このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

日高と天皇

第1回 武蔵高萩駅

埼玉県日高市高萩地区にJR川越線武蔵高萩(むさしたかはぎ)駅がある。日高市は人口約5万人、埼玉県西部に属し市のキャッチフレーズは「緑と清流の都市」日高である。奈良時代、高麗人らの集落が展開した地として知られ、彼らにゆかりの深い高麗神社、聖天院などの名刹があることでも有名である。東京新宿より埼京線川越行きに乗り、赤羽・大宮を経て川越駅に着いたらすぐ反対側に川越線のホームがある。このホームを始発とする高麗川行き、または八王子行きに乗り換えること約17分で武蔵高萩駅に着く。線路は単線で、電化されたのはつい最近でそれまではジーゼルカーであった。もっとそれ以前は蒸気機関車であった。ホームに降り立ち、木造平屋建ての駅舎の改札を抜けると駅前は広く、だらだらと下がる一本の道路の両側には桜並木が立ち、タクシーがのんびりと客待ちしている。駅に着いた列車が走り去ったあとは乗降客も無く、タクシーもどこかへ居なくなっている。 どこにでもある田舎の駅の風景である。茨城県にJR高萩駅という駅名があるが、この駅名と混同しないようにという趣旨で武蔵という名が冠せられたのである。

日高市は昭和の大合併でそれまでの高麗川村・高麗村でできた日高町にそのご高萩村が合併している。 市内の中心を西から東に高麗川が流れていて市の西部は秩父山系の裾野にあたる風光明媚な場所である。私の家からは東に筑波山が見えるような高台の住宅街も点在している。そういうわけで冬が終わり春から初夏にかけての萌黄色の色合いを私は大好きで、山が笑うというのはこのことかと季節の移り変わりを楽しんでいる。しかしこの田園都市ともいうべき日高市には似つかわしくない地域がある。 地図で見ると地名は高萩、縦横2KM四方の平野部に整然と桝目が切られている。この地区は戦前、開拓地として入植者に与えられたものだが途中、旧日本陸軍に接収され飛行場として使用された。戦後一時期米軍が接収し、その後また農耕地として県が売却している。 武蔵高萩駅はこのような地域の北側に位置している。(この話は次回以降に再度触れる) 市制施行後14年になるが市内にはこの駅のほかにJR八高線高麗川(こまがわ)駅、西部秩父線高麗(こま)駅がある。高麗駅は近年マンジュシャゲの群生で有名になった巾着田(キンチャクダ)や、私の家がある東急武蔵台団地への乗降駅である。 

武蔵高萩駅に隣接して今回の話の主役である昭和天皇の行幸記念碑が建てられている。記念碑には昭和天皇が昭和16年、17年、19年の3回にわたって立ち寄ったことが記録されている。この駅舎は昭和15年7月に川越線(埼玉県大宮‐高麗川駅間を結ぶ)の開通と同時に開設され、旧入間郡豊岡村の旧陸軍航空士官学校の卒業式に臨席する昭和天皇のために、田舎の駅には不似合いな立派な車寄せと貴賓室、防空壕を備えていたが、現在は照明器具や調度品も片付けられ倉庫と化している。駅構内には天皇専用列車(お召し列車)専用のホームがあり、駅前には広い舗装道路が付けられ、その道の左右には桜並木が展開する。開業当初はこの舗装道路も突き当たる現在の県道日高川越線までで、今の県道は未舗装の田舎道であった。東京原宿を出発した天皇専用列車はこのホームに停車すると動員された子供らの日の丸の小旗に迎えられた。 天皇はすぐに黒塗り自動車に乗り換えると現在の国道407号線を南下、入間川にかかる現在の豊水橋を渡って士官学校に向かったとされる。また式が終わり、帰途につく天皇のためにまた子供らが動員され日の丸の旗で見送ったと郷土史は記録している。 子供達は高萩飛行場の草刈動員、英霊の帰還の出迎え、出征兵士の見送り、また満蒙開拓団での犠牲者の慰霊式への参列などに明け暮れたほかにこのような天皇行幸への送迎にも利用されたのであった。その精神的支柱をなした天皇のご真影・教育勅語を大人たちが奉じた「奉安殿」は、住民からの強制的な寄付と労力奉仕で作られたことを今は知る人は少ない。「奉安殿」は昭和21年7月、県の命令で取り壊されている。 

1937年(昭和12年)、日中戦争(シナ事変)以降、陸海軍の特別大演習や観艦式が行われなくなった代わりに、航空関係を中心に陸海軍の各種演習が増え、天皇の軍務も多忙であった。陸軍始・天長節の観兵式は続けられたし、陸士・陸大・海大など軍学校への行幸も平時と同様に行われていた。武蔵高萩駅は川越線の開通に合わせて開業されたが、実はこの鉄路は地元の強い要望のほかに、土浦‐飯能間を結ぶ軍用列車路線の構想とも結びついていたのである。この古い駅舎は近く取り壊され、新しい駅舎に生まれ変わることが決定されている。一時期保存運動も起こるなど地元にとっては記念碑的な存在である。 (続く)


参考資料 

 日高市市史 通史編               日高図書館蔵
 同近代・現代史料編               日高図書館蔵
 ふるさとの記憶    横田八郎        日高図書館蔵
 昭和史の埼玉     史の会         日高図書館蔵
 埼玉県の歴史    小野文雄 山川出版  日高図書館蔵
 ふるさとの想い出写真集 図書刊行会    日高図書館蔵
 日高の歴史散歩   日高町教育委員会編 日高図書館蔵
 大元帥昭和天皇   山田朗          日高・飯能民主文庫館蔵

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参考資料 

 横田八郎氏  高萩北公民館  講演案内  旭ヶ丘の昔のはなし

 広報ひだか  武蔵高萩駅の桜  吉沢光平さん(高萩)





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