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人の驕り、神の傲慢~裁かれて、なお滅びず~

 

 ジャスティスロードとSOLE、二体の白い機体は、依然として激しい攻防を繰り広げていた。

 無数のレーザーブレードが光の軌跡を描き、その合間を縫ってハイドロゲンブレードがぶつかり合う。撒き散らされるトリチウムに機体を焼かれ、二機の装甲は既にボロボロになりつつあった。

『はあああぁ!』

『うおおおぉ!』

 突き出されるSOLEのハイドロゲンブレードを紙一重で回避し、続けざまに振るわれる肘部のレーザーブレードを受け止める。ジャスティスロードのスタビライザーは、既に四肢と同様の動きを見せていた。

 さらに、重力の存在しない宇宙空間で大きな質量を持ったスタビライザーを振り回すことによって、発生する反作用がジャスティスロードのボディを動かし、複雑かつ不規則な挙動をとらせている。

 ジャスティスロードはまるで独楽のように回転しながら、次々にブレードを繰り出していった。

『そこ!』

『っ!?』

 ブレードを発振させたSOLEの右足が、鎌のような回し蹴りを放ってくる。ジャスティスロードはそれを空中反転で回避すると、上下逆さまで背中を見せた姿勢のまま、スタビライザーからブレード光波を放った。

 三発の光波のうち一発がSOLEの副腕による防御を突破し、コアに命中する。鋭い傷跡を庇うようにして後方へと離脱したSOLEは、オービットを展開してレーザーを放った。

 既に体勢を立て直していたジャスティスロードはそれを易々と回避すると、リニアライフルを放つ。一機のオービットがライフルに貫かれて爆散し、爆風が視界を遮った。

『どうだエディ! もうそいつの動きは見切ったぞ。俺の勝ちだ!』

『まだですよ、セイルさん。あなたが全てを知ろうとするのなら、僕は出来る事を全力でやるだけです!』

 爆煙を貫き、飛行形態になったSOLEが突進してくる。コア部の大型レーザーブレードを大回りの動きで回避したジャスティスロードは、HOBを起動するとSOLEの後を追っていった。

 SOLEが放出する高密度のトリチウムの波に接触しないように、ジャスティスロードは巧みな位置取りをしながらSOLEの動きに追い縋る。

 二機は、まるで戦闘機のような激しいマニューバで交錯しあい、上下に長い縦穴を下っていった。二機の眼前には、巨大な地球が横たわっている。

『っ!』

 SOLEに追いつき、横並びになろうとしたジャスティスロードに向けて、SOLEの副腕が襲いかかる。腕というより指のような動きを見せる四本のブレードが、ジャスティスロードを掴み取ろうと振るわれた。

『うおっ!』

 即座に逆噴射をかけ、速度を殺すジャスティスロード。二機は既に縦穴の最下層、衛星の底面まで降りてきていた。SOLEは人型形態に戻り、ジャスティスロードの行く手を阻むかのように立ちふさがっている。

『……衛星の外側には行かれたくないってか? だがもう遅いぞ!』

 油断なく隙を窺いながらも、セイルはそういった。

 地上との通信ができないせいで状況は掴めていないが、衛星砲は先程からぱったりと攻撃を止めている。セイルが衛星砲を破壊するより先にエマがIBISを掌握することに成功し、衛星砲のコントロールを破壊したのだ。

『投降しろエディ! もう充分だろう?』

『駄目です……このまま勝ちを譲ったところで、セイルさん達ヒーメル・レーヒェには平和を維持する意志が無い……僕の目的は達成されません!』

 SOLEの尖った頭部パーツがもたげられ、カメラアイがわずかに明滅する。その瞬間、セイルは云われようの無い巨大な重圧に襲われた。

(何だ? 何が起きている?)

 まるで巨大なモンスターに睨まれているかのような威圧感に、セイルは震えを堪えながらその原因を探し始めた。衛星砲の攻撃は依然止んだままであり、目の前のSOLEに特別な動きは見られない。

 だというのにセイルは、恐怖を覚えるほどの強大な何かが、大気を震わせて蠢いているのを感じていた。

(待て……今のは何だ? 『大気』?)

 空気の存在しない宇宙空間は、音が伝播することがない。そのため、今のジャスティスロードのセンサーからは、外部音声に関する情報素子がオミットされている。

 にも関わらず、セイルの耳には巨大な駆動音のようなものが聞こえていた。

(どういう事だ? 空気が無いのに音なんて聞こえないはず……だったらこの音は? 俺にこの幻聴を聞かせている要因は何だ?)

