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鎌倉夢語り 〜 大姫 編 〜


〜 舞扇 二つの想いが重なって 〜


まず、はじめに。

この物語の時点での、主な登場人物の年齢についてです。

大姫は、九歳。

海野小太郎幸氏は、十四歳。

静御前は、十九歳前後。




では、物語の世界へどうぞ・・・




源義経の愛妾の静御前が、京から鎌倉へと連れてこられた。

静御前は京で有名な白拍子。

吉野の山で源義経と別れるまで一緒に居た。

源義経の行方を知っている可能性の高い女性。


静御前は鎌倉の人達を見ながら、誰にも聞かれない声で呟いた。

「鎌倉の人達は、義経様を討とうとする人達・・・」

「私と義経様の子供を殺そうとしている人達・・・」

「私と義経様の子は女の子・・・? それとも男の子・・・? 普通なら楽しい思いを抱きながら、呟く言葉のはずなのに、どうしてこんなに苦しいの・・・?」

「私は義経様を討とうとする鎌倉が大嫌い・・・!」

「私と義経様の子供を殺そうとしている鎌倉は大嫌い・・・!」

「鎌倉なんか絶対に好きになんてならない・・・」


そんなある日の事。

源頼朝から静御前にある命令が下された。

「鶴岡八幡宮に舞を奉納するように。」

静御前は命令の内容を聞いた途端に不機嫌になった。


現在の状況では、静御前の想いとは関係なく、舞を奉納しないわけにはいかない。

舞を奉納しないと、静御前とお腹の子供の命が危なくなる。

静御前は一人になると、いろいろと考える。

どうしたらよいのか、気持ちがまとまらない。


そんなある日の事。

静御前の考えがまとまった。


誰にも聞かれないように呟いた。

「私は源義経様の想い人。私にも意地がある。私は京で有名な白拍子。田舎者の鎌倉の人達を驚かせる踊りと歌を見せつける。鎌倉の人達に負ける訳にはいかない。」


鶴が丘八幡宮に舞を奉納する日付は、「四月八日」と決まった。

静御前にとって、鎌倉の人々に最高の舞を見せる日となる。


今日は「四月八日」。

暦の上では、春が終わり、夏が始まって直ぐの事になる。

静御前が鶴岡八幡宮に舞を奉納する当日を迎えた。


場所は鶴岡八幡宮。

静御前は、源頼朝や北条政子など、たくさんの人々が見守る中に、居る。


源頼朝や北条政子らたくさんの人々は、静御前の様子をじっと見ている。

静御前は、たくさんの人々の思いを受けて、舞いを始めた。


「よし野山 みねのしら雪ふみ分けて いりにし人のあとぞこひしき」

「しづやしづ しづのおだまきくり返し 昔を今になすよしもがな」


辺りの空気が僅かだが揺れ始めた。


静御前の詠った歌は、源義経の事を慕う歌。

誰が聞いてもわかる歌を人前で聞かされる事になった源頼朝。

舞と歌の奉納が終わった静御前。

辺りの空気は僅かに動揺と緊張を含み始めた。


源頼朝は静御前を睨んでいる。

辺りの空気が急に変わる出来事が起こった。

北条政子は静御前に喜びながら話し始めた。

「さすが、京で有名な舞姫です! 素晴らしい舞を見る事が出来ました! 静御前の好きな人を慕う気持ちは、痛いほどに伝わってきました! 私も頼朝様との付き合いを止めらました! 別れるのが嫌で、雨の降る中を頼朝様のもとに向かいました!」

