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~ 雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編 ~
~ 文紡ぎ 建午の月 夜は年にもあらぬか ~
登場人物
松姫[武田信玄の五女]、織田信忠(幼名:奇妙丸)[織田信長の嫡男](文だけの登場)、
菊姫[武田信玄の四女]
「佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬来る夜は 年にもあらぬか」
「万葉集 第四巻 五二五番」より
作者:坂上郎女(さかのうえのいつらめ)
松姫と奇妙丸の縁談が調ってから、七十九の月になっている。
暦は五月になっている。
季節は仲夏になっている。
昨年の四月、菊姫と松姫の父の武田信玄が亡くなった。
武田信玄の遺言により、武田信玄の死は三年隠すと決まった。
様々な思惑が複雑に絡まる中の仲夏になる。
ここは、甲斐の国。
今は過ごし易い時間の多い日が続いている。
幾日か後には、曇りの時間が増える、雨の降る時間が増える、僅かに蒸し暑さを感じる時がある、などの気候に変わるようになる。
ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。
松姫の部屋。
松姫は普通に居る。
菊姫が部屋を微笑んで訪ねた。
松姫は菊姫を微笑んで見た。
菊姫は松姫を考えながら見た。
松姫は菊姫を心配して見た。
菊姫は松姫に言い難く小さい声で話し出す。
「武田が高天神城を攻めるらしいの。」
松姫は菊姫を困惑して見た。
菊姫は松姫に言い難く小さい声で話し出す。
「高天神城は、徳川に繋がる城になるわ。織田が援軍などの内容で助ける可能性があるわ。」
松姫は菊姫に困惑して小さい声で話し出す。
「姉上。武田家の一族か武田家の重臣の中に、私から織田に報告する可能性を考える人物が居るのですね。私の監視役が増えるのですか?」
菊姫は松姫に微笑んで小さい声で話し出す。
「お松は武田家の女性。私がお松をしっかりと監視している。お松の監視役を増やせば、疑心暗鬼になって、体調を崩す可能性が有る。お松が体調を崩す状況が国内外に広く知られると、武田家として困る状況になる。以上の内容を話したの。現状維持になったの。」
松姫は菊姫に困惑して小さい声で話し出す。
「姉上。ありがとうございます。」
菊姫は松姫に微笑んで小さい声で話し出す。
「私はお松の姉よ。礼は要らないわ。」
松姫は菊姫を微笑んで見た。
菊姫も松姫を微笑んで見た。
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「姉上。私に用事があるのですか?」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松と話したくて部屋に来たの。用事は無いわ。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「姉上と話しが出来ます。嬉しいです。」
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「今日は穏やかな天気ね。庭で話したいわ。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫も菊姫を微笑んで見た。
菊姫は部屋を微笑んで出て行った。
松姫は部屋を微笑んで出て行った。
幾日か後の事。
ここは、松姫の乳母の家。
一室。
商品が広げてある。
菊姫は微笑んで居る。
松姫も微笑んで居る。
商人は普通に居る。
菊姫は松姫に微笑んで話し出す。
「お松。素敵な商品がたくさんあるわね。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
商人は菊姫に普通の表情で軽く礼をした。
菊姫は商人に微笑んで頷いた。
商人は菊姫と松姫に普通の表情で軽く礼をした。
松姫は商人を微笑んで見た。
菊姫は松姫と商人を微笑んで見た。
商人は懐から小さい紙を取り出すと、松姫に普通に渡した。
松姫は商人から小さい紙を微笑んで受け取った。
