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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜
〜 文紡ぎ 五月雨 紫陽花の八重咲く如く 〜
登場人物
松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、
武田信玄、菊姫[武田信玄の四女]、油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、
「紫陽花の 八重咲く如く 弥つ代にを いませわが背子 見つつ思はぬ」
「万葉集 第二十巻 四四四八番」より
作者:橘諸弟(たちばなのもろえ)
松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、七つ目の月を数えた。
暦は五月となっている。
ここは、甲斐の国。
梅雨の季節になったためか、雨の降る日が続いている。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
屋敷の庭に咲いている紫陽花が、雨の雫に濡れて艶やかさを増し始めた。
ここは、菊姫の部屋。
松姫は菊姫の部屋を訪れている。
松姫は菊姫に詰まらなさそうに話し出す。
「雨の降る日が多いですね。母上や姉上と庭で話しをしながら花を見る事が出来ません。父上や母上と姉上とお出掛けをする事も出来ません。詰まらないし寂しいです。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「確かに寂しくて詰まらないと思う事があるわね。でも、たくさんの水が必要な仕事をしている人達は、雨が降る事を喜んでいると思うの。逆に、雨で仕事が出来なくて困っている人達もいると思うの。甲斐の国を支えている人達の悩みや願いと比べたら、贅沢な悩みだと思わないとね。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「松は気配りが足りませんでした。姉上は凄いですね。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「以前にお松と同じ様な話しを父上と母上にした事があるの。父上と母上が私に話しをしてくださった時の内容を、お松に話をしたの。だから、凄いのは父上と母上で、私ではないのよ。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「姉上は父上や母上から聞いた話を、松に伝えてくれました。姉上もしっかりとした方です。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「褒めてくれてありがとう。これからもたくさんの事を父上と母上から教えて頂きましょうね。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様に文を書きたいと思います。姉上。お手伝いをお願いします。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「雨の降る日が多いから、少し落ち着くまで文のやり取りは控えた方が良いと思うの。」
松姫は菊姫を不思議そうに見た。
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「雨の降る日に文のやり取りをすると、使者の人はお松の書いた文が濡れないために気を遣うわよね。お松の文が濡れてしまったら、責任を取る人がいるかも知れないのよ。」
松姫は菊姫を寂しそうに見た。
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松は奇妙丸様の許婚なのだから、これからは更に周りに気を配る事も必要になると思うの。大変だと思うけれど、一緒に学んでいきましょうね。」
松姫は菊姫に寂しそうに話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松。奇妙丸様に相応しい妻となるために大切な事を、母上から教えてもらいましょう。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
菊姫と松姫は、油川夫人の部屋に向かった。
ここは、油川夫人の部屋。
油川夫人、菊姫、松姫の三人は、一緒に居る。
油川夫人は松姫に微笑んで話し出す。
「お松。父上からの言伝があります。」
松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「はい。」
油川夫人は松姫に微笑んで話し出す。
「近い内に織田の方と会う予定があるそうです。明日か明後日に、父上か代わりの者が屋敷に来るそうです。お松が奇妙丸様に文や品物を贈るならば、用意をしておくようにとの話しがありました。」
松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「母上。文を書いても良いのですか? 誰かに迷惑は掛かりませんか?」
油川夫人は松姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様はお松からの文を心待ちにしているそうです。父上からお松への言付もあります。奇妙丸様のためにも文を書いた方が良いと思います。」