北条政子が喜んでいるために、機嫌の悪い源頼朝以外は、誰も発言が出来なくなってしまった。

源頼朝も北条政子が喜んでいる上に、周りの目もある。


怒鳴る訳にはいかず、睨むだけの源頼朝。

複雑な状況が鶴岡八幡宮を包んでいた。


それから少し後の事。

源頼朝は厳しい言葉を呟いた。

「静御前を斬れ。」

辺りの空気はざわついた。

静御前は恐怖を感じる事もなく源頼朝の言葉を聞いていた。


源頼朝の怒りは凄まじかったらしいが、北条政子が必死になだめたらしく、静御前は斬られる事はなくなった。

しかし、静御前は、源頼朝の別な命令を聞く事になった。

「静御前の生まれた子が、男なら直ぐに殺せ。女なら直ぐに京に帰らせろ。」

静御前は源頼朝の命令を複雑な思いで聞いた。


静御前は鎌倉に着てから、安達新三郎という御家人のお預かりとなっている。

静御前は鎌倉では有名になってはいるが、訪ねて来る者も、文を寄越す者も居ない。

今までとは違う生活を送っている。


そんなある日の事。

暦の上では夏を迎えているため、蒸し暑さを感じるようになってきた。

静御前のもとに、長勝寿院に居る北条政子から文が届いた。

静御前は不思議に思いながら、文を読み始めた。

文の内容は、「静御前の素晴らしい舞が見たい。長勝寿院に着て舞を見せて欲しい。」というものだった。

静御前は長勝寿院で舞を舞う事を了承した。


静御前が館内を歩いていると、話し声が聞こえてきた。

「長勝寿院には、大姫様も居るそうだ。」

「大姫様は貞女の鏡。」

「大姫様は義高様を想い続ける貞女の鏡。」

静御前は館内の話しを聞きながら、不思議そうに呟いた。

「また大姫の話し? なぜ鎌倉では大姫の話しを何度も聞くの? 私だって義経様の事を想っている。なぜ、みんなは大姫の事を褒めるの? 私の事を褒める者は居ないの?」


静御前が北条政子の居る長勝寿院で舞いを舞う当日の事。

静御前は長勝寿院を訪れた。

北条政子の隣に幼い姫が居る。

北条政子は静御前に微笑んで話し掛ける。

「私の娘です。大姫といいます。」

大姫は北条政子の後ろに隠れて、静御前を見ている。

静御前は大姫の様子を見ながら、不思議な思いを抱いた。

「この幼い姫が貞女の鏡・・・? 頼りなくて幼い姫にしか見えない・・・ なぜみんな大姫を褒めるの・・・? わからない・・・」


静御前は北条政子と大姫の前で、歌を詠いながら、舞い踊り始めた。


静御前の舞は終わった。

静御前は北条政子と大姫に深く礼をした。

北条政子は静御前に嬉しそうに話し掛ける。

「素晴らしい舞と歌でした。さすが静御前です。」

静御前は北条政子に微笑んで話し出す。

「褒めて頂けて嬉しいです。」

大姫が静御前に何かを言いたそうに見つめていた。

静御前は大姫を不思議そうに見ている。

大姫は静御前に小さい声で話し出す。

「とても上手ですね。」

静御前は大姫に静かに話し出す。

「お褒め頂いてありがとうございます。」

大姫は静御前を微笑んで見ている。

静御前は大姫を見ながら、不思議な思いを抱いた。

「なぜこの幼い姫が貞女の鏡なの・・・? 誰か教えて・・・」


暦が夏から秋へと変わった。

まだ夏の暑さを感じる日が続いている。


そんなある日の事。

空の様子はもう直ぐ陽が暮れようとしている。

静御前のもとに武士の姿をした一人の少年が現れた。

静御前は不思議そうに武士の姿の少年を見ている。

武士の姿をした少年は、「海野小太郎幸氏」と名乗った。

海野小太郎幸氏は、源頼朝に仕えているとの事。

静御前は海野小太郎幸氏をなぜか睨み始めた。

海野小太郎幸氏は静御前の態度を気にする事も無く、普通に話し掛ける。

「では、明日、大姫様と共にこちらに参ります。」

静御前は不機嫌そうに海野小太郎幸氏を見ている。

海野小太郎幸氏は静御前の返事を聞かずに去っていった。


その翌日の事。

大姫と海野小太郎幸氏は、静御前の居る館を訪れた。

海野小太郎幸氏は自分の名を名乗って静御前を呼んだ。

静御前は海野小太郎幸氏と大姫の前に不機嫌そうに現れた。

大姫は海野小太郎幸氏の後ろに隠れていた事と、御所以外の者で姿を知っている者が少ないのか、館内が騒がしくなる事はなかった。

海野小太郎幸氏は静御前に普通に話し掛ける。

「三人で話しがしたい。私から話しをすれば、安達の者は付いて来ないと思います。」

静御前は海野小太郎幸氏に素っ気無く話し掛ける。

「お願いします。」

海野小太郎幸氏は安達の家の者に普通に話し掛ける。

「大姫様が静御前と話をしたいとの申し出です。私が静御前を連れて行きます。」

安達の家の者は騒がしくなったが、大姫の名前を出されたために、静御前を止める手段が無い。

海野小太郎幸氏は静御前に普通に話し掛ける。

「静御前。出掛けます。付いてきてください。」

静御前はため息を付きながら頷いた。

大姫、静御前、海野小太郎幸氏は、どこかへと出掛けて行った。


大姫、静御前、海野小太郎幸氏は、人の居ない大きな木の下に居る。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「静さん。こんにちは。」

