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「青い翼」作・和吟文夫

「青い翼」=和吟文夫=前編(^_-)-☆
登場人物
富永真知子=43歳 本屋でパート 一年前にふとしたことから記憶を喪失、以来パートを休んで自宅で療養
富永雅幸=真知子の夫=41歳 大学の事務員 真知子が自分以外の男性と交際 けれど、それをとがめるでもなくじっと見守っていた
富永はるな=雅幸と真知子の娘 高校三年生 真知子の浮気を知らない 行方不明の母をひたすら慕う
謎の夫娘親子=真知子が愛した謎の男性とその娘
的場照子=真知子が傷心の思いで旅に出た
その時に知り合い、後の富永家の光になった
的場康祐=照子の息子
真知子の娘であるはるなの大学の先輩で後、恋人になる

「青い翼」主題歌
=イメージソング候補
詩=あんみつ姫

1−駆け出す君の長い銀のイヤリングが
ゆらり ゆら ゆら ゆれ〜て
それが 恋のナッシング
手を伸ばせば むなしく 消える恋のシャボン玉
僕が出したレターアド 総て捨てられた
それを探しに行くから 真知子よ
お願い残して せめて道しるべ

2−真知子の長い髪を 僕が風になりそっと
ゆらり ゆら ゆら ゆれ〜て
それが恋のダンシング
北の大地で探した 答えどこにウーウー
君の冷たくなった 唇頬にあてたい
青い翼で つつんだ愛の日々
抱きしめたかった せめてもう一度

★物語はここからはじまります★

真知子は記憶を失ってから一年が過ぎていた
名前も年さえも思い出せない、そんな自分を唯歯がゆく思うだけ。思い出す事は・・・あの時、誰かをひたすら待っていた。それから、手には午後1時を過ぎた時計をぐっと握りしめていた。いったい、いつ、どこで、誰かと確かに約束をしていたにちがいない、そう確信を持っていた真知子だった。

目が覚めた時は、夫らしき人と、娘がひとり・・・
こちらを心配そうに見つめていた。けれど、さっぱり愛情を感じないまま、退院して一年。毎日が空しく過ぎ去っていった。
「お母さん、この野菜炒めは味付けをどうすればいいの?」
「ん?」真知子は相変わらず愛情を感じないまま、形だけの親子を毎日演じていた。だけど、自分ではそれは仕方のないこと。そう思う事にしていた。そうじゃないと、悲しいだけだから〜。
今好きな音楽を聴きながら、娘と料理をして、夫の帰りを待つ。ごく平凡な主婦。なんだろう。人は皆なんだろう。人は人であって、鳥でも兎でも、まして、花でも野に咲く
ぽぽでもない。けれど、同じ命を与えられている。
そんなある日のこと、娘美津子が天ぷら油をなべにいれ、コンロにかけた瞬間???????

真知子の着メロが・・・
「もしもし?」
「真知子さん?」
「ええ、失礼ですが、どちら様ですか?」
「富永です」
「・・・・・」
真知子は瞬間、携帯電話を持っていた左手から、右手へ持ち替え、ひたすらその声に魅了された。
「あの・・・」
「愛しています、今すぐ、逢いたい」
真知子はその声の主を覚えていた。
というより、忘れられない思い出の人。
記憶は一年の間少しづつ蘇っていたのだ。
思い出そうと努力しなければならない事以外に、忘れられない事は別に努力しなくとも、思い出せる、それがわかった。
「今、娘といるの」
「真知子さん、その人は実の娘さんじゃない。僕との間に出来た子。その子が実の娘なんだよ」
「はっ」真知子は目の前の女性を見て息を呑んだ。
「お母さん、出来たよ。味を見てよ。ちょっぴり辛かったかなあ?」
「ええ、今すぐいくよ」
「じゃ、明日、本町の平和銀行前で待ってるよ。午後1時。」
「え?え、ええ。わかった」

時の流れに遊ばれた後、真知子は一晩一睡もせず、朝を迎えた。それは、最も残酷な朝。けれど、最も、幸せな時間を迎える、それを知るのは、その日の夕方であった


本町までは自宅から一時間で行ける。
平和銀行は駅から5分の所。1時だから11時半には家を出ないと間に合わない。今の記憶では心もとない。けれど、幕はおりた。自分の運命をはっきりしなければ。このままでは未だ、自分でない。今住んでいる家族以外の誰かと話をしないと、自分をつかめない。真知子は焦りにも似た気持ちで、急ぎ足で最寄の駅に向かった。何かにとりつかれたように・・・。期待感と恐怖の気持ちが交差。いったい、何で自分は記憶を失ったのだろう。うっすらとある記憶を手繰り寄せてみた。40分間電車にゆられ、ゆられゆられて夢の中。「ほんまち〜ほんまち〜〜」懐かしい駅員の駅名を告げる声。私はこの駅で何を目的に降り立ったんだろう。それは、1年前の事。後5分歩くと、あの人に逢う。愛しい気持ちが再び真知子の心に蘇った。その時。背後から・・・・・
「おかあさん!」
はるな・・・・
はるなが、駅まで迎えに来ていたのだった。声と共にいきなり抱きついてきた、その女性は、紛れもなく娘のはるなだった。

