このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
* * (2007/08/17)2007列島縦断ひたすら汽車の旅7 * *
* * (2007/08/16)2007列島縦断ひたすら汽車の旅6 * * | ||
「「「「「「「「「「 2007年8月17日 金曜日 」」」」」」」」」」 | ||
◎◎旭 川 駅◎◎ 8月17日金曜日、青春18きっぷにて移動する最終日となる5日目は旭川から始まる。宿は駅から歩いて5分ほどの「ホテルパコ旭川」であった。シングルは通常料金7,350円のところ、特別宿泊ご優待券なるもので5,229円也。優待券はJR北海道の車内誌についている。 旭川駅の発車が6時すぎのため、朝は4時半に起床し準備を始める。部屋のテレビでまずは天気予報。数日前までいた九州は気温30度なんてのは当たり前なのだ。この北海道はというと、旭川でやっとこ25度、小生の本拠地である釧路は21度。これまで動いてきた国土の大きさを感じる瞬間でもあった。 | ||
(NHKの天気予報) | (九州地方) | 5時半からはニュースが始まった。寝ている時間に起こったのか、津波注意報が太平洋沿岸に発令されていた。見慣れた釧路や根室の風景がテレビに映し出されていて、これにはちょっとびっくり。時間もあまりなく、じっくり見てはいられなかったが、大きな被害にはならなかった模様。 |
(北海道地方) | (津波注意報の情報) | (釧路の様子) |
ホテルを出て、旭川駅へと向かう。買物公園はさすがにまだ人通りが少ない。朝早くから動く旅行客や酔っ払った若者、おじさんなどがちょこっと歩いているだけだ。ローソンで朝飯分くらいの食料を調達する。 | ||
駅の中も閑散としている。始発は臨時の夜行となってしまった、3時40分発特急「はなたび利尻」札幌行き。普通通列車は休日運休の5時47分発富良野行きである。その次が本日小生が乗車する稚内行き普通321Dである。駅では旭山動物園の動物たち?が迎えてくれた。 | (ホテルパコ旭川) | (平和通買物公園) |
(のりば案内) | (ペンギン) | (シロクマ) |
◎◎321D〜4325D〜4327D・旭川発稚内行き普通◎◎ (旭川605→稚内1159) | ||
旭川駅5番線に停車中の列車は321Dの2両編成。後結のキハ40系は名寄まで、先頭のキハ54系が終点稚内までの約6時間を担当する。最北端に向かうにはふさわしい長距離列車である。 旭川駅は現在工事中。駅の南側、5番線のすぐ隣には将来の駅舎となる高架が姿を見せ始めている。 | (旭川駅にて321D) | (旭川発車時の車内) |
先頭車両は7,8人の乗客で旭川を発車する。旭川を出るとすぐ右手に旧旭川運転所の広大な敷地があり、大きな扇形機関庫がある。稚内・網走方面行きだと線路の右側には将来の線路となる高架が建設中で見にくいが、富良野線からは全体がよくわかる形で見ることができた。この名物?も9月中に解体された、との情報が入った。 この時期は高校の授業が始まる時なのだろうか。高校生だったのはつい数年前のはず・・・2学期がいつ始まるのか、なんてことすら忘れてしまった。制服姿の高校生が途中駅ではかなり乗り込み、士別にて下車していった。 | (旧旭川運転所の扇形機関庫) | |
(名寄駅にて321D〜4325D) | 名寄では4分の停車でキハ40系を解放、キハ54系の1両編成にて列車番号も4325Dに変わり、北へと進む。 ひたすら北海道的風景の中を進む。道東ではお馴染み?のキハ54系のエンジン音を聞きながら、ついうとうととしてしまう。気がついたころには音威子府手前であった。 | (音威子府駅駅舎) |
音威子府では48分の停車時間がある。この時間はちょうど音威子府駅が賑わう時間帯である。2番線にはここで4325Dから列車番号が変わる4327Dと1番線の名寄行き普通4326D、それに2032D札幌行き特急「スーパー宗谷2号」が3番線に入線する。2032Dは繁忙期ということで札幌方に2両増結の6両編成だ。 | (2032D,321D,4326Dの交換) | (特急えさし号) |
汽車が賑わった後はバスもある。枝幸からの旭川行きの特急えさし号が駅前のロータリーに入ってきた。乗客の様子は見えなかったが、音威子府からはひとりだけ乗車した。 一通りイベント?が終わると今度は腹ごしらえ。駅舎の中にある常盤軒が有名なそば屋さんである。表示してある営業時間は水曜定休で9時半から16時まで。けれども特急入線のころから開けていたので、実質は9時頃から開いているのかもしれない。汽車が出た後でもそば屋の前は賑わっていた。これが駅のあるべき姿なのだ、と思った。天ぷらそば430円也。 ちょっと余談。この写真だけはちょっと異質だが載せてみた。一見どこにでもあるような看板だが、音威子府はちょっと特別かもしれない。おしゃれな駅舎と、そば屋の賑わいとは似ても似つかない歴史がここ音威子府をはじめ北海道は特に強く残る。 | ||
(立ち喰いそばの常盤軒) | (天ぷらそば) | (注意の看板) |
(兜沼→勇知) | (勇知→抜海) | ここからはまた列車番号が変わり4327D。音威子府にて48分の長い停車時間を経て発車する。 外に出て気分はすっきりしたものの、やはり景色を見ていたり、本を読んだり、寝たりしてみても時間をもてあます。ちょっと時代を変えて、車窓を白黒で写してみたりもした。 |
音威子府から分かれていた天北線は南稚内にて再び合流していた。その面影はほとんど見かけられなかった。南稚内からは地方都市らしい姿となる。街の中心が南稚内方面なので、乗降客も南稚内のほうが多いのかもしれない。そしていよいよJR最北端であり、当列車の終点稚内に着く。 | (南稚内発車) | (稚内駅2番線) |
