このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
悪夢の終わり~Fairy Tale Princess~
ナハティガルとコーテックスの戦いは急速に終局へと向かっていた。数で勝るコーテックス軍の包囲攻撃を受け、ナハティガルの部隊は着実に戦力を削られていっている。だが、戦力を一点集中して強行突破を図るナハティガルの部隊もまた、着実にコーテックス軍の旗艦であるバハムートへと近づいていた。
次第に緊張の高まりつつあるバハムートからほど近い場所、進行するナハティガルの部隊を一望できる丘の上で、スキウレは一人戦っていた。
「…………」
初めは、ロッカーの過剰使用による幻覚の類かと考えた。だが、理性的な推測とは別の所で、彼女の脳はそれを否定している。先ほど聞こえた声は、確かにセイルのものだったのだと。
「…………っ!」
他所に向いていた意識を引き戻し、スキウレは戦闘を再開する。
丘の稜線の向こうから、数機のオービットが飛来してきた。多数のオービットによる多角攻撃を得意とするウォーターハザード・ゴーストにとって、この程度の障害物は問題にならないのである。
「……そこ!」
だがそれは、ウォーターハザードを元にしているロストレジェンドも同様だった。
スキウレはレーダーや各種センサーの情報から即座にウォーターハザード・ゴーストの位置を割り出すと、武器腕からオービットを射出する。オービットは丘の頂上を回りこむようにして稜線の向こうへと消えていった。
「…………」
敵オービットのレーザーを素早い切り返しで回避しつつ、スキウレは視線を横へと向けた。そこには、着実に前進するナハティガルの部隊が見えている。
障害物越しの攻撃を得意とする相手に対し、あえて障害物越しでの戦いを挑むことの意味が、そこにはあった。
(まだ……まだ早い……)
スキウレはEOをマニュアルで操作し、敵オービットを撃墜する。同時に、スキウレが射出したオービットからも信号が消失した。
お互いに大きなダメージが入らないまま、時間だけが過ぎていく。それがスキウレの狙いでもあるのだが、彼女としてはそれほど余裕があるわけではなかった。
師であり、ゴーストとなっているプロミネンスとの力量差はもちろん、機体性能にも差が出ている。ロストレジェンドは、ウォーターハザード程にはオービット戦に特化していないのだ。
(でも、ここで諦める訳にはいかない……私も勝って、自由を手に入れる!)
ロストレジェンドは背部のミサイルポッドからバーストミサイルを発射し、丘の上に大量の爆雷をばらまいた。命中の手応えも無いまま新たなオービットを準備しつつ、スキウレは戦術画面に視線を送る。
(もう少し……せめて後一分……)
オービットは低空を滑るように移動しつつ、レーザーを発射する。迎撃の難しい位置からの攻撃に、ウォーターハザード・ゴーストは後方へと離脱していった。
(逃がさない……)
ロストレジェンドはEOの連射を露払いに丘の頂上を超える。バーストミサイルによって焼け野原となった丘の向こう側に、ウォーターハザード・ゴーストは佇んでいた。
「——————」
ロストレジェンドを目視したウォーターハザード・ゴーストは、即座に多数のオービットを射出する。スキウレも同時にオービットを展開すると、二機は互いに向けて光の雨を撃ち込んだ。
「っ!」
スキウレは即座にロストレジェンドを左へと退避させる。ウォーターハザード・ゴーストもその動きを追うように横へとスライドし、新たなオービットと連動ミサイルを放ってきた。
ロストレジェンドはEOでミサイルを迎撃すると、反撃とばかりに多数のミサイルを放つ。しかし、ウォーターハザード・ゴーストはそれを易々と回避すると、機体前方へ集結させたオービットを盾に、一気に距離を詰めてきた。
「え!?」
「————!」
思いがけない行動に、スキウレは狼狽する。
攻撃をオービットにまかせ、自機は逃げに徹するのが、かつてのプロミネンスの戦闘スタイルである。相手が人間ならともかく、元となったレイヴンの戦法を忠実に再現する筈のゴーストにしては、考えられない挙動だった。
一瞬の隙を突いてロストレジェンドの懐に潜り込んだウォーターハザード・ゴーストは、盾にしていたオービットからレーザーを発射する。一点に向けて集中され、焦点を作り出すことで威力を増幅されたレーザーは、ロストレジェンドの脆弱な装甲を易々と貫いた。