確実に覚えてる
それは、我が子はるなの声
揺ぎ無い母心
「?・・・・・」
「おかあ・・さん?はるなです」
「あなたは、娘の、は・る・な」
「今、お父さんが銀行前で、待ってるよ。私、一緒に来たけれ
ど、お母さんを迎えに行くって、そう言って来たの。お母さ
ん、私、はるなを思い出して!お願い!」
「ごめんなさい、はるなさん。時間を、時間をください。今は
とても・・・・・」後は言葉にならない沈黙が二人の間をかけ
めぐるばかりだった。
ふたりは銀行前で待っている筈の雅幸に向かって歩き出した。
ー一方雅幸は、二人が会っているその同じ時間、以外な人物を見た
あいつだ!
真知子はあいつに心を奪われ、自分を、そして、娘までも失う
事に。
しかし、どうして、ここへ?
雅幸は妻真知子と娘の事を気にしながら時計を見た。どうしよ
う。偶然なのか。ここ本町はあいつにとっては来る由もない場
所。
雅幸は携帯で娘に連絡をとった。
「お父さんだよ。もしもし。急用が出来た。お母さんをよろし
くね。昼食が終わったら、家にお招きしておいてね。」
もう少しで平和銀行というところで、父からの電話。
「いいよ、お父さん。今から駅へ引返す。待って」
携帯を真知子に渡した。
「急用ですって?」
「ええ、すまないが、今日夜になるかもしれないが、家で待っ
ていてくれるかい?君と僕。つまり、僕達の家だよ。いいかい
?待っていてくれるね?」
「いいわ、分かったわ。」
けれど、本心は迷った。
迷った目を真直ぐに、そして、平和銀行近くの喫茶「エル」に
目をやった・・・・・真知子は・・・・・目を見張った。

(泣き濡れて)

「お母さん、はやく!」
はるなに急かされた真知子は、今見た光景を打ち消したい、そんな衝撃にかられ、はるなの手をぐっと掴んで、一目散に地下を降りていった。
「痛い!」
はるなの声を聞きながら、丁度ホームに到着の御堂筋線あびこ着の電車に飛び乗った。
「お母さん、どうかしたの?」
「ん?何にも・・・唯。」「唯?」
「はるな・・・さん」「はるなでいいよ」
「じゃ、はるな、私達の家へ連れて行ってくださらない?」「いいよ」
本町から30分の所にその家はあった。
駅から歩いて15分。
そこはマンションの5階だった。
「お母さん、入ろうよ」
「じゃ、お邪魔します」
「笑しいよ。一年前、お母さんはここから突然・・・・・」
急にはるなは泣き出した。
「ごめんなさい、記憶を失ったの。貴方に上手く説明できなくって・・・・・」
「・・・・・」
部屋に招きいれたはるなは、急に子供っぽくなった。
「ねえ、お食事まだだったでしょ?何か作ろうか?」
「ありがとう、お任せするよ」
「ん〜っと、じゃ、野菜炒め」
確か、美津子も野菜炒めが得意だった。
「いいよ、ご馳走になる」
そこへ、はるなの携帯から着信音が・・・・・
「はい?」
雅幸からだった。
「お父さんだ。はるな、お父さんだよ!」
「はい、私よ、はるな。今、お母さんとお家へ来ちゃった」
「はるな、電話、かわってくれ。お母さんと変わってくれないか?」
「ええ、いいよ。」
「私、真知子です」
「真知子?はるなをよろしく。僕は・・・・・」電話はそこで・・・・・切れた。


