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エピローグ~明日への出帆~
こうして、この一連の事件は終わりを迎えた。
巨大テロ組織ナハティガルは、戦闘指揮官の殆どを喪失し、サイレントライン内部にあった本拠点も制圧。最後の手段として使用した衛星落としも一切の被害なく処理され、組織は完全な壊滅を見ることとなった。
後の調査で判明したことだが、ナハティガルという組織は、テロ組織以外にも、旧管理者の信奉団体やサイレントラインの調査団体などが母体となっていたのだ。
犯行声明を行わず、目的の一切が不明のまま壊滅したナハティガルだが、その根幹にあったのは、無秩序な経済戦争を繰り返す企業への危機感であったようである。
尤も、この情報すらも、背後関係などからの推察によって考え出されたものに過ぎない。
結局、ナハティガルの主要人物は誰一人として発見されず、セイルが衛星内で遭遇したというナハティガルのリーダーを名乗る男も、セイルによる曖昧な証言からではその目的、正体を推し量ることは出来なかったのだ。
そうして、肝心なことは何も分からないまま、コーテックスを始めとする各企業は復興作業に追われ、事件の記憶は次第に風化しつつある。
そして、半年後…………
………………グローバルコーテックス本社、第一アリーナ
グローバル・コーテックス本社にあるアリーナには、大勢の人が詰めかけていた。アリーナの中では四体のACが対峙しており、試合開始の合図を今か今かと待っている。
バードウォッチャー事変で遠のいた客足を取り戻すために計画された、二対二でのタッグマッチ、エクストラアリーナだった。
対戦カードは、ハヤテ&スキウレ対カロンブライブ&フォグシャドウ。奇しくも、あの事件に深く関わった者たちである。
『だから、お前は手ぇ出すなって言ってんだよ。不死鳥の奴とはオレが一対一で勝負をつける!』
『あなた一人で勝てるわけ無いでしょう? 私は急いでるのよ! ほんの少しオービットをまくだけじゃない……』
『あんなもんにチョロチョロされたらまともに動けねぇだろうが。ファザコン野郎は下がって観戦でもしてろ』
『何ですって!?』
対戦開始前から既にチームワークの欠片も見られない二人に、カロンブライブとフォグシャドウは苦笑する。しかしその実、二人の顔には笑みが浮かべられていた。
あの事件を乗り越えた若手レイヴンたちは皆たくましくなり、ベテランレイヴンたちはますます練度を上げている。殺し屋であるレイヴンが無条件でヒーローとなれるアリーナにおいて、彼らは一層の活躍を期待されていた。
『ハヤテ:事件後、新型AC『ヤマトカザタケ』を作製。左腕に装備された内装型ブレードを武器に、アリーナで怒涛の快進撃を続けている』
『スキウレ:クレスト社の役員として復興作業に尽力。幾つもの優れた政策を実行に移し、被害を急速に回復させる。それでも時折アリーナに出場しては、話題をさらっていた』
『カロンブライブ:休止していたアリーナでの活動を再開。かつての勢いを取り戻し、不死鳥の名を世間に轟かせている』
『フォグシャドウ:一時故郷である火星に戻っていたが、最近になって地球に帰還。数少ないランカーレイヴンの生き残りとして、各方面で活躍している』
………………グローバルコーテックス本社、レイヴン控え室
普段はレイヴンたちの憩いの場となっている控え室は、重苦しい空気に支配されていた。壁際に置かれたソファには二人のレイヴンが座っており、周囲に威圧感をまき散らしている。キースとメビウスリング。二人のトップランカーだった。
「…………」
「…………」
「失礼しま……うわぁ……」
部屋に入って来たレナは、引き締めていた表情を一瞬で崩してしまう。控え室の中は、ある意味戦場よりも危険な状態になっていた。
「あんの……お二人とも、何してるんですか?」
「何でもない」
「ああ……」
一切の躊躇なく即答する二人。性格的には正反対に位置する二人だが、本質ではよく似ているのかもしれない。レナはため息をつくと、キースに話しかけた。
「キースさん。エマ先輩から伝言です。作業が長引きそうなので、先に行って欲しいと……」
「……なぜ直接連絡をよこさない?」
「携帯端末が繋がらないそうです。お心当たりは?」
