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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜


〜 文紡ぎ 霜月 振り放けて 月見れば 〜


登場人物

松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、

武田信玄、菊姫[武田信玄の四女]、油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、



「振り放けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも」

「万葉集 第六巻 九九四番」

作者:大伴家持(おおとものやかもち)



松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、十三の月を数えた。

暦は十一月となった。



ここは、甲斐の国。



天気の悪い日や陽が落ちると寒さを感じるようになった。



色の変わる葉は、紅色や黄色に色付いている。

早く色付き始めた葉は、枝から放れて地面を色鮮やかに染め上げている。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。



松姫の部屋。



菊姫と松姫は、一緒に居る。



菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「奇妙丸様とお松が婚約してから、初めて同じ月を二回迎えたわね。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「婚約をしてから一年以上が経ったのだから、奇妙丸様に名前の呼び名を変えて欲しいと文を書いてみたらどうかしら?」

松姫は菊姫に不思議そうに話し出す。

「松から奇妙丸様にお願いしても良いのですか?」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「例えば、お松の名前の呼び名を変えてみるというのはどうですか? と尋ねる内容で文を書けば、奇妙丸様も返事をしやすいと思うの。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「分かりました。松はこれから文を書きます。文の内容の確認をお願いします。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「今回は奇妙丸様へお願いをするから、母上にも文の内容を確認してもらいましょう。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。



奇妙丸様へ

天気の悪い日や陽が落ちると、寒さを感じるようになりました。

お元気でお過ごしでしょうか。

奇妙丸様と婚約をしてから、初めて同じ月を二度迎えました。

松はとても嬉しいです。

これからも同じ月を何度も何度も迎えたいです。

突然で申し訳ありませんが、奇妙丸様にご相談があります。

松から奇妙丸様にお願いをして、松の呼び名を変えて頂くようになりました。

奇妙丸様にお松様と呼んで頂くようになりました。

奇妙丸様と松は、松が幼いために別々に過ごしています。

祝言を挙げる日が伸びています。

至らないところがたくさんあり、いつも申し訳ないと思っています。

奇妙丸様にお松様と呼んで頂いて失礼にならないのか心配になっています。

お願いと質問だけの文になってしまって申し訳ありません。

松より



それから何日か後の事。



ここは、甲斐の国。



油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。



屋敷の中の一室。



武田信玄、油川夫人、菊姫、松姫は、一緒に居る。



武田信玄は松姫に文を差し出すと、微笑んで話し出す。

「奇妙丸殿からお松宛の文が届いた。」

松姫は武田信玄から微笑んで文を受け取った。

武田信玄は松姫を微笑んで見た。

松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで話し出す。

「姉上。一緒に文を読んでください。」

菊姫は松姫に微笑んで頷いた。

松姫は文を持ちながら、武田信玄と油川夫人に微笑んで軽く礼をした。

菊姫は武田信玄と油川夫人に微笑んで軽く礼をした。

武田信玄は松姫と菊姫に微笑んで頷いた。

油川夫人は菊姫と松姫を微笑んで見た。



松姫は文を持ちながら、微笑んで部屋を出て行った。

菊姫は松姫の後に続いて、微笑んで部屋を出て行った。



部屋の中には、武田信玄と油川夫人だけとなった。



油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。

「奇妙丸様がお松の呼び名に気を遣っているようです。お菊が、お松は奇妙丸様の正室になるのだから、呼び名の気を遣わないように頼んでも良いのかと質問してきました。お菊には良い心がけだと返事をしました。」

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「お菊はしっかりとしてきたな。」

油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。

「お松もお菊と同じ考えたったらしく、お菊の話しを聞いて直ぐに文を書きました。」

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「先日の文には、そのような内容が書いてあったのか。」

油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。

「はい。」

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「奇妙丸殿はお松の呼び名を変えるのか気になるな。」

油川夫人は武田信玄を微笑んで軽く礼をした。

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「奇妙丸殿とお松は、離れて過ごしているが、想いをゆっくりと紡いでいる。お菊はお松と共に武田の姫としてしっかりと成長をしている。喜ばしい事だ。」

