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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜


〜 文紡ぎ 雨月 白雲の五百重に隠り遠くとも 〜


登場人物

松姫[武田信玄の五女]、織田信忠(幼名:奇妙丸)[織田信長の嫡男](文だけの登場)、

菊姫[武田信玄の四女]、



「白雲の 五百重に隠り 遠くとも 宵さらず見む 妹があたりは」

「万葉集 第十巻 二〇二六」より

作者:柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)歌集より



松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、六十七の月になっている。

暦は五月になっている。



季節は仲夏になる。



前月、菊姫と松姫の父の武田信玄が亡くなった。

武田信玄の遺言により、武田信玄の死は三年隠すと決まった。

様々な思惑が複雑に絡まる中の仲夏になる。



ここは、甲斐の国。



曇りの時間や雨の降る時間の多い日が増えてきた。



ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。



松姫の部屋。



松姫は寂しく居る。



菊姫は部屋の中に心配な様子で入ってきた。



松姫は菊姫を寂しく見た。

菊姫は松姫に心配な様子で話し出す。

「お松。大丈夫?」

松姫は菊姫に寂しく話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫に心配して話し出す。

「私とお松の二人で、躑躅ヶ崎館に行く予定が出来たの。」

松姫は菊姫を困惑して見た。

菊姫は松姫に申し訳なく話し出す。

「私が一人で行くと話したけれど、お松も行く必要があるそうなの。変更できなかったの。ご免なさい。」

松姫は菊姫に困惑して話し出す。

「姉上が謝る内容に該当しません。」

菊姫は松姫を困惑して見た。

松姫は菊姫に困惑して話し出す。

「姉上と一緒に躑躅ヶ崎館に行きます。」

菊姫は松姫に困惑して頷いた。

松姫は菊姫を困惑して見た。



暫く後の事。



ここは、躑躅ヶ崎館。



縁。



菊姫は普通に歩いている。

松姫も普通に歩いている。



何処かから話し声が聞こえた。

「武田家に織田家の関係者が居るらしい。」

「姫様が躑躅ヶ崎館に来ている。今は話すのを止めろ。」



菊姫は松姫を心配して見た。

松姫は菊姫を普通の表情で見た。

菊姫は松姫を普通の表情で見た。



暫く後の事。



ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。



菊姫の部屋。



菊姫は部屋の中に普通に入ってきた。

松姫も部屋の中に普通に入ってきた。



菊姫は松姫に僅かに不機嫌に話し出す。

「お松が率先して決めた訳ではないのに。お松は武田家のために過ごしているのに。先月の途中からの失礼な発言の数々。酷いわ。」

松姫は菊姫に寂しく話し出す。

「信忠様以外の縁談を断っています。仕方が無いです。」

菊姫は松姫に僅かに不機嫌に話し出す。

「私もお松も、武田信玄公の娘よ。私もお松も、父上が一番に信頼する女性の油川夫人の娘よ。しっかりと過ごしましょう。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「姉上。不機嫌に話す内容に該当しないと思います。」

菊姫は松姫に苦笑して話し出す。

「本当ね。」

松姫は菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「先月の途中から、躑躅ヶ崎館も含めて、警戒が厳重になったわね。先月の途中から、出掛ける時など気を遣う時が増えたわね。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。無理をしないでね。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。



数日後の事。



ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。



松姫の部屋。



松姫は普通に居る。



菊姫は部屋の中に普通に入ってきた。



菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫も菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。お松の乳母の家ならば、気兼ねせずに出掛けられるわ。今からお松の乳母の家に出掛けましょう。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。



菊姫は部屋を微笑んで出て行った。

松姫も部屋を微笑んで出て行った。



暫く後の事。



ここは、松姫の乳母の住む屋敷。



一室。



菊姫は微笑んで居る。

松姫も微笑んで居る。



菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。少しだけ部屋の外に出るわ。部屋の中で待っていてね。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。



