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屈斜路湖〜シラルトロ湖 1997年8月
屈斜路湖の和琴半島をあとに弟子屈を経て、国道391号線を南下。めざす釧路まで1日で走れる距離ですが、この日は釧路湿原の海跡湖であるシラルトロ湖のキャンプ場まで。走行距離は寄り道を含めて72.5キロと少なめです。
屈斜路湖の朝
屈斜路湖畔で迎える2度目の朝。輝きのない湖面を取り巻く外輪山には雲が低くかかっている。
テントの下は砂利なので、石ころの感触が薄手のマットを通じて背中に伝わってくるのだが、そんなことは全く気にならずによく眠った。早寝早起きの毎日で、心身ともに至って快調。長旅の疲労もほとんど感じない。
露天風呂でさっぱりして、売店で買ったパンと缶コーヒーの朝食の後、今日もまたカヤックを借りた。関西人らしいアルバイトの兄さんに「病みつきになりますねぇ」と言うと、彼は買うならどこのメーカーがいいなどと熱心に語り始めた。
屈斜路湖を出発
テントをたたんで、10時に出発。あとはゴールの釧路までひたすら走るだけ。ただ、明日は東京行きのフェリーの出航がなく、あさっての便に乗るつもりなので、今日のうちに釧路まで行く必要はない。今夜は釧路湿原のあたりでキャンプということにしよう。
ポツポツと雨が落ちてきたが、大したことはない。かまわず走っていると、すぐに止んだ。
昨日も走った国道243号線をとりあえずは弟子屈に向かう。昨日は気がつかなかったが、左側に釧路川が寄り添うように流れ、川下りのカヌーも見えた。太平洋までずっと下っていくのも楽しいだろうな、と思う。本当に自分のカヌーがあったなら、とちょっと考えてみた。組み立て式で簡単に運べるものがあるそうだ。
シマリス
弟子屈の手前で小清水から南下してきた国道391号線と合流。
まもなく道端で何か小さな姿が動いた。よく見ると、なんとシマリスではないか。野生のシマリスなんて目にするのはもちろん初めてだし、まさか会えるとは期待もしていなかったので心が躍る。こちらの存在に気づいたか、すぐに草陰に隠れてしまったが、列車やクルマでは絶対に会えない動物。やっぱり自転車旅行は素晴らしい。
弟子屈
さて、弟子屈にやってきた。各方面からの国道が交錯する交通の要衝なので、地図を取り出して道を確かめてから駅へ向かう。べつに用があるわけではないが、旅先で町に着いたら、まず駅に寄るというのは僕の習性である。
美幌以来の大きな町で、町なかを流れる釧路川もここでは両岸をコンクリートで固められ、都会の川のような姿になっている。
少し道に迷いながら弟子屈から改称された摩周駅を探し当てると、リュックサックを背負った若い旅行者が集まっていた。摩周湖ユースホステルに泊まった人たちだろうかと勝手に想像する。僕も過去に何度かここで降りて、摩周湖ユースに泊まったので、懐かしい思い出の多い駅である。あの頃は北海道を自転車で旅するなんていうのは超人的な体力と勇気の持ち主がやることで、自分には縁のないことだと思っていたから、旅の手段としては鉄道と路線バス(とヒッチハイク)だけが頼りだった。駅前に自転車を止めて、列車を待つ人々に紛れて意味もなく改札口の上に掲げられた時刻表を見上げたりしていると、一瞬、遠い日の自分に戻ったような気分になった。
11時48分発の釧路行き快速「しれとこ」が国鉄時代と同じクリーム色の車体に赤い帯という塗装のディーゼルカー2両編成で到着し、観光客を下ろし、また乗せて走り去るのを跨線橋の上から眺めて、駅をあとにする。
スーパーマーケット「Aコープてしかが」に立ち寄る。旅先のこういうお店の中をうろつくのは楽しい。地元産のメロンやジャガイモなどが観光地より安く手に入るようだ。とりあえず、お菓子だけ買って、正午を過ぎたので、店の上階の食堂でハンバーグカレーを食べる。
丘の彼方
弟子屈から釧路までは国道391号線を行けばよい。
釧網本線とほぼ並行して走る道路の両側に広がる風景からジャガイモや小麦やトウモロコシなどの畑が消え、牧草地ばかりになってきた。釧路地方に戻ってきたのだな、と思う。
標茶(しべちゃ)町に入り、磯分内を過ぎると広大な牧草地の向こうに雄大な丘陵地帯が迫ってくる。その丘陵地も森が開かれて牧草地に変わり、モヒカン刈りみたいにわずかに木が残っているだけ。
あの丘の向こうには一体どんな風景が広がっているのだろうか。見えない、ということはしばしば魅惑的に想像力を刺激する。よし、確かめに行ってみよう。
(あの丘の向こうが気になって、確かめに行く)
国道から脇道に逸れ、ホルスタインの群れが散らばる牧場の中の舗装道路を上っていく。この道は丘の鞍部を越えて向こう側へ消えているが、あえてそちらへは行かず、途中で見つけた丘の頂上へ続く草道を選ぶ。その入口で自転車を止め、あとは歩いて丘の頂上をめざす。一応は私有地に違いないが、誰もいない。牛だけがこちらを見ている。
(丘へ続く道)
優美な曲線を描く丘。明るい緑の絨毯のような牧草とわずかに残った濃緑の森のコントラストが美しい。道端には笹や蕗が葉を茂らせ、白やピンクや紫や黄色の小さな草花が咲いている。重なり合う丘と丘の合間にはサイロのある農家が小さく見え、北の方には阿寒の山並みが青く霞んでいる。これであとは晴れてさえいれば完璧なのだが。
(丘の向こうにも丘が続いていた)
丘の頂上に登って反対側を見渡すと、またべつの牧草の丘が連なっていた。地平線の果てまで同じような風景が広がっている。どこかヨーロッパ風の景色である。僕でもこういう土地で生まれ育っていたら、やっぱり高層ビルが立ち並び、人間がひしめく賑やかな大都会に憧れるようになるのだろうかと考えてみた。
標茶
国道に戻って、さらに走り続け、弟子屈から25キロほどで標茶に着いた。釧路湿原の北に位置する町である。国道から左折して、だいぶ川幅の広がった釧路川を渡ると、標茶駅がある。かつては釧網本線から根室標津方面への乗換駅だったが、今は標津線も廃止され、構内は閑散としている。ただ駅舎はこぎれいに改築され、駅前広場も整備されていた。現在の時刻は14時40分。
標茶からさらに南へ南へとひた走っていると、向こうから男女混成のサイクリスト集団が走ってきた。例によって手をあげて挨拶するが、反応があったのは1名だけ。自転車もピカピカしているから、きっと今朝釧路に着いたばかりで、まだ北海道ツーリングの流儀に馴染んでいないのだろう。僕も北海道に上陸した当初はライダーやチャリダーたちがみんなお互いに挨拶を交わすという習慣があるとは知らなかったから、挨拶されても気づかずに素通りしてしまったことがあったかもしれない。
茅沼
釧路川と釧網本線を跨いで、線路を右に見ながら走ると、まもなく五十石駅前を通過。このあたりから右手の風景がだんだん湿原ぽくなってきた。
勾配の苦手な鉄道はここから釧路まで湿原の縁を遠慮深げに細々とたどっていくが、道路は湿原を避けて丘陵地帯を行くから意外に起伏が多い。
五十石から5キロほど走って、坂を上ると茅沼駅への入口があり、そこを左折する。この先に標茶町営のシラルトロ湖キャンプ場があるので、今日はそこに泊まろう。
カーブしながら坂を下っていくと茅沼駅。ここは丹頂鶴が飛来する駅として知られ、僕も列車の窓から鶴を見たことがある。かつては駅員が餌付けしていたそうだが、今は無人駅となり、駅舎もログハウス風に建て替えられていた。
シラルトロ湖
茅沼駅前を過ぎて、さらに少し進むと「くしろ湿原パーク憩の家かや沼」という公共の温泉施設がある。入浴や食事はもちろん、宿泊もできて、キャンプ場の受付もここでやっているので立ち寄って、フロントでキャンプ場使用料360円を支払う。
そこから急坂を下ると、見えてくるのがシラルトロ湖で、その湖畔にキャンプ場がある。明晩は釧路市内に泊まる予定なので、今回の旅でキャンプをするのはこれが最後になりそうだ。テントの数はさほど多くなく、昨日までに比べると、かなり寂しい感じである。
静かな湖の岸辺の草の生えた砂地にテントを張り、それからまだ明るいので、自転車で散策に出かける。
湖畔の説明板によれば、シラルトロ湖は周囲6.5キロ、水深は平均1.5メートルという小さくて浅い湿原の湖であるが、数千年前までこの一帯は海(古釧路湾)だったという。その後、海が後退して現在の釧路湿原が形成され、あとにいくつもの海跡湖が取り残された。シラルトロ湖もその1つというわけである。現在はワカサギの養殖が行われているほか、コイやフナ、エビなどの漁獲があるという。
釧路湿原を見渡す高台に立つ「憩の家」からは林の中の1周2.4キロのサイクリングコースが整備され、その途中に展望台がある。ここは釧路湿原を海にたとえると、ちょうど岬の先端のような位置になるので、湿原を一望するには絶好である。そこから湿原散策の木道があるそうだが、今は途中区間が通行できないとのこと。
いったんキャンプ場に戻り、それから夕暮れとともに入浴と食事をするために改めて「憩の家」に出向く。
温泉の入湯料は400円。岩風呂や露天風呂が揃っていて、サイクリングの後だから気持ちがよかった。露天風呂にのんびりつかっていたら、小さな男の子が入ってきたので、「どこから来たの?」と尋ねると「水戸から」と答えた。
湯上がりには館内のレストラン「白い鳥」で夕食。湿原の丹頂鶴と白鳥にちなんだネーミングだろう。標茶町内で飼育されているサフォーク種のラム肉料理が名物だそうだが、ひとりで贅沢をしても仕方がないので、700円のコロッケ定食で済ませた。
今日の走行距離は72.5キロ。明日はいよいよ釧路である。夜遅くなって雨が降り出した。
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