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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜
〜 文紡ぎ 卯の花月 愛しきが手をし取りてば 〜
登場人物
松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、
黄梅院[武田信玄の長女(※仮名:初瑠<はる>)]、菊姫[武田信玄の四女]、
油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、
「佐伯山 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも」
「万葉集 第七巻 一二五九番」
作者:詠み人知らず
松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、十八の月を数えた。
暦は四月となった。
ここは、甲斐の国。
心地良い日が続いている。
白い卯の花が眩しく咲く姿を見掛けるようになってきた。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
油川夫人の部屋。
油川夫人、菊姫、松姫が居る。
油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「初瑠様がお菊とお松と話しが出来たと喜んでいるの。初瑠様は体調の優れない日が続いているけれど、お菊やお松と話しをしていくうちに、笑顔で過ごされる時間が増えてきたそうなの。父上はお菊やお松の気配りを喜んでいるの。」
菊姫は油川夫人を微笑んで見た。
松姫は油川夫人を笑顔で見た。
油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「初瑠様が明日の予定でお菊とお松と話したいそうなの。予定に遅れないように、早めに準備をしておくように。」
菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「はい。」
松姫も油川夫人に微笑んで話し出す。
「はい。」
油川夫人は松姫と菊姫を微笑んで見た。
その翌日の事。
ここは、甲斐の国。
青空が広がっている。
ここは、躑躅ヶ崎館。
初瑠姫の部屋。
部屋の前に在る縁。
部屋の前の庭に、眩しさを感じる程の白色の卯の花が咲いている姿が見える。
初瑠、菊姫、松姫が、居る。
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「庭の卯の花が綺麗に咲いていますね。」
松姫も初瑠姫に微笑んで話し出す。
「天気の良い日が続いているので、青空と白い雲と卯の花が更に綺麗に見えます。」
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで頷いた。
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「母上から卯の花を詠んだ歌があると聞きました。」
初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。
「直ぐに思い出せる歌は少ないけれど、卯の花を詠んだ歌は何首もあるのよ。」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「初瑠姉上のお好きな歌か印象に残られた歌を教えて頂いても良いですか?」
初瑠姫は松姫に微笑んで頷いた。
松姫は初瑠姫を微笑んで見た。
菊姫も初瑠姫を微笑んで見た。
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「“佐伯山 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも”。」
松姫は初瑠姫を心配そうに見た。
菊姫も初瑠姫を心配そうに見た。
初瑠姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「歌を詠んだ方と相手の方は、別々の場所に居るのよね。だけど、卯の花を持っている愛しい人の手を取る事が出来たら、花が散る時は愛しい人の手を取っているから、卯の花が散る様子を一緒に見られるのよね。」
松姫は考え込む仕草を見せた。
初瑠姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は初瑠姫に考え込みながら話し出す。
「私は初瑠姉上の気持ちが分かる気がします。」
初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。
「愛しい人の持っている卯の花が雪のように散る姿を一日も早く見たいわね。青空の下なら更に嬉しくなるわよね。」
松姫は初姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
初瑠姫は松姫を微笑んで見た。
菊姫は初瑠姫と松姫を心配そうに見た。
初瑠姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「お菊は、私やお松の想いが分からずに過ごせると良いわね。」
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「お気遣いありがとうございます。」
初瑠姫は菊姫を微笑んで見た。
松姫は初瑠姫と菊姫を微笑んで見た。
奇妙丸様へ
甲斐の国は、卯の花が綺麗な白色で咲く姿が見られるようになりました。
奇妙丸様はお元気に過ごされていますか。
私は元気に過ごしています。
先日の出来事ですが、初瑠姉上と菊姉上と一緒に、卯の花を見ながら話をしました。