「きゃあ!」
コアの装甲が一瞬にして蒸発し、最終装甲板が露出する。急激に減少するAPと鳴り響くアラートに、スキウレは思わず悲鳴を上げた。
「——————」
新たなオービットを置き土産に、即座に後退していくウォーターハザード・ゴースト。
スキウレも急いで離脱しようとするが、逃げ道をオービットに防がれ、思わず足を止めてしまう。その瞬間、ウォーターハザード・ゴーストの放っていたミサイルが着弾した。
「あああっ!!」
コクピットを揺さぶる激しい衝撃に、スキウレは絶叫する。ACとして最低限の装甲しか持たないロストレジェンドにとっては、ミサイルの一発でも大きなダメージとなってしまうのだ。
状況を確かめる余裕もなく、スキウレはロストレジェンドを強引に後退させる。ミサイルが着弾した脚部はフロートのフィンが吹き飛ばされ、レーザーの雨に晒されたボディは、穴だらけになっていた。コクピットの中には、絶え間なくアラートが鳴り響いている。
「っ……くぅ……」
こみ上げる吐き気を堪え、スキウレは視線を上げる。丘の上には、ウォーターハザード・ゴーストが、まるで幽鬼のように佇んでいた。ボロボロにひび割れ、補修材まみれになっている装甲にはしかし、被弾による損傷は殆ど見られない。
「はぁ……はぁ…………流石ね、プロミネンス……」
「——————」
荒くなった息を整えつつ、スキウレはプロミネンスに声をかける。ゴーストとなったレイヴン相手に会話が成立する筈もないのだが、スキウレはそうせずには居られなかった。ロストレジェンドは既に死に体となっており、アラートは一向に鳴り止まない。
「私もそれなりのレイヴンになったつもりだったけど……それでもあなたには遠く及ばない……やっぱり私には早すぎたのね……」
スキウレの言葉に耳を貸す事無く、ウォーターハザード・ゴーストは新たなオービットを展開した。近づいてくる死の気配に、スキウレは自嘲気味に口元を歪ませる。
「この機体に乗るのも、あなたに挑むのも、私には早すぎた……そもそも、家を飛び出してレイヴンになった事自体、そうだったのかもしれないわね……」
「——————」
「でもね……たとえ勇み足でも、目の前で苦しんでる人を見ないふりするよりは、よっぽどマシだったわ!」
脚部ブースターの出力を強引に最適化し、体勢を立て直すロストレジェンド。まだかろうじて形を保ってはいるが、既にACと戦えるほどの力は残されていなかった。戦闘態勢を取るだけでも、新たなアラートが戦術画面を覆い尽くしていく。
「私はあの人と同じにはならない……私は私のやり方で、人を救ってみせる……そのためにも……」
スキウレは戦術画面を見ながらコントロールグリップを握り直し、トリガーに指をかける。先程から耳障りなアラートを鳴らし続けている警告表示には、0になったカウントダウンが表示されていた。
「まずはあなたを救ってあげるわ……兄さん!……」
スキウレはゆっくりとトリガーを引く。戦場のどこかで、ガラスが割れるような音が聞こえた気がした。
「…………」
「——————」
「…………」
「——————!!」
攻撃態勢をとっていたウォーターハザード・ゴーストが、突如攻撃を中止する。まるで何かに驚いたかのように頭部パーツを動かし、周囲を見渡し始めた。その様子を確認し、スキウレは無線を起動する。
「…………ロストレジェンドよりバハムート……オペレーション『Pleasure』発動……」
………………同時刻、サイレントライン周辺部、陸上戦艦バハムート
ナハティガル軍の侵攻部隊は、既にコーテックス軍の旗艦、バハムートまで後少しという所まで進行していた。しかし、密集した状態での一点突破を続けてきたこの部隊は、突如として足を止める。部隊の大部分を形成していたゴーストACが、不可解な行動を取り始めたのだ。
ある機体は狂ったように手足を振り回し、ある機体は何処かへと走り去っていく。中には、その場で自爆してしまう機体までいた。
「プレジャーの発動を確認! 敵ゴーストAC、戦闘を停止します!」
「……ゴーストへの攻撃を中止、回線を開いてください」
その様子を確認した、バハムート艦長にしてクレスト社代表、アルビレオ・クレスト氏は、自ら無線をとった。
「……レイヴンの皆さん、落ち着いてください。あなた方は今、束縛から開放されました。どうか落ち着いて、話を聞いてください……」
