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層雲峡〜三国峠〜糠平  2000年8月

 この日は雨の層雲峡を見物した後、北海道の国道最高地点である三国峠を越え、旧国鉄士幌線の廃線跡に沿って十勝の糠平へ下りました。


     層雲峡温泉の朝

 大雪山系の北麓・層雲峡で迎えた朝。外は相変わらずの雨である。窓の下で愛車が寂しげに濡れている。
 テレビの気象情報によれば、6時現在の道内各地の気温はどこも20度前後。日中も25度以下で、天気は今日も全道的に曇り時々雨との予報である。
 温泉街からは大雪山系の黒岳(1,984m)へ登るロープウェイがあるが、こんな天気では登っても仕方がないので、先へ進む。今日は北海道の国道最高地点・三国峠を越えて、十勝方面へ抜けようと思っている。峠の標高は1,139メートルとのこと。まぁ、なんとかなるだろう。

 朝食後、8時半に出発。山越えに備えて、1.5リットルのペットボトルに宿の水道水を詰めて、レインウエアを上下とも身につけ、雨対策は万全を期す。ちなみに足元は東京出発以来ずっとサンダルのままである(サンダルといっても、かかとを固定できるタイプ。一応、スニーカーも持ってはいる)。

 


     層雲峡

 温泉街から国道を上っていくと、いよいよ層雲峡を代表する景観が開けてきた。駐車場には早くも観光バスが来ている。
 まず視界に飛び込んでくるのは、鋭く天を突くようにそそり立つ岩の峰の間から流れ落ちる「流星の滝」と「銀河の滝」。北海道の屋根と言われる大雪山系の沢水が水の柱となって豪快に落下するのが「流星の滝」で、天女の羽衣のように岩肌を滑り落ちるのが「銀河の滝」だ。歴史の浅い北海道らしい安直な名前だが、どちらも見事な滝ではある。

   (左から「流星の滝」と「銀河の滝」)


 さらに進んで、「小函」と呼ばれる大峡谷を行く。昔の国道を利用した遊歩道があり、自動車は通れない。現在の国道は難所を避けて長いトンネルでこの区間を抜けているため、クルマやバスからは「小函」の景観は見ることができないのだ。
 小函の観光には自転車が一番便利で、レンタサイクル業者が客待ちしているが、観光バスの団体客は流星・銀河の滝を見ただけで、すぐまたバスに乗り込んでしまうし、断続的に雨も降っているので、ほとんど開店休業状態だ。僕も「自転車なら持ってるもんね」とばかりにここだけは得意げに(?)スイスイと通り過ぎて、奥地へ向かう。

 それにしても、層雲峡の迫力は想像以上だった。狭い道路と石狩川の渓流をはさんで両側に百数十メートルにも及ぶ柱状節理の断崖絶壁が圧倒的に聳え立っている。小函とは小さな函の中に閉じ込められたように、左右から断崖が押し迫っているという意味だそうだ。

 (そそり立つ柱状節理)

 高く険しい岩峰に木々がしがみつくように生え、そこに雲がかかっている。美瑛の風景が水彩画か油絵だとすれば、こちらは墨絵の世界である。あるいは、美瑛がメルヘンなら、こちらは漢詩の世界。美瑛は人間が大地に描いた風景だが、層雲峡は神の造った自然の彫刻である。

  

 ほとんど会う人もいないまま、奇岩奇勝の連続に息をのむ思いで進んでいくと、途中区間は崖崩れの危険があるため通行止めになっていた。あまりに険しい断崖の真下を行くわけだから、かつての国道とはいえ、現在の安全基準に照らすと相当危険な道ということになるのだろう。そこにいた警備のおじさんに記念写真を撮ってもらって引き返す。

  (この先通行止め)

 国道に戻ると、すぐに銀河トンネルが口を開けていた。初めは何気なく走り出したが、いつまでも出口が見えず、振り返ると入口もすでに見えず、結局、3キロ以上も暗闇が続いたろうか。こんなに長いトンネルを自転車で走るのは初めてで、車の轟音が反響して、ちょっと怖かった。歩道があったので、危険はなかったけれど。
 そのトンネルを抜けたところで、先ほどの旧道と合流。これを行けるところまで戻って、小函の通行止め区間の上流側の風景も見てくる。渓流の水音に負けないぐらい大きな声でミソサザイがさえずっていた。

 (上流側から通行止め区間を眺める)


 小函の次は大函。ここも国道は新大函トンネルで一気に通過してしまうが、旧道が遊歩道になっていた(右写真)。遊歩道も大半はトンネルだったが。大函というわりには小函よりスケールが小さいようだった。

