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〜 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 〜


〜 文紡ぎ 愛逢月 ま日長く恋ふる心ゆ 〜


登場人物

松姫[武田信玄の五女]、織田信忠(幼名:奇妙丸)[織田信長の嫡男](文だけの登場)、

菊姫[武田信玄の四女]、



「ま日長く 恋ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かなば」

「万葉集 第十巻 二〇一六番」より

作者:詠み人知らず



松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、六十九の月になっている。

暦は七月になっている。



季節は初秋になる。



今年の四月、菊姫と松姫の父の武田信玄が亡くなった。

武田信玄の遺言により、武田信玄の死は三年隠すと決まった。

様々な思惑が複雑に絡まる中の初秋になる。



ここは、甲斐の国。



暦は秋になったが、暑さを感じる時間が多い。



ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。



松姫の部屋。



松姫は普通に居る。



菊姫は部屋の中に微笑んで入ってきた。



松姫は菊姫を微笑んで見た。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。今月は七夕を行う月ね。天の川を見る時が楽しみね。」

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫も菊姫を微笑んで見た。



数日後の事。



七夕の当日になる。



ここは、甲斐の国。



夜空には、綺麗な星が輝いている。



庭。



菊姫は夜空を微笑んで見ている。

松姫も夜空を微笑んで見ている。



菊姫は夜空を見ながら、松姫に微笑んで話し出す。

「綺麗ね。」

松姫夜空を見ながら、菊姫に微笑んで話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は夜空を考えながら見た。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。天の川を見ながら考え事をしているの?」

松姫は夜空を見ながら、菊姫に考えながら話し出す。

「天の川を落ち着いて見られない方達が居ます。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松を想う人達は、お松が天の川を悩んで見て欲しいと思わないわ。お松を想う人達は、お松に織姫と彦星が逢うために願って欲しいと思っているわ。」

