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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜
〜 文紡ぎ 梅見月 心もしのに君をしぞ思ふ 〜
登場人物
松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、
黄梅院[武田信玄の長女(※仮名:初瑠<はる>)]、菊姫[武田信玄の四女]、
油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、
「梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしぞ思ふ」
「万葉集 第ニ十巻 四五〇〇番」
作者:市原王(いちはらのおおきみ)
松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、十六の月を数えた。
暦は二月となった。
ここは、甲斐の国。
梅の花が咲く姿をたくさんの場所で見掛けるようになった。
早く咲き始めた梅は、見頃になり始めている。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
油川夫人の部屋。
菊姫と松姫は、油川夫人に呼ばれて部屋を訪れている。
油川夫人は松姫と菊姫に微笑んで話し出す。
「お菊とお松の姉上の初瑠様から、二人と話したいという内容の文が届きました。お菊とお松は、明日は躑躅ヶ崎館で初瑠様と話しをします。忘れないように。」
松姫は油川夫人を不思議そうに見た。
菊姫は油川夫人に不思議そうに話し出す。
「初瑠姉上は甲斐に戻ってきてから、体調の優れない日が続いていると聞きました。」
油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「初瑠様は甲斐に戻ってから、お菊とお松とゆっくりと逢いたいと何度も話しているそうです。初瑠様の文にも同じ内容が書いてありました。初瑠様の体調が少し落ち着いたので、三人で話す日取りを明日にしたいと文に書いてありました。」
松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「分かりました。初瑠姉上と話しをしてきます。」
菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「私もお松と一緒に初瑠姉上と話しをしてきます。」
油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「緊張して話しが出来なくなったり、逆に騒いだりしないように。初瑠様が気疲れしないように気を付けなさい。」
松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫も油川夫人に微笑んで話し出す。
「はい。」
油川夫人は菊姫と松姫を微笑んで見た。
それから少し後の事。
ここは、菊姫の部屋。
菊姫と松姫は、一緒に居る。
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「初瑠姉上と話しをするのは初めてです。緊張します。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「母上の言う通り、緊張せずに落ち着いて話しましょう。」
松姫は菊姫に微笑んで頷いた。
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「初瑠姉上のお気持ちが少しでも明るくなるように話したいです。」
菊姫は松姫に微笑んで頷いた。
松姫は菊姫を微笑んで見た。
その翌日の事。
ここは、甲斐の国。
青空が広がり、寒さを余り感じない。
穏やかな日となっている。
ここは、躑躅ヶ崎館。
初瑠姫の部屋。
初瑠姫、菊姫、松姫は、一緒に居る。
初瑠姫は顔色も落ち着いて穏やかな様子に見える。
初瑠姫は松姫と菊姫に微笑んで話し出す。
「今日は天気も落ち着いているから、庭で梅の花を見ながら話をしましょう。」
松姫は菊姫を確認するように見た。
菊姫は初瑠姫を心配そうに見た。
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「私は梅の花が好きなの。お菊とお松と一緒に、青空の下で咲く梅の花が見たいと思ったの。今日は体調も良いし、穏やかな天気だから、少しだけなら外に出ても大丈夫よ。」
松姫は初瑠姫と菊姫を確認するように見た。
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「姉上と梅の花を見ながら話しが出来るのですね。楽しみです。」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「私も初瑠姉上と梅の花を見ながら話しが出来るのが楽しみです。」
初瑠姫は菊姫と松姫を微笑んで見た。
それから僅かに後の事。
ここは、躑躅ヶ崎館。
初瑠姫の部屋の前に在る庭。
紅色、白色、黄色の梅の花が綺麗に咲いている。
初瑠姫、菊姫、松姫は、一緒に居る。
松姫は梅の花を微笑んで見ている。
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「綺麗な梅の花ですね。」
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「私が梅の花が好きだから、父上と母上が綺麗な色の梅の花を庭に植えてくれたの。良い季節に躑躅ヶ崎館に戻ってきたから、再び庭に咲く梅の花が見られて嬉しいわ。」