氏の声は、全周波無線に乗って戦場中へ広がっていく。コーテックスに所属するレイヴン達も戦闘を停止し、突然の出来事に困惑していた。
「あなた方は、反体制勢力ナハティガルによって意識を奪われ、無理やりACに乗せられていたのです。しかし、我々の作戦により、あなた方は解放されました。もう戦う必要はありません。武装を解除し、投降してください」
無線は、ゴーストACのレイヴン達に向けられたものだった。コーテックス側の計画したオペレーション『プレジャー』により、ゴーストにされていたレイヴンたちは、自らの意思を取り戻したのだ。
「——————」
一体のゴーストACが武装をパージし、ゆっくりとバハムートへと向かっていく。ゴーストACは、バハムートの直営についていたクレスト社のACに迎え入れられるようにして、バハムートの内部へと入って行った。
「さあ、他の方々も急いで……コーテックス軍のACは戦闘を再開して下さい。ただし、ゴーストACについては、向こう側に敵対の意思がない限り攻撃を禁止します。一機でも多くのACを『救出』して下さい!」
それを皮切りに、戦闘を停止していたゴーストACたちは、まるで救いを求めるかのように次々にバハムートに向かって行く。ナハティガルの進行部隊は瞬く間に崩壊し、残っていたゴーストAC以外の戦力も、戦闘を再開したコーテックス軍のACによって次々に撃破されていった。
………………同時刻、サイレントライン周辺部、最前線
「急げ急げ! バハムートはこっちだ!」
武装の殆どと両腕を失い、かろうじて起動しているだけのサジタリウス改が、投降したゴーストACたちを先導してバハムートへと撤退してゆく。
開かれたコクピットハッチの上では、機体を失ったハヤテが見張りをしていた。さらにサジタリウス改の傍らには、先ほど合流したカロンブライブのAC、ファイヤーバードが並走しながら護衛についている。
「ジジィ、これがスキウレの言ってた計画なのか? いったい何がどうなってやがる?」
「さあな。今は考えるより周りに気ィ配れ。敵に近づかれたら終わりだぞ」
「しかし、あれを掻い潜ってこれる奴が居るのか?」
カロンブライブの声に、ハヤテは後方へと視線を移す。ゴーストACたちのさらに後方では、一体の赤いACが敵部隊を相手に奮戦している。PLUSの能力を利用して敵AC、ナインボールの制御を奪い取ったメビウスリングだった。ナインボールの肩の上に乗り、鬼神の如き戦闘力で敵部隊を押し留めている。
「ああいうのを見ると、自分の未熟さを思い知らされるな……」
「ほぅ、あの不死鳥が弱気なこと言うじゃねぇか。らしくねぇぜ」
「喋ってないで周り見てろ! 俺がやられたらお前も一緒なんだからな」
「へいへいっと……」
ケイローンに窘められ、ハヤテは視線を移す。混乱する敵部隊の向こう、小高い丘の上に、ロストレジェンドが佇んでいるのが見えた。
コクピットの中、スキウレはじっとウォーターハザード・ゴーストを見つめていた。その左手は、ポケットごしに合法ドラッグ『ロッカー』を握っている。
スキウレが実行したオペレーション『プレジャー』———それは、ゴーストに対してロッカーを使用することで、元々のレイヴンの意識を取り戻すという試みだった。
ゴーストの中には元になったレイヴンの脳髄が搭載されており、それに対して脳内麻薬の分泌を促す作用を持つロッカーを使うことで、封じられている意識を取り戻せないかと考えたである。
スキウレは戦場を移動しながら、大型のロッカーを搭載したオービットをばら撒き、ゴーストACの部隊が効果範囲内に入るタイミングを見計らって発動させたのだ。
そして作戦は成功し、ゴーストたちは自分の意識を取り戻した。自分の最大の
「……プロ……兄さん?」
「……シル、ヴィ……ナノカイ?」
停止したウォーターハザード・ゴーストから、ノイズ混じりのしわがれた声が聞こえてきた。スキウレの顔に歓喜が浮かび、彼女はウォーターハザードに・ゴーストに接近する。
「兄さん……良かった。目が覚めたのね……」
「……僕、ハ……」
「あなたはテロリストに操られてたの……でも大丈夫。脳さえ無事なら、体はいくらでも補えるわ。武装を解除して、私について来て」
「……………………」
「プロミネンス?」