暫くして再び着信音が、今度は真知子の携帯から聞こえてきた。
真知子は「もしもし?」
「真知子だね?雅幸だ。今話の途中で人とぶつかって、ごめん。あまりに夢中だったもんで。いまから帰るよ。」
「雅幸さん、心配しましたよ。」
「夕食は僕が買ってかえるから、ふたりでゆっくり話をしていなさい」
「ええ、わかりました。はるなさん、いえ、はるなに言っておきます」
「じゃ、夕方には帰るから心配をしなくていいよ。真知子、もう離さないよ。」
「・・・・・」
「じゃ、切る」
昼食を終えて、写真を真知子と見て、安心したのかはるなは椅子にもたれて眠ってしまった。
食事をしながら、話をしながら、真知子は何か掴めない物をしっかり掴んだ、そんな時間だった。
それは、何か?
それは別の表現をすると、キラキラと散りばめた何かが今集まって、一つの記憶が蘇ってきた。
私は何か間違いを犯していたのだろうか?
はっきりしない。
しかし、暗闇の中から、手探りで掴んだ。
ー過去ーそれは、一年前の今日
私は、夫以外の男性に心を奪われた・・・・・
この日、待ち合わせ場所へ、時間は13時。
場所は平和銀行。
その過去とは、真知子がマンションから出るところから、始まった。
少し予定の時間を過ぎてしまった。
遅れ気味に家を出る。
時計を見れば、後20分しかない。
12時40分。
その頃、時を同じくして、重二が美津子から送迎を頼まれていた。
妻とはもう離婚が成立していた。
真知子との間は美津子には了解を取っていた。
「お父さん、私、東郵便局で下ろして」
「ああ」
「お父さん?聞いているの?」
「ああ」「お父さんったら。」
「早くしてくれよ。」

急いで車のドアを閉め、アクセルを思いっきり踏んだ。
車は本町の平和バンクに向かっていた。

真知子の方は雅幸にはまだ、重二の存在を言っていない。
許されない愛を承知の、いわば、愛の綱渡り。
お互い自分の気持ちを抑えることが出来ず、ここまで来てしまった。

美津子を降ろし、再び急発進。
間もなく平和銀行という最後の信号を左折。
左折で一時停車しなかった。
重二は小走りに急ぐ女性をひいてしまったのだ。

駆け寄って抱き寄せた、その女性は・・・・・
真知子であった。
後は、けたたましく鳴り響く救急車の音を、重二はただ、時が止まったように、呆然と聞いていたのだった。

真知子を抱きしめたまま・・・・・


本当にはるなったら。」
「おい、真知子どうしたんだよ?はるなだけじゃないよ。今の子は皆そうじゃないの?」
「あなたは、そうしてはるなを庇うから、んっもう、こうなっちゃうのよ」
「お母さん、野菜炒め教えて?」
「まずね・・・・・」
はるなは文句を言いながらでも、一生懸命に聞いていた。
「けどね、お母さん、私ができなくっても、彼氏がすればいいんよ」
「あら、それは、いけないわよ」
ー真知子はアルバムから聞こえてくる声にじっと聞き耳をたてていたー
過去からこだまするその声は、いつもの平凡な一家族からだった
紛れもなく、真知子が暖めていた、理想の一家
それが、一枚の写真が、その理想の家族を一瞬にして、粉々に・・・・・
次のページを開いた
答えは真知子のアルバイト先で撮った一枚の写真
重二が真知子の後ろに偶然に入っていた、その一枚の写真に釘付けになった。
「重二さん・・・」
写真に声を殺して叫んだ。
時は優しく流れていった。
「お母さん、出来たわよ。」
アルバムで過去を散歩していた真知子は、知らない間に眠りの世界へ・・・・・
その眠りから覚めたはるなが、真知子から直伝のアップルケーキを手に持って、真知子を起こそうとしていた。


再び真知子の携帯に着メロが・・・・・
「・・・・・」
無言電話だった。
重二からだ。
電話は間もなく切れた。
心の騒ぎを早く打ち消したい。
真知子は夢中でアップルケーキを食べ続けた。
「お母さん、そんなにがむしゃらになって。ふふっ。で、いまの、お父さんから?」
「あ?いいえ、誰だか無言だったわ」
「よくあることよ、気にしなくってもいいじゃん」
「そうね」

ピンポーン
雅幸だ。
そう思ったふたりはかおを見合わせて、玄関向かって駆け寄った。
ドアを同時に開けたため、ふたりはつんのめった。
目の前にいた人物。
その人は真知子が本町で目を見張ったその人。(青い翼その5参照)
「お母さん!」
美津子その人だった。
「どうして、ここを・・・・・」
「だれ?」はるなは重二と真知子のことは知らない。
自分以外に真知子をお母さんと呼ぶ人がいるなんて。
隠し切れないショックに、うろたえて、唯呆然とするのみ。


美津子とはるなは母の次の言葉を聞いて、はた、とした。
「いったい、私は・・・・・誰なの?」
美津子は「私のお母さんよ」
それを聞いたはるなは「貴方は誰?誰なの?」
美津子に向かってそう言ったが、美津子は取り合わなかった。