『…………っ!?』

 セイルの目に、小さな動くものが映る。それは、戦闘中に破壊され、パージされたジャスティスロードのスタビライザーだった。スタビライザーはゆっくりと動きながら縦穴の壁面に近づいてゆき、接触した瞬間、まるで叩き潰されたかのようにバラバラになった。

『っ!!』

 その瞬間、セイルは重圧の原因を理解した。小さな運動エネルギーしか持っていない筈のスタビライザーがバラバラになったのは、ぶつかられたほうが巨大な運動エネルギーを持っていたからである。

 つまり、この衛星が動いているせいなのだ。それも、先程までとは比べ物にならない速度を出している。

 セイルは衛星の動きを無意識のうちに視覚で捉え、それに共感した聴覚が幻聴を発生させていたのだ。

『エディ! 何をする気だ! なぜ衛星を……!』

『気づいたようですね……今からこの衛星を、地球に落とします』

『っ!?』

 セイルはコンソールに拳を叩きつける。自覚したことにより、セイルの超感覚は衛星の動きを正確に捉えていた。このままでは、衛星はあと一時間程で地球に落下するだろう。

 直径わずか一キロの小惑星でも、落下すれば地球上の戦略兵器を全て集めたよりも高い破壊力を生む。

 この衛星は、質量はそれほどでもないだろうが、高度が低いため大部分が燃え尽きずに落下するだろう。複合都市の一つくらい、軽く吹き飛ばせるほどの威力はあるはずである。

『どういうつもりだ! ナハティガルは民間人には被害を出さないんじゃなかったのか!?』

『その通りです。複合都市やレイヤードには影響のない場所に落としますよ。目標地点は……ラプチャー00!』

『!!』

 地球最大の宇宙港である軌道エレベーター、ラプチャー00。エディは、そこに衛星を落とすと言うのだ。

 ラプチャーの職員は既に避難しているため、確かに民間人は一人も居ない。

 しかし、最大の宇宙港を失うことは、地球の経済に計り知れない打撃を与えることになるうえ、ラプチャーには民間人以外の人間———セイルの身代わりを買って出たA.D.A.M.のメンバーを始めとする、多くの戦闘員たちはまだ残っている筈である。

 更にセイルはそれ以外にも、言い様のない不安に襲われていた。

(何だ……この胸騒ぎ……まさか、アメリアなのか?)

 セイルはSOLEの後方、地球へと視線を移す。この角度ではラプチャー00は見えず、見えたところで何かが分かるはずもないのだが、セイルは説明の出来ない確信を得たようだった。

 今、アメリアはラプチャー00に居るのだと。

『既にナハティガルに勝利は無く、ヒーメル・レーヒェにも望みを託せない。なら、歴史に残るレベルの大災害を持って、テロの愚かしさを人類に知らしめる。それしかありません!』

『馬鹿野郎!!』

 セイルはジャスティスロードをダッシュさせ、ハイドロゲンブレードを振るう。SOLEはジャスティスロードの左腕を自分の左腕で受け止め、二機は鍔迫り合うように腕を押し付け合った。

『今すぐに衛星を止めろ! こんな事をしても、世界は平和になんてならないぞ!』

『ではどうするんです!? セイルさんには僕の考えを代替するプランがあるんですか? 基本方針は? 実現する方法は? それが有効な期間は? どうなんですか!? 何も考えていないのなら、これ以上歯向かわないで下さい!!』

 もう一本のハイドロゲンブレードによる突きを、ジャスティスロードはバックステップして躱す。さらに放たれるオービットの突撃をスタビライザーのブレードで切り払い、続く無数のブレード光波をTOBによる急上昇で回避した。

『…………』

 既に勝ちは無いと言っておきながら、エディは一切手を抜くこと無くSOLEを操っている。正確には、SOLEを操っているのは搭載されているAIなのだろうが、行動方針の決定権はエディが握っているはずだった。

『……そこまで必死で俺を止めようとするって事は……まだ俺にも出来る事があるって事だな!』

 セイルはそういいつつ、ジャスティスロードにリニアライフルとスタビライザーを構えさせる。リニアライフルは前方のSOLEを、そしてスタビライザーは遙か後方を———縦穴の最上部に位置する衛星砲の機関部を狙っていた。

『っ!』

『そぉら!』

 エディが息をつまらせる音に自分の正解を確信し、セイルはスタビライザーのレーザーブレードからブレード光波を放った。

通常は大気による減衰でせいぜい十数メートルしか飛ばないはずのブレード光波は、宇宙空間において全く減衰すること無く飛翔し、機関部に直撃する。SOLEはリニアライフルの弾丸に行く手を阻まれて動けず、機関部が破壊されるのをじっと見続けていた。

『っ…………』

『どうだ? これでとりあえず衛星砲は使えないぞ!』

 衛星砲のコントロールはIBISが握っていたが、衛星を動かしてみせたことからも分かるように、SOLEにも同じ権限が与えられている。セイルはそれを見抜き、当初の目的である衛星砲機関部の破壊を敢行したのだ。

 これで、地上部隊が衛星砲の恐怖に晒される事は無くなった。

『後は衛星を止めるだけ……この衛星が自力で動けたって事は、何処かに推進装置があるって事だな!』

 衛星は現在も加速しつつ、地球に向かって落下している。セイルから見て前方に地球があるということは、その逆方向。つまり衛星の反対側に、ブースターに相当する部位があるはずである。