菊姫は部屋の外に微笑んで出て行った。



僅かに後の事。



ここは、松姫の乳母の住む屋敷。



一室。



松姫は微笑んで居る。



菊姫が部屋の中に微笑んで入ってきた。

商人が部屋の中に普通に入ってきた。



商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。商人を呼んだの。買物をしましょう。」

松姫は菊姫と商人を不思議な様子で見た。

商人は懐から小さい紙を丁寧に取り出すと、松姫に小さい紙を丁寧に差し出した。

松姫は商人から小さい紙を不思議な様子で受け取った。

菊姫は松姫の耳元で、松姫に微笑んで囁いた。

「お松。紙を開いて。」

松姫は小さい紙を丁寧に広げると、小さい紙を不思議な様子で見た。

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は小さい紙を持ち、小さい紙を驚いた表情で見た。



「白雲の 五百重に隠り 遠くとも 宵さらず見む 妹があたりは」



商人は松姫に普通の表情で静かに話し出す。

「警戒が突然に強まったために、奇妙殿の文が届けられませんでした。奇妙殿が頼んだ状況を信じて頂くために、奇妙殿が自筆で歌を書きました。奇妙殿から伝言を預かっています。」

松姫は小さい紙を持ち、商人に不思議な様子で小さい声で話し出す。

「伝言を教えてください。お願いします。」

商人は松姫の静かに話し出す。

「私の想う唯一の姫へ。私は姫を想い続ける。体調に気を付けて元気に過ごして欲しい。たくさん伝えたい想いはあるが、突然の状況だったので短い言葉になってしまった。次回も伝言になると思う。次回も伝言が届くと信じている。」

松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「私からも言葉で伝えます。」

商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「私の唯一の君。歌の贈り物ありがとうございます。私も唯一の君を想い続けます。唯一の君も体調に気を付けてお過ごしください。次回も伝言になると思います。次回も伝言が届くと信じています。」

商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「贈り物の歌を返事として書きます。少し待っていてください。」

商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は小さい紙を持ち、菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫に微笑んで頷いた。



少し後の事。



ここは、松姫の乳母の住む屋敷。



一室。



菊姫は微笑んで居る。

松姫も微笑んで居る。

商人は普通に居る。

机の上に小さい紙が載っている。



小さい紙には松姫の筆跡で歌が書いてある。



「白雲の 五百重に隠り 遠くとも 宵さらず見む 妹があたりは」



松姫は小さい紙を丁寧にたたむと、商人に小さい紙を微笑んで渡した。

商人は松姫から小さい紙を丁寧に受け取った。

松姫は商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「よろしくお願いします。」

商人は小さい紙を丁寧に持ち、松姫に普通の表情で軽く礼をした。

松姫は菊姫と商人を微笑んで見た。

菊姫は松姫と商人を微笑んで見た。



「白雲の 五百重に隠り 遠くとも 宵さらず見む 妹があたりは」

松姫の想い。

織田信忠の想い。

複雑に絡まる時の流れの中で途切れそうになっている。

松姫と織田信忠は、途切れそうな想いを諦めずに紡いでいる。

雨月の時は、様々な思惑の中で絡まりながら過ぎていく。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は「万葉集 第十巻 二〇二六」

「白雲の 五百重に隠り 遠くとも 宵さらず見む 妹があたりは」

ひらがなの読み方は「しらくもの いほへにかくり とおくとも よひさらずみむ いもがあたりは」

作者は「柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)歌集より」

原文は「白雲 五百遍隠 雖遠 夜不去将見 妹當者」

歌の意味は「白い雲が、幾重にも重なっていて見えなくても、夜毎に見ましょう、妻が住んでいる方を。」となるそうです。

武田家についての補足です。

油川夫人は、元亀二年(1571年)(※月日は不明)に亡くなったそうです。

武田信玄は、元亀四年四月十二日(1573年5月13日)に信濃の駒場で亡くなります。

享年は、五十三歳と伝わっています。

武田信玄の死因は、肺結核、胃癌、食道癌、などの説が有力です。

武田信玄の他の死因には、武田信玄は敵が籠城中の野田城から聞こえる笛の音に惹かれて本陣から出て行き、本陣の外に居る時に鉄砲で撃たれて、その傷がもとで亡くなる、があります。(掲載日現在は、この説は俗説として考えられています。)