あかの他人の美津子だけが、総てを知っていそうな状況に、真知子、はるな親子は美津子の不思議な恐さを感じた。
「じゃ、言うよ」

気の強い美津子は、話を始めた。
「青い翼」って言うサロンで私の父と貴方のお母さん、けど、今は私のお母さんだけれど、いつも逢ってたの。
つまり、不倫。
ふてぶてしいまでに美津子は続けた。
けれど、はるなは唇を震わせて「やめて!」
側で記憶を辿りたくて聞き耳をたてていた真知子が「美津子、出来たら、私と二人でお話しをしない?」
「お母さん、美津子は・・・・・」

そこへ、どたどたと階段を駆け上がる二人の男性が・・・・・


ピンポーン
真知子、はるな、そして美津子は同時に玄関を駆け上がるふたりの足音を聞いた。
足音は止まった
「真知子、雅幸だ。遅くなったね」
「雅幸さん?その人は?」
「ああ、あははははは。真知子の好きな中華料理を一緒に運んできたよ。待っているかと思って、急いできたよ。あ?ごめん。そこに置いといて。」
「まいど、じゃ、お勘定はつけときます」
「あははは。よろしくね。」
雅幸の目に美津子が入らないのかと思うほどテキパキと中華料理をキッチンに運んでいった。
「あ?ごめん、この人は?」
ー知らないんだ。雅幸は美津子の事を知らないんだー美津子はそう思った。
「はるなのお友達なのか?」
はるなは「違うよ。」
「ま、いいや、一緒にどうぞ。」
美津子は「いいです、失礼致します。」
そう言うなりあたふたとマンションを出て行った。

「おや、あの子はどうして?」
「雅幸さん、聞いて?」
「真知子なんだい」
「私・・・・・」
「真知子、今日はここに泊ってゆっくりすれば?真知子にとってここは一年もの間いなかったんだから、僕は無理は言えない。けれど、けれどお前にとって、ここは僕と、お前とそして娘のはるなの家なんだよ。総てを思い出すまでは時間もかかる。それには、家族の協力が必要なんだよ。その家族は僕とはるな以外にないんだよ。」
「・・・・・」
「お母さん、今の人は?誰?」
「・・・・・」
真知子は座り込んで泣きくずれるばかりだった。

ー一ヶ月が過ぎたー
冬も終わり鳥達が活発に動きだした、そんな初春のある日
あれから、真知子はずっとマンションで三人の生活に戻っていた。
携帯からの呼び出しもない。
誰の訪問もない。
唯、雅幸とはるなの帰りを待つ。
一日中アルバムを見て、過去を旅する毎日だった。
一年前には忙しいだけの一日。
けれど、今はたんたんと過ぎる時間と共に生きている。
私はふたりの人を愛してしまった。
そうだ、書店で知り合った重二さんと・・・・・。
学生ばかりの中で真知子は事務を担当。
相談役は重二だった。
重二の妻からは事務所に比較的頻繁に電話がかかってきた。
なんでもない用事でいつも真知子は重二を冷やかしたものだった。
「陽子か?今仕事中だよ。後で、こちらからかけるから!」
「あら、冷たいのね。」
「いいんだよ、今日の買い物の催促だから。」
「そうなの、優しいんだ、お買い物をしてあげるのね?」
「・・・・・」
そんなたわいもない会話ばかりだったのが、ある日男女の会話に変わった。
重二から、切り出した。
「真知子さん、僕・・・・・。」
「え?」
「僕は、妻とは今上手くいってないんだ。」
「・・・・・」
「聞いているの?」
「・・・・・」
沈黙の時間ばかり過ぎ、真知子が言った
「ごめんなさい、私、前から貴方の気持ちは気づいていたの。けれど、申し訳ないけれど、私には主人と娘がいる。それに、うまくやってるし。」
「そう、それは承知している。」知らず知らず恋に落ち、二人の間にもう垣根はなくなった。
真知子の記憶は完全に近いほど戻りかけていた。
そうすると、一年前の苦しみも再び蘇るのであった


真知子は、久しぶりにふらりと出かけることにした。

ー交通事故で、奇跡的に命をとりとめた。
あの日から真知子は真知子でなくなった。
いや、本来の真知子に・・・・・
つまり、過去を失う事によって、何かを得た。
そう思ってもよかったのかもしれない。

事故の直前までは、二人の男性を思い、結局二人を苦しめる結果になった。
雅幸はとっくに真知子の心が他の男性に魅了された事に気づいていた。
しかし、真知子は気づかれていないとばかり思っていた。

未だ見ぬ未来を知るため、はたまた、失った過去を取り戻すがために、街をふらふらさ迷い歩いた。

ひとりでに真知子の足は、自分が生と死を彷徨った本町へと向かっていたのだった。


「大丈夫ですか?」
「・・・・・」重二は大勢の人に取り囲まれた。
「救急車!」
「誰か、お医者さんはいませんか?」
「私、看護婦をしていました。」
「じゃ、様子を、そして、救急車がくるまでの応急は?」
「動かさないでください!頭を強く打っている可能性が。」
「このまま、このまま。」
重二は、あまりの衝撃に、涙も出なかった。