 セイルの脳内に、キースから渡された衛星内部の見取り図が浮かび上がる。それに外から見た衛星の形を重ねあわせ、セイルは即座にブースターの位置を割り出した。

 エディの意図を看破し、ブースターの位置を推測する。セイルの洞察力は、すでに自らの感覚の外にまで及んでいた。しかしその代償として、戦闘開始時から感じ続けていた頭痛は、さらにその強さを増している。

 再び視界に入り込んでくる闇を、頭を振って払拭し、セイルは二本目の注射を打った。黒い闇が白い闇によって打ち払われ、思考が一気にクリアになる。

(ブースターは衛星の反対側……来た道を引き返すよりも、外側を回り込んだほうが速い。それには……)

 瞳孔の開ききった瞳で、セイルは眼前のSOLEを睨みつけた。接近戦において異常な程の粘り強さを見せる、旧管理者『DOVE』の最終兵器……これを突破して衛星の外に出るのが、一番の近道なのである。

『上等だ……』

 セイルは口元に笑みを浮かべると、ジャスティスロードにアストライアを構えさせる。ジャスティスロードもセイル自身も、戦闘によって多大なダメージを受けていたが、未だ深刻な性能低下は起きていない。

 むしろこの状況において、一人と一機は最高のコンディションを保っていた。

 いかに困難な道であろうと、どれほどの命を犠牲にしようと、ひとつの道を最後まで貫く。それがセイルの信念justiceなのである。

『行くぞエディ! お前を突破して、俺は先に進む!』

『そうはいきません。僕はこの場所で、あなたを押し留めます!』

 ジャスティスロードがHOBとスタビライザーを展開し、SOLEは飛行形態に変形する。背後に大量のエネルギーを湛えた二機は、まるで引き絞られた弓のように、静かに時を待った。

『…………』

『…………』

 セイルの脳裏に、仲間たちの情景が浮かんでは消えていく。一瞬、死ぬ前の走馬灯かとも思ったが、そうではない。その情景は、今までセイルが見たことの無いものばかりだった。どうやら地上に居る仲間たちは、皆それぞれ勝利を収めたようである。

『………………』

『………………』

 その中には、出撃前に想いを交わした彼女———アメリアの姿もあった。無事とはいえない状態ではあったが、彼女は晴れ晴れとした表情で、自分の左手越しに空を見上げている。

 セイルは、薬によって昂ぶっていた感情が、急速に落ち着きを取り戻してゆくのを感じた。

 透き通った感覚の中、左耳のピアスが告げている。迷うこと無く、先へ進めと。

『……………………っ!!』

『……………………っ!!』

 ジャスティスロードとSOLE、二体の白い機体は、同時に相手へ向かって飛び出した。光の帆と光の帯が、縦穴いっぱいに展開され、撒き散らされるエネルギーが縦穴の壁を焼いていく。

『うおおおお!!』

『はああああ!!』

 セイルは全く方向を変えようとはせず、ジャスティスロードを真正面からSOLEへと突進させる。ジャスティスロードの機動力を最大限に利用すれば、突進を躱して後方へ抜けることも可能なのかもしれないが、その場合、壁面にぶつかってしまう危険があった。

 巨大な質量を持った物体と相対速度を合わせずに接触すれば、その瞬間バラバラに砕かれてしまうだろう。それよりは、こちらからの攻撃でSOLEを撃破して先に進むほうが、まだ望みがあった。

『っ!』

『!!』

 ジャスティスロードはハイドロゲンブレードの青白い刀身を発生させ、SOLEは濃密なトリチウムの波をまき散らす。

 時間にして一秒にも満たない突進の後、二機は互いの刃をぶつけ合わせた。ジャスティスロードのハイドロゲンブレードがSOLEの機首に突き刺さり、SOLEのトリチウムがジャスティスロードの全身を焼いてゆく。

 まるで全身が炎に包まれたかのような錯覚を受け、セイルは思わず絶叫していた。

『おおおおおおおお!!』

 焼き切れそうになる意識を必死で繋ぎ止め、セイルは状況を確認する。二機は互いに一撃を叩き込みながらすれ違い、進行方向へと抜けていた。

『っく! この……!』

 縦穴の内壁に接触しないように機体を制御しつつ、セイルは素早くジャスティスロードの状態を確認した。

 トリチウムの波に煽られたボディは、装甲のほとんどが脱落し、内部機構が露出している箇所もある。スタビライザーは一本残らず破壊され、リニアライフルも照準が正常に働いていない。頭部パーツのバイザーは剥がれ落ち、内部のセンサーが露わになっていた。

 起動しているのが奇跡と言えるような状況だが、ジャスティスロードは、見事に道を貫いたのである。縦穴を抜け、衛星の外に出たジャスティスロードは、やっと速度を落として振り返った。

 かつて三大企業を恐慌させた破壊の力が、地球へ向けてゆっくりと進んでいる。

 落下までは残り一時間を切ったあたりだろう。既に落下そのものを阻止することは困難だが、落下地点の修正にはまだ間に合う筈だった。

『やらせはしない……絶対に!』

 セイルは生き残ったブースターを素早く最適化し、衛星の表面にそって移動を始めた。

 

   

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