松姫は初瑠姫を心配そうに見た。
菊姫も初瑠姫を心配そうに見た。
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「いろいろな色の梅の花が咲く様子は綺麗よね。」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「黄梅を初めて見たように思います。黄梅も紅梅や白梅と同じくらい綺麗です。」
初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。
「父上と母上が珍しい梅を見付けたと言って、黄梅を庭に植えてくれたの。」
松姫は初瑠姫を微笑んで見た。
初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松は織田家の嫡男の奇妙丸殿と婚約を交わしているのよね。」
松姫は初瑠姫に笑顔で話し出す。
「はい!」
初瑠姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は初瑠姫と微笑んで話し出す。
「奇妙丸様は岐阜で過ごされています。私は奇妙丸様に相応しい正室になれるように、母上からたくさんの内容を教わっています。」
初瑠姫は菊姫と松姫を微笑んで見た。
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様と交わす文で、歌を頂いたり贈ったりしています。歌は奥が深いので、勉強をしても更に勉強したくなります。」
初瑠姫は松姫を微笑んで見た。
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「私もお松と一緒に母上から歌を教わっています。」
初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松は近い内に奇妙丸様に文を書く予定はあるの?」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「今日か明日の間に文を書こうと思っています。」
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸殿に贈る歌は決まったの?」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「まだ決めていません。」
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「お菊とお松と話している間に、梅の花で思い出した歌があるの。参考として聞いてくれるかしら?」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫も初瑠姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「“梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしぞ思ふ”。万葉集の歌で、作者は市原王よ。梅の花の香りに喩えられているのは、宴会を主催した中臣清麻呂だといわれているそうよ。」
菊姫は初瑠姫を心配そうに見た。
松姫は初瑠姫と菊姫を困惑した様子で見た。
初瑠姫は松姫と菊姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸殿に贈る歌としては相応しくないかしら?」
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「私とお松の話しを聞いただけで、素敵な歌を思い出す姉上は凄いと思います。」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「素敵な歌を教えて頂いてありがとうございます。」
初瑠姫は松姫と菊姫に微笑んで話し出す。
「少し疲れたから、別な日にまた話しをしましょう。」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「今日は、たくさん話しが出来て、歌を教えて頂いて、とても嬉しかったです。ありがとうございました。」
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「今日はとても楽しい時間を過ごす事が出来ました。ありがとうございました。」
初瑠姫は菊姫と松姫を微笑んで見た。
それから暫く後の事。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
松姫の部屋。
菊姫と松姫は、文を書く用意をしながら一緒に居る。
松姫は菊姫に考え込みながら話し出す。
「奇妙丸様への文に、初瑠姉上と話した時に歌を教えて頂いたと書いても良いのでしょうか?」
菊姫は松姫に考え込みながら話し出す。
「姉上から歌を教えて頂いたと書くのは問題ないと思うけれど、話したと書くのは止めた方が良いと思うわ。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「分かりました。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は机に向かうと、微笑んで文を書き始めた。
奇妙丸様へ
甲斐では梅の花が咲く姿をたくさん見られるようになりました。
早く咲いた梅は満開に近くなりました。
庭の梅の花は綺麗に咲いています。
岐阜も梅の花は綺麗に咲いているのでしょうか。
一番上の姉上から梅の花を詠んだ歌を教えて頂きました。
母上と姉上と私で、素敵な歌だと話しをしました。
奇妙丸様に一番上の姉上から教えた頂いた歌を贈りたいと思いました。