真知子は思い出した。
この日、待ち合わせをした後逢引の場所「青い翼」へと向かう予定だった。
返事をする約束をしていた。
いよいよ、雅幸と別れるかいなか・・・。
真知子は「総ては自分が蒔いた種。」
結果は、別れる、だった。
早くその事を伝えるべく、足が急いだ。


「お母さん?美津子よ」
背後で声がかかった。
直ぐに美津子とわかった。
「美津子さん、あれから、どうしていたの?この前もびっくりしたけれど、今回もどうして私を・・・?」
「私はいいけど、お父さんが落ち込み酷くって。」
「貴方には心配をかけるね。ごめんなさいね。」
「いいよ。」
「ところで、私ね・・・・・。あっ、どこか、お店に入ろうか。」

二時間程、喫茶「エル」で二人は話をした。
ここは、真知子が若い頃の勤め先の近くだった。
友人と昼食の為行った馴染みの音楽喫茶である。
店の片隅にグランドピアノがあり、レジ近くには、リクエストを言うと順番にそれぞれの客の希望の曲が流れる様に、オーディオ設備も整っている。
昼は喫茶、夜はバーにお店の様が変わる。

美津子はショパン「別れの曲」をリクエストした。
この一ヶ月、自分の記憶はほぼ7割戻った事。
重二と美津子の将来を思うと、居たたまれなくなる。
けれど、いつまでも、この状態を続けるわけには行かない事。
自分は過去を失っていた。
けれど、今、殆ど蘇り、未来が見えてきた。
幸せを呼ぶ青い鳥。その翼は、重二と美津子であった。
けれど、過去を知ったいま、苦しいけれど、雅幸とはるなにそれを託してくれないか?
真知子は美津子にそう言った。
気の強い美津子が、肩を震わせてその言葉を唯下を向いたまま、聞き入っていた。
真知子は美津子を愛しいと思った。
けれど、今、強い心でいないと、ガラスのような今の自分の決心が、壊れる。
美津子は、今、かかっているいる曲が「別れの曲」だと、知らない。
はるか彼方に幸せが・・・・・
真知子はそう感じた。
それは、確かな手ごたえがあった。
青い鳥が、大きく大きく翼を広げ、未来へ飛び立とうとしている。
真知子の脳裏には、もう、迷いはなかった。


家に帰った真知子は、さっき別れ際に今までに見せなかった美津子の鋭い瞳を思い出した。
冷蔵庫のオレンジジュースを一気に飲み干した。
言ってしまった。
きっと美津子は重二に伝えるだろう。
あの子は胸の内を堪える事の出来ない性格をしている。
はるなとは正反対。
もう、重二とはおわり。
さっき聴いた「別れの曲」が未だ「耳の奥に・・・・・。
高校生のあの子が曲名を知る由もないのに、何で?
しっとりと心を落ち着かせるあの曲。
けれど、別れを準備する男女には、重くしかも気だるさを呼び込むかもしれない。

この疑問は、一週間後に重二からかかる電話で知るのであった

が、真知子は、今更残酷な言葉をあの子に伝えた自分を恥じた。
いつかは言わなければ、自分に適度な慰めの言葉を綴った。

雅幸とはるなのため、夕食の準備にかかった。
お鍋には、後カレーのルーを入れるだけ。
ボーっとしたまま、考えた。
毎回カレーに甘口をブレンド。
最後にチョコを少し入れて、出来上がり。
そのチョコを親指と小指で摘んで、思わず・・・口に掘り込んだ。
瞬間、真知子は小さく叫んだ。

ー旅に・・・出よう!−

心の旅路 −1

真知子は雅幸に手紙をしたためた。
何で?
それは、初めて胸の内を告白したかったから。

ーあなた、私は旅に出ます。
一年間勝手をした上に再びの我がままをお許しください。
私は2年ほど前より、他の男性と恋に落ちました。
許して、とは言えません。
自分の過ちは自分で償うつもりでいます。
どうぞ、もう一度チャンスをください。

記憶を辿って、元の真知子に悖るまで、時間をください。
この手紙をごらんになる頃には、真知子は遠く空の上からあなたとはるなを見守っています。
もう、充分傷つきました。
後少しの記憶を取り戻す事と、心の傷を癒すための旅行です。
今度逢うまで電話もメールも、まして手紙も書きません。
癒しの旅でしょうか。

