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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜
〜 文紡ぎ 霜降月 千年もがもと我が思はなくに 〜
登場人物
松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、
武田信玄、菊姫[武田信玄の四女]、油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、
「朝霜の 消やすき命 誰がために 千年もがもと 我が思はなくに」
「万葉集 第七巻 一三七五番」より
作者:詠み人知らず
松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、二十五の月を数える。
暦は十一月。
季節は冬になる。
ここは、甲斐の国。
日中も寒さを感じるが、陽が落ちると更に寒さを感じるようになった。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
客間。
武田信玄、油川夫人、菊姫、松姫が居る。
武田信玄は、油川夫人、菊姫、松姫に、微笑んで話し出す。
「みんなと短くても落ち着いた時間が過ごせて嬉しい。」
菊姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「父上と逢えない日が続くと寂しいです。短い時間でも父上と逢えて嬉しいです。」
松姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「私も姉上と同じ気持ちです。今日は父上と短い時間でも逢えて嬉しいです。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「私もお菊やお松と同じです。ご無事な姿と笑顔が見られて嬉しいです。」
武田信玄は、油川夫人、菊姫、松姫を微笑んで見た。
松姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「父上。今月は、奇妙丸様と婚約した月になります。」
武田信玄は松姫に微笑んで話し出す。
「お松。奇妙丸殿としっかりと文を交わしているそうだな。」
松姫は武田信玄に笑顔で話し出す。
「はい!」
武田信玄は菊姫に微笑んで話し出す。
「お菊はお松の文の相談に何度も乗っているそうだな。姉としてお松にしっかりと接していると知り嬉しい。」
菊姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「父上に褒めて頂けて嬉しいです。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「お松は奇妙丸様の正妻と同じ気持ちで過ごしています。お菊もお松と過ごしながら、たくさん学んで立派に成長しています。二人共に我が子ですが、他の方の前でも立派だと褒めてあげたい気持ちです。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで頷いた。
松姫は油川夫人を笑顔で見た。
菊姫は油川夫人を微笑んで見た。
武田信玄は松姫に微笑んで話し出す。
「お松と奇妙丸殿が婚約を交わした十一月か季節の特長が伝わる歌について調べた。良い歌を見付けた。」
松姫は武田信玄に笑顔で話し出す。
「父上! どのような歌ですか?! 早く教えてください!」
菊姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「父上。私も早く知りたいです。」
武田信玄は菊姫津松姫に微笑んで話し出す。
「“朝霜の 消やすき命 誰がために 千年もがもと 我が思はなくに”」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「万葉集に掲載されている歌ですね。素敵な歌ですが、今のお松が奇妙丸様に贈る歌にしては早くないですか?」
武田信玄は油川夫人に考え込みながら話し出す。
「確かに今のお松が奇妙丸殿に贈る歌では早いな。」
油川夫人は武田信玄を微笑んで見た。
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「良い歌を見付けたので、嬉しい気持ちが先に立ってしまって、お松の年齢に考えが及ばなかった。何事にも精進が必要だが、歌については更なる精進が必要だな。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「私達の前で謙遜しないでください。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「家臣や領民達の前では威厳を持って接しなければならないが、武田家を束ねる者としては、謙遜や謙虚は常に意識しなければならない。三人の前で謙遜や謙虚を表現しなければ、私は誰の前で謙遜や謙虚を表現すれば良いのかな?」
油川夫人は武田信玄を微笑んで見た。
武田信玄は松姫と菊姫に微笑んで話し出す。
「お松。もう少し成長したら先程の歌を奇妙丸殿に贈ろう。お菊。先程の歌を気に入ったのならば、婚約か嫁いだ後の歌に合う時季に、先程の歌を贈りなさい。」
菊姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「父上の調べられた歌は素敵です。大切な方が現れて、時季的に合う日に、先程の歌を贈ります。」
松姫に武田信玄に微笑んで話し出す。
「父上が私のために探して頂いた歌です。奇妙丸様に今回の歌を早く贈りたいです。今回の歌に合うように文を書いて贈っても良いですか?」
武田信玄は松姫に微笑んで話し出す。
「お松。無理をしないように文を書きなさい。」
松姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「はい。」
武田信玄は菊姫に微笑んで話し出す。
「お菊。今回もお松の相談に乗ってあげなさい。」
菊姫は武田信玄に微笑んで話し出す。
「はい。」
武田信玄は菊姫と松姫を微笑んで見た。
油川夫人も菊姫と松姫を微笑んで見た。
松姫は部屋を微笑んで出て行った。
菊姫は部屋を微笑んで出て行った。
武田信玄は油川夫人に真剣な表情で話し出す。
「実は、お菊の縁談を考えている。ある程度の状況が決まれば、お菊より先に必ず伝える。」
油川夫人は武田信玄に真剣な表情で軽く礼をした。
武田信玄は油川夫人に真剣な表情で頷いた。
油川夫人は武田信玄を真剣な表情で見た。
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「やっと二人きりになったのに、緊張させる話をして悪かったな。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「お菊の年齢を考えると、縁談の話しがあっても不思議ではありません。お菊がいつ嫁いでも良いようにしっかりと育てます。」
武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。
「三人共に気負いすぎて無理をしないように。」
油川夫人は武田信玄に微笑んで話し出す。
「はい。」
武田信玄は油川夫人を微笑んで見た。
奇妙丸様へ
寒い日が続くようになりました。
奇妙丸様はお元気に過ごされているのでしょうか。
私は元気に過ごしています。
安心してください。
奇妙丸様と婚約をした月になりました。
奇妙丸様と逢えない日が続いています。
奇妙丸様に早く逢いたいと想って過ごしています。
同時に、奇妙丸様の正室として相応しい姿で逢いたいので、早く逢って良いのかと想いながら過ごしています。
奇妙丸様に相応しい正室になれるように、母上や姉上にたくさんの物事を教わりながら過ごしています。
文を書きながら、奇妙丸様が期待しないか心配になりました。
恥ずかしいので、話題を変えます。
父上から今の季節に合う歌として、霜が登場する歌を教えてもらいました。
父上は、今の私が奇妙丸様に贈るには早い歌だと説明しました。
父上の言う通り、今の私が贈るには早い歌かも知れませんが、奇妙丸様に一日も早く歌を贈りたいと思いました。
父上に許しを頂いたので、文に書きます。
朝霜の 消やすき命 誰がために 千年もがもと 我が思はなくに
私は、奇妙丸様と一緒に過ごす初めての霜の季節に、この歌を贈りたいと思います。
この歌を早く文に書いたのには、良い歌だと思った他に、もう一つ理由があります。
もう一つの理由は、私自身の想いを忘れないためです。
暫くは寒い日が続きます。
体調に気を付けてお過ごしください。
松より
それから何日か後の事。
ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。
菊姫の部屋。
菊姫と松姫が居る。
松姫は文を持っている。
松姫は文を持ちながら、菊姫に寂しそうに話し出す。
「父上と逢えた時間は短かったですね。父上と早く逢いたいです。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「私達が寂しがっていたら、父上や周りの者達が心配するわ。」
松姫は文を持ちながら、菊姫に寂しそうに話し出す。
「私はみんなを励ます立場です。みんなの前で寂しがる姿は見せられません。母上に心配を掛けたくないです。姉上の前だけで良いので、寂しさを紛らわさしてください。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松は、奇妙丸様と逢えない日が続くし、父上とも再び逢えない日が続きそうだし、寂しいわよね。私の部屋で私の前だけでなら、寂しがっても良いわよ。」
松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様の文に、姉上は優しくてしっかりとしていると褒めた内容を書きたいです。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様は私がお松の文を書く手伝いをしているのを知っているのよね。お松が私を褒めたら、私がお松に指示をして、私を褒める文を書かせたと思うかも知れないわ。もし私を褒める時は、さり気なく褒めてね。」
松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松。奇妙丸様から届いた文は既に読んでいるわよね。なぜ奇妙丸様から届いた文をずっと持っているの?」
松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで話し出す。
「奇妙丸様から届いた文は、何度も読んでも楽しい気持ちになります。姉上と一緒に何度も文が読めるように持ってきました。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「今回の文は、お松に対する想いを先走る気持ちとして表しながら、父上を尊敬する気持ちも同時に表しているわね。さすが奇妙丸様よね。」
松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は文を持ちながら、菊姫を微笑んで見た。
お松へ
寒い日が続いているね。
お松が元気に過ごしていると分かり安心した。
私は元気に過ごしている。
心配せずに過ごしてくれ。
婚約を交わした月に合わせた文と歌をありがとう。
お松から届いた文に書いてある歌を受け取れる日が待ち遠しい。
お松の文を読んでいたら、私もお松に同じ歌を贈りたいと思った。
私もお松宛ての文に同じ歌を書いても良いか質問しようと思ったが、返事が待ちきれない。
お松に質問せずに同じ歌を文に書こうとも思ったが、信玄公とお松に大変に失礼な行動になると思った。
私には未熟なところがたくさんあると改めて思った。
お松と逢うまでに立派な人物になれるように更に精進したい。
寒い日が暫く続く。
体調に気を付けて過ごしてくれ。
奇妙丸より
「朝霜の 消やすき命 誰がために 千年もがもと 我が思はなくに」
松姫は、奇妙丸のために千年も生きていたいと想う。
奇妙丸は、松姫のために千年も生きていたいと想う。
甲斐の国に住む松姫
岐阜に住む奇妙丸。
松姫と奇妙丸は、逢える日を信じて、三度目の婚約を交わした月を過ごしている。
* * * * * *
ここからは後書きになります。
この物語に登場する歌は、「万葉集 第七巻 一三七五番」です。
「朝霜の 消やすき命 誰がために 千年もがもと 我が思はなくに」
ひらがなの読み方は、「あさしもの けやすきいのち たがために ちとせもがもと わがおもはなくに」です。
作者は「詠み人知らず」です。
意味は「朝霜のように短い命なのに、あなたのために、千年も生きていたいと思うのです。」となるそうです。
原文は「朝霜之 消安命 為誰 千歳毛欲得跡 吾念莫國」です。
「あなた以外の人のためには、そんなことは思わない」という意味を込めて詠んだ歌だと思われます。
「朝霜の」は、(日光に消えやすいところから)「消(け)」・「消え」にかかる枕言葉です。
武田軍の関連についてです。
永禄十二年(1569年)十一月は、武田信玄が駿河に進攻を開始します。
「菊姫」についての補足です。
菊姫は、後の出来事になりますが、上杉景勝の正室になります。
上杉景勝の正室になる前に、願証寺の僧と婚約していた記録が、武田側にあるそうです。
しかし、願証寺側の記録には、婚約についての記録の確認がとれないそうです。
婚約の状態で終わったために願証寺側の記録の確認がとれないのか、婚約の話しだけで終わったために願証寺側の記録の確認がとれないのか、武田内の話しだけで終わったために願証寺側の記録が無いのか、願証寺に起きた出来事の関係で記録の確認がとれないのか、いろいろな説が考えられるようです。
武田信玄の正室の三条夫人の妹が、本願寺の顕如上人の正室となっています。
菊姫と願証寺の僧の縁談話は、三条夫人の妹と本願寺の縁の影響はあると考えられます。
「霜降月(しもふりづき)」は「陰暦十一月の異称」です。
楽しんで頂けると嬉しいです。
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