 


     大雪湖

 さて、層雲峡観光はこれで終わり。ここからは本格的な山岳コースである。温泉街から大函までの8キロもずっと上りだったが、この先も延々と上りが続くはずである。まぁ、急ぐ必要はないので、あまり頑張らずにのんびり行こう。幸い、雨も止んでいる。
 大函から3キロほどで国道が分岐する。左は石北峠(1,040m)を越えて北見・網走方面へ向かう国道39号線で、右が三国峠(1,139m)を越えて帯広方面へ通じる273号線である。
 左へ遠ざかっていく39号線を見送って、すぐに渡るのが大雪ダム。石狩川をせき止めた人造湖で、大雪湖という名前がついている。
 その湖岸を進み、樹海トンネルを抜けると大雪パーキング。ここは道路の管理基地でもあって、道路の各地点に設置された監視カメラのリアルタイムの映像を見ることができる。2年前に知床峠を越えた時、麓は晴れていたのに、峠は暴風雨で、ひどい目に遭った。それで今回も峠の天気が気になっていたのだが、三国峠の気温は19度、現在の降水量は0ミリということで、ひとまず安心。ちなみに三国峠までの距離はあと19キロとのこと。自転車の距離計を見ると、ここまでの走行距離は18キロなので、この数字が37キロになったところが峠ということになる。こんな数字が励みになるかどうか分からないが。とりあえず、暑くないことが救いである。

     三国峠への道

 とにかく、気分も新たに再び走り出し、長い長い峠道に挑む。ダム湖特有の複雑な湖岸線を描く大雪湖に沿って重いペダルを踏みながら進んでいくと、森の奥からコマドリの声がした。このあたりにはコマドリがたくさんいるようで、あちこちから突き抜けるような金属的なトレモロが響いてくる。ほかにもミソサザイやウグイスが競うように美声を聞かせ、それぞれに存在を主張している。「ピッヒューロ、ヒュロヒュロ、ヒ」というルリビタキの声も聞こえた。
 野鳥の声に耳を傾けながら、大雪湖をあとに石狩川の支流が刻み込んだ険しい谷にそって原生林の中をひたすら上っていく。「動物注意」の標識も多い。このあたりならヒグマも生息しているのだろう。途中で渡った大雪大橋の上から右手に雲をかぶった大雪の山々が見えたが、全体的に見晴らしはあまりよくない。

  

  

 早くもバテ気味で、のろのろ進んでいると、切通しの区間で対向車線にクルマが停まっていた。どうしたのかと目をやると、運転席の男性が僕に向かって左側の斜面の上を指差している。何かと思えば、キタキツネだ。草の生えた斜面を登っていったキツネはてっぺん近くで一度振り返ると、そのまま林の中に姿を消した。
 クルマのナンバーは確かめなかったが、キツネを見つけてわざわざ停車していたということは本州方面からの観光客だろうか。地元の人にはキツネなんて珍しくもないはずだから。

 (キタキツネ!)

 このルートは意外に観光のクルマは少なくて、観光バスもまったく通らない。ライダーはたまにすれ違うが、自転車には全然会わない。層雲峡を訪れた人の多くは石北峠を越えて網走方面へ抜けてしまうのだろう。

 それにしても峠は遠かった。驚くような急勾配は少ない代わりに、平坦な部分もほとんどなく、終始一貫して上りが続く。体力的にも精神的にもこういうのが一番消耗する。
 「走る」というよりは「なんとか動く」といった程度の進み具合で、休憩の間隔もどんどん短くなる。力尽きて自転車を停めてはボトルの水を口に含んで、ひと息つき、気を取り直してまたペダルを踏み始めるが、100メートルも進まないうちにもう足が止まってしまう。そんな体たらく。動いている時間より休んでいる時間の方が長いのではないか、と思うほどだ。ボトルの水も残り少なくなってきたし、腹も減った。もちろん、無人の山の中で、お店も自動販売機もあるはずがない。正直なところ、かなり辛い。でも、あとでこの旅を振り返る時、一番懐かしく思い出すのはきっとこんな場面なのだ。だから、どんなに辛くても、これで自転車旅行に懲りることはない、という確信だけはある。

 すっかり疲れ切ってグッタリしていると、車がやってくる。憐みの視線を向けられるようで、惨めなので、そんな時は「道端にきれいな花が咲いていたから、ちょっと眺めているんです」というフリをして車をやり過ごす。実際、道端には色々な花が咲いているのだ。橙色のコウリンタンポポ、黄色のタンポポモドキ、マツヨイグサ、ハンゴンソウなど。帰化植物ばかりだけど。在来種ではピンクのヤナギランがとりわけ可憐で目をひいた。