キースが携帯端末を取り出して見ると、画面には警告表示が出ていた。そこには『不明電波検知。盗聴の危険あり』と書かれている。しかし次の瞬間にはその表示は消え、通常の状態に戻ってしまった。
「…………」
キースは無言で傍らのメビウスリングを睨みつける。しかしメビウスリングは一切動じること無く言い放った。
「三日後、第三アリーナでだ。女にうつつを抜かして腕を落とすなよ?」
メビウスリングはそう言うと、ソファから立ち上がって部屋を出て行った。今のは、おそらく彼なりの挑発のようなものだったのだろう。例の事件のこともあり、この二人はキースが復帰してから一度もまともな勝負をしていなかったのだ。
「…………」
苛立ちの表情を浮かべたまま、キースは携帯端末で電話をかける。すると、数コールもしない内に相手が応答した。
『キースですか? 申し訳ありませんが、もう少し時間がかかりそうです。先に行っていてもらえますか?』
「いや、構わない……もう少しここで待つ」
先ほどまで苛立っていたキースの表情は、とたんに穏やかなものとなっていた。その一部始終を見ていたレナは、ため息をつきながら部屋を出る。彼女は時計を確認すると、出口へ向かって歩き出した。
『キース:IBISの情報を無断利用した疑いをかけられるも、現在は追求は止んでいる。独立傭兵として活動を続けつつ、アリーナにも出場している』
『メビウスリング:事件後、一撃必殺の戦闘スタイルを多用するようになる。また、旧世代文明の遺産に興味を持ち、調査を始めた』
『エマ・シアーズ:コーテックスからの要請により、特別外部顧問に就任。新たに得た権限を利用し、常にキースをバックアップしている』
『レナ・エリアス:チーフオペレーター、レイン・マイヤーズの引退に伴い、サブチーフに昇進。敏腕オペレーター、及び情報技術者として活躍している』
………………閉じた街、ガンナーズショップ『サジタリウス』
地上とレイヤードの中間に点在する無法都市、閉じた街。
事件以降、より多くの人々が訪れるようになったこの街の一角に、ある真新しい店が出来ていた。カフェと銃砲店を統合したような奇妙なその店は、多くのレイヴン達が集まる交流の場となっている。
「いらっしゃ……おう! もう来てたのか?」
「ああ……久方ぶりだな」
ケイローンはエプロンを外してカウンターから出ると、店を訪れたクライシスを出迎える。久しぶりに地球を訪れたクライシスは、灰色の髪の所々に、金属光沢を持つ銀髪が混じっていた。
店の外には、いつかと同じように二人の副官達が控えている。
「店の調子はどうだ?」
「稼ぎはまあまあだが、経営状態は不満だな。見ろよあいつら。ここ一応武器屋だぞ」
「何を今更。あの頃のレイヴン控え室と何も変わらないじゃないか……」
二人は店の奥にあるカフェスペースに視線を移す。
そこでは、かつてルーキーと呼ばれていたレイヴン達が、テーブルゲームに興じていた。おおよそ戦争に関わるものとは思えない光景ではあるが、これもレイヴンのもつ多くの一面の一つなのかも知れない。
「んで、もう行くのか?」
「その前に、ちょっと銃を見て欲しいんだが……」
「どれ……」
ケイローンはカウンターに戻ると、工具箱を引っ張りだす。かつてのレイヤードの英雄は、第二の人生を穏やかに過ごしていた。
『ケイローン:閉じた街に銃砲店を開店。多くのレイヴン達に慕われる相談役となる。本人は「レイヴンは引退した」と語っているが、彼のアカウントとACは、有志たちによって保存されている』
『クライシス:事件後、火星に帰還。ディソーダーの根絶を実現するためにA.D.A.M.の大規模な組織改変を行い、環境整備用ナノマシンの廃止を掲げて活動している』
『バーストファイア:A.D.A.M.の改変後も、継続して前線指揮官に就任。クライシスの右腕としてメンバーをまとめている。アンダーラインとの仲は相変わらず』
『アンダーライン:バーストファイアと同じく、連絡官、及び参謀の任を継続。法政方面の整備を行うため、近々政界に進出予定』
『ルーキーレイヴン:かつて乱造された新人レイヴン達であるが、事件を経て大きく成長。ケイローンチルドレンと呼ばれ、期待を寄せられている』
………………コーテックスシティ、某所、小さな教会