更に武田信玄の他の死因には、織田家の毒殺、もあります。(掲載日現在は、この説も俗説として考えられています。)

武田信玄は、武田勝頼と重臣に遺言を残したと伝わっています。

三つの遺言の内容が広く知られています。

八百枚の白紙に武田信玄の花押を書いたから返礼などの時に使うように。

武田信玄の死を三年隠すように。

三年後に、武田信玄の死体に甲冑を着せて諏訪湖に沈めるように。

遺言の内容が事実だとすると、武田信玄は以前から亡くなる事を分かっていて、甲斐の国を守るために前から考えていた事が分かります。

武田信玄の葬儀は、天正四年(1576年)四月に行われたそうです。

武田信玄の死が三年隠せたかについてですが、三年より前に人数等は不明ですが、気付かれた形跡があるようです。

当時は忍者などを使った情報戦が激しかった事があり、武田信玄の死が知られてしまった可能性はあります。

後の出来事になりますが、松姫は織田信忠と婚約している経過などから、辛い立場になっていったようです。

天正元年(1573年)の秋に、武田盛信が松姫を引き取って暮らすようになります。

松姫と織田信忠の縁談が、破談なのか、続いているのか、分からなくなってしまった理由の一つに、「西上作戦(さいじょうさくせん)」があります。

西上作戦は、甲斐武田家が、元亀三年(1572年)九月から元亀四年(1573年)四月に掛けて行った遠征をいいます。

西上作戦は、武田信玄の体調と武田信玄の死によって終わった状況になります。

武田軍の関連についてです。

元亀四年(1573年)五月の動きです。

大きな動きはありません。

織田家関連について簡単に説明します。

織田信忠(幼名“奇妙丸”)が元服するのは、元亀三年(1572年)と伝わっています。

織田信忠は、実弟の「茶筅丸(ちゃせんまる)(織田信雄[おだのぶかつ])」、実弟の「三七丸(神戸三七郎信孝[かんべさんしちろうのぶたか]、織田信孝[おだのぶたか])」、と共に元服したと伝わっています。

元亀三年(1572年)一月に元服した説があります。

織田信忠が元服時に改名した名前は「織田勘九郎信重(おだかんくろうのぶしげ)」です。

「織田信忠」と改名するのは後の出来事になりますが、名前が幾度も変わると分かり難くなるため、元服後の名前は「織田信忠」で統一します。

ご了承ください。

織田信忠の初陣は、元亀三年(1572年)と伝わっています。

織田信忠の「具足初め(ぐそくはじめ)の儀」が、元亀三年七月十九日(1572年8月27日)に執り行われたと伝わっています。

織田信忠の初陣は、元亀三年七月十九日(1572年8月27日)、または、直ぐ後の日付になるようです。

織田信忠の初陣の相手は「北近江」の「浅井家」の「浅井長政」です。

浅井長政の継室は、織田信長の妹の「お市の方」です。

織田信忠の初陣の相手は、父親(織田信長)の妹(お市の方)の嫁ぎ先になります。

浅井長政は、織田家との戦いの中で、元亀三年九月一日(1572年9月26日)に自害して亡くなります。

織田信忠にとって、初陣の次の大きな戦は、元亀三年(1572年)十二月頃の遠江の二俣城の戦いや三方ヶ原の戦いになります。

「仲夏(ちゅうか)」についてです。

「夏の半ば。陰暦五月の異称。」です。

夏の季語です。

「雨月(うげつ)」についてです。

幾つかの意味があります。

この物語では「陰暦五月の異称」として使っています。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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