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は小さい紙を持ち、小さい紙を丁寧に広げた。
菊姫は松姫を微笑んで見た。
小さい紙には、織田信忠の筆跡で歌が書いてある。
佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬来る夜は 年にもあらぬか
松姫は小さい紙を持ち、商人を微笑んで見た。
菊姫は商人を微笑んで見た。
商人は菊姫と松姫に普通の表情で小さい声で話し出す。
「警戒は今も強いです。奇妙殿が頼んだ状況を信じて頂くために、奇妙殿が自筆で歌を書きました。奇妙殿から伝言を預かっています。」
松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。
「伝言を教えてください。お願いします。」
商人は松姫に普通の表情で小さい声で話し出す。
「お松。様々な出来事が起きている。お松にとって穏やかな仲夏になって欲しいと願う日が続く。私は元気に過ごしている。安心してくれ。少し経つと、曇りの時間や雨の降る時間が増えると思う。今は夜空に光る星が見える日が続いている。夜、星を見ながら、お松を思う。夜、星を見ながら、お松の無事を願う。日中は、お松を想う時間が限られる。星を見ながらお松への想いを重ねられる夜が、長く続いて欲しい。夜、星を見ながら、お松に贈りたい歌が思い浮かんだ。お松。歌の贈り物。受け取ってくれると嬉しい。無理をせずに過ごしてくれ。命を大切に過ごしてくれ。」
菊姫は松姫と商人に微笑んで話し出す。
「長い伝言が続くわね。お松を想う気持ちが伝わるわ。」
商人は菊姫に普通の表情で軽く礼をした。
松姫は小さい紙を持ち、菊姫を微笑んで見た。
菊姫は商人に微笑んで小さい声で話し出す。
「気遣い感謝しています。」
松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。
「今回の伝言も長いです。覚える行為が、更に大変だと思います。私への気遣いも含めて、何時も感謝しています。ありがとうございます。」
商人は菊姫と松姫に普通の表情で小さい声で話し出す。
「奇妙様からはたくさんの恩を受けています。姫様は奇妙様の想い人です。私に出来る内容で感謝の気持ちを伝えています。」
菊姫は商人を微笑んで見た。
松姫も商人を微笑んで見た。
商人は松姫と菊姫に普通の表情で軽く礼をした。
菊姫は商人に微笑んで小さい声で話し出す。
「今は、建午の月の頃になるわ。今回の贈り物の歌は、建午の月に見える星に重ねて、馬の登場する歌を選んだのね。時間を川に喩えたのですね。お松を想いながら歌を選んだ気持ちが伝わるわ。」
商人は菊姫に普通の表情で軽く礼をした。
菊姫は松姫と商人を微笑んで見た。
松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。
「私からの返事を奇妙様に伝えてください。願いします。」
商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。
松姫は小さい紙を持ち、商人に微笑んで小さい声で話し出す。
「元気に過ごされているのですね。安心しました。私も元気に過ごしています。安心してお過ごしください。奇妙様から頂いた歌の贈り物は、今の時季に見える星に重ねて選ばれたのですね。奇妙様の素敵な面が強く伝わります。奇妙様の想いが強く伝わります。嬉しいです。ありがとうございます。奇妙様から頂いた贈り物の歌を心の中で詠みながら、建午の月に輝く星を見ます。私も無理をせずに気を付けて過ごします。奇妙様も無理をせずに気を付けてお過ごしください。命を大切にお過ごしください。松より。」
商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。
松姫は小さい紙を持ち、菊姫と商人に恥ずかしく小さい声で話し出す。
「今回も長い返事になりました。」
商人は松姫に普通の表情で小さい声で話し出す。
「想いの伝わるお返事です。長いお返事に感じません。奇妙様に一言も間違えずにお伝えします。ご安心ください。」
菊姫は松姫に微笑んで小さい声で話し出す。
「お松。良かったわね。」