金と力が物を言うこの時代においても、人の信仰心は消えること無く存在し続けていた。例え形骸的なものとなっていても、心の拠り所としての宗教は、人々にとって金と力以上に必要な物だったのである。
「スキウレよ、ちょっと目立ち過ぎじゃないか? 明らかに値段の桁が違うぞ」
「しょうがないでしょ。これでも控えめなのを選んだつもりなんだから。ケイローンこそ、野暮すぎて逆に目立ってるわよ」
「それこそしゃぁねぇだろ……こんな格好何年ぶりだか……」
「いいじゃないですか。私なんてスーツのままですよ。あ~あ、ドレス着たかったな……」
「え? 言ってくれたら貸してあげたのに。レナっち、披露宴にも出るんでしょ。うちに寄ってく?」
今、コーテックスシティの一角にある小さな教会では、ささやかな結婚式が行われていた。
しかし、なぜか教会裏の駐車場には、巨大な軍用トレーラーが停車されており、ミスマッチな雰囲気を醸し出している。参列している人々も、ほとんどがレイヴンやその関係者だった。
「クラ、お前意外と似合ってるじゃねぇか。次は自分の番ってか? え?」
「そう言うならお前のほうが先だろうバースト。いい加減覚悟を決めてはどうだ? アンダーはそれほど気が長くは……」
「ばっ! おめ!! いきなり何を!!」
「……二人共静かにしろ」
「…………」
「…………」
教会外の階段には、正装した参列者達が立ち並び、新郎新婦の登場を待っていた。参列者はかつてのヒーメル・レーヒェのメンバーの他、A.D.A.M.のメンバーや閉じた街の住人たちの姿も見える。
やがて、遅れていたキースとエマが到着すると同時に、教会の窓から白い鳩が放たれた。教会の扉が開き、新郎新婦が姿を現す。参列者達のフラワーシャワーを浴びながら、現れた二人———セイルとアメリアは、ゆっくりと階段を降りていった。
『セイル:アメリアと結婚。ヒーメル・レーヒェは解散したが、彼個人はコーテックスの専属レイヴンとして、治安維持活動を続けている。今や『チェッカーナイト』の名は、世界中のテロリストたちの恐怖の対象となっている』
『アメリア:セイルと結婚。セイルと共にコーテックスの専属レイヴンとして活動している。最近、生前のゼロのことを知るべく、調査を始めた』
セイルは白と黒のタキシードを着こみ、アメリアは純白のウェディングドレスに身を包んでいる。服に着られている感の強いセイルとは逆に、アメリアのドレスは彼女の白い髪と紅い瞳によく似合っていた。
バードウォッチャー事変のあと、二人はすぐに入籍を決めていた。兵士の恋愛は即断即決だというのがセオリーだが、今回のことで、二人はそれを余計に意識したのである。ナハティガルとの激しい戦いの中、二人はいつ死んでもおかしくない状態にあったのだ。
特にアメリアは、ゼロとの戦闘によって多くの傷を負っていた。あの時、ゼロが生体兵器の技術を利用した即席の治療を行わなければ、高位のPLUSといえど死は免れなかったという。
一方、セイルにも別の意味での危険が迫っていた時期があった。セイルは帰還後のデブリーフィングにおいて、衛星内で遭遇したナハティガルのリーダー、エディ・ルークラフトについての情報を、ほとんど公開しなかったのである。
そのため、ナハティガルのリーダーについては未だに正体不明のままであり、事件の不透明さに拍車をかけていた。
この事から、セイルは何か重大な秘密を隠蔽しているのではないかと疑われ、コーテックスを始めとする各企業から激しい追求を受けていたのだ。
一時は強引な手段に訴えられそうになったこともあったが、アメリアによる徹底した身辺警護と、スキウレを始めとするクレスト上層部からの働きかけもあり、現在はそれも落ち着いてきている。
「おめでとう、セイル」
「おめでとう」
「おめでとー!」
「アメリさんブーケ!」
「早いわ!」
セイルとアメリアは参列者達に囲まれ、口々に祝福の言葉をかけられる。
慣れない状況に困惑していたセイルは、しどろもどろになりながらもなんとかお礼の言葉を返していった。そんな彼の腕を、傍らに居たアメリアが強く握りしめる。
「大丈夫?」
「いや、まあ……にしても、アメリア随分落ち着いてるな……」
