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インドネシア(ジャワ)の鉄道に乗る


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乗車レポート


乗車レポート:目次 -2005/03/12 Dolok Martimbang(ドロック・マルティンバン):シアンタール→メダン


★ 乗車レポート:2005/03/12 Dolok Martimbang(ドロック・マルティンバン):シアンタール→メダン
乗車年月日2005年03月12日(土)
列車名/始発→終着Dolok Martimbang(ドロック・マルティンバン)/シアンタール→メダン
乗車駅シアンタール(Siantar)駅
降車駅メダン(Medan)駅
シート/料金Bisnis/Rp.20,000 (¥233:Rp.86/¥)
乗車駅発車時刻/(予定時刻)13:45/(13:45)
降車駅到着時刻/(予定時刻)16:45/(16:39)
補足料金の換算レートは乗車時期のもの。
「(予定時刻)」は時刻表掲載のもの。

・レポート本文

2005年03月12日、帰路(シアンタールからメダンへの復路)です。

Siantar駅
Siantar駅
駅前には、客待ちのベチャ(側車付き自動二輪のタクシー)が沢山。昨年10月行ったRantauprapatと同様、普通乗用車のタクシーは全く見当たりません。Siantarは少し高度がある土地らしく、駅の周囲に吹く風は、ひんやりとして気持ちが良かったです。

2004年スマトラ“装甲”列車の旅Kinantanに乗る (Rantauprapat駅の様子)

Siantar駅に停車中のDolok Martimbang
Siantar駅に停車中のDolok Martimbang。折り返し運転なんで、さっきメダンから乗って来た車両と同じ。

復路で乗車した2号車の車内
復路で乗車した2号車の車内。往路で乗車した1号車とは内装(扇風機の形状、シートの色、窓の開閉方式 など)が若干違う。

◆“喫煙列車”Dolok Martimbang

以下、復路の様子を時間順に記述しておきます。

13:45時刻表通り発車。なお、座席は指定のはずなのだが、実態は自由席のようなありさま。先に乗り込んでいた若い男性乗客が、乗車券を眺めながら席を探している乗客たちに『Bebas!』(自由だよ!)と声をかけてます。(ほんとでしょうか??) この復路のDolok Martimbangは4~5割の乗車率だったように思います。
発車してすぐに食堂車の係員が乗客全員にお手拭(紙にアルコール系の液体を浸したもの)を配りました。往路ではなかったサービスです。
さて、往路では気にならなかったのですが、復路の車内は愛煙家が多い(^^ゞ。あっちこっちのシートでもうもうとタバコの煙が立ち昇ります。エアコンを効かせているEksekutifクラス車両(禁煙!)ではお目にかかったことがない光景。列車が走り出してしまえば、開けっ放しの窓から強風が吹き込み、タバコの煙を運び去ってしまいますが、凄い煙です。新幹線の喫煙車両でもこれだけの煙は見たことがありません。(私はタバコ吸いません。父がヘビースモーカーだったのでタバコの煙は平気ですけど)
14:15Dolok Merangir駅通過。
15:31Tebing Tenggi駅着。往路と同様 物売りが大挙して乗り込んできます。
15:35Teging Tenggi駅発。
16:30Batangkuis駅通過。
16:40Medan Pasar駅着。この駅で乗客の3割程度が降車した模様。
16:45メダン駅着。(時刻表では16:39)

残念ながら、復路は完全にグロッギー状態。シートにじっと座り、目も口も閉じて体力の回復(温存?)を図ろうと思ったのですが、回りの親切な乗客たちが、放っておいてくれません(^^ゞ。何やかやと声をかけてくれるんですよね。Eksekutifクラスとは大違い。もちろん、Eksekutifクラスでも結構話し込むことはあるんですが、それはお隣さん次第。それにデカイ声を張り上げる必要もないし。

結局、黙り込んでいるわけにも行きませんので、復路もかなり話しこんでしまいました。ただし、ボリュームは押さえ気味で。大声の出しすぎで喉がおかしくなりそうでしたので。

それから、往路と同じ流しの一団が車内を往復していました。いったいアガリはいくらくらいになったんでしょう。


2005年6月13日補足
ビジネスクラス列車「Dolok Martimbang」についての補足です。

エアコンなしの車両なんで、窓が常に開いているということは、先のレポで書きました。

そこで、走行中気になったのは、乗客がゴミを片っ端から窓の外に捨てていること(^^ゞ。ホントに「片っ端から」という表現が相応しい。お菓子の包装紙、食べかす、タバコの燃えかす、はてはペットボトルまで。窓が閉まっているEksekutifクラスでは、見たことがない光景です。(エアコン付きで窓が閉まっているEksekutif車両では、ゴミを外に捨てようがない。)

あと、私の前に座った男性からキャンディーをもらったのですが、食べた後キャンディーを包装していたビニールを私が自分のバッグのポケットにしまいこむと、『おお! 日本人はゴミを捨てない!』と、まわりのお客と一緒になって感心されてしまいました(^^ゞ。

いや~驚きました。

2005年10月9日補足
夏目漱石の「三四郎」で、主人公(三四郎)が走行中の車窓から食べ終った弁当箱を外に投げ捨てる場面がありました。投げ捨てられた弁当箱は、丁度近くの窓から首を外に出していた女性の顔に当たってしまう、という始末。

「三四郎」は、明治41年(1908年)の発表。当時の日本では、車外へのゴミの投げ捨ては当たり前だったのでしょうか。
同じ頃、ジャワを走っていた列車(乗客はオランダ人が多かった?)だと、どうだったのか? 色々と想像が膨らみます(^^ゞ。

2007年10月24日補足
インドネシアのゴミについて、興味深い記事を見つけましたのでご紹介しておきます。
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日本語訳(抄訳)は次のページで紹介されています。
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