた。肩の部分には、剣を携えた妖精のエンブレムが描かれている。

「まあ、いいさ……楽しかったぜ! イレギュラー!」

 その言葉が手向けであったかのように、黒いAC……かつてイレギュラーと呼ばれた一人のレイヴンの機体『パラダイスロスト』は、ゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

 次々に放たれるパルスライフルの光弾。コクピットをピンポイントで狙ってくるその攻撃を、ムゲンは素早いブーストダッシュで回避していった。

 さらに続けざまに放たれるグレネードをレーザーライフルで迎撃し、ムゲンは岩塊の裏へと退避する。

「……フン」

 コクピットの中、メビウスリングは小さく鼻を鳴らした。脳内には、先ほどカメラアイを通して録画した映像が流れている。先程の攻撃に限らず、敵の赤いACは、常にこちらのコクピットを狙って攻撃していた。

「甘いな……どれほどのものかと思ったが、この程度か……」

 メビウスリングは口元に笑を浮かべつつそう言った。

 だが、赤いACは旧式ながらかなりの高性能機であり、特に常にコクピットを狙い撃ちできる攻撃技術は凄まじいものがあった。いかにPLUSであり、元トップランカーである彼といえど、楽観視出来る相手ではない筈である。

 現に、ムゲンは多数の敵との長時間に渡る戦闘によって、既にかなりの損傷を追っていた。

「コクピット狙いのレイヴンなど、大したことはない。ましてやAIごとき……少々惜しいが、手早く終わらせるとしよう」

 ムゲンはグレネードランチャーを展開すると、岩塊の影から飛び出した。待ち構えていた赤いACの放ってくるミサイルを迎撃機銃で撃ち落とし、連続してグレネードを発射する。

 しかし赤いACはそれを易々と回避すると、射撃の反動で硬直しているムゲンに向かってブレード光波を放ってきた。

 ムゲンはそれを、射撃の反動を利用した空中反転で回避すると、その勢いのまま、先程の岩塊の後ろへと退避する。

 追撃してくる赤いACの様子を自らの感覚で補足し、メビウスリングはほくそ笑んだ。そして赤いACがこちら側に回りこんできた瞬間を狙い、ブレードを展開する。二機のACは、同時に互いのブレードを突き出した。

 二機のボディがぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。一瞬の後、倒れ伏したのはムゲンだった。赤いACのブレードにコクピットを貫かれ、コアに風穴が開けられている。

 赤いACはムゲンの撃破を確認すると、その場を離れようとした。しかしその時、赤いACの感覚素子に、聞こえるはずのない音声が飛び込んでくる。

「コクピットを狙わないのは三流、コクピットを狙うようになってやっと二流!……一流のレイヴンは……」

 赤いACのコアの上、頭部のすぐ横に、パワードスーツ用の対ACライフルを構えたメビウスリングが立っていた。彼は事前にムゲンを脱出しており、機械強化PLUSの能力を用いてムゲンを外部から操作していたのだ。

 装甲表面の防護スクリーンによって体を焼かれ、体内の金属パーツが所々露わになっているが、彼の顔には余裕の笑みが浮かべられている。

「コクピットにこだわらない!!」

 赤いACの頭部パーツ。その装甲の隙間に直接ライフルの砲身を突き入れ、メビウスリングはトリガーを引く。常人には扱い切れない巨大な銃弾が放たれ、頭部パーツの装甲が内側から弾け飛んだ。

 メインコンピューターが衝撃で揺さぶられ、赤いACがボディを軋ませる。メビウスリングはその隙を逃さず、弾け飛んだ装甲の隙間に右腕を突き入れた。

「悪いがムゲンは戦闘不能だ。貴様には身代わりになってもらうぞ!」

 赤いACの内部機構を鷲掴みにし、ハッキングを仕掛けるメビウスリング。操縦系統を瞬く間に掌握した彼の脳裏に、機体情報の一部が流れ込んできた。

「これは……なるほど「初撃からでも勝利を狙う」か……AIはともかく、機体は優秀なようだな……俺にふさわしい!」

 軋むように動いていた赤いACの手足が力なく垂れ下がり、頭部パーツのバイザーから光が消える。機体の全権が、メビウスリングの手に落ちたのだ。

 メビウスリングは赤いACの頭部に腕を突き入れたまま、前を向く。前線では、未だに激しい戦闘が続けられていた。

「戦闘再開と行こう…………俺に従え! ナインボール!」

 メビウスリングの指示に呼応し、赤いAC『ナインボール』のバイザーに再び火が灯る。かつて世界の秩序を担っていた最強のACが、新たな主のもと、咆哮を上げた。

 

   

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