このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
佐々連鉱山からいっぷく峠へ
最近知り合った佐々連さんが佐々連よりいっぷく峠を経て金立坑へ、再びいっぷく峠〜尾根伝いで薬師峠へ更に岩鍋までと行くのを知り、それに同行させてもらいました。
私は佐々連からいっぷく峠へ登るのは初めてですが薬師峠の方は数回目なのでたぶん楽勝だろうと軽い気持ちで挑みましたが実際は苦難の連続となりました。
帰ってから気が付いたのですがルートの大半が消えかかっていたため探す方に気をとられ写真は殆んど撮っていませんでした。
いっぷく峠への入り口となる場所は東区のB地点ですがA点からB点へは舗装がされて無く、荒れているめA点の橋の袂に車を停めました
道路の終点Bに着いたが藪と背丈以上に伸びた木々に行く手を遮られ、この場所を突破となると
朝露で全身がずぶ濡れになるだろう。そこで迂回路を探す事にしたがすでに腰から下は濡れていた。
東区 社宅跡を上部に向かいました。
閉山後、木造建ては取り壊されたそうだがブロック建ては取り壊される事なく今も残っている。
正面側 住んでいた人達はこのシーンをどんな想いで見るのか。
内部 私の出身地、中之川の別荘もいずれこうなる運命だ。(涙)
裏側
階段の最上部からさらに上がると水道水用と思われる巨大なタンクが在った。
タンクの手前を右手方向に進むと開けた平地で遊具が残っていた。
すでにジャングル化としているジャングルジム(ダジャレを言っている場合でない!) 左に滑り台が付いている。
木の下にある懐かしいかごブランコ
乗ってみたい衝動に駆られたがよく見ると座る所が朽ちている。 しかしそれどころでない!
小さな公園を通り過ぎると杉林に出会い、下に沿って降りると、入り口と思われる場所に出ました。
いっぷく峠へ出発
小さな谷に沿ってD点に向かうが、道とは名ばかりで殆んどが消えかかっています。
破線の先端部の所で行き過ぎに気付き引き返したがD点は全くわからん。
佐々連さんがGPSで現在位置を確認し、この周辺と言うので見渡すと、谷を挟んだ向い側の斜面を谷筋が下ってきている。
誰もがこれを道だとは思わないだろうがこの場所以外には考えられないので這い上がる。
上部に上がると谷の奥、最先端部の木々の間から光が漏れてきた。
私の心にも明るい日差しが… もしや5月に西の谷から登った時、峠を左に上がった場所で見た山林を伐採し、開けた所か?
E
しばらく進むと昨年の9月の大雨による影響と思われる斜面が崩れた箇所Eがありました。
道など全く無く、荒れた谷を上流に進みます。
しばらく行くと、開けた場所に出、前方上部には見覚えのある1本松の木が見えるではないか、
と言うことは伐採跡の左側が峠のはず、「間違いない!」佐々連さんも確信の声。
1本松 5月に登った時、妙に心惹かれるものがあり偶然にもアップのシーンと2枚撮っていました。 写真にマウスを当てて下さい
しかし、何でこの1本松を切らないで残したのか 絵にはなるが疑問?。 あの場所まで行ってみたくなった。
、
峠への道 一難去ってまた一難、一体、ここから峠に続く道は何処に存在するのか。(写真なし)
周辺を確認していると谷の左側、杉林の斜面中腹に道筋らしいのが横切っているのを見つけた。
あれしか考えれん! 2人とも斜面を駆け上がる。
道らしい道ではなく倒木もあり苦労の連続だったが見覚えのある峠尾根を目にした時は心の中で万歳をしました
きっと佐々連さんも同じ気持ちだったに違いない。。
下の写真 佐々連側から見たいっぷく峠 尾根を右に進めば数分で上の写真の開けた場所に出ます。
しばし、ここで本当のいっぷく 達成感で満足
セメント袋を担いで上がった義父、佐々連さんのお母さん(看護婦さん)
きっとあなた達も私達と同じ場所に座ったはず 「ご苦労さんでした!」
この後、西の谷本坑まで降り、再びいっぷく峠から尾根伝いに薬師峠に出ました。
私が小学生の遠足の時見かけた、薬師峠からいっぷく峠へ向おうとしている人達と出合った場所も確認することが出来、
やはり薬師峠からいっぷく峠へ抜ける道は実際に存在した事が分かりました。
機会があれば再び挑戦を、とは思っていますが…。
薬師峠から岩鍋間は以前にも増してルートがわかり難く、崩れている箇所も多くなりより困難となっています。
慣れている私でさえも間違いそうになる。(歳のせい)
最後に岩鍋から佐々連鉱山、佐々連さんの住んでいた西区へ向かう事に。
以前から気になっていた昔撮った古い写真の場所、佐々連さんに案内をしてもらいました。
次の写真は佐々連さんの話では昭和30年頃の写真だそうです。
トップの写真Cに車を停めわき道を下りると今は開けた空き地になっている。上の写真Dの場所(佐々連さんに教えてもらったが忘れた)に出、さらに下りるとEにたどり着きます
ブロック積みの建物のみが残っているので、次の写真に写っているのがEの建物だと思います。
社宅周辺の木々も建物以上に伸びているため上部から建物の存在を確認する事が殆んどできません。
建物跡沿いに上に向かって階段が続いていました。
古い写真の撮った場所ですが現場を見る限りあのアングルから撮れると思う所は見当たらない。
やはり佐々連さんの言う、索道から撮ったのだと思う。
上空から撮ったとなるとグーグルアースの3Dを使って強引に重ねてみました。 マウスを当てて下さい。
結果はどうでした 無理がある?
今日歩いたコースはよほど物好きでない限り行く事がない場所、地元の人で無い限り、単独で行くのは無理だと思う。
もし今回も私、独りだったら早々に退散していただろう。佐々連さんに感謝!
道中の大半は薄暗い植林の中をひたすら歩くのみですが最後の達成感は私にとって先日登った石鎚山東稜コースに勝るとも劣らないコース
私の人生の1ページとなったのは言うまでもありません(当然、夜の一杯は美味かった!)
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