このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
図5
<極性結合>
共有結合の形成に使われている結合電子は、両原子に均等に共有されているのだろうか。水素分子や塩素分子のような同じ原子間の結合では、両原子の性質(電気陰性度)は等しいので、結合電子は均等に分布している。しかし、塩化水素分子のように結合原子間に大きな電気陰性度の違いがある場合は、より電気陰性度が大きく電子を求引する力の強い原子の方に結合電子は偏って分布する。その結果、結合電子が引き付けられている原子側が部分的にアニオン(
陰イオン
)性をもち、逆側の原子は部分的にカチオン(
陽イオン
)性を帯びる。このような結合を
極性結合
といい、
部分電荷
を
δ+
と
δ-
で表わす。
水分子では、酸素がδ-、水素がδ+となるため、水分子の酸素と別の分子の水素との間には弱い
静電引力
が働く。水がたかだか分子量18にすぎないのに、100℃という異常に高い沸点をもつのは(分子量28の窒素は沸点-196℃!)、この
分子間結合
(δ+の水素を介するので
水素結合
とよぶ)によって分子が網の目状に結合しているためである。
このような結合原子間の電気陰性度の差によって電荷の部分的偏り(δ+、δ-)が生じることを
誘起効果
とよぶ。有機化学は電子の化学であり、その反応は電子の移動で記述可能である。電子の移動の原動力は、+から-あるいはその逆の
親和性
であり、分子内でこのような結合の
分極
が起こることは、有機反応の理解にとても重要である。
<共鳴>
σ結合電子は、原子間を強固に結び付けているので、電気陰性度の差によって部分的偏りが生じるだけであるが、π結合電子のような動きやすい電子対の場合は、完全に片側に移動することにより、結合が完全に+と-に分極する。π結合は単独で存在することはなく、常にσ結合と共存するため、完全に電子が片側に移動しても原子間の結合が切れることはない。このような結合の分極を
共鳴効果
という。
ここで酢酸イオンの構造を考えてみよう。酢酸イオンの負電荷は2個の酸素上に均等に分布しており、両酸素を区別することはできない。同時に2本のC-O結合も区別不可能である。これは「形式的に」次のように理解できる。酸素は炭素より電気陰性度が大きいので、C=O結合は分極(π結合電子の酸素上への移動)して、酸素が-、炭素が+となる。一対の共有電子を失った炭素は、6電子状態になるので、同時に反対側の負電荷をもった酸素のローンペア電子の供与をうけ、こちら側の結合が新たに二重結合となる。結果として、分子(イオン)全体は元どおりの安定な電子構造をとることができる。できたイオンは形式的には単に元のイオンを180度反転させたものに過ぎないが、これはイオンの物理的反転によって起こるのではなく、電子の移動のみによって起きている(原子の位置は動いていない)ことに注意してほしい。
このような、電子の移動だけによる分子内の電荷の分布の変化(とそれによる安定化)を
共鳴
といい、共鳴関係にある両構造の間を
両頭矢印
で結んで示す。ただし、重要な点は、形式的には両頭矢印で結ばれた両側の構造(
極限構造
という)間を電子の移動によって振動している(おそらく共鳴の語源)と表わされるが、実際の分子では、このような電子の連続的な移動が起きているのではなく、両極限構造の中間の構造、つまり酢酸イオンでいえば、両酸素に電荷が1/2ずつ分布し、2本のC-O間の結合も単結合と二重結合の中間の性質をもった形(両C-O結合距離は等しく、C=OとC-Oの中間的な値になる)になっているということである。上記はあくまで「形式的な」説明に過ぎない。反応機構の説明などで、都合上電荷を
局在化
させて表わすことが多いが、このような共鳴分子では、実際の構造は極限構造で表わされるものとは違った中間的なもの(
共鳴混成体
)であることは常に考慮しておく必要がある。
分子内に電荷が局在化した状態は不安定であり、電荷が
非局在化
して分子全体に分散している方がエネルギー的に有利である。したがって共鳴構造は分子の安定化に寄与する。その典型的な例が
ベンゼン
分子である(後述)。
<共役>
共鳴と似た言葉に
共役
がある。共役とは、二重結合や三重結合が1本の
単結合
を隔てて隣接した関係をさす。二重結合のπ結合は混成に参加していないp電子が平行にオーバーラップしてできていることを思い出してほしい。2個のπ結合が隣り合う場合、それぞれのπ電子が平行に配置すると、全体がひとつながりに重なり合うことが可能になる。これは、中間の単結合が二重結合性を帯びるということである。このことはブタジエン分子の中間のC-C結合距離が、通常の値よりも短いことでわかる。ただし、全体の結合電子数が増加しているわけではないので、単結合が二重結合性を帯びた分、両側の二重結合は弱まっている。この関係は、π電子がある二重結合上に局在するのではなく、隣の単結合上に広がって非局在化していることを意味し、共役二重結合はそのため安定化する。共役安定化できるのは、介在する単結合が1本の場合のみであり、2本以上離れれば、π電子の相互作用は非常に弱くなる。またπ結合がすぐ隣接するC=C=Cの配置になると、中央の炭素はp電子を2個もつsp混成炭素でなければならず、2個のp軌道は直交しているから、2本のπ結合も直交しており、結合のオーバーラップが不可能である。いずれの場合も共役関係にはなりえない。
→ コラム3 「 四角酸が強いわけ 」
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |