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《ドン行自転車屋久島行き*2002年 夏》
プロローグ:川崎〜宮崎航路
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南への旅立ち
夏の九州を自転車で旅する、というのはちょっとした勇気と覚悟を要する。
まずは当然ながら暑い。そして、何よりも台風に遭う恐れがある。
まぁ、気温に関しては、東京でも十分すぎるほど暑いし、九州とて大差はないだろう。むしろ都市気候の東京の方が不快指数は高いかもしれない。しかし、台風については、やはり四国・九州・沖縄地方が本場である。
九州出身者に言わせれば、東京に来るのは「あんなの台風のうちに入らない」という。首都圏に接近する台風は、事前にマスコミが危機感を煽るわりには、実際に来てみたら、意外に大したことはなかった、という場合が多い。大半はだいぶ衰えてからやってくる。しかし、九州では台風が発達のピークで襲ってくる。テレビの映像で見ても、風雨の凄まじさは東京に来る台風とまるで様相が違う。つい先日(7月25日)も、台風9号が九州を直撃し、鹿児島県の志布志湾でタンカーが座礁して、真っ二つに折れるという事故があったばかりである。
あんな台風に遭遇することを考えたら、夏の九州旅行は計画を立てにくい。ましてや自転車でのツーリングなんて!
それでも、この夏は九州へ行くことにした。めざすのは屋久島。一度は行ってみたいと憧れていた世界遺産の島である。途中で一度は台風に遭うことを覚悟しつつ、旅に出る。
午後3時過ぎに出発。
例によって、愛車にキャンプ道具一式を含む重い荷物を積んでの旅立ち。まず向かうのは川崎市の多摩川河口にあるフェリーターミナル。マリンエキスプレス・宮崎行きフェリーの出発港である。
フェリーを予約したのはひと月余り前のことで、その時点での願いは「当日、台風で欠航なんてことになりませんように」ということだった。その願いは通じて、朝から絵に描いたような夏空である。晴れたのはいいが、凄まじく暑い。気温35度ぐらいにはなっているだろう。こんなに晴れなくてもよかったのに、と言いたくなるほどの天気だ。あまりに暑くて、最初から身体がだるい。
川崎・浮島港
世田谷の自宅から28キロ、予定よりかなり遅れて17時20分にフェリーターミナルに到着。汗だくで、早くも疲労困憊。先行きが思いやられる。
岸壁で出航を待っているのは「フェニックスエキスプレス」。全長170メートル、幅25メートル、総トン数11,580トン、旅客定員660名の大型フェリーである。宮崎までの運賃は30周年記念割引で2等が12,640円、それに自転車が3,150円。これはすでに支払い済み。
こざっぱりした人々の列に並ぶのは気が引けるほど汗が止めどなく流れるので、汗が引くのを待ってから、乗船手続きを済ませ、多摩川対岸の羽田空港から次々と離陸する旅客機を見上げながら時間をつぶし、出航30分前の18時50分にようやく乗船。
車両甲板の片隅に愛車を残し、階上の船室へ。豪華客船には当然及ばないにせよ、それなりにデラックスな雰囲気で、これから始まる船旅を思うとワクワクする。しかし、指定された2等船室はといえば、和室に毛布と枕がずらりと並んでいて、完全なすし詰め状態。今日の2等は満員らしい。災害時の避難所の光景を思い出す。
風呂で汗を流し、さっぱりした気分で甲板に出る。夕風に吹かれつつ、船出を待つひとときはいいものだ。
東京湾
定刻より10分ほど遅れて19時30分、船体を繋ぎとめていた太いロープが地上作業員によって外され、「フェニックスエキスプレス」は川崎・浮島港の岸壁を静かに離れた。九州・宮崎まで915キロ、22時間の船旅である
船は湾岸の夜景を見ながら東京湾を南へ下る。都会の海はやはり夜がよい。いつまで眺めていても飽きることがない。
光を散りばめた横浜や横須賀の沖合を通過して船は進む。
20時半を過ぎて、灯台が見えてきた。
「もう御前崎ぐらいかしら」
すぐ隣で、おばちゃんたちが話している。
「あれは観音崎です」と教えてあげる。
「あら、まだ観音崎なの?」
新幹線や飛行機の旅に慣れた人にとって船の速度というのはガッカリするほど遅いのだ。とりわけ交通量の多い東京湾内は速度規制が厳しく、ゆっくり進む。
おばちゃんたちはこの船の寄港地、和歌山県の那智勝浦で下船して熊野古道を辿るそうだ。僕が自転車で九州を走ると言うと、グループのリーダー格のおじさんも高校時代に自転車で九州を一周したことがあると話してくれた。
剣崎灯台
さて、今回の旅の最初の楽しみは剣崎灯台を見ることである。
剣崎はかつて
三浦半島一周ツーリング
で2度訪ねたことがある。岬の突端に立つ白亜の灯台は昼間眺めてもいいものだが、この灯台に関してはぜひとも夜、海の上から見てみたかった。剣崎灯台の「群閃白緑互光」という灯質に惹かれたからである。非常にマニアックな関心であるが、夜の海を白と緑の光が交互に照らす灯台とはどんなものか、一度確かめてみたかったのである。
20時40分に観音崎を回ると、その剣崎灯台の光が見えてきた。確かに白光と緑光を放っている。光を見ながら、閃光の間隔を心の中でカウントする。
緑光…(12秒)…白光…(5秒)…白光…(13秒)…緑光…。
この繰り返しらしい(秒数は正確かどうか分からない)。
剣崎の先にはすでに三浦半島最先端の城ヶ島灯台も見えている。こちらは普通で、「単閃白光、毎15秒に1閃光」。
そして、船の左舷に目を転ずれば、剣崎と対峙する房総半島の西端・洲崎灯台。これは白光と赤光を15秒間隔で交互に放っていた。
なるほど。緑光の剣崎と赤光の洲崎の両灯台が一対になっているのだ。この2つの灯台を結ぶラインの内側が東京湾である。
まぁ、灯台マニア以外にはどうでもいい話だ。先へ進もう。でも、やはり灯台の光というのは不思議な魅力がある。胸にしみる。
とにかく、「フェニックスエキスプレス」は21時10分頃、剣崎を通過して東京湾を出た。この先も野島崎とか伊豆大島とか見どころ(?)は尽きないが、そろそろ船室に戻ろう。
船上の夜明け
窮屈な寝床で一夜を過ごし、4時40分に目が覚めた。
船は今ごろ、紀伊半島の東岸あたりだろうか。
本日の日の出は5時08分だそうだ。この季節、北海道の東部だと4時にはもう明るいが、さすがに西日本は夜明けが遅い。
甲板に出ると、数人が夜明けの海を眺めていた。風が強い。
まだ薄暗い海面に船が描く白い航跡の彼方、東の空が赤く染まっている。今日も快晴だ。
東の水平線上に立ち込めた雲の上に5時08分より少し遅れて太陽が顔を出すと、昨夜言葉を交わした熊野詣のおじさんが御来光に向かって法螺貝を「プオーッ、プオーッ」と吹き鳴らしていた。
那智勝浦港
5時55分。定刻より5分遅れて紀伊半島の南端に近い那智勝浦港に入港。
いかにも南国的な濃緑の照葉樹林に囲まれた港で、ニイニイゼミとクマゼミの大合唱が聞こえる。クマゼミの「シャワシャワシャワシャワ…」という声で西日本へやってきたことを実感する。
熊野詣の一団が待機していたマイクロバスに乗り込んで走り去るのを甲板上から眺め、6時10分に船は再び岸壁を離れた。地上作業員が手を振って見送ってくれる。あとはもう宮崎までノンストップだ。
太平洋
乗船前に買っておいたパンで朝食を済ませ、なおも甲板上で多くの時間を過ごす。
イルカやクジラが出ないかと期待していたら、海面のすぐ下を泳ぐ大きなサメの姿が見えた。
7時20分、本州最南端の潮岬を通過。
しだいに紀伊半島の山並みが遠ざかり、船は四国沖へ向かう。上空は夏空、海は真っ青だ。
10時40分に高知県の室戸岬を過ぎる(右写真)。急峻な岬に白い灯台が立っている。
12時からレストランの昼食営業開始。きのうの夕食とけさの朝食は持ち込みの食料で済ませたが、昼はレストランへ行ってみた。800円のバイキング。品数豊富で味もまぁまぁ。何より安いのが有り難い。
午後も甲板で海を眺めたり、ロビーのソファでテレビ(衛星放送のみ映る)を見たり、部屋に戻ってゴロ寝したり、船内をぷらぷら歩き回ったりして時間を過ごす。幸せな退屈。
船はいつしか足摺岬も過ぎて、14時半には土佐沖ノ島を通過。ヒマなので、風呂に入る。6年前に船でここを通った時は海が荒れて、船が揺れ、風呂も大シケだった。
(うっすらと九州が見えてきた!)
太陽が西に傾く頃、逆光に霞む陸影が見えてきた。九州の山並みだ。
「フェニックスエキスプレス」はトビウオの群れを蹴散らして快調に進む。
安らかな航海ももうすぐ終わり。この後は自分の体力だけが頼りだ。何度経験しても、なんとなく不安な気持ちが心の片隅に巣くっている。まぁ、旅とはそういうものだ。
宮崎入港
それにしても、北海道の釧路や苫小牧や室蘭へ入港する時はいつも雨や霧で、夏とは思えぬ寒々とした景色だったが、さすがに宮崎は全然違う。光の色も海の色も吹く風も…すべてが南国的。だから嬉しいかというと、暑さに弱い自転車旅行者としては微妙な心境ではある。
経営破綻して外国資本に買収されたリゾート施設・宮崎シーガイアの高層ホテルを右舷に見て、船はゆっくりと宮崎港に進入。
着岸は定刻より10分遅れの17時40分。それから車両甲板が開放され、愛車とともに九州の大地を踏んだのは18時過ぎだった。まだ空は明るい。
さて、今日はこのまま宮崎市内に泊まる予定である。
とりあえず、中心部をめざして走り出す。沿道にハマユウやカンナが咲き、ニイニイゼミやアブラゼミ、クマゼミが賑やか。
4キロほど走って、宮崎駅前に着いた。新しい高架駅で、駅前広場にはフェニックスなど南洋植物が植えられている。九州・宮崎へやってきたのだと改めて実感する。
駅のすぐそばのビジネスホテルに投宿。明日からいよいよ本格的に自転車旅行だ。
(宮崎駅前)
(注)マリンエキスプレス川崎〜宮崎・日向航路は2005年6月18日をもって運航休止となっています。
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