卯の花は青空の下で眩しく感じるほどの白さで咲いていました。
卯の花を見ながら、卯の花を詠んだ歌についての話しをしました。
話しをした中に、一首の気になる歌がありました。
佐伯山 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも
奇妙丸様にこの歌を贈りたいと思いました。
岐阜の国 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも」
受け取って頂けると嬉しいです。
岐阜の国で卯の花を持っている奇妙丸様と共に、卯の花の散る様子を見たいです。
卯の花の散る様子を一緒に見られる日まで、卯の花が綺麗に咲いていて欲しいと思いました。
松より
それから数日後の事。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
油川夫人の部屋。
油川夫人と松姫が居る。
松姫は油川夫人に心配そうに話し出す。
「初瑠姉上は、甲斐の国に戻られてから体調も優れないし、北条の家族を心配する毎日を過ごされています。初瑠姉上にたくさんの笑顔で過ごしてほしいです。たくさん話す以外に何か出来ないのでしょうか?」
油川夫人は松姫に微笑んで話し出す。
「お松の気持ちは良く分かるわ。お菊やお松の想いは、初瑠様に伝わっているはずよ。でも、お松が頻繁に訪ねたら、初瑠様は、喜ぶと同時に気を遣うなどして逆効果になるの。今まで通りが一番良いと思うわ。」
松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。
「分かりました。今まで通りにします。」
油川夫人は松姫に微笑んで頷いた。
松姫は油川夫人を微笑んで見た。
油川夫人は机から文を微笑んで手に取った。
松姫は油川夫人を不思議そうに見た。
油川夫人は松姫に文を差し出すと、微笑んで話し出す。
「奇妙丸様から文が届いたの。お菊と一緒に読んで、文の返事を書きなさい。」
松姫は油川夫人から文を受け取ると、笑顔で話し出す。
「はい!」
油川夫人は松姫を微笑んで見た。
松姫は文を持ちながら、部屋を笑顔で出て行った。
それから少し後の事。
ここは、菊姫の部屋。
松姫は文を持ちながら、部屋を笑顔で訪れた。
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで話し出す。
「姉上。奇妙丸様から文が届きました。一緒に読んでください。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「文の返事を直ぐに書くかも知れないから、お松の部屋で文を読みましょう。」
松姫は文を持ちながら、菊姫に笑顔で話し出す。
「はい!」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は文を持ちながら、部屋を笑顔で出て行った。
菊姫は松姫の後に、部屋を微笑んで出て行った。
お松へ
元気で過ごしているようだね。
岐阜でも卯の花が咲く姿が見られる。
青空と白い雲の下で咲く姿は、更に白さを増して綺麗に見える。
曇りの日に咲く姿は、辺りに白さを与えて明るくなる。
卯の花の咲く姿を見ながら、お松も卯の花と見ながら過ごしている様子を想像してみた。
お松の周りには、母上や姉上などの素晴らしい方がたくさんいて羨ましく思った。
歌の贈り物をありがとう。
私もお松に歌を贈りたくて考えていた。
お松に相応しい相手になれるように、更なる歌の勉強をしていきたいと思う。
お松が今回の贈り物に選んだ歌の作者の気持ちは、私にも分かるように感じた。
私もお松に逢える日を楽しみにしている。
甲斐の国 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも
私も、甲斐の国で卯の花を持っている愛しい手を取る事が出来たら、花は散っても構わない。
卯の花が咲く姿より、卯の花が散る姿より、更に素敵な姿を見られるのだから。
奇妙丸より
佐伯山 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも」
松姫にとっては岐阜に、奇妙丸にとっては甲斐の国に、それぞれ卯の花を持っている愛しい人の手がある。
お互いに愛しい人の手を取る事が出来たら、卯の花が散っても良いと想っている。
卯の花の代わりに見られる姿が、一番に見たい人の姿になるのだから。
* * * * *
ここからは後書きになります。
今回の物語に登場する歌は「万葉集 第七巻 一二五九番」です。
「佐伯山 卯の花持ちし 愛しきが 手をし取りてば 花は散るとも」
ひらがなの読み方は、「さへきやま うのはなもちし かなしきが てをしとりてば はなはちるとも」です。
作者は「詠み人知らず」です。
意味は、「佐伯山で、卯の花を持っている愛しい人の手をとることができたら、花は散ってもいいのです。」となるそうです。
原文は「佐伯山 于花以之 哀我 手鴛取而者 花散鞆」です。
「卯の花(うのはな)」は、「空木(うつぎ)の白い花。空木の別名。」です。
日本原産です。
「空木」は、幹の中が空洞だからというところから付いた名前だといわれています。
武田軍の戦についてですが、前年の永禄十一年(1568年)から続いていた戦は、翌年の永禄十二年(1569年)四月(※今回の物語の設定月)の下旬に、武田信玄の次女(父親は武田信玄、母親は正室の三条夫人、名前不明)の夫である穴山梅雪に城を任せて、本陣は甲斐の国に戻ります。
それ以降も続きや経過があるのですが、ここでは省略します。
「卯の花月(うのはなづき)」は、「陰暦四月の異称」です。
「卯の花が咲く月」という意味から付いた異称だそうです。
楽しんで頂けると嬉しいです。
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