静御前は大姫を黙って見ている。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「一度で良いから、静さんとお話しがしたくて、小太郎に相談をして無理をしてしまいました。」

静御前は大姫に少し不機嫌そうに話し掛ける。

「私などの立場の者なら、小御所とやらに呼び出せば良かったのではないですか? 大姫様のお立場なら、簡単に出来る事ですよね。」

大姫は静御前に苦笑しながら話し掛ける。

「呼び出すのは簡単なのですが、小御所には母が居ます。静さんを呼ぶ話しをしたら、大騒ぎになります。」

静御前は大姫に不機嫌そうに話し掛ける。

「でも、ご執心の部下を使われて、大姫様の名前を持ち出して、私を安達の館から連れ出したら、余計に騒がれませんか?」

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「お気遣いいただいてありがとう。後で私から母に話しをします。静さんにも小太郎には迷惑は掛からないようにします。」

静御前は大姫を少し不機嫌そうに黙って見ている。

大姫が静御前に苦笑しながら話し掛ける。

「鎌倉は嫌いですか?」

静御前は大姫に不機嫌そうに話し掛ける。

「義経様を討とうとする鎌倉の人達は大嫌いです。私達の子供を殺そうとする鎌倉が大嫌いです。」

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「私は鎌倉が好きです。」

静御前は大姫に不機嫌そうに話し掛ける。

「大姫様は鎌倉にずっといらっしゃるんですよね。好きになって当然だと思います。」

大姫は静御前に悲しそうな笑顔で話し掛ける。

「私は伊豆の生まれですが、幼いうちに伊豆から鎌倉に着ました。その日から鎌倉にずっと居ます。そして、これからも、私はずっと鎌倉に居続けます。鎌倉は私にとって大切な思い出の場所なんです。だから、私は鎌倉が大好きなんです。」

静御前は大姫を不思議そうに見た。

大姫は静御前に悲しそうな微笑を浮かべながら話し掛ける。

「静さんは私の事がお嫌いみたいですね。」

静御前は大姫に素っ気無く話し掛ける。

「確かに、好きか嫌いかと訪ねられたら、嫌いと答えるかもしれません。」

大姫は静御前に苦笑しながら話し掛ける。

「私も静さんは嫌いです。でも、好きになりたいから、お話しをしに来ました。」

静御前は大姫を不思議そうに見た。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「静さんは、私が義経様を討つ筆頭にいる源頼朝の娘だから、嫌いなのですよね。」

静御前は大姫を不思議そうに見ている。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「私の許婚は源義高様という方でした。木曾殿と呼ばれていた源義仲様のご嫡男です。小太郎は義高様に仕えていました。」

静御前は海野小太郎幸氏を少し驚いた様子で見た。

海野小太郎幸氏は大姫と静御前を、普通の表情で黙って見ている。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「義経様が義仲様を討ってから、義高様が不安定なお立場になりました。それからたくさんの月を重ねないうちに、義高様は父の命令で討たれて亡くなりました。十二歳でした。」

静御前は大姫を少し驚いた表情で見ている。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「義高様は木曾から私の許婚として鎌倉に着ました。そして、たった一年だけですが、一緒に過ごしました。義経様が義仲様を討たなければ、義高様も討たれる事が無かったかもしれません。義高様と私と小太郎の三人で、楽しい時を過ごしていたかも知れません。静さんは私と小太郎にとっては、義仲様を討った義経様の愛妾です。普通なら好意を持つはずがないですよね。」

静御前は大姫に悲しい表情で話し掛ける。

「大姫様は貞女の鏡といわれていますよね。」

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「私は義高様の事を忘れる時がありませんでした。泣きながら私も殺すのかと父や母に尋ねました。何も食べないし飲まないという日が続きました。父と母は弱っていく私を見て慌てました。世間の人は私のする事を、義高様を想っての事と言いました。」

静御前は大姫を不思議そうに見ている。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「私が笑ったら、義高様を忘れようとして無理していると話しをします。私が泣くと、義高様が傍に居ないから、寂しくて泣いていると話しをします。気が付いたら、私は貞女の鏡、と呼ばれていました。」

静御前は大姫を複雑な表情で見ている。

大姫は海野小太郎幸氏を見ると、笑顔で話し掛ける。

「ねっ! 小太郎!」

海野小太郎幸氏は大姫に微笑んで話し掛ける。

「私は頼朝様に仕える身です。義高様の思い出話しは、大姫様とだけ静かに話をする事にしました。木曾に居る時も、義高様の話はしないようにしました。鎌倉の人は義高様の事を忘れ始めています。覚えている人は、頼朝様や北条政子様など一部の方だけになりました。」