「まさか……わたしも取り乱さないように必死よ。こんな事が出来るなんて、レイヴンになってからは夢にも思わなかったから……」
そう言いつつ、アメリアは自分の手元に視線を落とした。左手の薬指には、小さな白金色のマリッジリングがはめられている。
「色々あったけれど、わたしも結局一人の女だったのね……」
「何言ってるのさ。アメリアは初めて会った時から、ずっとそうだよ。ほら……」
セイルに促され、アメリアは再び視線を上げる。そこには、自分たち二人の結婚を祝福する、多くの仲間達の姿があった。
「ちょっと遠回りになったけど、やっと幸せになれたんだ。贖罪だって、これからも続けていけばいい。これからは、ずっと俺が支えるからさ……」
「…………ふふ」
アメリアは嬉しそうに微笑むと、女性陣の声に促されて前に進み出る。雲ひとつ無い青空に、白いブーケが掲げられ…………
瞬間、耳をつんざくような砲声が響き渡った。
「何!?」
「っ!?」
「伏せろ!!」
その場に居た参列者達は一斉に姿勢を低くすると、スーツやドレスの下から銃を取り出した。このような場でも武装を手放さない辺りは、レイヴンの
セイルとアメリアも、咄嗟に背中を合わせあうと、銃を構えて辺りを見渡している。
「北門の方だ! MTが四機!」
いつの間にか教会の屋根に駆け上がっていたバーストファイアが、遥か遠くを見つめながらそう叫ぶ。コーテックスシティ北側ゲートの近くでは、四機のMTが兵器工場を襲っていた。
バードウォッチャー事変が終結してなお、テロが完全に無くなることはなかった。むしろ、各企業の勢力が弱まったのをいいことに、それまでなりを潜めていた小規模な武装集団が、活動を活発化させつつある。
事件そのものを教訓へと昇華させようとしたエディの考えは、セイルがエディに関する情報を公開しなかったことで、大した意味を成さないまま消えてしまっていた。
自ら破壊を引き起こし、それそのものに意味を持たせる。そんな事がまかり通れば、再び同じ事を考えるものが生まれてしまうという、セイルなりに熟考した末での決断だった。
「レナ、コーテックスは?」
「大丈夫、連絡したわ。事後承諾になるけど、今は鎮圧を優先して!」
「了解。スキウレ、トレーラーのキーを!」
「はいこれ!……洒落で持ってきたのに、まさか本当に使うなんて……」
「悪い。披露宴は、また改めて招待状送るから!」
軍用無線を耳に当てながら大声で話すレナと、トレーラーのキーを投げてよこすスキウレ。キーを受け取ったセイルとアメリアは、教会裏手に停められている軍用トレーラーに向かって走りだした。他の参列者達も、市民の避難誘導や周囲の警戒にあたっている。
エディの意思を否定した以上、エディの背負っていた物は自分たちで背負う。彼が目指したテロの無い世界を、彼に代わって作り上げる。それが、セイルの出した答だった。
「アメリア、準備はいいか?」
「ええ!」
着替えもそこそこに軍用トレーラーに乗り込んだ二人は、格納されていた自分達のAC———ジャスティスロードとギルティジャッジメントを起動する。二機のACがトレーラーから立ち上がり、防護スクリーンが光の波となって機体を覆い尽くした。
ACと同調した二人の視界に、青い空にたなびいている黒煙が映る。
「どうする?」
「周りは市街地だ。被害を出さないように、高高度から接近したあと、奴らを市街地から引き離す。レナ、誘導頼めるか?」
『OK! 即席だけど任せといて!』
セイルが視線を下に向けると、トレーラーの窓から身を乗り出しているレナの姿が目に入る。その場でオペレートを行うらしい。
「よし、それじゃあ行こう。俺たち二人、新チームでのファーストミッションだ!」
「ええ……頼りにしてるわよ。旦那さま!」
ギルティジャッジメントは、ジャスティスロードに腕を絡ませると、両肩部のマグネイズスラスターを起動し、ジャスティスロードと一緒にゆっくりと宙に浮かび上がる。
そして、ある程度高度をとると、今度はジャスティスロードがHOBを起動し、ギルティジャッジメントの手を引いて高速で飛行を始めた。
彼ら二人の行く先は、地獄か、それとも楽園か。はるかに続く一本の道を、二人は手を取りあって歩き始めた。
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