雅幸は、一気に読んだ。
そして、深呼吸をした。
とうとう告白をしたか。
一言呟いて雅幸は椅子にどっかと腰をおろした。
いままで有耶無耶にしていた事をはっきりした言葉で綴っている。
煮えたぎる嫉妬心をおさえつけるがため、雅幸は昨日飲んだカンチュウの空き缶をおもいっきり片手で握りつぶすと、ひとつの決心をした。
あいつが憎い!
そう一言いい残して家を出た。



春の嵐—1

真知子が携帯を持たずに家を出たのは、初めての事だった。
最初は不安と物足りなさが重なった。
けれど、目的地の札幌空港に降り立った頃には、
すっかり旅の開放感で、自由の身を感じた。
タラップから降り、北の大地に足を踏み入れた。

その頃、自宅では、はるなが主のいない携帯に手を伸ばしていた。
冬はとうの昔に過ぎ、街はパステルカラーで塗りたくった景色。
思春期のはるなが、心を時めかせる春がやってきた。
昨日は、生暖かい風が吹いた。
夜になると雨になり、今朝からは昼にかけて春の嵐の中で、時が蠢いていた。
時々風の悪戯が過ぎて、はるなを驚かせた。
一時間ほど前には、どこからともなく救急車がマンションの前を三台行きかっていた。
真知子の携帯から着メロが何度となく・・・・・
出てよいものか、迷った。
はるなは、思い切って携帯をわしづかみに。
そして、一度胸に当て、涙が出るほど恐かった。
けれど、その後は、リモコンでロボットを操作するが如くだった。
電話を受けた、その時、近くでガラスの割れる音がした。
はるなは「・・・・・」
重二「真知子、俺・・・美津子から聞いたよ。」
はるな「・・・・・」
重二「いったい、どうしたんだ?」
はるな「真知子です。」
春の嵐は容赦なくマンションにぶち当たってきた。


春の嵐−2

「お父さん?お父さん!」
「何だ?びっくりするじゃないか!」
携帯の声の主に夢中の重二は、美津子の鋭い声に一瞬びくっとした。
はるなは、父雅幸のソフトな声と比べていた。
—こんなに強く、鋭い声。
しかも、一方的な話の進め方。
重二は、はるなの声を真知子と思い込み、約束を取り付けた。
「真知子、明日堺筋本町の西口、待ってるよ。」
「いいよ。」
「俺は、仕事が手につかない状態だよ。約束したよ。明日、1時に・・・」
「わかった。」
はるなは美津子の声を遠くで聞いた。
「あの子だ・・・・・」
何か美津子の声は、はるなの心にひやりとしたものを残した。
はるなはいつも携帯は左手。
左手親指姫の人である。
—重二さん、って言うんだ。
お母さんのあの人の名前は・・・・・重二、か・・・・・。
急いで自分の携帯に重二のアドと電話番号を登録した。
その作業を終えるなり、はるなは座り込んだ。
そして、ひとすじの涙を・・・・・流した。
「お母さんはお父さん以外の人に、恋をしたんだ。」
そろそろお年頃。
わからないわけでもない。
雅幸のことを思うと、許されるものでもない。
「明日、1時か・・・・・。」
はじめて涙を手で拭って、母の携帯を元の場所に置いた。

はるなは4月から大学生。
父雅幸と同じ阪北大学。
父と同じ大学に決まったとき、お父さんっ子の彼女は嬉しかった。
思い出したように立ち上がって、夕食の準備にかかった。
春の嵐も少しはおさまった午後の5時であった。


春の嵐—3

「今帰ったよ。」
雅幸の声が背後でした。
「あら、いつの間に。」
「だって、ピンポン鳴らしたけど、はるな、気づかなかったようだから。」
「そう、ごめん。」
「ところで、今日もカレー?」
「あら、ひどいわ。今日もって。」
「あははは、ごめん。そうだったね。」
「昨日はコロッケだったよ。」
近くのスーパーではるなのお気に入りのかぼちゃのコロッケの事である。
その頃、真知子はバスで市内を観光中であった。
それまでは飛行機で文字通り地に足が着かない状態だった。
大阪空港を9時30分発、全771便で札幌空港には11時15分着。
バス経由で東月寒。
ここで昼食ととる。その後札幌を市内観光。
時計台、大道公園、札幌ビールと結構忙しそう。
ツアーで他の人はペアでの参加だった。
一人旅は真知子だけではなかった。
もうひとり真知子とほぼ同じ年頃の女性がいた。
名を的場照子。
静かな趣で、少し意味のある旅なのかなあ、と真知子は思った。
自然同じ席に隣り合わせに座った。
言葉を交わすのに時間は要らなかった。
「どちらから?」
的場は静かに語りかけてきた。
「大阪です。」真知子も同じタイプ。静かに返した。
その日は真知子にとって、総てを忘れる事が出来た。
夜もふけ行く、鳥も自然に咲く花さえも真知子には優しかった。
そして、穏やかに時は過ぎて行った。