松姫は小さい紙を持ち、菊姫に微笑んで小さい声で話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は小さい紙を持ち、菊姫と商人を微笑んで見た。
商人は菊姫と松姫を普通の表情で見た。
菊姫は商品を持つと、商人に微笑んで話し出す。
「素敵な商品ね。購入するわ。」
商人は菊姫に普通の表情で軽く礼をした。
松姫は小さい紙を懐に微笑んで仕舞った。
菊姫は商品を持ち、松姫を微笑んで見た。
松姫は商品を持つと、商人に微笑んで話し出す。
「素敵な商品です。購入します。お願いします。」
商人は松姫に普通の表情で軽く礼をした。
菊姫は商品を持ち、松姫と商人を微笑んで見た。
松姫も商品を持ち、菊姫と商人を微笑んで見た。
商人は菊姫と松姫に普通の表情で軽く礼をした。
数日後の事。
今は夜。
ここは、甲斐の国。
星の輝く様子が見える。
ここは、菊姫と松姫の住む屋敷。
松姫の部屋の前に在る縁。
菊姫は星を微笑んで見ている。
松姫も星を微笑んで見ている。
菊姫は星を見ながら、微笑んで呟いた。
「“佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬来る夜は 年にもあらぬか”。」
松姫は菊姫を微笑んで見た。
菊姫は松姫を見ると、松姫に微笑んで話し出す。
「戦の最中は、落ち着かない日々か続くわ。私達は、お父様に恥ずかしくないように、お母様に恥ずかしくないように、武田家の姫として恥ずかしくないように、しっかとり過ごしましょう。」
松姫は菊姫に微笑んで話し出す。
「はい。」
菊姫は松姫を微笑んで見た。
松姫は星を微笑んで見た。
菊姫も星を微笑んで見た。
「佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬来る夜は 年にもあらぬか」
晩夏も星は輝いている。
晩夏の星にも想いを重ねて見る時がある。
晩夏の星にも願いを込めて見る時がある。
松姫と織田信忠は、晩夏の星に想いを重ねて紡いでいる。
松姫と織田信忠は、晩夏の星に願いを重ねて紡いでいる。
晩夏の星も様々な思いの中で静かに輝いている。
晩夏の時は、強い想いの中で、優しい想いの中で、様々な思惑の中で、過ぎていく。
* * * * * *
ここからは後書きになります。
この物語に登場する歌は「万葉集 第四巻 五二五番」
「佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬来る夜は 年にもあらぬか」
作者は「坂上郎女(さかのうえのいつらめ)」
ひらがなの読み方は「さほがはの こいしふみわたり ぬばたまの くろまのくるよは としにもあらぬか」
歌の意味は「佐保川の小石を踏みわたって黒馬が来る夜は、ずっとあって欲しいものです。」となるそうです。
原文は「狭穂河乃 小石踐渡 夜干玉之 黒馬之来夜者 年尓母有粳」
坂上郎女(さかのうえのいつらめ)が藤原麻呂(ふじわらのまろ)に贈った歌です。
藤原麻呂は黒馬に乗っていたそうです。
佐保川は、日山から都の北を通り、東大寺の西で吉城川(よしきがわ)と合流して平城京を南に抜けていきます。
万葉集では「佐保の河」とも詠まれます。
日本の古代の馬は、背丈が約130cm程度だったそうです。
「ぬばたまの」は万葉集では枕詞として詠んでいます。
「ぬばたま」のように黒い意味から、黒、夜、宵、髪、などに掛かります。
夜に係わるところから、月、夢、などに掛かります。
武田家についての補足です。
油川夫人は、元亀二年(1571年)(※月日は不明)に亡くなったそうです。
武田信玄は、元亀四年四月十二日(1573年5月13日)に信濃の駒場で亡くなります。
享年は、五十三歳と伝わっています。
武田信玄の死因は、肺結核、胃癌、食道癌、などの説が有力です。
武田信玄の他の死因には、武田信玄は敵が籠城中の野田城から聞こえる笛の音に惹かれて本陣から出て行き、本陣の外に居る時に鉄砲で撃たれて、その傷がもとで亡くなる、があります。(掲載日現在は、この説は俗説として考えられています。)
更に武田信玄の他の死因には、織田家の毒殺、もあります。(掲載日現在は、この説も俗説として考えられています。)
武田信玄は、武田勝頼と重臣に遺言を残したと伝わっています。
