このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜


〜 文紡ぎ 夢見月 夢見草 君とし見てば 〜


登場人物

松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、

黄梅院[武田信玄の長女(※仮名:初瑠<はる>)]、菊姫[武田信玄の四女]、

油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、



「あしひきの 山桜花 一目だに 君とし見てば 我れ恋ひめやも」

「万葉集 第十七巻 三九七〇番」より

作者:大伴家持(おおとものやかもち)



松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、十七の月を数えた。

暦は三月となった。



ここは、甲斐の国。



早く咲いた梅の花は、既に散っている。

遅く咲いた梅の花は、見頃か散り始めとなっている。

梅の花と入れ替わるように、早く咲いた桜の花がゆっくりと見頃を迎えようとしている。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。



庭。



梅の花は既に散り、桜の花が咲き始めようとしている。



油川夫人、菊姫、松姫は、一緒に居る。



松姫は油川夫人と菊姫に微笑んで話し出す。

「桜が見頃になったら、お花見にたくさん出掛けたいです。」

菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「私もお花見にたくさん出掛けたいです。」

油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「今はいろいろとある時期です。甲斐の国の人達を思うと、私達が派手に花見を行なうのは控えなければなりません。しかし、お松が奇妙丸様の元に嫁ぐ日やお菊の縁談が、いつ決まるか分かりません。お菊やお松が、甲斐の国やお花見に関する決まり事を知らないまま嫁いだら、父上や甲斐の国の評判が悪くなります。今年は屋敷の者を連れて、静かに花見を行ないましょう。桜の見頃の時期に甲斐の国が落ち着いていたら、楽しいお花見が出来るかも知れません。私達は父上に心配を掛けないように、しっかりと過ごしましょう。」

松姫は油川夫人に笑顔で話し出す。

「母上! 分かりました!」

菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「母上。父上に迷惑を掛けないように、しっかりと学びたいと思います。」

油川夫人は菊姫と松姫を微笑んで見た。

松姫は油川夫人を笑顔で見た。

菊姫は油川夫人を微笑んで見た。

油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「お菊とお松が、初瑠様と会う予定は明日ですね。初瑠様が疲れて調子が悪くならないように、気遣いながら話しをしなさい。」

松姫は油川夫人に笑顔で話し出す。

「はい!」

菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「はい。」

油川夫人は菊姫と松姫を微笑んで見た。



その翌日の事。



ここは、甲斐の国。



肌寒さを感じない穏やかな日となっている。



ここは、躑躅ヶ崎館。



初瑠姫の部屋の前に在る庭。



梅の花はほとんど散り、桜の花が咲き始めている。



ここは、初瑠姫の部屋。



縁の傍。



庭の様子が見えるように、障子が開いている。



初瑠姫、菊姫、松姫は、一緒に居る。



松姫は初瑠姫に心配そうに話し出す。

「初瑠姉上。お体の具合は大丈夫ですか?」

初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。

「今日は暖かいし、お菊とお松と話しが出来るから調子が良いの。」

松姫は初瑠姫に心配そうに話し出す。

「梅の花がほとんど散っていますね。寂しいですよね。」

初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。

「梅の花はほとんど散ってしまったけれど、桜の花が咲き始めているから寂しくないわ。」

松姫は初瑠姫を安心した表情で見た。

初瑠姫は松姫を微笑んで見た。

菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。

「桜の花を詠んだ歌は、梅の花を詠んだ歌と同じくらいありますよね。」

初瑠姫は菊姫に微笑んで頷いた。

菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。

「昨年の桜の咲く頃に、奇妙丸様からお松に宛てて、大伴池主の桜を詠んだ歌を書いた文が届きました。母上から大伴家持と大伴池主は親しくて、歌を贈り合っていたと教えてもらいました。」

初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「大伴家持が桜を詠んだ歌の中に、大伴池主の返歌として詠んだ歌があるそうなの。既に教わっているかも知れないけれど、念のために詠むわね。」

松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。

「お願いします。」

初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「あしひきの 山桜花 一目だに 君とし見てば 我れ恋ひめやも」

松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。

「母上から教えて頂いた歌と同じです。」

初瑠姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。

「母親と初瑠姉上の話しをしていたら、奇妙丸様に大伴家持の詠んだ桜の歌の返歌を贈りたいと思いました。昨年は、桜の咲く時期に合わなくて返歌が贈れませんでした。今は季節が一巡りしています。どのようにして贈れば良いのでしょうか?」

初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。

「奇妙丸様は性格の良いしっかりとした方だと聞いているから、素直に経緯を書いて歌を贈って良いと思うわ。」

松姫は初瑠姫を微笑んで話し出す。

「分かりました。」

菊姫は初瑠姫と松姫を微笑んで見た。

初瑠姫は松姫と菊姫に微笑んで話し出す。

「桜の別名が“夢見草”と聞いた時に、素敵な別名だと思ったの。桜の花を見た日の夜は、どのような夢を見るのかと楽しく考えながら寝るの。今は桜の花を見た日の夜に、離れた場所に居る大切な人達と一緒に過ごす夢を見たいと強く想うの。離れた場所に居る大切な人達が桜の花を見た日の夜に、私が現れる夢を見て欲しいと思いながらも、心配や寂しい想いをして欲しくないから、私が現れる夢は見ないで欲しいとも思うの。」