春の嵐—4

一方はるなのその後。
大学入学の手続きも終え、4月より新生活がスタート。
その大切な時期に、重二がはるなの青春の1ページに関わろうとしていた。
はるなが重二に関わる運命になろうとは、誰が知り得たであろう。
本町西口、運命の1時。その日は雨。
それは、春の嵐のなごりというべきか。
よほど急いでいたのか急ブレーキの車が西口に一台滑り込んだ。
重二の意中の人がいない。
車内から外を見渡すが、真知子の姿がない。
けれど、美津子と同じ年頃の女性が、横降りの雨にうたれたまま、じっとしていた。
不信に思った重二は「お嬢さん、随分濡れちゃって。」
「・・・・・」
「ん?」
重二が見覚えのある細長い銀のイヤリング。
真知子の誕生日プレゼントに、自分が買った物だ。
娘がいることは薄々聞いていた。
まさか・・・・・。
今度ははるなから聞いた。
「重二・・・さん、でしょうか?」
「ああ、重二だけれど。」
「真知子の娘、はるなです。」
「・・・・・」
重二は年齢より若く見える上に、ルックスも若向き。
この時を境に恋のシーソーゲームがはじまった。
はるなは重二に男性を感じてしまったのだ。
横殴りの雨は、容赦なくその勢いをましていった。
二人の運命を否定するが如く降り続けるのであった。
春の嵐、それは、まさに重二とはるなそのものであった。


春の嵐—5

「ただいま」
はるなは土曜日の午後4時まで、重二と共に、たわいもない話をして別れた。
はるながリクエストした「I love you」は重二とはるなの心に優しく残った。
「おい、おい、今日は弁当か?」
「今頃、お花見のお弁当いっぱいあったから、美味しそうだったから。」
「花見・・・か。お母さんが帰ったら、一緒に行こうか?」
「私は、いいよ。行かないよ。」
「ははは・・・冷たいなあ。はるなは。」
「お父さん。」
「ん?なんだ?」
「別になんでもないけれど。」

マンションからは、その夜遅くまで雅幸とはるなの話し声と時々聞える笑い声で満ちていた。
娘はるなに大きな心の変化があった。
それに気づいたのは、真知子が帰ってからの事であった。
そして、旅先で知り合った的場照子が富永家を救う事になるとは、照子自信にも予期せぬことだった。
一度床についたけれど眠れない。
はるなは自分のパソからそっとCDを取り出した。
「I love you」をもう一度聴きたかった。今日重二と逢った思い出を辿るため・・・
—「君は名をはるな君って言ったね。」「ええ」「音楽好きなの?」
「大好きです。」「じゃ、ここのお店、好きな曲リクエストすればかけてくれるよ。」
「じゃ、尾崎豊のアイラビューを・・・」
重二がオーダーするために席を立った。重二は席に戻って言った。
「で、真知子、あっいや、お母さんはどうされたの?」
「旅に出ました。」
重二は真知子の旅立ちは知らなかった。
「じゃ、携帯で話した人・・・誰?君?」
「ええ。私です。その人。」はるなは下を向いたまま、頷いた。


愛の予感—1

はるなは音楽が好きな関係で、アルバイトはレコード店に決めていた。
大学の入学までに面接を終え、プロスレコード店から採用の連絡を受けていた。
今日はバイト最初の日。
レジの指導を社員から教わっていたその時
「これをください。」
I love youのCDをレジ台に置く男性がいた。
社員は「1500円のお買い上げです。
「500円のお返しです、お受け取りください。」
「ありがとうございます、叉どうぞ、お越しくださいませ。」
ロポットのように決まり文句をいって、その後
「次からは富永さんがするのよ。」
「え?もう、次からするんですか?」
「覚える事が多いんだから、一回で覚えてもらわないとねえ。」
次にレジの前にスタンバイして、まっすぐ前を見た。
重二であった。
—帰りは何時?メールを入れておいてね。お仕事大変そうだね。お疲れに、ケーキでもごちそうしようか?
紙切れに簡単にメモって重二ははるなにめくばせをして去った。
はるなは休憩時間にそっとメモを読んだ。
—叔父様、ありがとうございます。9時頃に終わります。
どこでまてばいいのですか?
—じゃ、迎えに行くよ
—了解(^v^)

