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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜


〜 文紡ぎ 十五夜 おほほしく照れる月 〜


登場人物

松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、

武田信玄(文だけの登場)、三条夫人[武田信玄の正室、黄梅院の母](文だけの登場)、

菊姫[武田信玄の四女]、油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、



「ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見れば悲しさ」

「万葉集 第六巻 九八二番」より

作者:坂上女郎(さかのうえのいつらめ)



松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、三十四の月を数える。

暦は八月。



季節は仲秋になる。



ここは、甲斐の国。



日中は暑さを感じるが、陽が落ちると暑さを感じなくなってきた。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫の住む屋敷。



油川夫人の部屋。



油川夫人は微笑んで居る。

三通の文が机に置いてある。



松姫は僅かに寂しく入ってきた。

菊姫も僅かに寂しく入ってきた。



油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「お菊。お松。三条様が七月二十八日に亡くなり、日数も経ていないし三条様にたくさん気遣って頂いたから、寂しい気持ちで過ごすのは分かるわ。三条様は、お菊とお松に寂しく過ごして欲しいと思っていないはずよ。三条様に早く安心して頂けるように、笑顔で過ごす努力をしなさい。」

菊姫は油川夫人に小さい声で話し出す。

「はい。」

松姫も油川夫人に小さい声で話し出す。

「はい。」

油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「お菊。お松。三通の文を預かっているの。文は部屋に戻らずに読みなさい。」

菊姫は油川夫人に不思議そうに話し出す。

「はい。」

松姫は油川夫人に不思議そうに話し出す。

「はい。」

油川夫人は机から文を取ると、菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「最初は、父上からの文よ。」

松姫は油川夫人を微笑んで見た。

菊姫も油川夫人を微笑んで見た。

油川夫人は菊姫に文を微笑んで差し出した。

菊姫は油川夫人から文を微笑んで受け取った。

松姫は文を微笑んで見た。

菊姫は文を微笑んで読み始めた。

松姫も文を微笑んで読み始めた。



お菊へ、そして、お松へ

三条はお菊とお松を気遣っていた。

三条が亡くなり、お菊もお松も寂しい気持ちで過ごしていると思う。

私が忙しいために、お菊とお松を傍で慰められない。

お菊とお松に申し訳なく思う。

三条はお菊とお松が寂しい気持ちで過ごす日々が続くのを望んでいないはずだ。

十五夜が近付いている。

私は、お菊とお松が、十五夜を楽しく過ごせるように願っている。

三条も、お菊とお松が、十五夜を楽しく過ごせるように願っているはずだ。

お菊の笑顔がたくさん見られように、お松の笑顔もたくさん見られるように、私と三条は願っている。

父より



菊姫は文を考え込みながら前に置いた。

松姫は文を考え込みながら見た。

三条夫人は机から文を取ると、菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「次は、三条様からの文よ。」

菊姫は油川夫人を考え込みながら見た。

松姫は油川夫人を考え込みながら見た。

油川夫人は菊姫に文を微笑んで差し出した。

菊姫は油川夫人から文を考え込みながら取った。

松姫は文を考え込みながら見た。

菊姫は文を考え込みながら読み始めた。

松姫も文を考え込みながら読み始めた。



お菊、そして、お松へ

お菊やお松とゆっくりと話せて嬉しかったわ。

お菊とお松と七夕の話題をたくさん話せて嬉しかったわ。

私の体調が悪いために、お菊とお松と十五夜の話題をほとんど話せなくて寂しかったわ。

私は十五夜を楽しめるか分からないけれど、お菊とお松は、十五夜を思い切り楽しんでね。

お菊、そして、お松。

私のために寂しい気持ちで過ごさずに、笑顔で過ごして欲しいの。

お菊とお松に不謹慎と言う人が居たら、私の文を見せなさい。

信玄公の正室の私が、お菊とお松に望む行動よ。

信玄公も、大切な娘のお菊と大切な娘のお松が、笑顔で過ごして欲しいと望んでいるわ。

お菊にとって、お松にとって、たくさんの素敵な日々が訪れるように祈っているわ。

三条より



菊姫は文を考え込みながら前に置いた。

松姫は文を考え込みながら見た。

油川夫人は机から文を取ると、菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「最後は、奇妙丸様からの文よ。」

菊姫は油川夫人と松姫を微笑んで見た。

松姫は油川夫人を微笑んで見た。

油川夫人は松姫に文を微笑んで差し出した。

松姫は文を微笑んで取った。

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は文を微笑んで読み始めた。

菊姫も文を微笑んで読み始めた。



お松へ

甲斐の国は暑い日が続いているだろうか。

私は元気に過ごしている。

安心してくれ。

お松が寂しい気持ちで過ごしていないか気になってしまった。

お松が普段どおりに笑顔で過ごしていたら、不思議な内容の文になる。

しっかりとした文の書けない私の至らなさを、再確認して恥ずかしくなった。

突然だが、十五夜が近付いているね。

お松が素敵な十五夜を過ごせる歌の贈り物を調べていた。

お松に笑顔で受け取ってもらえる歌が見付からず、気付いたら焦っていた。

気持ちを落ち着けて、お松が素敵な十五夜を過ごせる歌を再び探した。

今の私が一番に良いと思って選んだ歌だ。

気に入ったら受け取ってくれ。

ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見れば悲しさ

十五夜の綺麗な月は、雲や雨では見られない。

夜霧が立っておぼろげに照っている月、も綺麗だが、十五夜は澄んだ夜空にくっきりと照る綺麗な月を見たい。

お松が笑顔で十五夜を過ごせないと、私も笑顔で十五夜を過ごせない。

文で、夜霧が立っておぼろげに照っている月、を書けば、十五夜の当日は澄んだ夜空にくっきりと照る月になると思った。

私が選んだ歌のために、私が文に、夜霧が立っておぼろげに照っている月、を書いたために、素敵な十五夜を過ごせない時は、私が至らない証拠になる。

お松が素敵な十五夜が過ごせない時は、遠慮なく教えてくれ。

お松が素敵な十五夜が過ごせるように、岐阜から祈っている。

奇妙丸より



菊姫は松姫を見ると、微笑んで話し出す。

「奇妙丸様は三条様が亡くなられたのをご存知のようね。」

松姫は文を持ちながら、考え込んで頷いた。

菊姫は油川夫人を見ると、不思議そうに話し出す。

「母上。奇妙丸様は、お松に“ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見れば悲しさ”の歌を贈りました。文の中で“夜霧が立っておぼろげに照っている月”を書けば、十五夜の当日は澄んだ夜空にくっきりと照る月になると思う、と書いてあります。」

油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「“ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見れば悲しさ”。女性の作者ね。奇妙丸様は、女性の作者の歌を選んで、三条様の想いとお松の想いを表しながら、奇妙丸様の想いも表したのね。」

菊姫は松姫を見ると、微笑んで話し出す。

「さすが奇妙丸様ね。」

松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで頷いた。

油川夫人は菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「三条様が亡くなられたのは、七月二十八日よね。奇妙丸様は三条様が亡くなられた連絡を受けて直ぐに文を送らないと、今日付けで文が届かないと思うの。奇妙丸様は忙しい時間を割いて、お松のために歌を選んで文を書いたはずよ。お松がいつまでも寂しい気持ちで過ごしていたら、奇妙丸様の想いが無駄になるわ。お菊がいつまでも寂しい気持ちで過ごしていたら、他国の人達に、しっかりとした娘が育てられない武田家は情けない、武田家の娘との縁談は不安だ、と言われてしまうわ。悲しい姿を見せる時は、母の前と姉妹の前だけにしなさい。母と姉妹の他の人の前では、しっかりとした姿を見せなさい。」

松姫は文を持ちながら、油川夫人に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「はい。」

油川夫人は松姫と菊姫を微笑んで見た。

松姫は文を持ちながら、菊姫に微笑んで話し出す。

「姉上。文の返事の相談に乗ってください。」

菊姫は松姫に微笑んで頷いた。

松姫は文を持ちながら、菊姫を微笑んで見た。

菊姫は文を微笑んで持った。

油川夫人は菊姫と松姫を微笑んで見た。



松姫は文を持ちながら、部屋を微笑んで出て行った。

菊姫も文を持ちながら、部屋を微笑んで出て行った。



奇妙丸様へ

いつもお気遣いありがとうございます。

素敵な十五夜を過ごすための歌の贈り物。

素敵な十五夜を過ごすための文。

ありがとうございます。

とても嬉しいです。

素敵な十五夜を過ごせます。

奇妙丸様が文で、夜霧が立っておぼろげに照っている月、を書いて頂いたので、十五夜は綺麗な月が見られるはずです。

楽しみです。

私も、夜霧が立っておぼろげに照っている月、は綺麗だと思います。

私も十五夜は澄んだ夜空にくっきりと照る月を見たいです。

十五夜が更に楽しみになりました。

奇妙丸様。

私は元気です。

安心してお過ごしください。

奇妙丸様が素敵な十五夜を過ごせるように、私も甲斐の国から祈っています。

松より



「ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見れば悲しさ」

松姫も奇妙丸も様々な出来事の中で過ごしている。

松姫は、たくさんの想いに包まれて過ごしている。

岐阜の国では奇妙丸が、甲斐の国では松姫が、素敵な十五夜を過ごせるように祈っている。

十五夜までの日々が、様々な出来事と共に過ぎていく。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は「万葉集 第六巻 九八二番」

「ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見れば悲しさ」

ひらがなの読み方は「ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見ればかなしさ」

作者は「坂上女郎(さかのうえのいつらめ)」

歌の意味は「夜霧が立っておぼろげに照っている月を見ると悲しいです。」となるそうです。

原文は「鳥玉乃 夜霧立而 不清 照有月夜乃 見者悲沙」

「ぬばたま」は「緋扇(ひおうぎ)」の黒い実を言います。

万葉集では「緋扇」そのものを詠んだ歌はないそうです。

「ぬばたまの」は「黒」・「夜」・「その他の黒をイメージさせる言葉」を導く枕詞として使われています。

武田軍の関連についてです。

元亀元年(1570年)八月は、伊豆へ進攻、武田信玄は黄瀬川に本陣を敷く、韮山城を包囲、という展開があります。

韮山城を攻めたのは、武田勝頼、山県昌景などが中心となった部隊でした。

後の事になりますが、韮山城は攻略できず撤退します。

武田家の関連についてです。

三条夫人は、元亀元年七月二十八日(1570年8月29日)に亡くなったそうです。

享年は五十歳と伝わっています。

三条夫人は「美しく、信仰が篤く、温かで穏やかな人柄。武田信玄との仲は睦まじかった。」などと表現された記録があるそうです。

現在では、武田信玄との夫婦仲は良かったという説が増えています。

「十五夜(じゅうごや)」と「中秋の名月(ちゅうしゅうのめいげつ)」についてです。

「陰暦の八月十五日の夜。満月の夜。」をいいます。

別名には「芋名月(いもめいげつ)」があります。

この時期は、古来より観月に最も良い時節とされています。

秋や冬は空気が乾燥して月が鮮やかに見える事、それに、夜でもそれほど寒くないために、名月として観賞されるようになったそうです。

中国にも同様の風習が唐の時代に確認されているそうです。

もしかしたら、更に古くからある事も考えられます。

日本には九世紀から十世紀の頃に渡来したそうです。

貴族を中心に行なっていたそうですが、後に武士や町民にも広まったそうです。

酒宴を開いたり、詩や歌を詠んだり、薄を飾ったり、月見団子・里芋・枝豆・栗などを持ったり、お酒を供えて月を眺めたそうです。

お月見料理というそうです。

中国では「月餅」を作ってお供えするそうです。

「月餅」が日本に来て「月見団子」に変わったそうです。

お月見が一般的に行なわれるようになったのは、江戸時代からだそうです。

お月見団子は一般的には自分の家庭で作るそうです。

お月見団子の数は、その年の月の数だけ供えるそうです。

2009年の「中秋の名月・十五夜」は、「2009年10月3日」だそうです。

ご確認ください。

風習の関係から、今回の「十五夜」の他に「十三夜」の物語も掲載予定です。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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