 (道端に咲くコウリンタンポポ)


     三国峠

 前方に山が迫ってきた。大雪山系の石狩岳から東へ連なる山々のはずだが、霧がかかって姿ははっきりしない。すでに道路の標高は1,000メートルを超えているはずだ。もう雨はすっかり上がって、路面も乾いているが、霧が峠を乗り越えて流れてくる。

 最後の数キロは本当にきつかったが、精も根も尽き果てた頃、ついに前方にトンネルが見えてきた。スタートからの走行距離はまさに37キロになるところ。時刻は12時半。そこで今日初めて自転車(ロードバイク)に乗っている人に会う。僕と違って装備も少ないので、長距離ツーリングではなく、峠マニアかレースのトレーニングかだろう。互いに手をあげて挨拶しあう。

 (峠の手前から振り返る)

 (とうとう三国トンネルに突入!)

 軽快に下っていく彼を見送り、僕も最後のひと踏ん張りで、三国トンネルに突入。長さは1キロ以上はありそうだ。もちろん、歩道なんてあるはずもなく、トンネルの幅も狭いので、後ろからトラックにでも来られたら逃げ場がなくて心配したが、幸いにも後続車は1台も来なかった。

 (トンネルは前後のシェルター区間も含めて1.4キロ。道幅が狭い)

 トンネルの中間地点で石狩の上川町から十勝の上士幌町に入り、長い暗闇を抜けると、外は霧で真っ白だった。対向車はヘッドライトをつけて上ってくる。
 三国峠はその名の通り、石狩・北見・十勝の国境で、雄大な眺望が開けているはずなのだが、なんにも見えない。視界は50メートルもないようだ。
 トンネルを抜けてすぐに駐車場があり、売店と食堂があったので、そこでカレーライスを食べ、キャラメルを買う。

  (トンネルを抜けると霧の中)

 峠からは大樹海とクマネシリ連山の眺めが素晴らしいそうだが、もともと何の予備知識もないまま上ってきたから、景色が見えなくても失望感はあまりない。「大雪山国立公園三国峠」の標識をバックに愛車の記念写真だけ撮ってやり、いよいよここからは待望の下りとなる。
 ミルク色の世界を切り裂くようにグングン加速していく快感。さっきまでの疲労が一気に吹き飛ぶ感じだ。ほとんど見通しがきかないので、もちろん気は抜けない。
 左へ左へとカーブして、まもなく宙に飛び出したかのように長い高架橋を行く。やけに立派な道路だという印象を持ったが、あとで知ったことにはほんの数年前までここは未舗装のダートだったそうで、舗装工事の際に高架で樹海の谷を飛び越えるような新しい短絡ルートに切り替えられたらしい。それまでは、もっと地形に忠実に地を這うような道だったのだろう。

     北海道開発局の国道273号線三国峠監視カメラの画像


     十勝三股

 とにかく、ほとんどペダルを漕ぐ必要もないまま、重力に任せてビュンビュン下っていくうちに霧もすっかり晴れ、勾配もだんだん緩やかになってきた。
 峠から10キロほどで、あたりが美しい白樺の林になり、やがて少し土地が開けて、三股に着いた。
 北海道の鉄道に関心のある人には三股は馴染みのある地名である。かつて帯広から北へ伸びていた国鉄士幌線の終点がここで、駅名は十勝三股だった。
 帯広から78.3キロ。北海道の鉄道では最も高い標高664メートル地点にあるこの駅が開業したのは昭和14年のことだそうだが、晩年は列車が1本も来ない終着駅として有名だった。過疎化で利用者が激減したため、国鉄当局は途中の糠平から十勝三股までの18.6キロの列車運行を昭和53年12月から休止し、バス代行輸送に切り替える措置をとったのだ。そのため、この区間は正式に廃止されたわけではないのに、列車は走らないという生殺し状態が士幌線完全廃止の昭和62年3月まで8年余りも続いたのである。
 今から思えば、こんな過疎地に鉄道が敷かれたこと自体が不思議なのだが、かつては森林開発のために三股に数百人規模の集落があり、士幌線も木材輸送に活躍したそうだ。それが、木を伐り尽くすとともに人も去り、最後はわずか2世帯になったのだという。
 僕は士幌線に乗る機会はなかったので、三股に来るのも初めてだが、今や集落そのものが消えかかっている印象で、駅の跡地と思われる場所には夏草が生い茂っていた。