松姫は菊姫を不思議な様子で見た。

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は菊姫に微笑んで話し出す。

「分かりました。」

菊姫は松姫に微笑んで頷いた。

松姫は夜空を微笑んで見た。

菊姫も夜空を微笑んで見た。



幾日か後の事。



ここは、松姫の乳母の住む屋敷。



一室。



松姫は微笑んで居る。



菊姫が部屋の中に微笑んで入ってきた。

商人が部屋の中に普通に入ってきた。



商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松。商人を呼んだの。買物をしましょう。」

松姫は菊姫と商人に微笑んで話し出す。

「はい。」

商人は懐から小さい紙を丁寧に取り出すと、松姫に小さい紙を丁寧に差し出した。

松姫は商人から小さい紙を微笑んで受け取った。

菊姫は松姫の耳元で、松姫に微笑んで囁いた。

「お松。紙を開いて。」

松姫は小さい紙を丁寧に広げると、小さい紙を微笑んで見た。

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は小さい紙を持ち、小さい紙を微笑んで見た。



「ま日長く 恋ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かなば」



菊姫は松姫の耳元で、松姫に微笑んで囁いた。

「七夕を詠んだ歌ね。」

松姫は小さな紙を持ち、菊姫に微笑んで囁いた。

「はい。」

商人は松姫に普通の表情で静かに話し出す。

「警戒は今も強いです。奇妙殿が頼んだ状況を信じて頂くために、奇妙殿が自筆で歌を書きました。奇妙殿から伝言を預かっています。」

松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。

「伝言を教えてください。お願いします。」

商人は松姫に静かに話し出す。

「今月、僅かな時間になるが、姫に逢う時間が作れた。姫に逢いたい。了承の返事が有れば、日時と場所を説明する。」

松姫は小さな紙を持ち、商人を驚いた表情で見た。

菊姫は商人を驚いた表情で見た。

商人は菊姫と松姫を普通の表情で見た。

松姫は小さな紙を持ち、菊姫に困惑して囁いた。

「今の私に長時間の外出が出来るのでしょうか?」

商人は菊姫と松姫に静かに話し出す。

「奇妙殿から、姫様に逢うための協力の要請を受けました。」

菊姫は松姫に微笑んで話し出す。

「お松の乳母の家族と信頼できる侍女の協力が有れば、可能だと思うの。お松の乳母に相談しましょう。」

松姫は小さな紙を持ち、菊姫に困惑して話し出す。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。



菊姫は部屋を普通に出て行った。



暫く後の事。



ここは、松姫の乳母の住む屋敷。



一室。



菊姫は微笑んで居る。

松姫も微笑んで居る。



菊姫は松姫に微笑んで囁いた。

「お松。良かったわね。」

松姫は菊姫に微笑んで囁いた。

「はい。」

菊姫は松姫に微笑んで囁いた。

「“ま日長く 恋ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かなば”。七夕を詠んだ素敵な歌ね。」

松姫は菊姫に微笑んで囁いた。

「はい。」

菊姫は松姫に微笑んで囁いた。

「お松。暫くの間は、体調を更に気を付けて過ごしてね。」

松姫は菊姫に微笑んで囁いた。

「はい。」

菊姫は松姫を微笑んで見た。

松姫は菊姫を微笑んで見た。



「ま日長く 恋ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かなば」

七夕の行われる月になっている。

織田信忠の周囲に様々な出来事が起きている様子。

松姫の周囲にも様々な出来事が起きている様子。

織姫と彦星は、織田信忠の想いと松姫の想いを繋げる手伝いをするのか。

愛逢月の時は、様々な出来事の中で過ぎていく。




*      *      *      *      *      *




ここからは後書きになります。

この物語に登場する歌は「万葉集 第十巻 二〇一六番」

「ま日長く 恋ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かなば」

作者は「詠み人知らず」

ひらがなの読み方は「まけながく こふるこころゆ あきかぜに いもがねきこゆ ひもときゆかなば」

歌の意味は「何日も何日も長く恋しく思っている心に、秋風に乗って、あの人の物音が聞こえてきました。着物の紐を解いて行きましょう。」となるそうです。

原文は「真氣長 戀心自 白風 妹音所聴 紐解徃名」

七夕の歌の一つです。

武田家についての補足です。

油川夫人は、元亀二年(1571年)(※月日は不明)に亡くなったそうです。

武田信玄は、元亀四年四月十二日(1573年5月13日)に信濃の駒場で亡くなります。

享年は、五十三歳と伝わっています。

武田信玄の死因は、肺結核、胃癌、食道癌、などの説が有力です。

武田信玄の他の死因には、武田信玄は敵が籠城中の野田城から聞こえる笛の音に惹かれて本陣から出て行き、本陣の外に居る時に鉄砲で撃たれて、その傷がもとで亡くなる、があります。(掲載日現在は、この説は俗説として考えられています。)

更に武田信玄の他の死因には、織田家の毒殺、もあります。(掲載日現在は、この説も俗説として考えられています。)

武田信玄は、武田勝頼と重臣に遺言を残したと伝わっています。

三つの遺言の内容が広く知られています。

800枚の白紙に武田信玄の花押を書いたから返礼などの時に使うように。

武田信玄の死を三年隠すように。

三年後に、武田信玄の死体に甲冑を着せて諏訪湖に沈めるように。

遺言の内容が事実だとすると、武田信玄は以前から亡くなる事を分かっていて、甲斐の国を守るために前から考えていた事が分かります。

武田信玄の葬儀は、天正四年(1576年)四月に行われたそうです。

武田信玄の死が三年隠せたかについてですが、三年より前に人数等は不明ですが、気付かれた形跡があるようです。

当時は忍者などを使った情報戦が激しかった事があり、武田信玄の死が知られてしまった可能性はあります。

後の出来事になりますが、松姫は織田信忠と婚約している経過などから、辛い立場になっていったようです。

天正元年(1573年)の秋に、武田盛信が松姫を引き取って暮らすようになります。

松姫と織田信忠の縁談が、破談なのか、続いているのか、分からなくなってしまった理由の一つに、「西上作戦(さいじょうさくせん)」があります。

西上作戦は、甲斐武田家が、元亀三年(1572年)九月から元亀四年(1573年)四月に掛けて行った遠征をいいます。

西上作戦は、武田信玄の体調と武田信玄の死によって終わった状況になります。

武田軍の関連についてです。

元亀四年(1573年)七月、及び、天正元年(1573年)七月、の動きです。

大きな動きはありません。

織田家関連について簡単に説明します。

織田信忠(幼名“奇妙丸”)が元服するのは、元亀三年(1572年)と伝わっています。

織田信忠は、実弟の「茶筅丸(ちゃせんまる)(織田信雄[おだのぶかつ])」、実弟の「三七丸(神戸三七郎信孝[かんべさんしちろうのぶたか]、織田信孝[おだのぶたか])」、と共に元服したと伝わっています。

元亀三年(1572年)一月に元服した説があります。

織田信忠が元服時に改名した名前は「織田勘九郎信重(おだかんくろうのぶしげ)」です。

「織田信忠」と改名するのは後の出来事になりますが、名前が幾度も変わると分かり難くなるため、元服後の名前は「織田信忠」で統一します。

ご了承ください。

織田信忠の初陣は、元亀三年(1572年)と伝わっています。

織田信忠の「具足初め(ぐそくはじめ)の儀」が、元亀三年七月十九日(1572年8月27日)に執り行われたと伝わっています。

織田信忠の初陣は、元亀三年七月十九日(1572年8月27日)、または、直ぐ後の日付になるようです。

織田信忠の初陣の相手は「北近江」の「浅井家」の「浅井長政」です。

浅井長政の継室は、織田信長の妹の「お市の方」です。

織田信忠の初陣の相手は、父親(織田信長)の妹(お市の方)の嫁ぎ先です。

織田信忠にとって、初陣の次の大きな戦は、元亀三年(1572年)十二月頃の遠江の二俣城の戦いや三方ヶ原の戦いになります。

元亀四年(1573年)七月の織田家の動きを簡単に説明します。

元亀四年(1573年)四月、織田信長と「室町幕府第十五代将軍」の「足利義昭(あしかがよしあき)」の間には、勅命により講和が成立しています。

元亀四年七月三日(1573年7月3日)、足利義昭が講和を破棄します。

挙兵を始めます。

元亀四年七月十八日(1573年8月15日)、織田軍が攻撃を開始します。

足利義昭は息子を人立ちに差し出して降伏します。

織田信長は足利義昭を京都の外に追放します。

「元亀四年七月二十八日(1573年8月25日)」に、朝廷に改元を奏上します。

「元亀四年七月二十八日(1573年8月25日)」に、「天正元年(1573)」に改元しました。

この物語についての補足です。

松姫と織田信忠が逢う場面が小説などに登場します。

松姫と織田信忠が逢った可能性のある記録があるそうです。

その記録を基にして、松姫と織田信忠が逢う場面が登場していると思います。

松姫と織田信忠が、七月に逢う場面を書きたいと思ったので、七月に逢う話が登場します。

以上、ご了承ください。

「初秋(しょしゅう)」についてです。

「秋の初め(←秋の季語)」、「陰暦七月の異称」、です。

「愛逢月」についてです。

物語の掲載日まで、「あいぞめづき」の読み仮名で説明していました。

「めであいづき」の読み仮名があります。

「(牽牛と織姫が互いに愛して逢うという月のことで)陰暦七月の異称」です。

秋の季語です。

楽しんで頂けると嬉しいです。





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