静御前は大姫に申し訳なさそうに話し出す。

「何も知らなかったとはいえ、ご無礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。」

大姫は静御前に微笑んで話し出す。

「私は静さんに謝って欲しくて、義高様の話しをした訳ではありません。静さんに自分だけが辛い訳ではない事を、わかって欲しかっただけです。せっかく鎌倉に来られたのです。鎌倉を好きになって欲しかった。それが駄目ならば、嫌いなままでいて欲しくなかった。」

静御前は大姫に言い難そうに話し掛ける。

「義経様の正妻の方をご存知ですか?」

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「真澄さんの事ですよね。無事で居て欲しいと願っています。河越の家は真澄さんが戻ってこないために、立場が悪くなっています。真澄さんは河越の家に起こった事を、既に知っているように思います。それでも義経様の傍に居るような気がします。真澄さんは強い方だと思います。」

静御前は大姫に微笑んで話し出す。

「北の方様はお強い方です。私も義経様と一緒に居るような気がします。私はそれで良いと思っています。」

大姫は静御前を微笑んで見ている。

静御前は大姫に微笑んで話し掛ける。

「私は幸せになりたい。いいえ、絶対に幸せになります。大姫様も小太郎殿もみんな幸せになりましょう。私は頼朝様に負けません。」

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「そうですね。みんなで幸せになりましょうね。」

海野小太郎幸氏は大姫を微笑んで見ている。

大姫は海野小太郎幸氏を微笑んで見た。

海野小太郎幸氏は大姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

大姫、海野小太郎幸氏、静御前の三人は、顔を見合わせて微笑んだ。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「では、そろそろ戻りたいのですが、良いでしょうか?」

静御前は大姫に微笑んで話し掛ける。

「はい。」

大姫、海野小太郎幸氏、静御前の三人は、静かにその場から居なくなった。


ここは、静御前を預かっている安達の館の前。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「もしかしたら、こうやってお話が出来るのは、これが最初で最後かもしれません。」

静御前は大姫に微笑んで話し掛ける。

「そうかもしれませんね。」

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「義経様と静さんお子様が、ご希望通り産まれる事を祈っています。」

静御前は大姫に微笑んで話し掛ける。

「ありがとうございます。」

大姫は静御前を微笑んで見ている。

静御前は大姫に深く頭を下げた。

大姫は静御前に微笑んで話し掛ける。

「また会える事を楽しみに待っています。」

静御前は大姫と海野小太郎幸氏に微笑んで話し掛ける。

「私も会える日を楽しみに待っています。」

大姫と海野小太郎幸氏の二人は、小御所とへ戻っていった。

静御前は、大姫と海野小太郎幸氏の去っていく様子を、じっと見ていた。

大姫と海野小太郎幸氏の姿は見えなくなった。

静御前は館内へと入っていった。


すると、どこかから囁くような声が聞こえてきた。

「義高様・・・」

「静御前という女性に会いました・・・」

「義高様や真澄さんが、静さんに会う事をどう思うか考えました・・・」

「でも一度だけでも良いから会いたくなりました・・・」

「小太郎に我がままを言ってしまいしまた・・・」

「義高様とお話しがしたいな・・・」

「義高様。鎌倉は秋を迎えています・・・」




*      *      *      *      *      *




ここからは、後書きになります。

静御前が鎌倉に着た時の事を物語にしました。

静御前は源義高が亡くなってから約二年後に鎌倉にやってきました。

北条政子に呼ばれて長勝寿院で舞ったという話しは、いろいろな小説や物語に登場します。

そこのお寺には大姫も居たそうです。

大姫と静御前が会っている可能性は高いと思います。

その時に話しをしている可能性も高いと思います。

大姫と静御前が会った物語は、沢山の作家の方が書いているそうです。

この物語では、大姫と静御前が会った時に、何を話したのかなと考えて書きました。

静御前と正室(仮名ですが真澄さん)、静御前と大姫、大姫と真澄、この関係も物語のなかで少し話しをしています。

この物語の時の年齢ですが、大姫は九歳、海野小太郎幸氏は十四〜十五歳くらい、静御前は十九歳前後、といわれています。

静御前にはこの後にいろいろな出来事が起こります。

静御前の物語には続きがありますが、今回はここまでにしたいと思います。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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