その夜の重二とはるなは、手まりのように弾んだ心のまま職場で過ごした。
夜は総てを包み込む。
恋は人を詩人にする。


愛の予感—2

的場照子「そうだったの。」
旅先で会った見知らぬ人に聞いてほしい。
真知子は一気に自分のいままでの出来事、及び今の心境をはきだした。
一泊目にどちらともなく食事をさそいあった。
不思議に真知子の失っていた記憶が、蘇ってきた。
的場照子
彼女は的場康祐の母。
つまり、はるなが行く大学の先輩になるのが、康祐。
康祐ははるなの恋人になる、その母が的場照子。
しかし、その運命は、読者諸君のみぞ知る、なのだ。
人と人の絡み合った糸。
不思議でもあり、悲しげでもある。
真知子「ねえ、的場さん、私は重二さんとは、もうとうに終わっています。
けれど、あの人、つまり、重二さんは私を諦めようとしません。
その気持ちを振り払う事が私には出来ないんです。」
照子「じゃ、どうするのですか?」
真知子「それが分かれば、悩む事ないでしょ?」
照子「そりゃそうかもしれないけれど。」
真知子「今夜はこれで、私のお話はお開き。」
照子「そうね、気を紛らわす事も大切ね。で、明日の観光コース、貴方覚えているの
?」
真知子「ええ、明日は朝早く8時半に出発ですよ。」
川湯温泉=硫黄山=摩周湖=双湖=阿寒湖(食事)=足寄=然別湖畔温泉(泊)
照子「旅はまだまだこれからですね。真知子さん、よろしく。」
真知子「こちらこそ、よろしく。今夜はおやみしましょうか。」
照子「そうですね。じゃ。」
ふたりは女学生に戻ったように、はしゃいだ気持ちで床についたのだった。
別の部屋に戻って、真知子は重二を思う未練。
これから迎えるうららかな春の日々に新たな希望を持つことにした。
—重二さん、ごめんなさい。真知子はこの旅で強くなるー真知子は自分がいとおしかった。


愛の予感—3

8時半に然別湖畔(しかりべつ=然別湖の西側にあり、原始林におおわれたぺトウトル山1340mを背にした幽すい鏡)
ここを出て、バスで日勝峠を11時半に到着。
後、日高で昼食をとる。
的場も真知子も世間話はせず、ひたすら旅を楽しんだ。
13時半にバスで富川を経て、真知子が最も行きたかったところ。
それは、アイヌ村である。
16時半に白老(しらおい)アイヌ部落到着。
ここで、約一時間木の彫り物を楽しむ。
おとなしいはるなを思い出すような横顔の少女の彫り物があった。
1万円と価格が表示されていた。
「素敵ですね。ふふっ。8千円なら、頂こうかなぁ?」
「いいですよ、じゃ、お包みしましょう。」
「え?いいの?」
人のよさそうな、その作品を彫ったと思われる本人が、価格を決めてくれた。
「ありがとう!」
真知子は小躍りして財布を弄った。
白老アイヌ部落は、チセ〈民家〉三軒の他、資料館などがある。
古装束の長が解説をしてくれた。

夕方登別温泉に着いた時には、的場も真知子も快い疲れを全身に感じた。
ここは、北海道第一の温泉。
市街にはアイヌ博物館、国際観光会館などがある。
湧出量は東洋一といわれ、良質の種類が多いことで有名。
的場は真知子に言った。
「富永さん、今度、大阪で逢いたいですね。」
「ええ、私も思いましたよ。貴方に何故か今日会ったと思えない。
運命みたいなものを感じます。」
「じゃ、お約束よ。」
旅も中盤、的場と真知子の心に、共通した何かが宿るのであった。


愛の予感—4

(クマ牧場、地獄めぐり、)登別温泉を10時は出発。
オロフレ峠をバスで通って、昭和新山。
12時半に洞爺湖(とうやこ)
ほぼ円形のカルデラ湖
中央に中島を浮かべ、羊蹄山(ようていざん)を背景にしている。
中島は4つの島の総称。典型的な優しい島。ここで、昼食。
後、湖上遊覧を楽しんで洞爺湖で一泊。
的場と真知子のひとり、いや、ふたり旅も後一日。

「真知子さん、楽しかったわね。」
「ええ、照子さん、貴方のお陰で、退屈な旅から一転して素敵な旅を楽しめました。」
「こちらこそ。」
まだ、語り足らない、そんな気持ちのふたりであった。

その頃、はるなは重二と約束を取り交わしていた。
それは、真知子が想像も出来ない約束。
まだ、子供とばかり思っていた。
そんなはるなは、すでに、そこにはいなかった。
旅は後一日を残すばかりとなった。
北海道の春の日差しが、照子と真知子を優しく照らした。
今年は全国的に桜の開花宣言が早かった。
しかし、北海道の桜は、まだそのつぼみをかたくなに保っていた。
「照子さん?」
「何ですか?」
突然真知子は胸騒ぎを感じて、照子に言った。
その言葉は・・・・・


後半へ続く・・・

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