◎◎稚 内 駅◎◎ 九州は指宿駅から青春18きっぷを使い5日目。JR最北端の稚内駅に着いた。着いたときは実にあっけないものである。小生が住んでいる北海道内であり、しかも来たことのある土地なので珍しさというものは特にない。とりあえずは改札内を撮りまくる。駅名標には当然のごとく、次の駅名表示はない。線路終端には車止めがあり、日本最北端の柱も建っていた。 ホーム上屋の柱には全国各地から稚内までの距離が表示してある。九州からは3,000km以上の距離が書かれている。小生もこの表示のように片道3,000kmを移動してきたのだ。 | ||
JR九州、西日本、東日本、北海道それぞれの押印がある浜中駅で買った赤い「青春18きっぷ」を駅員さんに見せて改札を出たとき、やっと実感したような気がする。「わしは九州、指宿から普通列車に乗ってここまできたんだぞー!!」と心の中で叫んでみた。 みどりの窓口では根室、指宿同様に記念の入場券を買う。JR北海道ならでは?の硬券入場券、160円也。 | (稚内駅駅名標) | (指宿駅からの距離) |
駅舎から外に出る。気温は思ったほど寒くない。とりあえずはありきたりではあるが、線路の車止めへと向かう。駅の裏手にはフェリーターミナルが歩いていける距離にあり、その途中に写真の“最北端”看板がある。「西大山」の文字が恨めしい。ここでも九州、西大山への到達を誓う。 | ||
(宗谷本線終点) | (稚内駅駅舎) | (線路最北端の看板) |
(北防波堤ドーム) | (C55−49の動輪) | 帰りの汽車まで時間があるので、フェリーターミナルの方へ進む。皆さんご存知の北防波堤ドームが姿を見せる。長いドームは建造物としての不思議な魅力がある、と自分では思っている。 その傍らにはC55形の動輪があった。港にあるということでかなりの錆がある。あまり磨いているという雰囲気もなかったのは残念だ。 |
◎◎4330D〜4332D〜330D・稚内発旭川行き普通◎◎ (稚内1412→旭川2024) | ||
JR最北端で過ごした時間はわずか2時間ほど。また同じ列車で6時間を過ごすこととなる。駅の中のそば屋で天ぷらそばを食べる。ついでに車内のおやつ用におにぎりではなく、稲荷寿司も4個買う。キヨスクでは「駅むす」なるものを売っていたので迷わず購入。「駅むす うに」は1個200也。 | (稚内駅にて4330D) | (利尻富士) |
あとは札幌経由で釧路まで帰る。1週間前に釧路を出て南へ向かい、東京経由で鹿児島へ。鹿児島からはひたすら北上し、最北端の稚内を出た今はどこか寂しい。目標が達成された後というのはこのようなものなのか、と自問自答する。北海道らしい駅舎があり、雄大な天塩川を見ながら南下する。 | ||
(駅むす うに) | (雄信内駅駅舎) | (天塩川) |
(音威子府にて4330D〜4332D) | (フルーツ牛乳) | 音威子府到着、36分停車。ここでも列車番号が4330Dから4332Dへと変わる。往路は開いていたそば屋さんもすでに閉店の時間だ。食べにきたライダーらしい方が残念そうに去っていった。駅事務室も8時40分から16時40分までとちょうど閉まった時間である。 駅舎には牛乳の自動販売機があり、フルーツ牛乳を飲む。110円也。小生が最も好きな飲み物かもしれない。 |
(4332D車内) | まだまだ南下。本を読んだり、寝てみたり、景色を眺めていたり・・・結局は往路と同じことの繰り返しである。さすがに1週間以上旅をしていると体力的にもきつくなる。温泉にでもつかれば体力も回復するのだろうが、そこまでゆっくりしている時間はない。 名寄では7分停車する。駅弁を買おうと思ったら、ここでも閉店。営業時間は9時半から16時45分で、駅弁以外にもそば、うどんの立ち喰いもあるらしい。ホームで写真を少しだけ撮って車内へ戻る。列車番号が330Dとなり旭川へ向かう。稚内から約6時間をかけて終点旭川、定時に到着した。 | |
(名寄駅にて4332D〜330D) | (東風連→風連) | (旭川駅にて330D) |
◎◎2334M・旭川発岩見沢行き普通◎◎ (旭川2049→岩見沢2224) | ||
久しぶりに乗る電車である。しかも711系というところがいい。気動車とは明らかに違う。車内はボックス席に半分ほどしか座っていない。青春18きっぷ時期の東北本線みたいな状況には全然ならない。滝川では7分の停車で網走からの18Dに追い越される。乗車率はほぼこのままの状態で終点岩見沢に到着する。 | (旭川駅にて2334M) | (2334M車内) |
◎◎340M・岩見沢発小樽行き普通◎◎ (岩見沢2236→札幌2318) 本日最後は721系普通列車である。岩見沢ではDD51形の引く貨物列車を見かける。そして稚内からの2034D札幌行き特急「スーパー宗谷4号」を見送る。特急は約5時間で走るのに対し、今回の普通列車乗り継ぎは約9時間もかかってしまうのだ。 札幌には2番線に定時到着。やはり道都札幌だけあって人が多い。駅舎の外に出て見上げると、きれいなJRタワーが印象的だった。 | ||
(岩見沢駅にて340M) | (札幌駅にて340M) | (札幌駅北口) |
* * (2007/08/18)2007列島縦断ひたすら汽車の旅8 * * |
トップページ > できごと > (2007/08/17)2007列島縦断ひたすら汽車の旅7
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |