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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜


〜 文紡ぎ 五月 薬玉 久しくあるべみ 〜


登場人物

松姫[武田信玄の五女]、奇妙丸[織田信長の嫡男](文だけの登場)、

武田信玄、菊姫[武田信玄の四女]、油川夫人[武田信玄の側室、菊姫と松姫の母]、



「時ならず 玉をぞ貫ける 卯の花の 五月を待たば 久しくあるべみ」

「万葉集 第十巻 一九七五番」より

作者:詠み人知らず



松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、四十三の月を数える。

暦は五月。



季節は仲夏。



ここは、甲斐の国。



雨の降る時間が多いが、蒸し暑さを感じる時間が少しずつ増えている。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫、の住む屋敷。



菊姫の部屋。



菊姫は微笑んで居る。

松姫も微笑んで居る。



松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「早く咲いた花が散り、実が生っていました。母上と奇妙丸様のために、薬玉を作りたいと思いました。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「母上がお松の話を聞いたら喜ぶわ。奇妙丸様がお松の話を知ったら喜ぶと思うわ。」

松姫は菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。母上は、母上と奇妙丸様に薬玉を作りたいと思うと話すより、奇妙丸様と母上に薬玉を作りたいと思うと話すと、更に喜ぶわ。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「姉上。助言をありがとうございます。母上には、奇妙丸様と母上に薬玉を作りたいと思いました、と話します。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「母上に薬玉が登場する歌が有るか相談したいです。」

菊姫は松姫に微笑んで頷いた。

松姫は菊姫を微笑んで見た。



菊姫は部屋を微笑んで出て行った。

松姫も部屋を微笑んで出て行った。



僅かに後の事。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫、の住む屋敷。



油川夫人の部屋。



油川夫人は床の中で静かに横になっている。



菊姫は部屋の中に微笑んで入ってきた。

松姫は部屋の中に微笑んで入ってきた。



油川夫人は床の上に微笑んで体を起こした。

松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「奇妙丸様と母上のために、薬玉を作りたいと思いました。奇妙丸様に薬玉を贈れないので、薬玉が登場する歌を贈りたいと思いました。母上に薬玉が登場する歌を教えて頂くために来ました。」

菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「母上。私も薬玉が登場する歌を知りたいです。教えてください。」

油川夫人は床の上に体を起こし、菊姫と松姫に微笑んで話し出す。

「“時ならず、玉をぞ貫ける、卯の花の、五月を待たば、久しくあるべみ”。歌の意味は、“まだその時期ではないのに、玉を通す卯の花が咲く五月を待っていたら、とても待ち遠しくなってしまいます。”、となるそうよ。掲載は、“万葉集”。作者は、分からないそうよ。」

松姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「母上。ありがとうございます。奇妙丸様に母上から教えて頂いた歌を贈ります。」

油川夫人は床の上に体を起こし、松姫に微笑んで頷いた。

菊姫は油川夫人に微笑んで話し出す。

「今回もお松が書く文の相談にのります。」

油川夫人は床の上に体を起こし、菊姫に微笑んで頷いた。

菊姫は油川夫人と松姫を微笑んで見た。



菊姫は部屋を微笑んで出て行った。

松姫も部屋を微笑んで出て行った。



油川夫人は床に微笑んで横になった。



奇妙丸様へ

甲斐の国は、雨の降る時間は多いですが、蒸し暑さを感じる時が少しずつ増えています。

本格的な夏が少しずつ近付いています。

奇妙丸様のために、母上のために、薬玉を作りたいと思いました。

私は甲斐の国に居ます。

奇妙丸様は岐阜に居ます。

奇妙丸様に薬玉を贈れません。

奇妙丸様に薬玉が登場する歌を贈りたいと思いました。

奇妙丸様の健康を願いながら、薬玉を作ります。

母上の健康を願いながら、薬玉を作ります。

奇妙丸様のために作る薬玉は、私が奇妙丸様の代わりに持ちます。

母上には薬玉を贈ります。

奇妙丸様には薬玉を詠んだ歌を贈ります。

歌の贈り物を受け取って頂けると嬉しいです。

時ならず 玉をぞ貫ける 卯の花の 五月を待たば 久しくあるべみ」

私が奇妙丸様のために作った薬玉を、奇妙丸様に贈る日が、物凄く待ち遠しいです。

奇妙丸様に相応しい正室になれるように、しっかりと学んで、しっかりと過ごします。

少しずつ本格的な暑さが増えていくと思います。

体調に気を付けてお過ごしください。

松より



幾日か後の事。



ここは、油川夫人、菊姫、松姫、の住む屋敷。



油川夫人の部屋。



武田信玄は微笑んで居る。

油川夫人は床の上に微笑んで体を起こしている。



武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「体を起こす時間が長いと辛いだろ。私のために無理をするな。」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に微笑んで話し出す。

「お館様と逢う時間は楽しみです。お館様と逢うと元気になります。無理はしていません。」

武田信玄は油川夫人を微笑んで見た。

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に微笑んで話し出す。

「五郎、十郎、お菊、お松は、本当に良い子に育っています。全ての人達に自信を持って話せます。」

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「子供達を立派に育てている。五郎、十郎、お菊、お松は、良い子に育っている。立派な母だ。全ての人達に自信を持って話せる。」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄を微笑んで見た。

武田信玄は油川夫人を微笑んで見た。

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に微笑んで話し出す。

「お館様。お願いがあります。」

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「遠慮せずに話せ。」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に微笑んで話し出す。

「お菊とお松を頼みます。」

武田信玄は油川夫人に心配して話し出す。

「突然に何を話すんだ?」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に微笑んで話し出す。

「お館様はお忙しい方です。お館様に次に逢った時にお願いしたいと思いながら過ごしていました。今日は部屋の中にお館様と私だけです。良い機会だと思ったので、お願いしました。」

武田信玄は油川夫人を心配して見た。

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に真剣な表情で話し出す。

「今の時勢とお松の立場によって、お松の希望に関係なく縁談が調いました。お松は、奇妙丸様のため、父のため、武田家のため、母のため、奇妙丸様の正室に相応しい女性になるために努力をして過ごしています。お松は奇妙丸様を想い過ごしています。お菊も今の時勢とお菊の立場によって、お菊の希望に関係なく縁談が進もうとしています。母である私は、お館様の優しさに包まれて過ごしています。母である私は、立派で尊敬できるお館様の傍で過ごしています。母は幸せに包まれて過ごしているのに、娘は寂しさに包まれて過ごすのは、辛く耐えられません。お菊にもお松にも、幸せに包まれて過ごす日々を作ってください。お松を奇妙丸様の傍で過ごす日々を作ってください。お菊には、お菊を想いお菊が想う人物の傍で過ごす日々を作ってください。」

武田信玄は油川夫人を真剣な表情で見た。

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に真剣な表情で話し出す。

「お館様は、甲斐の国を護り、甲斐の国に住む人々の幸せを考えています。お菊とお松の幸せを優先して考えられないのは充分に分かっています。お館様の傍で過ごす人物として相応しくない内容の話だと充分に分かっています。しかし、お菊とお松を頼めるのは、お菊の幸せとお松の幸せを叶えられるのは、お館様だけです。お館様の立場を充分に分かりながらも、母としての想いを伝えたくて話しました。」

武田信玄は油川夫人に真剣な表情で話し出す。

「私の立場も私の想いも全て理解して話している。さすがだ。」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄を真剣な表情で見た。

武田信玄は油川夫人に真剣な表情で話し出す。

「私も同じ想いだ。だが、今の時勢は、様々な思惑が複雑に絡んで動いている。状況によっては、全て叶えるのは無理だ。全て叶えるのが無理な状況だとしても、可能な範囲で叶える。」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に真剣な表情で話し出す。

「ありがとうございます。」

武田信玄は油川夫人に真剣な表情で頷いた。

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄を真剣な表情で見た。

武田信玄は油川夫人に微笑んで話し出す。

「真剣な表情で話し合っていたら、お菊とお松が部屋に来た時に不思議に思う。お菊とお松に見られる前に、普段どおりに戻ろう。」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に微笑んで話し出す。

「はい。」

武田信玄は油川夫人を微笑んで見た。

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄を微笑んで見た。



松姫は文を持ち、部屋の中に微笑んで入ってきた。

菊姫は部屋の中に微笑んで入ってきた。



武田信玄は菊姫と松姫を微笑んで見た。

油川夫人は菊姫と松姫を微笑んで見た。

松姫は文を持ち、武田信玄と油川夫人に微笑んで話し出す。

「奇妙丸様から素敵な文を頂きました。」

武田信玄は松姫に微笑んで頷いた。

油川夫人は床の上に体を起こし、松姫に微笑んで頷いた。

菊姫は、武田信玄、油川夫人、松姫を、微笑んで見た。

松姫は文を持ち、武田信玄と油川夫人に微笑んで話し出す。

「父上。母上。文を読んでください。」

武田信玄は松姫に微笑んで話し出す。

「奇妙丸殿からの文を読んで、お松への想いが私より強い時は寂しくなる。私は遠慮する。」

油川夫人は床の上に体を起こし、武田信玄に微笑んで話し出す。

「私が文を読みます。」

武田信玄は油川夫人に微笑んで頷いた。

松姫は油川夫人に文を微笑んで差し出した。

油川夫人は床の上に体を起こし、松姫から文を微笑んで受け取った。

松姫は油川夫人を微笑んで見た。

菊姫も油川夫人を微笑んで見た。

武田信玄も油川夫人を微笑んで見た。

油川夫人は床の上に体を起こし、文を微笑んで読み始めた。



お松へ

今回も素敵な文を受け取った。

今回も素敵な歌の贈り物を受け取った。

今回もお松を想いお松に想われる幸せを感じながら文を読んだ。

お松の手作りの薬玉を受け取る日が待ち遠しい。

私とお松が傍で過ごす日が訪れたら、共に薬玉を作り交換しよう。

幸せを感じながら文を書く間に、お松を気遣う内容を書いていないと気付いた。

私は至らないところがたくさんある。

信玄公に呆れられないために、立派な人物になるために、更に努力する。

お松からの文を読み、お松が元気に過ごしていると分かり安心した。

お松。

笑顔で過ごしてくれ。

元気に過ごしてくれ。

本格的な夏の暑さが始まろうとしている。

信玄公のために、お松の母のために、私のために、私とお松の想いを叶えるために、武田家と織田家の更なる強い繋がりのために、体調に気を付けて笑顔で過ごしてくれ。

奇妙丸より



「時ならず 玉をぞ貫ける 卯の花の 五月を待たば 久しくあるべみ」

松姫は、奇妙丸には薬玉が登場する歌を贈り、油川夫人には薬玉を贈った。

松姫は、奇妙丸の健康を願い、油川夫人の健康を願い、過ごしている。

時勢は複雑に絡んで動いている。

松姫は、奇妙丸を信じ、奇妙丸を想い、奇妙丸の傍で末永く過ごす日を楽しみに、過ごしている。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は「万葉集 第十巻 一九七五番」

「時ならず 玉をぞ貫ける 卯の花の 五月を待たば 久しくあるべみ」

ひらがなの読み方は「ときならず たまをぞぬける うのはなの さつきをまたば ひさしくあるべみ」

作者は「詠み人知らず」

歌の意味は「まだその時期ではないのに、玉を通す卯の花が咲く五月を待っていたら、とても待ち遠しくなってしまいます。」となるそうです。

原文は「不時 玉乎曽連有 宇能花乃 五月乎待者 可久有」

五月に花の実に意図を通して薬玉(くすだま)を作って、健康を祈る習慣があったそうです。

薬玉は五月玉(さつきだま)とも言われたようです。

武田家についての補足です。

油川夫人は、元亀二年(1571年)(※月日は不明)に亡くなったそうです。

この物語に登場する「五郎」は、「仁科五郎盛信(にしなごろうもりのぶ)」(父:武田信玄、母:油川夫人、武田信玄の“五男”)です。

葛山十郎信貞、菊姫、松姫、の兄です。

物語に登場する「十郎」は、「葛山十郎信貞」(父:武田信玄、母:油川夫人、武田信玄の“六男”、通称:十郎)です。

葛山信貞は生年がはっきりとません。

生年の説の一つから考えると、菊姫と松姫の兄になります。

武田軍の関連についてです。

元亀二年(1571年)五月に起きた出来事を簡単に説明します。

元亀二年四月に幾つもの戦いや出来事(三河へ進攻。足助城を攻略。野田城を攻撃。当時の野田城の城主は、吉田城に退却。徳川家康が吉田城に入城。)が起きていました。

五月に甲斐に帰陣します。

元亀四年七月二十八日に天正元年に改元するため、1573年は「元亀四年」と「天正元年」の二つの年号があります。

詳細な月が分からない場合は、「元亀四年」と「天正元年」が混在する可能性があります。

ご了承ください。

織田家関連について簡単に説明します。

奇妙丸(後の“織田信忠”)の母と伝わる生駒(いこま)家の吉乃(きつの)が亡くなったのは、永禄九年五月十三日(1566年5月31日)と伝わっています。

奇妙丸(後の“織田信忠”)が元服するのは、元亀三年(1572年)と伝わっています。

「仲夏(ちゅうか)」は「夏のなかば。陰暦五月の異称。」

夏の季語です。

「五月(さつき)」は、「陰暦五月の異称」、「ツツジ科の落葉低木。観賞用で数多くの園芸品種がある。」、です。

共に夏の季語です。

「皐月」とも書きます。

この物語は「陰暦五月の異称」で使用しています。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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