機体を回頭させるロストレジェンドに対し、ウォーターハザード・ゴースト———プロミネンスは後に続こうとしない。機体を静止させたまま頭部パーツを動かし、じっと遠くを見つめていた。
「どうしたの? 早く……」
「無理ダヨ……」
「っ!?」
「思イ出シタ……コノ機体ハ……ゴーストノ試作機トシテ作ラレタンダ……脳ヘノダメージハ、他ノゴーストトハ比ベモノニナラナイ……今ハ意識ヲ保ッテイラレルケド、ソウ長クハ……」
「諦めないで! 急げばまだ間に合うわ。だから早く!」
スキウレは懇願するようにそう叫ぶ。しかし、プロミネンスは頑なにその場を動こうとしなかった。先程までほとんど損傷していなかった筈のボディから、防護スクリーンの光が消え始めている。
彼が意識を取り戻したことにより、機体の制御に弊害が出てきているのだ。
「どうして……どうしてよ! やっと、やっと助けられたと思ったのに!!」
「ゴメン……ゴメンネ、シルヴィ……」
涙声でそう叫ぶスキウレに、プロミネンスは謝罪の言葉をかける。咳き込むブースターを無理やり動かし、彼はロストレジェンドに機体を寄り添わせた。
「君ニハ……ツライ思イヲサセテバカリダ……デモ…………ッ!!」
「あっ!?」
その時、ウォーターハザードは突如としてロストレジェンドを突き飛ばし、前線後方へとダッシュした。ブースターからは炎が吹き出し、パーツが次々に脱落していく。彼の前方、バハムートのすぐ近くには、一体のゴーストACが居た。
投降してきた他のゴーストたちに紛れているが、その機体だけは武装を解除していない。
「———ッ!!」
「っ!?」
ゴーストACは突然ジャンプしてバハムートの上に飛び乗ると、ブリッジに銃口を向けた。ブリッジの窓の前には、前線を見ていたクレスト氏の姿がある。
やけに大きな発砲音が響き渡り、近くに居た者たちの視線がバハムートへと引きつけられる。彼らの目に写ったのは、ゴーストACとブリッジの間に機体を滑り込ませ、盾になったウォーターハザードの姿だった。
「プロミネンス!」
「野郎! きたねぇマネを!」
「っ!!」
咄嗟に動いたのはカロンブライブだった。脚部の膂力とブースターを併用した素早い跳躍で宙に舞い上がると、ゴーストACの頭部をブレードで一閃する。
さらに力を失って落下するウォーターハザード・ゴーストを受け止め、バハムートの甲板の上にゆっくりと下ろした。
「プロミネンス……なのか?」
「……社長……ゴ無事、デスカ?」
ブリッジの外に出て来たクレスト氏は、即座にウォーターハザードへと走り寄った。ウォーターハザードは既に機体の大部分が崩壊し、機能停止寸前となっている。
「プロミネンス君……私は……私は君に……」
「……駄目デス」
体を震わせながら何かを告げようとするクレスト氏に対し、プロミネンスは制止の言葉を告げる。その声も、ほとんどがノイズとなっていた。
「謝ッテハイケマセン……貴方ハ、貴方ガシテキタ事ヲ否定シテハイケナイノデス……」
「っ!!」
「例エ、茨ノ道デアロウト……ソノ道ヲ進ンデ、人ヲ救ウト……決メタノハ貴方ダ……ドウカ……ドウカ最後マデ、ソノ意思ヲ!……」
「プロミネンス!」
ロストレジェンドがその場に到着した時には、プロミネンスの声は途切れ途切れになってしまっていた。それでも彼はウォーターハザード・ゴーストの頭部を動かし、ロストレジェンドの方を見る。スキウレはロストレジェンドのハッチを開き、外に出ていた。
「シルヴィ……綺麗ニナッタネ……」
「兄さん……プロミ兄さん……」
「ドウカ……社長ヲ許シテヤッテ……クレナイカナ……」
「ああ……ああ!……」
「コノ人モ、君ト同ジ……迷ワズニマッスグ進ムニハ……不器用スギル人ダカラ……」
プロミネンスの声が次第に弱くなっていく。スキウレはロストレジェンドの上から乗り出すようにしてその声を聞いていた。少しでも近く、少しでも長く、かつて憧れた人と共に居るために……
「クレストヲ、頼ムヨ……アリガトウ……優シイシルヴィ……」
「兄さん!!」
「プロミネンス……」
「鴉の誇り、か……」
「忠心……見事だ……」
「…………くっ!」
ウォーターハザード・ゴーストのカメラアイから光が消え、スピーカーからの声が途切れる。
周囲に集まった多くのレイヴンや兵士たちの見守る中、かつてのクレストの英雄は、
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |