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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜
〜 文紡ぎ 麦秋 あひ見し子らしあやにかなしも 〜
登場人物
松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、
武田信玄、黄梅院[武田信玄の長女(※仮名:初瑠<はる>)]、菊姫[武田信玄の四女]、
油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、
「柵越しに 麦食む駒の はつはつに あひ見し子らし あやにかなしも」
「万葉集 第十四巻 三五三七番」より
作者:詠み人知らず
松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、十九の月を数えた。
暦は五月となった。
ここは、甲斐の国。
梅雨が近付いているが、天気の良い日が続いている。
雨や曇りの日が増えるのは、もう少しだけ先のように感じる。
ここは、躑躅ヶ崎館。
初瑠姫の部屋。
初瑠姫、菊姫、松姫が居る。
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「いつも来てくれてありがとう。」
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「初瑠姉上と話しが出来て嬉しいです。お礼を言うのは私の方です。」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「私も姉上と同じです。」
初瑠姫は菊姫と松姫を微笑んで見た。
松姫は初瑠姫を笑顔で見た。
菊姫は初瑠姫を微笑んで見た。
初瑠姫は松姫と菊姫に微笑んで話し出す。
「父上が甲斐の国に戻られているわよね。たくさん話しは出来た?」
松姫は初瑠姫を僅かに困惑した様子で見た。
菊姫も初瑠姫を僅かに困惑した様子で見た。
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。
「お菊もお松も父上が好きだから、話しが出来なくて寂しい日が続いていたわよね。父上と話しが出来るのは嬉しいわよね。私に気兼ねしないで返事をして良いのよ。」
松姫は初瑠姫に僅かに困惑した様子で話し出す。
「父上と話しが出来て嬉しいです。」
菊姫も初瑠姫に僅かに困惑した様子で話し出す。
「私もお松と同じく嬉しいです。」
初瑠姫は松姫に微笑んで話し出す。
「話しは変わるけれど、麦の稲穂が金色に姿を変える季節になったわね。風に揺れる金色の稲穂を奇妙丸殿への想いと重ねて、麦を詠んだ歌を贈るというのはどうかしら?」
松姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様に麦を詠んだ歌を贈りたいです。初瑠姉上。ぜひ教えてください。」
菊姫は初瑠姫に微笑んで話し出す。
「私もお松と一緒に教えてください。」
初瑠姫は菊姫と松姫に微笑んで頷いた。
松姫は初瑠姫を微笑んで見た。
菊姫も初瑠姫を微笑んで見た。
ちょうど同じ頃。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
油川夫人の部屋。
武田信玄と油川夫人が居る。
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「お初瑠とお菊とお松は、楽しく話している最中だな。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「お菊とお松は、初瑠様の元から帰ってくると、私に笑顔で話しをしてくれます。私に話しをしてくれる時間の長さは様々です。一番に短い時は、二人共に挨拶だけしてお松の部屋で奇妙丸様への文を書きます。」
武田信玄は油川夫人に僅かに寂しそうに話し出す。
「躑躅ヶ崎館に私が居ると、お菊とお松が私への挨拶に時間を割いてしまい、お初瑠と会う時間が短くなる。お初瑠の楽しみにしている時間を減らしたくなくて、屋敷を訪ねてきた。甲斐の国を治める者としての気持ちではなく、父としての気持ちになると、申し訳なく思う。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「初瑠様にお気持ちは伝わっていると思います。お菊もお松も責める話しはしていません。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「頼りない姿を見せてしまったな。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「私と二人きりの時は、気兼ねや遠慮はしないでください。お菊やお松を含めた他の人達の前では、威厳のあるお姿で接しながら良い方向に導いてください。」
武田信玄は油川夫人を微笑んで見た。
油川夫人も武田信玄を微笑んで見た。
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「お菊とお松が帰ってくるまで屋敷に居たい。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「躑躅ヶ崎館を長く離れていても大丈夫なのですか?」
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「細かい状況を察していて信頼できる者に、出掛ける場所を伝えてある。緊急の時には訪ねてくる。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「お松とお菊の代わりにはなりませんが、二人が帰るまでは、私に話し相手を務めさせてください。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「私の話し相手をしっかりと務めてくれる。私にくつろぎの時間を与えてくれる。五郎やお菊とお松が母親として尊敬し頼りにしている。立派だ。謙遜する必要はないぞ。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「身に余る褒め言葉をありがとうございます。」
武田信玄も油川夫人を微笑んで見た。
油川夫人も武田信玄を微笑んで見た。
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「良く考えたら、私がお松宛の奇妙丸殿の文を持って訪ねると、お菊とお松が帰ってきても、私と話す時間が短くなるな。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様からのお松宛の文は、陽が落ちる少し前に渡します。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「お松には、私ではなく奇妙丸殿を一番に考えるよう言ってある。お菊やお松と話す時間が短くなるのは寂しいが、親である私達が言った通りに行動しなければ、何か遭った時に二人を諭せない。お松には奇妙丸殿の文を早く渡そう。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで軽く礼をした。
武田信玄は油川夫人を微笑んで見た。
部屋の外から侍女の声が聞こえてきた。
「菊姫様と松姫様がお戻りになられました。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで頷いた。
油川夫人は武田信玄に微笑んで軽く礼をした。
武田信玄は微笑んで部屋を出て行った。
油川夫人も微笑んで部屋を出て行った。
お松へ
岐阜は梅雨が始まろうとしているが、まだ過ごしやすい日が続いている。
お松は元気に過ごしているだろうか。
過ごしやすい天気が続く中ではあったが、雨の降る日があった。
雨が降る様子を見ていたら、麦雨という言葉を思い出した。
麦を詠んだ歌について調べていたら、良い歌を見つけた。
お松に贈る歌に決めた。
柵越しに 麦食む駒の はつはつに あひ見し子らし あやにかなしも
私は岐阜で、お松は甲斐に居る。
僅かでも見かけた娘を愛おしいと歌に詠める作者が羨ましいと思った。
しかし、私はお松と祝言を挙げれば、末永く一緒に過ごせる。
逆に作者が羨ましがると思った。
お松と一緒に金色の麦の稲穂が風に揺れる様子を見られる日を楽しみに待っている。
梅雨が始まると雨や曇りの日が増える。
体調に気を付けて過ごしてくれ。
奇妙丸より
奇妙丸様へ
奇妙丸様がお元気に過ごされていて安心しました。
私は元気に過ごしています。
甲斐の国も梅雨が始まろうとしていますが、過ごしやすい日が続いています。
麦を詠んだ歌の贈り物をありがとうございます。
今日は、奇妙丸様から文を頂く前に、姉上達と麦の季節にちなんで、麦を詠んだ歌について話しをしました。
屋敷に帰ってきてから、奇妙丸様の文を読んで、嬉しさと驚きと両方の気持ちを抱きました。
私も奇妙丸様と一緒に金色になった稲穂が風に揺れる様子を見たいです。
一日も早く望みが叶うように努力します。
奇妙丸様に麦を詠んだ歌を贈ろうと思いましたが、奇妙丸様から頂いた文が素敵なので、どのようにして贈れば良いのか悩んでしまいました。
麦を詠んだ歌は、更に勉強してから奇妙丸様に贈ります。
梅雨が始まると、気候に変化が現れ始めます。
体調に気を付けてお過ごしください。
松より
「柵越しに 麦食む駒の はつはつに あひ見し子らし あやにかなしも」
金色に姿を変えた麦の稲穂に想いを重ねて、松姫と奇妙丸の文のやり取りがあった。
松姫と奇妙丸は、一緒に過ごせる日が一日も早く訪れるように、たくさんの出来事を学びながら日々を過ごしていく。
* * * * * *
こからは後書きになります。
この物語に登場する歌は、「万葉集 第十四巻 三五三七番」です。
「柵越しに 麦食む駒の はつはつに あひ見し子らし あやにかなしも」
ひらがなの読み方は、「くへごしに むぎはむこまの はつはつに あひみしこらし あやにかなしも」です。
作者は「詠み人知らず」です。
意味は「柵越しに、馬が麦を食べるように、ちらっと会ったあの娘のことが、とてもいとおしい。」となるそうです。
原文は「久敝胡之尓 武藝波武古宇馬能 浪都々々尓 安比見之兒良之 安夜尓可奈思母」です。
「麦」というと、一般的には「大麦」を差します。
日本には四世紀頃に朝鮮半島から伝わったそうです。
麦は「五穀(ごこく)(一般的には、米、麦、粟[あわ]、黍[きび]、豆)」の一つで、昔から重要な作物だったそうです。
万葉集には三首だけしか掲載されていないそうです。
しかも「麦食む駒」と詠まれているそうです。
物語の設定時期の武田信玄と昨年から続いていた駿河の戦についてですが、この年の四月下旬に穴山梅雪の隊を残して戻ってきたそうです。
その関係で武田信玄は甲斐の国に戻ってきたという設定になっています。
この駿河を巡る戦は、五月には大きな動きはありません。
黄梅院は、この年の四月に出家したという説があります。
「雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編」では、物語の展開の関係で、出家はしていない設定になっています。
ご了承ください。
「麦秋(ばくしゅう)」は、「麦の取入れをする季節。」を表す言葉です。
初夏の頃になります。
夏の季語です。
「麦雨(ばくう)」は、「麦が熟する頃に降る雨。五月雨。」を表す言葉です。
楽しんで頂けると嬉しいです。
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