     キタキツネ

 三股をあとにさらに南へ下る。もうペダルを漕がなくても自動的に進むほどの勾配ではない。路面が濡れているから少し前まで雨が降っていたのだろう。
 しばらく行くと、またキツネが出てきた。自転車を停めると、こちらへやってくる。人間に餌をもらうことを覚えたのか、大胆な奴だ。小柄だから子ギツネらしいが、すぐそばまで寄ってきて、人を恐れる様子も見せずに、びしょ濡れになった体をブルブル震わせている。何ももらえないと分かると、今度は道路際の草むらでしきりにジャンプしている。何をしているのかと、よく見ると、バッタか何かを捕まえて食べているようだ。もう人間は眼中になく、虫追いに熱中している様子。しばらく眺めてから、走り出そうとすると、キツネはその時だけ動きを止めて、こちらを振り向いた。

  

 


     士幌線の線路跡に沿って

 音更川に沿って下っていくと、やがて峡谷にかかるコンクリートのアーチ橋が左手に見えた。士幌線の廃線跡だ。橋の上には草が茂っているが、ほぼ原形をとどめ、今にも列車がやってきそうな雰囲気がある。そう思っていると、列車の代わりに橋を渡る人影が現われた。カラフルなレインウェアを着た3人連れで、どうやら最近ブームの廃線探訪をしているらしい。彼らは三股方面から歩いているようだが、国道からは見えない森の中にずっと線路跡が続いているのだろうか。だとしたら、僕もちょっと歩いてみたい気はするが。

 (音更川にかかる士幌線のアーチ橋)

 さらにしばらく走ると、左手に湖が見えてきた。音更川をせき止めた人造湖の糠平湖である。雲をかぶった山に囲まれ、豊かな水を湛える静かな湖で、複雑に入り組んだ湖岸にもたびたび士幌線のアーチ橋が姿を現わす。こんな風景の中を一度列車に揺られてみたかったと思うが、今となってはもうかなわぬ夢だ。

  (糠平湖と士幌線跡)


     エゾシカ

 鬱蒼とした森の向こうに湖水を垣間見ながら坦々と走っていると、いきなりバキバキバキッと音がして、森の中へ大慌てで逃げ込んでいくエゾシカの白い尻尾が見えた。沿道には「シカ衝突事故多発」の標識がやけに多いが、大きな雄シカにぶつかると、クルマでも大破することがあるそうだ。自転車でシカに激突、なんていう目には遭いたくないものだ。
 このあと、もう1頭エゾシカを見かけて、三国峠から約34キロ、標高530メートルほどの地点にある糠平温泉に着いた。今日はここまでにしよう。

 (道路沿いに咲く花)


     糠平温泉

 糠平温泉には国設キャンプ場があるが、天気は不安定だし、テントを張るかどうか決めかねつつ、とりあえず、大雪山や糠平周辺の自然を紹介する「ひがし大雪博物館」を見学。
 結局、またしてもキャンプはせずに、東大雪ぬかびらユースホステルに投宿。ペアレントさんに「そのサンダルで三国峠を越えてきたんですか?」と驚かれる。そうか、そんなに驚かれるほど非常識なことだったか…。
 宿泊客はライダーが多いようで、僕は埼玉県から来た熟年ライダーと相部屋になる。

 近くの温泉ホテルに出かけて露天風呂で汗を流し、夕涼みがてら近所をサイクリング。
 湖面に夕靄が立ち込めた糠平湖を眺め、糠平駅の跡なども見てくる。駅舎が保存され、今は鉄道資料館になっていたが、もう夕方で入館はできなかった。

 ユースホステルはなかなか居心地がよく、食事も美味かった。
 夜はスライドを使った周辺の観光案内の後、クルマで幌加温泉に連れて行ってもらう。恐ろしく深い闇に包まれた国道を三股方面へ15キロほどの地点にある小さな温泉である。それにしても、いつも自転車にばかり乗っていると、クルマのスピードが猛烈に速く感じられ、シカが飛び出してこないかとハラハラする。運転するペアレントさんによれば、シカがいればライトで目が光るので、大抵は分かるそうだが、運任せという面もあるそうだ。今夜はシカの飛び出しはなく、道路際でキツネが1匹うろついていただけだった(昼間のキツネだろうか)。
 とにかく、山奥の温泉宿の露天風呂を存分に堪能してきたが、空には星は全く見えなかった。明日の天気はどうなのだろう。
 本日の走行距離は77.0キロ。明日は一気に阿寒湖まで行くつもり。

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