松姫は初瑠姫を心配そうに見た。

菊姫も初瑠姫を心配そうに見た。

初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「話しを元に戻すわね。歌の内容から考えて、明るい感じの文を書けば、奇妙丸殿は心配しないから大丈夫だと思うわ。」

松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。

「いろいろと教えて頂いてありがとうございます。」

菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。

「勉強になりました。ありがとうございます。」

初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで頷いた。



それから暫く後の事。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。



松姫の部屋。



松姫は微笑んで文を書いている。

菊姫は松姫の横で、微笑んで様子を見ている。



奇妙丸様へ

甲斐の国では、梅の花が散る姿や散った姿をたくさん見掛けます。

梅と入れ替わるようにして、夢見草が咲く準備を始めたり咲き始めたりしています。

昨年の夢見草の咲く季節に、奇妙丸様から夢見草を詠んだ歌が書かれた文を頂きました。

母上や姉上から、大伴池主と大伴家持は親しくて、何度も歌を贈りあっていたと教えてもらいました。

再び夢見草の咲く季節が訪れました。

季節が一巡りしていますが、返歌として夢見草を詠んだ歌を贈ります。

受け取って頂けると嬉しいです。

あしひきの 山桜花 一目だに 君とし見てば 我れ恋ひめやも

奇妙丸様と一緒に夢見草を見られる日が一日も早く訪れるように、日々の勉強に励みます。

暖かい日が増えてきましたが、寒さを感じる日も残っています。

お体に気を付けてお過ごしください。

松より



松姫の書いた文は、使いの者を通じて奇妙丸の元に届けられた。



それから何日か後の事。



ここは、甲斐の国。



早く咲いた桜は、見頃に近くなってきた。

今にも咲きそうな桜もたくさん見掛けるようになった。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。



奇妙丸が松姫に宛てて書いた文が届いた。



ここは、松姫の部屋。



松姫は嬉しそうに文を読んでいる。

菊姫は松姫の横で、松姫を一瞥しながら、微笑んで文を読んでいる。



お松へ

岐阜では早く咲いた夢見草が見頃を迎えようとしている。

お松の元に文が届いた頃は、夢見草は見頃になっていると思う。

私もお松と一緒に夢見草を見たい。

お松が夢見草を笑顔で見る姿を見たい。

私の書いた文の内容を、季節が一巡りしたのに覚えていたと知り嬉しくなった。

私はお松が書いた文を何度も読んでいる。

季節が一巡りしてからは、その季節の頃に届いた文を読み返している。

自分の書いた文を思い起して、更に歌の勉強に励みたいと思った。

お松に相応しい人物と言われるように、日々精進したいと思った。

暖かい日と寒い日が共にあるので、疲れの残る日があると思う。

身体に気を付けて過ごしてくれ。

奇妙丸より



「あしひきの 山桜花 一目だに 君とし見てば 我れ恋ひめやも」

季節が一巡りしてから、松姫が奇妙丸に返歌として贈った歌。

初瑠姫と松姫には、夢見草を一緒に見たい人がいる。

初瑠姫は、夫の北条氏政と子供達。

松姫は、許婚の奇妙丸。

初瑠姫の想いと松姫の想いは似ているようで違う。

松姫は、初瑠姫と接しながら、奇妙丸への想いを夢見草に重ねて強めていく。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は、「万葉集 第十七巻 三九七〇番」です。

「あしひきの 山桜花 一目だに 君とし見てば 我れ恋ひめやも」

ひらがなの読み方は、「あしひきの やまさくらばな ひとめだに きみとしみてば あれこひめやも」です。

作者は「大伴家持(おおとものやかもち)」です。

意味は、「山に咲く桜の花をあなたさまと一緒に眺められたなら、こんな風に花が恋しいとは思わないでしょうに・・・」となるそうです。

原文は、「安之比奇能、夜麻佐久良婆奈、比等目太尓、伎美等之見■婆、安礼古非米夜母」です。

「■」は「“氏”の下に“一”」という文字変換できない字でした。

「大伴池主(おおとものいけぬし)」からの歌に対する返歌として詠んだ歌の一つだそうです。

この時、天平十九年(747年)三月三日は、「大伴家持」は身体の調子が悪く、床に伏せっていたそうです。

今回の物語の中で桜の季節にやり取りした文についての話しが登場します。

元になる物語は、「雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 文紡ぎ 桜月 我れは寂しも君としあらねば」です。

物語の時間設定時の永禄十二年(1569年)三月は、武田家・徳川家・北条家・今川家が関係する複雑な状況は続いています。

「夢見草(ゆめみぐさ)」は、「桜の異称」です。

「夢見月(ゆめみづき)」は、「陰暦三月の異称」です。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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