受け取って頂けると嬉しいです。
梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしぞ思ふ
作者は男性の方で、梅の花の香りに喩えられている方は男性だといわれています。
私にとっては奇妙丸様が梅の花の香りに喩えても良い方だと思っています。
まだ寒い日が続きます。
お体に気を付けてお過ごしください。
松より
松姫の書いた文は、使いの者を通じて、奇妙丸の元に届けられる事となった。
それから何日か後の事。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
使いの者を通じて、奇妙丸からの松姫に宛てた文が届けられた。
お松へ
寒い日が続いているので、元気に過ごしているか心配していた。
お松が元気に過ごす様子が文を読んで伝わってきて安心した。
私は元気に過ごしているから安心して欲しい。
岐阜は甲斐と同じように、梅の花が咲く姿をたくさんの場所で見掛けるようになり、早咲きの梅は見頃を迎え始めている。
お松の文に書いてあった歌を読んだ。
褒めてもらえて嬉しいと思うと同時に、お松から贈られた歌に相応しい男性になれるように更なる精進が必要だと思った。
私は岐阜で、お松は甲斐で、二人は離れて暮らしている。
この歌のように、離れて過ごしていても、心を繋げて想い合って過ごしたいと思った。
お松も私と同じ考えだと信じている。
まだ寒い日が続くと思う。
体に気を付けて過ごして欲しい。
奇妙丸より
「梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしぞ思ふ」
離れていてもあなたを想っている。
初瑠姫にとっては、北条氏政と子供達。
松姫にとっては奇妙丸。
梅の花が咲く中でも、いろいろな出来事が複雑に絡み合う中でも、人を想う気持ちは変わらずに続いている。
* * * * * *
ここからは後書きになります。
この物語に登場する歌は、「万葉集 第ニ十巻 四五〇〇番」です。
「梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしぞ思ふ」
ひらがなの読み方は、「うめのはな かをかぐはしみ とおけども こころもしのに きみをしぞおもふ」です。
作者は「市原王(いちはらのおおきみ)」です。
歌の意味は、「梅の花の香りの良さに、遠く離れていますけど、心はいつも、あなたさまのことを思っています。」となるそうです。
原文は、「宇梅能波奈 香乎加具波之美 等保家杼母 己許母之努尓 伎美乎之曽於毛布」です。
この歌は、天平宝字(てんぴょうほうじ)二年二月に、中臣清麻呂(なかとみのきよまろ)の邸宅で催された宴席での歌だそうです。
「梅の花の香り」は、中臣清麻呂(なかとみのきよまろ)の人柄を表しているのではないかと考えられています。
ただ、市原王(いちはらのおおきみ)宅と中臣清麻呂(なかとみのきよまろ)宅は、どちらも平城京にあったそうなので、それほど離れているという訳ではなかったようです。
今回の物語から、武田信玄と三条夫人の娘の「黄梅院」が、幾つかの物語に登場します。
「黄梅院」は名前が分からないため、小説、マンガ、ドラマなどでは、いろいろな名前で登場します。
法名に「黄梅」・「春」という言葉が入っている関係かと思いますが、春や梅を連想させる名前が多いようです。
私も「黄梅院」の名前をいろいろと考えました。
武田信玄の娘の名前で知られているのは、「真理」、「菊」、「松」です。
一人だけ突出した名前にならないようにしたいと考えました。
最初に良いと思った名前は、長女という事から「初(はつ)」でした。
しかし、他の武将に「初」という名前の姫がいるので、後々の物語などで分かり難くなる可能性があるので止めました。
しかし、「初」という名前は残したいと考えました。
次に「初津」という名前を考えましたが、甲斐の国で「津」という字がしっくりきませんでした。
名前を考えている最中に、甲府市と宝石に関連がある事を思い出しました。
甲府市は古くから水晶などの加工や研磨で有名な産地として知られています。
そこで、宝石の「瑠璃(るり)」[※ラピスラズリ(lpis lazuli)の和名]の「瑠」の字を使う事にしました。
「戦国恋語り」では、「初瑠(はる)」・「初瑠姫(はるひめ)」という名前で登場させる事にしました。
この物語の時間設定は、「黄梅院」が甲斐の国に戻ってきてきた翌月になります。
史実では「黄梅院」は菊姫と松姫が生まれる前に北条氏政に嫁いでいます。
「黄梅院」と菊姫と松姫が甲斐の国で話す機会があるとすれば、三国同盟が破綻して甲斐の国に戻されてからになると思います。
駿河を巡る武田家と徳川家の緊張関係は続いています。
この物語の設定月の一月には、北条家も布陣し武田家と対峙します。
更に複雑な展開になっています。
織田家は武田家と徳川家の両方と繋がりがあります。
織田家は武田家と徳川家の緊張感をどのように見ていたのか非常に気になります。
この緊張感によって、徳川家と武田家が駿河に割く時間が増えるので、織田家にとっては都合が良かったかも知れないという考えを聞いた時には、なるほどと思いました。
この時期は、武田家、織田家、徳川家の不思議な関係と探り合いがあるように感じました。
今回の物語に「黄梅(おうばい)」が登場します。
「迎春梅(げいしゅんばい)」(モクセイ科)という別名で知られる「黄梅」ではなく、名前の通り黄色い梅です。
梅の中の一種類です。
他の梅と同じくバラ科になります。
「梅見月(うめみづき)」は、「陰暦二月の異称」です。
楽しんで頂けると嬉しいです。
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