このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

御神渡り
〜神事を司る八剱神社〜


神社の鳥居。
諏訪湖に所縁のあるお社なのに
湖の近くに鎮座していないのは
こんな理由があるんですね。

御神渡りです。
最近ではこの現象も少なくなりました。
でも冬になると諏訪の人たちは
心待ちにするのです。
*平成24年(2012)2月5日早朝 下諏訪赤砂崎の上御

諏訪湖が今よりももっと広く大きかった頃、僅かに浮島と呼ばれた少し盛り上がった島があり、そこに高島村という漁村がありました。八神社(やつるぎじんじゃ)は八千矛神を主祭神に、日本武尊と誉田別尊を合せて祀るその地の氏神でした。八の名は八千矛の略したものです。
天正年間、豊臣秀吉の命によって諏訪に入った日根野高吉は、高島の地に城を築く事とし、高島村と八神社を小和田の地に遷しました。八神社が諏訪湖から離れた地にあるのはこの為です。また八神社の別当寺である甲立寺(現在も隣接)も同時に遷されています。

お社は初代高島藩主諏訪頼水以降、城の鎮護社とし、また産土神として崇められていました。また御柱は藩主の林から出されるなど、高島藩から厚い庇護を受けていた事がわかっています。江戸時代末期までは諏訪神社(上社)の矢島権祝が神官を務めていました。また諏訪大社の分社筆頭として、他社とは違った待遇がありました。それは御柱祭での冠落とし神事において、諏訪大社と八神社のみが柱先を三角錘に整える事が許されていたこと。現在は多くの小宮が三角錘ですが、もともとは四角錘であったというのです。

このお社に伝わる『御神渡り帳』という御神渡りの記録は天和3年(1683年)から書き留められ、現在でも八神社の宮司さん並びに氏子さん方が冬の諏訪湖の状況を記録しています。


*御神渡りについては こちら
*別当寺の甲立寺については こちら。
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余談ですが・・・
*諏訪地方には何軒もの酒蔵があり、それぞれ独自の美酒を世に送り出しています*
[神渡]みわたり・・・その名は御神渡りに由来。株式会社豊島屋(岡谷市)
[八剣]やつるぎ・・・その名は八剱神社に由来。伊東酒造株式会社(諏訪市)
[真澄]ますみ・・・その名は真澄鏡(諏訪大社宝物)に由来。宮坂醸造株式会社(諏訪市) 
など、諏訪のいにしえにまつわる名を持つお酒も!
































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