油川夫人は武田信玄に微笑んで軽く礼をした。

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「先程から黙っているな。もしかして寂しいのかな?」

油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。

「お松が成長していく姿を見るのは、奇妙丸様の元に正室として嫁ぐ姿を見る日が近づいているのと同じですよね。寂しい気持ちと嬉しい気持ちの両方があります。」

武田信玄は油川夫人に微笑んで頷いた。

油川夫人は武田信玄を微笑んで見た。



ちょうど同じ頃。



ここは、松姫の部屋。



松姫は文を微笑んで読んでいる。

菊姫は松姫の横で、文を微笑んで読んでいる。



お松へ

甲斐の国は寒い時間が少しずつ増えてきている頃でしょうか。

お松は元気に過ごしていると分かり安心しました。

私も元気に過ごしています。

安心してください。

お松の文を読みました。

私も直ぐに気が付かなくて申し訳ないと思いました。

呼び名を、お松、に変更してみました。

不都合があれば遠慮せずに教えてください。

呼び名を変えて文を書きました。

文の書き方も変えようとしましたが、書き方に悩んでしまいました。

今回は今までと同じように文を書きました。

次からは文の書き方も変えようと思います。

十五夜、十三夜と過ぎて、季節は冬になっています。

先日の出来事ですが、冬の夜空に輝く綺麗な霜月を見ました。

冬の夜空に輝く綺麗な霜月を見ながら、一首の歌を思い出しました。

振り放けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも

この歌の作者の大伴家持がとても羨ましく思いました。

大伴家持が歌を詠んだ十六歳に私がなる頃は、私とお松は、一目見し以上になりたいと思いました。

お松と一緒に綺麗に輝く霜月を何度も何度も見たいと思いました。

私の望みが叶えば、大伴家持が逆に羨ましがると思いました。

そのように考えていたら、楽しい気持ちになりました。

私も至らないところがたくさんあります。

お互いに焦らずに、大切な事を落ち着いて学んでいきましょう。

奇妙丸より



菊姫と松姫は、文を読み終わった。



菊姫は松姫を見ると、微笑んで話し出す。

「お松と文に書いてあるわね。良かったわね。」

松姫は文を持ちながら、菊姫を見ると、微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「日々を過ごす中で感じたお松への想いと、霜月を見て感じたお松への想いを、月を詠んだ歌を使用して表現しているわね。さすが奇妙丸様ね。」

松姫は文を持ちながら、菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫を微笑んで見た。



「振り放けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも」

奇妙丸と松姫は、今はお互いを一目も見る事が出来ない。

一目見し以上になる日が早く訪れる事を信じて、ゆっくりと想いを紡いでいく。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は「万葉集 第六巻 九九四番」です。

「振り放けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも」

ひらがなの読み方は、「ふりさけて みかづきみれば ひとめみし ひとのまよびき おもほゆるかも」です。

作者は「大伴家持(おおとものやかもち)」です。

意味は、「空を仰いで三日月を見ると、一目見たあの女(ひと)のことを思い出します」となるそうです。

原文は「振仰而 若月見者 一目見之 人乃眉引 所念可聞」です。

この歌を読んだ時の大伴家持は、まだ十六歳だったそうです。

三日月は、女性の眉を思い起こして詠んでいるそうです。

物語の時期設定で松姫と奇妙丸が婚約してから二回目の十一月となりました。

この物語の設定時期の翌月の永禄十一年(1568年)十二月は、駿府占領・今川攻略という出来事が起こります。

織田家もこの時期は気になる事があったと思います。

今までの松姫の文の内容からすると、誰かに文を見せているはずだから、この時期に探りを入れて武田家側に警戒されると困るので、普段どおりの対応をしているという設定になっています。

織田信長と奇妙丸が探りを入れる話しをしたかどうかについては、ご想像お任せします。

女性の名前を丁寧に呼ぶ時は、いつ頃からかは分かりませんが、名前の前に「お」をつけて「お松」「お菊」と呼びます。

「菊姫」と「松姫」より立場の上に当たる武田信玄や油川夫人が、「お松」・「お菊」と呼ぶのは正しい呼び方ではない事になります。

時代劇などで、「お松さん」・「お松様」と呼ぶ事があります。

これは、敬称を二つ使用しているので、正しい呼び方ではない事になります。

同じく時代劇などで、「お松ちゃん」と呼ぶのも、丁寧な呼び方と親しみを込めた呼び方の両方を使用しているので正しい呼び方ではない事になります。

名前に「お」をつけた理由は、「松」・「菊」は植物の名前のため混乱する可能性があると考えた事と、厳密にすると分かり難くなると考えた事が、主な理由です。

「霜月(しもつき)」は、「陰暦十一月の異称」です。

「霜月(そうげつ)」と読むと、「霜の降りた寒い夜の月。霜の降りた夜の冷たく澄んだ月。陰暦十一月の異称。」という意味になります。

この物語では、両方の意味を込めて使用しながらも、「そうげつ」の意味を重視して、「そうげつ」と読む事にしました。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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