三つの遺言の内容が広く知られています。
800枚の白紙に武田信玄の花押を書いたから返礼などの時に使うように。
武田信玄の死を三年隠すように。
三年後に、武田信玄の死体に甲冑を着せて諏訪湖に沈めるように。
遺言の内容が事実だとすると、武田信玄は以前から亡くなる事を分かっていて、甲斐の国を守るために前から考えていた事が分かります。
武田信玄の葬儀は、天正四年(1576年)四月に行われたそうです。
武田信玄の死が三年隠せたかについてですが、三年より前に人数等は不明ですが、気付かれた形跡があるようです。
当時は忍者などを使った情報戦が激しかった事があり、武田信玄の死が知られてしまった可能性はあります。
後の出来事になりますが、松姫は織田信忠と婚約している経過などから、辛い立場になっていったようです。
天正元年(1573年)の秋に、武田盛信が松姫を引き取って暮らすようになります。
「雪月花 戦国恋語り 信玄の娘 松姫 編」では、物語の展開から、秋より後の季節では、武田盛信が松姫を引き取って暮らす設定にします。
ご了承ください。
松姫と織田信忠の縁談が、破談なのか、続いているのか、分からなくなってしまった理由の一つに、「西上作戦(さいじょうさくせん)」があります。
西上作戦は、甲斐武田家が、元亀三年(1572年)九月から元亀四年(1573年)四月に掛けて行った遠征をいいます。
西上作戦は、武田信玄の体調と武田信玄の死によって終わった状況になります。
武田軍の関連についてです。
天正二年(1574年)五月の動きです。
天正二年五月十二日(1574年6月1日)~天正二年五月十六日(1574年6月5日)の間に、武田勝頼軍が約二万の兵で高天神城を包囲します。
織田家関連について簡単に説明します。
織田信忠(幼名“奇妙丸”)の元服は、元亀三年(1572年)と伝わっています。
織田信忠は、実弟の「茶筅丸(ちゃせんまる)(織田信雄[おだのぶかつ])」、実弟の「三七丸(神戸三七郎信孝[かんべさんしちろうのぶたか]、織田信孝[おだのぶたか])」、と共に元服したと伝わっています。
元亀三年(1572年)一月に元服した説があります。
織田信忠が元服時に改名した名前は「織田勘九郎信重(おだかんくろうのぶしげ)」です。
「織田信忠」と改名するのは後の出来事になりますが、名前が幾度も変わると分かり難くなるため、元服後の名前は「織田信忠」で統一します。
ご了承ください。
織田信忠の初陣は、元亀三年(1572年)と伝わっています。
織田信忠の「具足初め(ぐそくはじめ)の儀」が、元亀三年七月十九日(1572年8月27日)に執り行われたと伝わっています。
織田信忠の初陣は、元亀三年七月十九日(1572年8月27日)、または、直ぐ後の日付になるようです。
織田信忠の初陣の相手は「北近江」の「浅井家」の「浅井長政」です。
浅井長政の継室は、織田信長の妹の「お市の方」です。
織田信忠の初陣の相手は、父親(織田信長)の妹(お市の方)の嫁ぎ先になります。
織田信忠にとって、初陣の次の大きな戦は、元亀三年(1572年)十二月頃の遠江の二俣城の戦いや三方ヶ原の戦いになります。
天正二年(1574年)五月の織田家の動きを簡単に説明します。
武田勝頼軍に包囲された高天神城の城主の小笠原忠長が、徳川家康に援軍を要請します。
徳川家康は織田信長に高天神城の援軍を要請します。
織田信長は徳川家康からの援軍の要請を受けた時は、京都に居ました。
天正二年五月十六日(1574年6月5日)、織田信長は京都を高天神城の援軍のために京都を出立して岐阜に向かいます。
「建午(けんご)」についてです。
「五月の異称」です。
「“建”は、北斗七星の柄を指す方角を言います。旧暦の五月に“午”の方角を向きます。そこから名付けられました。月建(がっこん)の一つです。」
陰暦五月の別名の場合は、「建午月(“けんごげつ”、“けんごづき”)」、「建午の月(けんごのつき)」もあります。
「月建(がっこん)」についてです。
「陰暦の各月毎に、北斗七星の柄の先が夕方に指す方角を十二支に当てはめて名前を決めたもの。」です。
楽しんで頂けると嬉しいです。
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