松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「分かりました。奇妙丸様に文を書きます。」
油川夫人は松姫に微笑んで頷いた。
菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「母上。今の時期に贈る良い歌を教えてください。」
松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「松にも教えてください。」
油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで頷いた。
その翌々日の事。
ここは、甲斐の国。
雨は静かに降っている。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
武田信玄が屋敷を訪れた。
ここは、屋敷の中の一室。
武田信玄、油川夫人、菊姫は、一緒に居る。
松姫は自分の部屋に戻っているため、一緒には居ない。
油川夫人は武田信玄に心配そうに話し出す。
「雨の中を来て頂いて申し訳ありません。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「お松が奇妙丸殿に書いた大切な文だ。信頼の出来る者にしか頼む事が出来ない。今回は頼みたい者達の都合が付かない事があり、私が来る事にした。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「こちらの屋敷でお体を乾かしながら、ゆっくりと休んでください。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで頷いた。
松姫が文を大事そうに持ちながら、部屋の中へと微笑んで入ってきた。
武田信玄は松姫を微笑んで見た。
松姫は武田信玄に文を差し出すと、微笑んで話し出す。
「父上。よろしくお願いします。」
武田信玄は松姫から文を受け取ると、微笑んで頷いた。
松姫は武田信玄を微笑んで見た。
奇妙丸様へ
甲斐の国は雨の降る日が続いています。
奇妙丸様のお住まいの岐阜も、雨の降る日が続いているのでしょうか。
雨の降る日が多いので、庭で話しをしながら花を見る事や出掛ける事が少なくなりました。
雨の降る日は、母上からいろいろな事を教えてもらう時間を増やす事にしました。
屋敷の庭に咲いている紫陽花が、雨の雫でしっとりと濡れている姿を見るようになりました。
奇妙丸様にも見て頂きたいと思いました。
奇妙丸様に紫陽花を詠んだ歌を贈りたいと思います。
受け取って頂けると嬉しいです。
紫陽花の 八重咲く如く 弥つ代にを いませわが背子 見つつ思はぬ
岐阜も梅雨は長く続くと思います。
お体に気を付けてお過ごしください。
松より
それから何日が経った後の事。
ここは、甲斐の国。
武田信玄の元に、奇妙丸が松姫に宛てた文が届けられた。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
武田信玄は松姫に微笑んで文を手渡した。
松姫は武田信玄から笑顔で文を受け取った。
お松様へ
甲斐の国は雨の降る日が続いているとの事。
岐阜も雨の降る日が多いです。
梅雨が始まると、甲斐の国も蒸し暑さか肌寒さを感じる日があるかと思います。
お松様のお体などの心配をしていました。
文の様子から無事に過ごされている様子が伝わり安心しました。
紫陽花の歌を贈って頂いてありがとうございます。
雨に濡れた紫陽花を見ながら、お松様や甲斐の国に咲く紫陽花の花を、いろいろと想像しました。
これからも、歌について学ぶ事や武術の稽古を更に励みたいと思います。
梅雨が明けるまでは、雨の降る日が続き、落ち着かない日が続くかと思います。
お体に気を付けてお過ごしください。
奇妙丸より
「紫陽花の 八重咲く如く 弥つ代にを いませわが背子 見つつ思はぬ」
甲斐の国と岐阜の国で咲く紫陽花と雨が、松姫と奇妙丸の想いを繋ぎました。
梅雨の季節はもう少しだけ続くようです。
* * * * * *
ここからは後書きになります。
この物語に登場する歌は、「万葉集 第二十巻 四四四八番」です。
「紫陽花の 八重咲く如く 弥つ代にを いませわが背子 見つつ思はぬ」
ひらがなの読み方は、「あじさいの やえさくごとく やつよにを いませわがせこ みつつしのはぬ」です。
作者は、「橘諸弟(たちばなのもろえ)」です。
意味は「紫陽花の花が八重に咲くように、いついつまでも栄えてください。あなと様を見仰ぎつつお慕いいたします。」となるそうです。
原文は「安治佐為能 夜敝佐久其等久 夜都与尓乎 伊麻世和我勢故 美都々思努浪牟」です。
万葉集には、「紫陽花」の花は、二首しか掲載されていないそうです。
今回の物語に登場した歌は、その内の一首となります。
「五月雨」は「(さみだれ)、または、(さつきあめ)」と読みます。
この物語では、「さつきあめ」と読んでいます。
「陰暦五月の頃に降る長雨」の事を言います。
楽しんで頂けると嬉しいです。
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